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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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76/221

本当の作り話

 事実は小説よりも奇なり。

 面白い話をすると言ったからには面白い話をしなければならない。変に頭を捻らせて事実を脚色するよりはありのままを伝えた方が面白い話になるだろう。これが面白くなかったらきっと何度も世界の危機でも救っているのだろう。

 当然、爆弾発言だ。深春先輩は驚き過ぎて言葉も出ないし、心なしか事務所全体に緊張が走った。まずは様子を窺ってみる。

「所長…………これは、いかがいたしますか?」

「信じるなら、警察」

「……どんな出鱈目な話でも信じるとは言ったが今回は―――話半分に信じておこう。その方が色々と話しやすいかもしれない」

「でも警察は全国に死刑囚の情報を求めてますから……これは、本当ならチャンスなんじゃ?」

「緋花君。我々のモットーは夕闇から出ない事だ。どちらにも首を突っ込む為にどちらにも深く肩入れはしない。依頼に関係ないなら猶更だよ」

「薬子には、どう伝える」

「伝えない、勿論。依頼人の安全を確保するのも僕達の仕事さ。雪奈君、くれぐれも口を滑らせたりしないでくれたまえよ。これは所長命令だ」

「…………了解。全部所長に丸投げする」

 続きをどうぞ、と言わんばかりに所長の掌が俺に向けられる。焦土と化した周囲を気にも留めず、俺は話を続ける。

「経緯としては、ある日突然……助けを求められて、助けたら家に住み着きました。薬子の話も交えると俺は雫のターゲットに選ばれて、近々殺されるとの話でしたが殺されてません。今までずっと、何にもされてません。正直言って、俺は彼女が死刑囚になる程残忍な性格とはとても思えない」

 七凪雫は可愛いだけの女の子。

 今の今まで行われてきた殺しは、全て俺を助ける為に致し方ないものだった。殺人に正当性を訴える俺もおかしいが、特に最初のは助けに入ってくれなければ俺が殺されていた。残忍な性格の人間がそんな真似をするとはとても思えない。

「……向坂様。お言葉ですが七凪雫は行方知れずのまま、幾つもの市を跨いで殺人事件を起こしています。残忍以外の何者でも―――」

「あれはあり得ません。彼女は俺とずっと一緒に居るんですから」

「後輩君。そういう凶悪犯って人心掌握が得意って聞くよ? あんまりこんな事言いたくないんだけど、後輩君はきっと―――」

「洗脳されてるって? 確かにそうかもしれませんね。でも本当に洗脳されてるならこんな場所には来ないと思います。俺がここを頼ろうと思ったのは……雫周りの話に謎が多すぎると思ったからです!」

「謎―――? 例えば?」

「雫は逮捕された時十八歳でした。でも俺と出会った時も自己申告で十八歳。老けてる様には全く見えません。薬子が逮捕に貢献したとの話ですが当の彼女は雫と同じ村出身。でも報道では一度もそんな話を聞いた事がない。他にも色々あります。雫の不思議な力に薬子の異常な身体能力、明らかに現代医学を超越した傷薬に二人の間だけで共有される気配。天玖村の情報の断絶。謎だらけ。薬子はターゲットにされた俺から何か知りたくて隠してるし、雫は雫で何か隠してる。ここの誰でも構いません、今あげた謎に誰か一つ答えを示せますか?」

 ついこの前まで赤の他人に過ぎなかった先輩はともかく、相談事務所の人間は薬子と接点がある。何か知っているなら教えてくれなくても良いが、知っているか否かくらいは教えて欲しい。

「薬子と雫が同郷。聞いた事ない」

「僕も初耳だ。そんな情報は貰ってない。それに村の情報も考えてみればいつ逮捕されたかも思い出せない……な」

「……向坂様は、どうしてその事を?」

「調べたり、気づいたりしたんです。ね、謎だらけでしょ? よくよく考えなくても不自然なのに誰も気に留めない。インターネットもテレビメディアも気付かない。だからふと思ったんです。当たり前の情報が間違っている……それがあり得るなら、そもそも雫は本当に死刑囚なのかどうかって。ずっと過ごしてて思うんです。確かにちょっと怖い所はあるけど、異常な価値観もみられないし精神的に不安定でもないし、俺に手を掛ける処か守ってくれてる! 元々隠し事が知りたくて調べてて、今もそれが用事なんですけど、もしかしたらあり得るかなって! 雫は無罪なんじゃないかって!」

 あり得ない?

 確かに在り得ない話だ。死刑囚の逆転無罪なんて早々ない。捜査をやり切った上での死刑なのに、突然新たな証拠が見つかるなんて都合が良すぎる。殆どの場合死刑囚は通例通り死刑が執行されるだろう。

 だがあり得ないと言われれば俺が列挙した謎もあり得てはいけない事だ。鳳介に言わせれば時間軸が狂っていると言った所か。

「要するに君は、無罪を証明したいと? その為に僕達を頼ると」

「無罪は出来たらいいなってだけです。雫が躊躇なく人を殺せる精神なのは……知ってますから。俺は飽くまで薬子と雫、二人が隠している事を知りたいんですッ。正直に言って雫の事が大好きだから! 好きな人の事を何でも知りたいんです!」


「あー、好きな人ってそういう…………」


 一人で勝手に納得する先輩の声が虚空に響く。相談事務所の誰一人として喋り出そうとしなかった。これは博打だ。協力できないと思われれば直ぐにでも警察に情報提供され雫が捕まってしまう。俺は彼女に捕まって欲しくないので逃がすだろうが、そうしたが最後犯罪者だ。

 でも、そうなったとしても雫には逃げてもらいたい。いじめから解放してくれたのは紛れも無くあの女性だから。

「―――オーケー。向坂君。結論から言おうか」

「……はいッ」





「面白い!」





 暗幕が開かれ、朝の日差しが事務所全体に差し込む。暗所に慣れた瞳に燦々と照り付ける日光はたとえ窓越しでも辛いものがある。俺は背中を向けていたので大丈夫だったが、所長は目を細めていた。

「とんでもない発言をしてくれたよ君は。面白過ぎる。僕は信じるよ。ただし君の家に死刑囚が住んでるなんてのは作り話として受け取っておく。そうした方が都合が良さそうだ」

「……済みません。どうしてもこれを言わないと、二人の謎を調べたい理由が明確にならないと思って」

「謝る事はないんだよ!? だって作り話なんだから。そういう輩は結構多いのさ。情報提供料を先払いで求めて音信不通になるタイプ。まあ全部取り返したけど。僕が言いたいのはその先だ。薬子と雫が同郷なんて知らなかった。僕達にも隠されていた事だ、きっと何か大きな謎が眠っているに違いないよこれは」

「じゃあ、受けてくれるんですか?」

「勿論! 先に言っておこう、絶対に面白い事になるから依頼料は頂かない! これで面白くなかったら新手の詐欺だね。君が七凪雫にどんなイメージを抱いてるか知らないけど、彼女は罪状的には巫代真狐ふしろまこを遥かに上回る異常者だ。無罪とは思えないが、何かを隠してるなら相当面白いのは間違いないよ」

「…………すみません。誰ですかそのマコって人は」

「現在収監中の死刑囚で、三〇人以上を無差別にクスリ漬けにした挙句わざと病気にさせて殺したっていう史上最悪に悪趣味な女だ。男性は決まってバラバラにして、そこから福笑いの要領で過去に惚れた王子様を作ろうとするヤバい奴」

「そんな奴と雫を一緒にしないでください!」

「死刑囚には、変わらない」

「うぐ……まあそうですけど」

 言い返せない。しかもその女性は収監中で雫は脱走しているので、どちらかと言えばヤバイのは雫の方だったりする。

「本来ならメンバーの中から適任を当てるんだが、そんな面白い依頼で誰かをハブるなんて酷い真似はしないよ。全員でとりかかろう。緋花君は彼に電話しておいて。荒事は彼が居ないとお話にならないからね」

「所長は戦えない。荒事になる時は、センパイが何とかする」

「失礼だなあ君は。僕は参謀だ、何もしない訳じゃない。今だって依頼料をチャラにする代わりに何処から収入を得たものかと必死に頭を悩ませている所だ」

 タダにしなきゃいいんじゃねえかな。

 分かり切った答えだが、しかし俺としては有難いので忠告しないでおく。親切心とて時には仇となろう。他人の為の行いが己を蔑ろにしていては意味がない。

「……あの、俺は」

「君は帰っても大丈夫だ! 暫くの付き合いになると思うからよろしく頼むよ。また改めて連絡するから、その時は予定を空けておいてくれよ?」

 

 ―――何とか協力を取り付けられたか。


 しかし、本当に問題なのはここからだ。まだ納得していない人が一人いる。


「……ねえ後輩君。あの話、本当なの?」

「作り話です」

「え?」

「所長がそう言ってたじゃないですか。あれは作り話です。作り話じゃなくちゃ俺は犯罪者になるじゃないですか」

「…………それ、信じていいの?」

 死刑囚を好きになる。その気持ちが理解される日は永久に来ない。獄中結婚なる概念も多くは情報の為だ。そして何より安全だからだ。殆どの人間は野放しの死刑囚を前に心から好きだと言えない。自分の住む村の人間を鏖殺した女性なんて大金を積まれても結婚したくないだろう。

「はい。『本当』の作り話です」

「じゃあ好きって言うのは……?」

「あれは―――――」

 だけれど、野放しだからこそ言える事もある。死刑囚という肩書に惑わされず触れ合って、その人の本質を知る。そうして初めて心は触れ合って―――やがて好きになる。





「テレビで見た瞬間からきっと好きになってたんですよ。一目惚れって奴です」








 

説明下手な向坂君

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― 新着の感想 ―
[一言] 傍から見たらリューマも中々異常wwこの作中にまともなのいるの?wwおそらく綾花と先輩くらいかな?
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