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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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夕闇九面

「く、くりゅう? くーろんじゃなくて? だって相談事務所の名前はクーロンって」

「だってそっちの方がカッコイイじゃないか。名前にも締まりがある。何せ自分がもつ事務所だ。せめて頼りがいのありそうなカッコイイ名前にしたいと思うのは当然だと思うが?」

 そう言って九龍所長は口元を隠していた布をめくりあげた。裏地には無数の眼が描かれており、テロリストというよりは明らかにヤバいよりの変人にジョブチェンジしている。この人、絶妙に相手をしにくい。鳳介の悪い所だけ培養してそのまま大人にしてみた様な人物だ。

 この喩えは綾子にしか伝わらないか。

「さてさて、前回は申し訳なかった。僕からも謝るよ。危ない気がしたから逃げたんだ。ここに相談に来る人は基本的には……そう。ツテだから」

「ツテ?」

「うちのメンバーとたまたまどっかで知り合ったとか、元々知り合いだったとか。そういうんじゃなきゃ飛び込みでこんな怪しい所来ないよ。あ、僕が言っちゃ駄目か。あははは」

「所長。どうでもいいから、紹介して」

「おお、そうだったそうだった。雪奈君は知ってると思うから、じゃあそっちから」

 所長が右奥の机―――窓側に近い机に手を差し向けると、丸く大きな瞳が特徴的な女性が立ちあがって恭しくお辞儀をした。

「初めまして。緋色の花と書いて緋花ひのかです」

「…………え、苗字ですか?」

「後輩君、どう考えても苗字じゃないわよ。あの、苗字は?」

「……申し訳ございません。私の苗字は取り上げられておりますので人前で名乗る事はございません」

「は?」

「ですので、どうかお気になさらず、私の事は緋花とお呼びください。雪奈様よりお名前は伺っております。向坂様と土季様ですね。よろしくお願いいたします」

 所長のノリがおかしかったので事務所としてかなり心配だったのだが、緋花という女性はかなりまともだ。まるで雪奈さんがまともではないみたいだが、あれはあれで喋り方が独特で普通とは言い難いというか、明らかに喋り慣れていない感じはする。

 

 それはともかく、滅茶苦茶可愛い。


 雫贔屓の過ぎる俺だが、補正を差し引いても可愛すぎる。セミロングの黒髪は特別時間を掛けて梳いているのだろう、黒より黒しと言わんばかりの美麗さにすっかり釘付けになってしまった。緋花さんは首を傾げるでもなく人形の様に佇んでいる。瞬き一つせず。

「ははは、向坂君、君の思っている事は分かるが、僕は大人だからね。敢えて口には出すまいが、あまり見惚れないでくれよ?」

 考えを見透かされた様で恥ずかしい。当の所長は夥しい数の目が描かれたスカーフを顔の上半分に被ったままだ。こんな変人に考えを見透かされるなんて幾ら分かりやすいとは言っても親近感など沸かず、きっと末代までの恥として向坂家に語り継がれるであろう。

 厨二病というにはセンスが奇抜過ぎるし、あれは変人と形容するしかない。喉まで出た文句のせいで呆然と口を開いたまま所長を見つめていると、雪奈さんが軽く顎を押して閉めてくれた。

「所長のあれ、百目の相って言う。あんまり目を見ない方が良い。見透かされる」

「え?」

 信じなくてもいいけど、と言い残しまた少し距離を取られた。まともな神経をした人間なら信じないだろうが、雫の妙な力、薬子のあり得ない身体能力、数々の怪奇現象を見て来た俺には信じる以外の選択肢がなかった。ついさっき鳳介との思い出を語っていたのも影響したかもしれない。

「……言うべきか悩んだんですけど、一人居ないんですね。体調不良ですか?」

「所長。センパイは」

「うん。彼には単独で調べものを任せてる所だ。雪奈君には知らせてなかったね、ごめんごめん。まあ彼は単独で行かせた方が成果を出せる場合が多いからね。何せ……おっとお、口を滑らせる所だった! これは機密事項だよフッフッフ」

 雪奈さん、緋花さん、九龍所長、不在のもう一人。寡聞にして知らない事務所だったが、知名度に相応しい小規模な会社だった。男女比率が均等なのは所長が気を回したのだろうか。ハーレムだってその気になれば出来るだろうに。

 いや、そもそも現実世界でそんな発想になる俺が気持ち悪いだけという可能性も否めないか。薄ら笑いの堪えない所長を見ていると、物凄く胡散臭い。如何にも信用ならないといった感じで、詐欺師を演じさせたらこの男の右に出る者は居ないのではと考えられるくらいだ。

「とまあ挨拶はこれで終わりだ! 彼には戻り次第連絡を入れるように伝えておくからその時また改めてね! さて、ではお二人さん。今日は何のご用件で?」

「え?」

 深春先輩がキョトンとした顔を浮かべると、所長は気味の悪いスカーフをまた戻して、困ったように目を細めた。

「おいおい、ここに来たんだから何か用があるんだろ? まさか雪奈君からは何も聞いてないが、さあ言ってみなさい! 大丈夫、どんな秘密でも守ってあげよう! 流石に死体の隠し方とかは辞めて欲しいがね」

 用があるのは俺。深春先輩に心当たりが無いのは当然で、彼女は飽くまで雪奈さんにお礼をしに来ただけ。果たしてそれを用件と言うのならあるのかもしれないが、相談事務所の言う用件とは要するに『相談』なので……何にも関わりのない先輩には全く無縁の話なのだ。

「えっと……私はお礼を『こっくりさん』の事で……雪奈さん? に言いたかっただけで……本当にそれだけなんですけど。後輩君もそうだよね?」

「俺はそれに加えて『こっくりさん』の活用を教えてくれた人にお礼を言いに来たんですけど……所長だったら済みません。あの時応対してくれた人って不在の人ですよね」

 向坂君、向坂様。呼称不明。誰一人『向坂さん』とは呼ばなかった。単純な推理だがかなり自信はある。電話越しに聞いた喋り方と一致していないのだ。

「おお、そうだよ。彼は僕達全員の収入源……じゃないな! うん、言い方が悪かった! 僕達に波乱と動乱を巻き起こしてくれるとてつもない逸材だ! 不測の事態も何のそのってね。ところであまり聞きたくないんだが……用件、それで終わり?」

 



「―――いえ。実はこの事務所にしか頼めない様な相談が一つあります」




「あれ、そうだったの? じゃあ私は邪魔だったりする?」

「深春先輩は俺の仲間なので一緒に聞いてて下さい。九龍所長、雪奈さんに聞きました。面白い話だった料金はタダって言ってましたね」

「うん、そうだよ」

「じゃあ俺は、今から面白い話をします。是非とも協力してください」

 予告ホームランならぬ予告ウケ。どんな状況においても事前にハードルを上げるという行為は愚かでしかなく、大抵の場合誰も自ら上げたハードルを飛び越えられずに下を通過、もしくは激突する。そうならない可能性は否めないが、こんな話題を出せるのは世界中で俺一人だけだ。面白いと感じてくれなければその時はすっぱり諦めよう。幾ら請求されるか分からないし。

 向坂柳馬は異常現象に何度も遭遇してきた男だ。こと面白い話には目が肥えている。間違いなく面白い。

「実は―――」

「ストップ。まだ話さないで!」

 自信と共に話を切り出しかけたのに、早速出鼻をくじかれてしまった。猛烈に自信が無くなった事など所長らは知る由もないだろう。

「……何ですか?」

「ちょっと変な気配がする。緋花君、暗幕張って、雪奈君は電気を消して」

 所長が薄ら笑いをやめて慣れた様に指示を下すと二人はそそくさと動き、ものの数十秒でこの部屋を暗黒空間にしてしまった。ここまで完璧に暗いと平衡感覚も掴めなくなりそうだったので取り敢えず深春先輩の肩を借りて平常心を保った。

 何処かに瞬間移動とか、そういう事は無いか。

「さあ、話してくれたまえ。どんなふざけた話でも信じよう。小さいおじさんの目撃からタイムトラベルまでね」

「それは、どの範囲なの」

「ええい話の腰を折るんじゃない! 雪奈君、君は少し空気を読まなきゃッ」

「九龍所長。お言葉ですが話の腰を折るきっかけは所長が出したのでは」

 

 全員話の腰を折ってんだよ。


 一分ばかり話の腰を誰が折ったのかという言い争いを聞かされる身にもなって欲しい。最終的には多数決で所長が悪いという事になった。これ以上邪魔されたらせっかく持ち上げた自信が無くなりそうだったので、俺は雑音をかき消さんばかりの大声で告げた。







「実は! 俺の家には現在脱走中の死刑囚、七凪雫が居ます―――!」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 黒彼読み終わったら、メアリー→彼死と再読します! [気になる点] 黒彼270話読了直後 ここで初出じゃなくてあちらでしたか! てっきり彼死での出番は少ないけど存在感たっぷり匂わせキャラかと…
[一言] また某家の人が出てきたw なにこの安心感(確かCase1[i]くらいで出てきた気がする)
[一言] な、な、何してんの主人公!? え、それ言っていいの!?
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