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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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妄想旅行は果てしない

「まず式はどうしよう。神前式? それとも普通に教会とかで挙げる?」

「だから結婚出来ないですって。年齢的に」

「頑固だなあ。君が結婚出来る年齢になったらという前提だよ」

 死刑囚との結婚は周囲の理解を得られない場合が多い、というか得られない。そんな変人はこの世に居ない。俺に対して数少ない好意的な瑠羽でさえ雫が明らかになれば絶交を条件に引き留めようとするだろう。そうなれば多分…………いや、実際にそうなってみないと分からないか。今はどちらも切り捨てられない。

 どっちも大切なんだ。

「……法的に認められてはいる、って言いたいですけど。雫は脱走中ですからね。流石に脱走死刑囚との結婚は認められていないというか……偽名、通用しますかね」

「私の力を使えば簡単だけど、薬子には気付かれるからねえ。そこをどうするかって話は残ってるか」

 俺達が結婚する時は薬子の眼を掻い潜れた時だが、それは一時的に逃げられたというだけで迂闊に尻尾をだせば直ぐに掴まれる。

「証拠は残さない方が良いと思います。むしろその方が自由に計画出来ると思うし。朝焼けの綺麗な廃墟とかどうですか?」

「そんな所があるのっ?」

 ある。

 鳳介たちとの冒険は噂を聞きつけた瞬間から始まるが、その全てがヒットする訳ではない。時には単に徒労で終わる事もある。体感では四割くらい徒労だ。そういう時は単なる外出になり、俺達には平和な時間が訪れる。

「そうですね。月明かりが綺麗な幽霊屋敷とか、桜並木の下とか。雫にはどれが似合いますかね……エメラルドグリーンの沼とかもありますけど」

「君は色々な場所を知っているねえ。しかし何だろう、チョイスが少し変じゃないか? 少し不思議なんだけど」

「鳳介の小説を面白く感じるって事はそういう場所が好きなのかなと。まあ聞いてるだけだと風情とか全くないと思いますけど、中はいったら結構良いもんですよ。特に幽霊屋敷なんて……何故か埃一つありませんし」

「へえ……それはどうして?」

 食いついた所を見ると、あながち間違いではない読みだった。一点読みをした訳ではなく、正式に結婚も出来なければ籍も入れられないので、必然的にまともな場所は使えないだけだ。そこで候補に挙がってくるのは一部の人に人気なスポット。

「幽霊が掃除してるからだって言われてます。ホームレスとかいる可能性は考えたんですけど、綺麗に掃除する手間とか考えたらあり得ませんし、又聞きなので信憑性はないんですけど、あそこ住み着いた人全員死ぬらしいので、住みたがる人は居ませんよ」

 しかし曰くは定住に対するもので、二人きりの式を挙げる分には何の問題も無い筈だ。確証はないが、幽霊がお祝いしてくれるかもしれない。今までそこまで友好的な存在に出会った事などないが。というか守護霊でもないと幽霊は好意的ではない気がする。

 感情の機微に俺は疎い自覚はあるが、雫の眼の輝き具合と言ったら露骨で、文字通り目に見えて明らかだった。

「へ~っ。行ってみたいなあ、その場所。近いの?」

「そんな危険な場所が隣接してたら俺引っ越しますよ。結構遠いですね。電車使わないとかなりかかります。下見に行きたいですか?」

「うん、行きたいなッ」

 まあ行けない。それこそ常識で考えろ。脱走死刑囚は俺の家から殆ど出ない事で何とか薬子の追跡を誤魔化している。短距離の移動ならまだしも、長距離の移動は『気配』がどうとか言い出して発見されかねない。

 お忘れだろうか、雫は薬子には絶対に勝てないと明言している。遭遇してしまった時点で詰みだ。

「じゃあ今度、あっちに用事があったら写真撮ってきますよ。出来るだけ多くの枚数」

「おお、それは気が利くね。でもあれじゃない? そういう場所って写真が撮ったら写るんじゃない? オーブとか」

「まあ写るでしょうね。もしかしたらもっとはっきり写るかも。最悪憑かれるなんてのも考えられますが、俺は気にしませんよ。もう雫に呪われてますから」

「お、言うねえ! ンフフフ、そうだよ。君は私に呪われてるんだ。幽霊なんかに負けないよ?」

 彼女と最初に出会った時白い拘束衣を着ていた。だから何だという訳ではないが、白無垢の和装とか―――似合うと思う。勿論、ウェディングドレスだって似合うが、性癖というか嗜好というか。何となく。

 きっと、雫は美しい。

「朝焼け廃墟の方は?」

「爽やかな名前つけないでください。そっちは普通に廃墟で朝焼けが綺麗に見えるってだけですけど、そっちも結構広いですから庭とかでやれば様になるんじゃないんですか。全部写真撮っておきますよ」

「ンフフ、写真があれば更に妄想が捗りそうだ。はあ……♪ 君と早く契りを交わしたいなあ」

 公認であろうとなかろうとどうでもいい。二人の間に愛さえあればそれで。元より彼女は世間に歓迎されない存在、死を望まれた囚人。公に晒す必要性はない。


 ―――キスのタイミングっていつなんだ。


 唇以外の場所にキスを贈られた時彼女は言った。強引に奪う場所ではないと。だがこっちから贈る分には何も問題ないというか、雫はそれを待っている節がある(個人の感想です)。ファーストキスは好きな人に贈りたい。殆どの人間がそう思うだろう。少数派はキスを練習して最高に慣れたキスをかますのかもしれないが、相手してくれる人が居ない上に、単純に俺が恥ずかしくて死にそうだ。

「指輪はどうする?」

「指輪ですか? うーん…………指輪の前に、何処に住むとか考えません?」

 誓いの品は全く思いつかない。というのも俺は持つ所持金はお小遣いの蓄積に過ぎないので、時計も指輪も手が届かない。どうせなら洒落た物にしたい気持ちはあるが、パッと思いつかないので保留にした。

 本当に渡す時までには考えておくつもりだ。

「ああ、それいいね。普通の住宅地じゃ色々と厄介事がありそうだから、それこそ人里離れた場所にでも暮らそうか? 私の力を使えば自給自足なんて簡単だよ?」

「え? 操る力をどうやって自給自足に?」

「まず片っ端から動物操って労働力にします」

「流石に可哀想なんですけど……今みたいに雫が部屋から出なければ普通に暮らせると思いますよ。家事とかそういうのは全部俺がやりますから」

「出来るんだ?」

「出来ません。雫は?」

「出来ない」

「だから俺がやるんです」

 死刑囚に家事スキルを求める方がどうかしている。俺は多くを求めない。ありのままの彼女が好きなのであって、ハイスペックな彼女が欲しい訳ではないのだ。そんな女性は俺なんかに近寄らないので二重の意味でありえない想定だったり。

「じゃあ私は、身体だけの存在?」

「変な事言わないで下さいよ。貴方は俺にとっての帰る場所なんです。そりゃ夫婦になったら……勿論、そういう事もしますけど、身体だけとかじゃなくて、雫全体が好きなんですから」

 またも洒落た言い回しが出来なくて内心忸怩たる思いがあった。あまりにも普通の発言をしてしまった。格好つけるつもりで格好つかないとか言葉も素直に格好悪い。どうやら俺はジゴロになれないらしい。ナンパ師適正皆無だ、身の程は弁えろというのか。雫は布団の中で頬を紅潮させ、不意に額へキスをした。

「……もうっ、君って奴は私よりも罪深いな」

「それはないです。確実に」

「あんまりそういう事言うもんじゃないよ、と警告してあげる。私はね、直ぐ行動したがるせっかちさんなんだ。あんまりそういう事言うと―――本気にするよ?」

 双眸にギラつく生気が宿ったのは気のせいなんかではないだろう。彼女は本気だ。半端に応えたら痛い目を見るだろう。色々とトラウマになるかもしれない。けれど俺は地獄の底まで彼女に付き合う所存だ。仮に途中で殺されたとしても恨まない……今はそのつもりだ。

「本気ですって」

「じゃあ私を本気で奴隷扱い出来る? 泣こうが喚こうが抵抗しようが犯すとか、出来る?」

「……抵抗されたら俺が死ぬんじゃないんですかね」

「演技だって。でもそう思われないくらい本気でやるよ。それとも逆が良い? 君がどうやって抵抗しても私の大事な場所から離れない様にするとか?」

「……それも俺が死ぬんじゃないですかね」

「何だ君は、死んでばっかりだな。ゾンビじゃないか」

「俺がゾンビだったら貴方を噛んで同類にしてあげますよ」

 さっきよりは、洒落ている。

 三本指で彼女の首筋を噛む動作をして見せると、雫は妖艶にほほ笑んだ。

 



 気が付けば喧嘩のショックから、立ち直っていた。

 

完全にラブコメ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] でも雫ならぬ二人とも不死にしそう。
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