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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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胸を張れない両想い

 人探しに有効な方法は昔から声掛けだと相場が決まっている。多くの人間は声に賛同して一緒に探してくれる程善良でもないが、声として記憶に残っていれば何処かで本人に伝えてくれるかもしれない。君、あっちで知り合いが探してるよ、とでも言ってくれるのだろうか。

 物事に例外は付き物だが、俺のケースは希少だ。多くの人間が国籍を問わず体験しえないもの。それは死刑囚の恋人が消息不明になり、探し回るという構図だ。後で知った話だが、死刑囚は刑務所に送られない(刑務所は刑が確定した人間の居る場所であり、死刑囚の刑とは死なので刑務があるとすればそれは死ぬ事になる)らしく、執行日まで拘置され続ける。執行猶予なんてものはないし、外出出来るなどと甘ったれた話もない。

 この状況は端的に言って潜伏であり、いつの日もニュースを見れば必ず一回は雫の行方について情報を求めている。幸い服装が違えば殆どの人間は彼女を死刑囚とは思わないので素面で発見されるとは考えにくいが、それは俺とて同じ。そこで声掛けだ。本人なら返事をしてくれるから見つけやすい。


 それは一般人の話だ。


 あれだけ薬子を恐れて身バレを避ける彼女が俺の声に反応するとは思えない。むしろ逃げてしまうのが自然であり、一見意地悪でもその行動は責めるだけ筋違いだ。漫画によくいる悪の組織がコードネームで互いを識別するのは何故? 当人達以外には判別出来ないからだ。俺達にそんなやり取りは一度も無かった。

「…………!」

 駆ける。

 照付ける日差しを受けたアスファルトを蹴りながら、スタミナ切れを起こさぬように呼吸を意識して。季節も相まって肌で感じる温度は三割増しで暑いというより熱い。昼には早すぎる時間だが何たる快晴だろう。雲一つない蒼穹には恨めしくも感謝を贈りたい。複雑な気分なのだ。これで気候が雨だったらずぶ濡れになって体力を奪われるわ、涼しいというより風邪を引くわで散々な目に遭う予感がする。

「何処……行ったんですか…………!」

  人探しにはそれこそ探偵を使うべきだと事情を知らない人は言う。忘れたら大惨事が想像に難くないので改めて確認しておくと、俺は雫の許可を得ず、薬子の協力を得ず、その二人と対立する形で個人的に謎を解き明かそうとしている。九龍相談事務所は頼れない。

 懐事情はそれ程なので他のまっとうな事務所に頼らない理由は察してほしい。

「何処に…………ハア…………ハア」

 疲れた。道筋を無視して走った影響でここが何処かもわからない。俺の足の早さを考慮すればそこまで遠くには行っていないと思うが、取り敢えずこの公園は何処だ。ブランコとタイヤと滑り台しかない公園は初めて見た。

 知名度も何も目を瞠る景色もなければ物珍しさも皆無。しょぼさの点では物珍しいが、逆端から見た珍しさを好む人間は少数だ。

 一先ずの休憩も兼ねてブランコに座る。小さい公園だ、たった一人座っているだけでも目立つと自分でも思う。


 ―――雫が行きそうな場所ってどこだ?


 俺は彼女の事を何も知らない。思い出の場所も、出生の場所―――は天玖村か。場所は分かるが今はいけない。薬子とも雫とも離れて二人の秘密を調べないといけないのに、いきなり核心に迫るのはリスクが高すぎる。『雫を追っている』か『薬子を調べている』の二択しかあり得ないのだ。もしかしたら今も薬子は俺を監視しているのかもしれないのに、どうして危険な行動が取れようか。

 村に行ける瞬間があるとすれば確実に二人が離れている時のみ。そしてその日は永久に来ない。俺が雫との同棲を望む限り。



「……おや、君は向坂柳馬じゃないか。何してるんだ」



 俺をフルネームで呼ぶ人間はいない。初期の深春先輩はそうだったが、今は後輩君で統一されている。鳩尾を何度か拳で叩いて呼吸を整えてから顔を上げると、見覚えのある制服を着た男子が腕組をしながら立っていた。

「…………俺の、学校」

「うむ。俺の事は知らんか?」

「知らん。でもそっちは知ってるんだな。誰だ?」

 男子は勝手に合点のいったように頷いていたが、直に自己紹介を始めた。

「クラスが違えばそんなものかもしれないな。俺の名前は清水木与志きよみきよし。二年の生徒会書記、君とは同学年になるな」

「………生徒会が俺に何の用だ? スカウトとか嫌だぞ面倒くさい。今は連休中だしな」

「安心したまえ。俺も好きこのんで制服を着ている訳じゃない。生徒会所属の人間は連休中も正しくあるべし、と面倒なことを言われたからな。一日百善は無理としても十善くらいはしようと街を彷徨っている。君は見るからに困っているな。人助けをすると思って何か悩み事を言ってくれないか」

「なんかあべこべじゃないか? 助ける為に悩み事言ってそれを助ける……何言ってんだ」

「そのループがある限りこの世から悩みは消えないのかもしれないな」

「何言ってんだマジで」

 そうは言うが、死刑囚を探しているなんて頼めない。事情を話せば警察に突き出されるし、話さなければ『警察の真似事』と言われる。頼める程度の悩みがない。相手も一介の高校生だ、俺にだって頼める仕事の限度はある。相手はモノ探しを商売にしている人間ではないのだ。必要以上の責任は負わせるだけ損で、負わせた所で遂げてくれるとは限らない。

「……一つだけある。これはいつか学校そのものを揺るがす大事件になるかもしれない。生徒会として頼まれてくれないか?」

「ほう? 学校運営に微塵の興味も無い君がそこまで言う話があるのか……何故知っているかはこの際無視しようか。場合によっては生徒会全体に共有する。教えてくれ」






「暗行路紅魔という占い師―――悪い噂があるんだ。それを調べておいてくれ」



 

  


 


 





 




 あの占い師の目的は分からないが、瑠羽の学校を制覇した事実から鑑みるに、うちの学校にも影響が出ない保証はない。一刻も早く正体と目的を掴む為にも人手は必要だ。洗脳されていない者からすれば仮面ビジネスはカルトにも劣らない怪しさであり、木与志は快く頷いてくれた。

「分かった。では月曜日までに出来る限りの情報をかき集めてこよう。感謝するぞ向坂柳馬。一大案件に取り組んでいたとでも言えば誰にも咎められないからだ」

 これで暗行路紅魔の件は調査が進む。後は雫さえ見つかってくれれば無事に家に……帰っても居場所がないんだった。

「雫……頼むから、戻ってきてくれ…………」

 走って走った。歩いて歩いた。叫んで叫んだ。奇人として目立ってくれればあちらから声をかけてくると信じて、気が狂ったふりをした。それでも彼女は出てこない。今までの日常は嘘だったと嘲笑っているかのように。

 三時間も走って歩いて叫んで狂って。何の収穫も得られない事実を認めたくなくて、気が付けば路地裏で号泣していた。

「ううううう……うぇへっへ゛っへべ! あっふぅぅうぅぅえ。ぐすず……! ふうううううううぅぅ……あ゛あ゛」

 最近の人間は不親切だなんて言われる事もあるが、路地裏で泣いている人間に絡みたい物好きは少ない。少なからず俺の存在に気付いた人達は文字通り他人事として通り過ぎていった。失恋の感覚とは少し違うかもしれない。けれどこの喪失感は恋に似ている。

 雫に会いたい。

 あの温かさがないと、俺はどうにかなってしまいそうだ。無条件に愛してくれる存在が欲しい。辛い。あまりにも辛い。辛過ぎて今にも消えてしまいそうなくらいだ。


『お兄ちゃん! もし何かとっても辛い事があったらそれを被ってね! 私との約束だよ!』


 いつぞやの少女の言葉が想起される。とっても辛い事。それは今だ。あの仮面は記憶が正しければ鞄の中に埋まったままであり、今から家に戻るのは跋が悪い……けれど。もし雫が戻ってくれるならー――



「向坂様、どうかいたしましたか?」



 目線を上げると、白い着物姿の緋花さんが顔の高さを合わせて表情を窺っていた。

「ひの、かさ……ん」

「何かお困りですか? 仕事外にはなりますが、可能な限りお手伝いいたしますよ」

「………………すっんぅ辛い、ゔぇです」

 返答になっていない。お困りかと聞かれて辛いという返しは抽象的であり具体性を欠いている。結局困っていて辛いという状況を明確にしただけだが、そこまで考えられる程余裕はなかった。俺は辛い。只々辛い。

「……立ち上がれますか?」

 首を振る。この場から一歩も動きたくなかった。

「そうですか。ではここで―――失礼します」

 緋花さんが身体を傾けたと思ったのも束の間、覆いかぶさるように俺を抱きしめた。通行人はやはり今までと同じように他人事と割り切って通り過ぎていく。

「当主様は仰られました。精神的に不安定で今にも崩れてしまいそうな人は抱きしめてあげるべきだと。受け売りにはなりますが、今の向坂様には必要と考えます。どうぞ、泣き止むまで私の身体は好きにしてください。立ち直ったら言ってください。改めてお尋ねします」

「…………うう……ぅぅぅうえ、ふんぅ……!」

「九龍相談事務所はいつでも貴方の味方ですよ、向坂様。元気を出してください。ね……私はここにいますから」

 時間は風の様に過ぎ去っていく。緋花さんは文句ひとつ言わず、泣き虫な俺に付き合い続けた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] やはりモテ期なのか向坂よ……! [一言] 和服美女、良いっすよねぇ……
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