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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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二人で一人の合同推理


 あれから四十分くらいしたら雪奈さんは折れた……という言い方は誠に不適切であり放送倫理委員会は許してくれないが、「有難う」と言って帰ってしまったので俺も帰宅した。夜も更け、両親はとうの昔に就寝。瑠羽は恐らく俺を待っていたのだろう。正座を崩した状態で眠っていた。玄関で。

 流石にこのまま放置するのは気が引ける。ひょいと彼女の矮躯を抱えて部屋のノブを回そうとした瞬間、確信的な予感が警鐘を鳴らした。


 ―――無断に立ち入って良いのか?


 本人が眠っているので許可は取れない。だがそれがどうした。言い訳にもならない。俺が眠っているからと無断で立ち入る家族が居ただろうか。答えは否。単に俺が嫌われているという見方も出来るが、だとしても勝手に入るべきではない。

 死刑囚がどうとか複雑な話を抜いて、俺の中のイメージで普通を語るとしようか。エロ本を持っている男子高校生が居る。部屋の中には山ほどそれがあって、家族に見られたくなくて普段は細心の注意を払っているが、ある時リビングで眠ってしまったが為に家族に部屋まで侵入されてしまう。

 その結果エロ本が見つかりましたとさ、おしまい……。

 とまあそんな感じ。妹が痴女と言いたいのではなく、彼女にだって見られたくない秘密の一つや二つある筈だ。なかったら逆に困る。



 考えに考え、考え抜いて、更に考え込んで頭がバグったのだろう。俺は熟睡する妹を部屋に連れ込んでしまった。

 同じく帰りを待っていた雫が口を開けて間抜けな表情を浮かべる瞬間を見られたのは彼女のお蔭だ。感謝は出来ないが、心の中ではちゃんとしている。雫の新しい表情なら幾らだって見ていられる。

 当初は突っぱねられたが、電話が終わったら即刻追い出す(そうでも言わないと説得出来ない)事を条件に何とか滞在を許してくれた。気を利かせて雫が代わりに出て行ってしまったものの危険性はない。両親は眠っている。

 何処にいるかはさておき、雫に隠す内容でもないので深春先輩との密会はこのまま行う。漠然とした不安が胸中を取り巻く中、恐る恐る電話を掛けると、直ぐに先輩の穏やかな声が聞こえてきた。

「ハロー後輩君。それじゃあ報告会って事で情報を共有しましょう」

「ハローって時間帯はまだなんですけど」

「細かい事は気にしないの。私にとって君と話す時はいつだって朝なんですよ?」

 その言葉の意味を少し考えてみる。何か特別な表現なのだろうとは想像に難くなかったが、朝という表現にどんな意味が込められているのかを想像するのは難解だ。陳腐な言い回しでない事は確かなのだが。

「すみません、それ新手の口説き文句ですか?」

「ごめんなさい、脊髄で喋ったわ」

「ま、ですよね」

 落ち着くべき所に落ち着いた話はさておき、第一回暗行路紅魔調査報告会の幕が切って落とされた。

 

 情報を整理しよう。


 暗行路紅魔は巷で話題の占い師だ。悩みを聞いてそれに応じた仮面を渡す事で解決する。元より信じられない人には徹底して信用を得られないのが占いだが、仮面を使うなどそれに輪をかけて信用出来ず、また単純に怪しい。

 現在は瑠羽の学校で人気者と確認されており、その影響力はイ教の信者を引き込む程だ。分かっている事は二つ。

 仮面は必ず悩みを解決する。

 仮面を被ったら必ず幸せになる訳ではない。

 奴の悪い噂というのは『仮面を被った人間は必ず居なくなる』というものだが、それはマリアの調査で必ずしもそうなる訳ではないと判明している。

「まずはどっちから出す?」

「じゃあ俺から。と言っても大した情報はありませんよ。仮面は暗行路紅魔本人から渡されているって言うのと……あと、木辰中学で人気なのを妹から裏付け出来たくらいです」

 仮面は本人からしか渡さない。つまり暗行路名義で仮面を売りつける人間は全て偽物であり、そこは警戒が必要だ。そういう人物が居るのかはまだ分からない。

「あら、じゃあ今回は私の勝ちね」

「勝ち負け決めましたっけ……?」

「ん、勝手に言ってるだけよ。どんな時の人も万能じゃない。ネットを調べてみたんだけど、案の定悪評があってそこを辿っていったの。そしたらある事に気付いたの。目的が見えないのよ。仮面渡して、それだけっておかしくないかしら。おかしいわよ、おかしいよねっ?」

「押しが強いな! まあ申し訳ないんですけどおかしくないと思いますよ。新興宗教とかじゃなくて飽くまで占い。良くあるグッズで言ったら数珠とか壺とか渡してるだけなんです。その路線で行くならまだ理由が弱いですよ」

「ぬふふ。そう言うと思ってまだ話は続くの。暗行路紅魔には館があるって話の中で出て来たじゃない? 悪評はまあ声が大きいだけというか、主語が大きくて断定的でおまけに怪しいから行った事がないっておまけつきなんだけど……一瞬だけね、変な書き込みがあったの」

「変な書き込み?」


「仮面には偽物と本物があるって」


 重大な話と言わんばかりの溜め。電話越しながら深春先輩の迫真の表情が目に浮かぶようではないか。俺は暫く沈黙を貫き、深春先輩の言葉を待った。俺の早とちりが過ぎるだけできっと他にも情報があるのだと考えた。その情報の前提として、飽くまで前置きに過ぎないのだと思っていた。だがどれだけ待っても先輩から続く言葉はなく、それが全てだと知った時には深いため息が出ていた。

「……え、その情報。終わり?」

「そうよ、何か文句ある?」

「大ありですよっ。まず偽物と本物の件ですが、そんなの良くある話です。仮に暗行路紅魔が本物だったとしての話ですが、本人が聖人でも取り巻きはそうじゃない、必ず金儲けしようとする存在が居るんです。だから偽物の仮面っていうのは信奉者が金儲けのために作ったいい加減なもので本物が…………」

「ちょっと待ってよ。言ってる事おかしいのは君じゃないッ」

「何処がおかしいんですか? だって暗行路紅魔が本物と仮定した場合―――」

「何でその仮定が成立するのよ!」

 こちらの声を半分以上遮る声に俺は強制的に黙らされた。人間は自分の声を聴いて喋りたい内容に間違いないかと認識しながら喋っている。自分の声も聞こえない程の騒音に見舞われた時、それでも構わず喋り続けようとする人は稀だ。多くは途中から伝わらなくなる……というより自分も何を言っているのか分からなくなって、また最初から言い直そうとする。最初から言い直そうとスタート地点に戻った時点で騒音に負けるので結果黙る。

 お蔭で思考が正常に作動し、先輩の言わんとする事が直ぐに理解できた。

「君の仮定が成立するのは暗行路紅魔が本当に本物だった時だけ! 本物って分かる証拠あるの? もしかして直接行った? 本物だから本物なんて強引な理屈は駄目ですからね?」

「……いや、その。偽物とか言い出したのそっちですし」

「私の話はちゃんと続きがあるのよ。その仮面の効能よ。きっかり三十分で書き込みは消えちゃったんだけど、暗行路紅魔が出向いて仮面を渡した人は行方不明になって、紅魔に会いに行って仮面を貰った人は幸せになってるそうなの。書き込みはこんな感じだった―――」



『暗行路紅魔は人体実験のために人攫いをしている』



「人体実験って……占い師がマッドサイエンティストにジョブチェンジですか。で、信憑性皆無なんですけど、信じてるんですか?」

「人体実験は信じてないわよ。でもね、君の同級生が言ってた事を深く調べたらその通りだったのよ。行方不明になった人は全員暗行路紅魔から出向いてて、彼の評判を聞いて訪ねた人は全員幸せになってるの。ねえ後輩君、この場合どっちの仮面が本物だと思う?」

「そりゃあ決まってますよ。幸せになる方です」

 わざわざ出向いて不幸にするなんて単なる嫌がらせだ。それが本物か偽物かという問いは自明の理であり、複雑な理屈を抜きにすればその答えに違いはないと、そう思っていたのだが深春先輩が軽くあくびを入れてからそれを否定した。

「……違うと思うわよ?」

「え?」

 何も違わない。本物と偽物。古今東西、確かな効力があるのは本物であり、だからこそ偽物が出回る。本物に力が無ければ偽物に騙される人間はいない。当たり前の理屈だ。しかもその力とは必ずプラスに働かなければいけない。互いの持つ情報次第では今回の会が何故か紛糾する可能性もあるが、これは基本的な道理だ。反論されてはいけない。反論される筈がない理屈。

「あの子の発言を思い返してみて? 何て言ってた?」

 マリアの…………?

 色々言っていたが、思い出せと言っているのは何処の発言だろうか。順に遡って、最後の方でようやく思い当たった。

『ナイ。人を不幸にしカしないよ』

 あれは深春先輩が犬神憑きを例に一時的にでも得をする事があるのではという質問に対しての答えだ。呪いは決して幸福をもたらすものではないと彼女は言っていた。例に出した犬神は蟲術がどうのこうの言っていたので厳密には区分が違うのだろう。

 もう一度言う。人を不幸にしかしない。

「……もしかして、居なくなる方が本物?」

「だと思うわ」

 本物に利益となる力がなければ偽物は生まれないしあっても誰も騙されない。それは当たり前の前提だが、決して覆せない訳ではなかった。それは偽物にプラスの力がある場合だ。人間は信じたい物を信じる生き物。どんなに論理的だ合理的だと追及した所で最後は感情になる。俺が雫を信じるように、自分に良い事があれば人間はそれを真実だと思ってしまう。偽物を本物と思ってしまう訳だ。

 所が偽物は偽物というだけはあって量産が利く。本物にマイナスな力があっても偽物がそれを上回るプラスを生み出していれば結局一緒なのだ。

 否、むしろ性質が悪い。偽物にこそプラスの効果が見られるなら騙されるに決まっている。暗行路紅魔はそんな状況を作り出し、選ばれた人間にだけ『本物』を贈る。

 人を不幸にしかしない仮面を。

「しかしどんな基準で本物を配っているんでしょうか。それに……その仮定だと最大の問題がありますよ」

「分かってる。『偽物の出どころ』でしょ?」

 偽物に力があったとしよう。量産が利くとなれば話は別だ。一体何処からそんな物を流しているのか。ネットに開かれた館のサイトでは本人の手彫りと書かれているがどんな仮面だ。職人でもないのにそんな人物が居てたまるか。

 勘違いしないでほしいが、不思議な力そのものは否定しない。昔から知っているし、隣にいつもいる死刑囚が現にそういう力を持っている。厨二病とはありもしない特別な力を錯覚する者に送られる蔑称だが、認識の話ではない。現に俺はいじめから助けられている。

「他の切り口も考えてはいますけど、可能性が薄そうですね。そもそも仮面で悩みを解決する事が馬鹿らしいというか。まあ檮昧な連中をカモにしなきゃ成り立たないから何とも言えないんですけど」

「やけに辛辣じゃない?」

「リスク管理については親友から散々叩き込まれたというか、その身をもって思い知らされたので。仮面なんぞ渡してくる時点で怪しめとしか思えないんですよ。屋台のお面屋じゃあるまいし」

「怪しい…………そうよ、それよ! 後輩君、発端も調べなきゃいけないでしょ!」

「発端……いや、それは暗行路紅魔」

「ちーがーうー! 最初に仮面を渡した人の事よ。最初はだれだって怪しむわ。でも一人目があって二人目があるから三人目と続いていく。それでこれは確信をもって言うんだけど、最初の人に渡されたのは偽物。多分唯一の例外よ」

 プラスの効果があるという証明を一つでも多くつくらなければ評判は上がらない。最初の一人は唯一にして例外。暗行路紅魔が偽物を手渡した存在になる……この説で進めていくならだが。

「発端は良いんですけど、そんなの調べてどうなるんですか?」

「暗行路紅魔について調べるんでしょ? 妹さんを被害から守る為なら絶対必要よ。どんな偉業も始めは積み重ねから。最初に選ばれた人はきっと彼と親しかった筈だわ」

 メモを取る。これから調べなければいけないリストだ。

 

 ・仮面ビジネスの最初の一人を見つける。

 ・仮面ビジネスの正体を探る。

 ・もしよからぬ事を企んでいるようならば社会的な制裁を与えるべく証拠をつかむ。


 こんな所か。

「所で彼って言ってますけど、暗行路紅魔って男なんですか?」

「あら、知らないの? サイトにない? トップページとかに」

 検索エンジンから見たいページに直で飛んだため見逃していた。俺は馬鹿だ。顔を知らなければ警戒も出来ないし説得も出来ない。交渉も制裁も何もかも出来ない。

「あ、ありました―――って、こいつ…………こいつかあああああああああああ!」

 真夜中に弾ける近所迷惑な怒声が響き渡った。




 

  

  

  


 


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