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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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73/221

騎士と希死

「ねえちょっと……」

「ん、何だよ」

「恥ずかしいんだけど……!」



「生きるか死ぬかの時に恥ずかしいとか言ってられるか! 俺だって恥ずかしいわ!」



 背中にイボが生えた結果、おんぶが出来なくなってしまった。しかし綾子を置いていく訳にもいかないので選択肢は一つ。抱っこだ。女の子にする抱っこと言えばお姫様抱っこしかないので、度重なる説得の末綾子は俺にお姫様抱っこされる事になった。

「ねえ、どうせなら鳳介に代わってくれない? そしたら素直に喜べるわ」

「その鳳介を今探してるんだろうが。文句言うなよ、俺が不満なのは分かるけど。恨むなら烏を恨んでくれ、アイツがお前の足裏にイボを生やしたんだから」

 内心では滅茶苦茶喜んでいる自分を隠しつつ、元来た道を戻る。俺達は崖から落ちたからそこを上って、当初村人たちが来た方向に進めば新たな発見がある筈だ。彼女が言うにはどうも爆発音はそこからしたらしいし。

「……ていうか重いな」

「何よ、前に来たら重いなんて言って」

「片手がイボで使えねえんだよ。手の甲で抱えるって意外と難しいんだぜ?」

 そして慣れない事をすればその部分に負担がかかる。手の甲で人を抱えるなんて曲芸という程でもないが、わざわざやろうとする人間はいない。手の構造を見れば明らかだ。甲は受け皿として何か受け止める役割に無い。

「ぶっちゃけ交代出来るなら交代したいさ俺も。筋肉痛でお前を落としたりしたら元も子も無いし。 さて……鳳介は何処かな」

 村人たちが来た方向には洞窟があった。洞窟の中に洞窟と思われるかもしれないが、ここは大量の木々が上部で枝葉を絡ませて出来たいわば自然のドームだ。洞窟などではない。因みに懐中電灯を使う手は存在しないのでそれは綾子に任せた。本人の恥ずかしさも少しは晴れてくれると良いが。

 洞窟はわざわざ歩くという表現を使える程長さはなく、懐中電灯さえあれば入り口から出口が見える程度の広さだった。

「爆発音っていうから洞窟が崩れたのかと思ったんだけど違ったな」

「そしたら打つ手なしじゃない?」

「まあ……運が良かったんだよ」

 一目瞭然だがこの中に鳳介は居ない。洞窟を抜けると、だだっ広い空間に出た。



 そこだけは枝葉の天井が紡がれておらず、満天の星空と三日月が俺達を冷たく照らしている。正確にはそれらが照らしているのは中心に建てられた百葉箱だろう。そこを守るのは俺達を追い回していた十数人の集団。どれも例外なく両目をイボにやられており、それだけで無性に嫌悪感を掻き立てられる。酷い人間は殆どウニみたいになっていた。

 

 ……鳳介が居ない?


「来タ! やっぱり来タ!」

「あの爆発はお前達だな!」

「何故ヤサカニを知っていル!」

 発見されて早々に意味の分からない疑いを掛けられる。鳳介の仕業と言いたいが、当人がここに居ないのでは何とも言い切れない。しかしこの勘違いは色々と好都合なので精々コント仕立てに付き合わせてもらおうか。

「ヤサカニ……どうして狙うかは明白だろ。お前達が一番良く分かってる筈だ」

 背後からの不意打ちを警戒する為に横へズレる。後ろが壁になれば不意打ちの心配はない。代わりに逃走という選択肢が撮り辛くなるがハッタリで切り抜けるつもりなら不要だ。男達の顔が険しくなる。


「ダレから聞いた!」

「誰が漏らしタ!」

「裏切り者が他にも居たトッ?」

「教えロっ!」

「もう限界ナンダ!」


「……さあな」

 アドリブが下手すぎる男、向坂柳馬。彼等が何を言っているのかサッパリ分からない。しかし最初の攻撃とあの手記に書かれていた内容と合わせると理解出来る事もある。


『呪いは見られてはいけない』


 鳳介曰く、それは昔の呪術。

 最初の男は俺に何かを見られたと勘違いして襲ってきた訳だが、俺は直ぐに襲われたので実際には何も見ていない。しかしそう勘違いしてしまう程男は焦っていたという事だ。鳳介捜索に焦って移動したが、先に最初の家を調べておくべきだった。きっとあの家には見られちゃまずいものがあった筈だ。それさえ分かればまだ色々と掴めたかもしれないが、現状綾子をお姫様抱っこしたまま戻る訳にもいかない。

 さて、相手が襲い掛かってこないからどうしたものかと考えてはみたのだが、いつまで経っても襲いに来ないのはどうした事だろう。

「生かしておけないんじゃないのか、俺達は」

「ここは開けさせナイゾ!」

 開けさせない……手記の内容と照らし合わせると、彼等が守っているのが『宿』になる。どうも開けられたら困る……というか死ぬらしい。手記にそう書いてあった。成程合点がいった。俺達を殺したいだろうに動かないのは、あそこの百葉箱を開けられたくないからか。彼等の中では俺達は『病坂尼』を探しに来た強盗犯みたいな物だろうし、どうにかこの認識を活用して生き残れないものか……


「……なあ、一つ提案がある。俺達を見逃してくれないか?」

「それはムリだッ!」

「ここさえ開けられなければお前達も我等と同じ末路を辿るであろう! その右耳は呪われた証!」

「死なばもろとも、我等と同じ破滅を辿るが良い!」

 綾子の身体に力が入った。ありもしない谷間にイボが生えるだけで絶叫する様な奴だ、全身にイボだらけなんて考えたくもないだろう。俺だってそこまでは許容出来ない。局部にイボは今考えてもおぞましい発想過ぎる。

「……どうするのよ」

「鳳介の場所なんて聞いた所で教えてくれるとは思えないし、変に情報渡すのも駄目だよな……」

 見た目は完全に百葉箱だが、学校で見るようなものと比べるとかなり大きい。それに何故か煙突の様な筒状の物体が屋根に刺さっている。煙は出ていないし、人が入れそうな大きさでもない。目測で片足がギリギリ入る程度か。


 ―――無意味な構造とは考えにくいな。


 開けた天井。

 意味深な煙突。

 開ければ死ぬ。

 あの『宿』の中に『病坂尼』とやらがあるのだろう。それは気体か液体かそれとも固体なのか。そもそも未だにあの爆発の正体が掴めないというのも不思議だし鳳介は一体何処に隠れているのか。いい加減綾子を抱えているのも面倒になってきたし、もう何でもいいからさっさと彼を見つけて退散したい。

 警戒からの膠着と疲労からの膠着。両者互いを警戒するのみに留まっていたからこそ、全員の反応が遅れた。

 無理もない。誰が上空から爆竹が降ってくると思うのだろう。

「―――え」

「え?」

 自由落下で緩やかに回転しながら振ってきた爆竹は誰かが狙ったように百葉箱の煙突の中に入って―――爆発。


 パパパパパパパンッ!


「うわああああああああ!」

「ま、不味い! 誰か開けロ!」

「お前ガ開けろ!」

「てめエが開けろ!」

 突然の出来事に村人(便宜上そう呼んでおく)は俺達をよそに背を向けて『宿』を正面に口論を始めた。誰も開けたがらないのは手記から察せられたが事実だったか。




「おお~うまく行ったか!」

 

 


 天井から聞こえるは親友の声。素直に声のする方向を見上げると、開けた天井の端―――枝葉の絡まった天井に彼はぶら下がっていた。片腕で。

「鳳介!?」

 二の腕、目に続いて首筋に薬指と中指の間と中々どうして運がない。しかも指の間に生えたイボにいたっては潰れており、彼の手を夥しい血液が真っ赤に染め上げている。ポケットが血で真っ赤になっているので今までは手を入れて誤魔化していたのだろうか。

 鳳介はわざとらしく俺達に気付いた素振りを取ると、身体を振り子の様に揺らして一段下の枝へ飛び移った。しかし落下による加速までは耐えきれず、実際は枝を掴んだ瞬間に茂みに(洞窟の上に生えた雑草の中)落ちてしまった。

「どあああああああああああ!」

 着地先が急傾斜だったのだろう。転がりながら飛び出してくるが、二度も醜態を見せまいと今度は受け身を取って着地した。


「「鳳介!」」


慌てて駆け寄るも彼は自力で立ち上がる余力をまだまだ持っていた。段階を挟んだとはいえあれだけの高所から落下したにも拘らず、彼が一番痛がっていたのは潰れたイボであった。

「ああああ…………いっっっってえ……!」

 受け身も肉体を守るには最善だったかもしれないが手はどうしようもない。体中の血が全て集中しているかの様な出血量に綾子も心配を通り越して恐怖していた。手をついただけで足元がちょっとした血だまりだ。

「お、おい。大丈夫か?」

「大丈夫……な訳無いだろっ。指の間って意識してないと勝手に閉じるもんでな……ちょっとクラクラしてきたかもしれん」

「貧血じゃねえのかそれ」

「鳳介、大丈夫? 無理ならリューマに背負ってもらえばいいわよ」

「俺も貧血になるだろこの感じだと。やめろ!」

 爆竹を投げた犯人が下りてきたというのに村人は気にも留めない。お前が開けろお前が開けろと醜い責任の擦り付け合いにも似た言い争いを続けている。出血量にドン引いてみるみる顔が青くなる俺達を心配したのか、血塗れの手をポケットに入れ直した。一番見てられないのは血液ではなく苦痛に歪む鳳介の顔だと何故気付かないのか。

 彼の顔から余裕はなくなっていた。

「お前、今まで何処に居たんだ?」

「ん? 天井掴んで移動してたけど」

「は?」

「ここの天井って枝が絡み合ってるから大体ジャングルジムとかにある網みたいな感じで掴めるんだよ。お前達が下りた後、お前達に気を取られてる内に木から天井に上らせてもらって移動してた。暫くはお前達とこいつらを上から見て危ない奴等は片っ端から強襲しかけて叩きのめしてたんだが」

 ……もしかして度々あった木の揺れはアイツが天井から一々飛び降りてたから?

 綾子が恨めしそうに鳳介を睨んだ。

「居たなら、何で言わないのよ! 私、鳳介に何かあったらって考えてたのに……」

「すまんすまん。でも天井から声かけたら他の奴等にも聞こえるしな。ま、リュウが守ってくれると思ってたからそこは心配して無かったよ」

「俺も途中ではぐれたんだが?」

「それは知らん。お前が綾子を守ってるのを確認して俺も探索してたからな。それで……こんな手記を見つけた」

 鳳介が取り出したのは俺が見つけたものと全く同一の手記だった。血塗れの手で触るのを避けたか無事な方の手で綾子に投げ渡す。ずっと木の枝を掴んでいたせいだろうか、手のひらが少しすりむいていた。

「……読めないわ」

病坂尼やさかに逆家児さかやに栄酒山餌さかさかやに八邪異やまいすい。宿はとっくに限界だ。誰か開けて中を掃除しろよ。何で誰もしないんだよ馬鹿じゃないのか。誰かが身代わりになってでも掃除しないと宿が腐ったら全てが終わりだ。今までどうやって掃除してきたんだ。裏切り者は殺すんじゃなくて掃除をさせればいいだろうが」

 鳳介が読み上げた文章は手記に記されたままである。しかしあの複雑な漢字はそう読むのか、全く分からなかった。

「暗記したのか?」

「万が一失くしたら説明が大変だろうが。で、まあ気付いてくれたかと思うが、それが『病坂尼』の正式名称だ」

「え、そうなのか?」

「まあ呪いの一種だな。気になって色々な家にも侵入させてもらった。これは流石に持ってかなかったが……リュウ。お前が迂闊にも訪ねてしまった家覚えてるよな。見られたから呪いがどうとかっての」

「おう覚えてるぞ。お前探すのに夢中でそっち行くの忘れたけど、手掛かりがそこにあるかもって思ってた」

「だったら正解だ。あそこにあったのはな、小指だよ。多分子供だ」

 鳳介は憐れむ様な目線を百葉箱に向けて、感情を押し殺す様に言った。

「……あの中、子供の死体が詰め込まれてるんだろうな」

 死体に慣れていない訳じゃない。こんな事に付き合わされていると死体に遭遇する事は珍しくない。だが悍ましい光景に慣れたという実感は一切なく、子供の死体が詰め込まれていると言われただけでも気持ち悪さに吐いてしまいそうだ。自分の想像力が恨めしい。

「蟲毒って知ってるか?」

「あれでしょ。虫とかを同じ壺の中とかで飼って共食いさせて、生き残った奴を祀る……みたいなの」

「そうだ。それでな、俺が入った家には少なくとも複数の人間の一部分に釘が打たれていた。古典的な呪い方だ。呪いたい人物と縁のある物体に直接呪いを掛ける。だがもしそれが死体だったら……呪われた死体が複数あったら……どうなると思う?」

「…………蟲毒の感覚で行くなら呪い同士が食い合うのかな」

「実を言うなら俺も分からん」

「は?」

 ぶん殴ってやろうか。

「ただまあ『病坂尼』がアイツ等にとって重要なのは何となく分かったから、俺は天井伝ってこっちまで移動して、たまたま家に置いてあった爆竹投げてた訳だな」

「普通に洞窟通れよ」

「洞窟は人が居たんだよ。一発目の爆竹が外れたら流石にびっくりして動いたけどな」

 成程。天井を伝うなんて馬鹿げたルートを通らなければあの箱に続く道はあの洞窟しかない。探しつつ洞窟を守れば遅かれ早かれ俺達は捕まえられると考えたのか。村人からすれば万全の体勢だったのに背後から爆発音が聞こえたものだから、焦るのも無理はないか。

「良かったな綾子。あの爆発の犯人コイツだって」

「し、心配してないわよ! 私は鳳介の仕業だって知ってたんだから」

 いじっても良かったが、それよりも俺には気になる事が生まれてしまった。今までの話を聞いた上で尚理由が判然としない。

「爆竹は結構なんだが、何であそこ狙ったんだ?」

 そう、爆竹を投げ入れる理由が無いのだ。

 例えばあの箱を壊したいなら爆竹と言わず爆弾が必要になるだろう。単純に村人に対する攻撃がしたいなら目の前に投げるべきで、やはりあの煙突に入れる意味が分からない。呪いがどうとか死体がどうとか関係ない。全く頭の中で行動の理由が繋がらない。

 鳳介は余裕を取り戻したかの様に微笑む。

「あのな、リュウ。壺の中の毒虫を刺激したらどうなると思う?」

「……暴れる?」

「そういう事だよ」

「あ?」



「誰も開けたがらない。開けたら死ぬと分かってる。なら中のモノつっついて内側から開けさせりゃいいじゃんって話だよ」



 それは、示し合わせた様に起きた。

 口論を通り越して殴り合いにすら発展しかけていた村人たちの動きが止まったのだ。全員、何かを聞いたかのようにまっすぐ百葉箱を見つめている。扉を閉めていた五つの鎖が全て千切れていた。

「……あ、これヤバいな」

「私にも分かる。なんかヤバいわ」

「逃げた方が良くないか?」

 超常現象は今に始まったものではないが、喧騒が一瞬で鎮まるなんて病坂尼利用者からしても不味いものだと一目で分かる。鳳介に判断を仰ぐまでもなく転進しようとするが、肝心の鳳介が移動しない。

「鳳介、逃げるぞ!」

「いや待て。これは物凄くチャンスだ」

「何言ってんだよ、逃げなきゃ布男並のヤバい奴来るぞ!」

「私アイツのせいで一週間服着るの怖かったんだから!」

 俺達の声も空しく、鳳介は百葉箱に向かって走り出した。

「鳳介!?」

 幾ら彼が強かろうと多勢に無勢の法則には抗えない。綾子を抱えて俺もつい走り出してしまったがなんという事だろう。両手が塞がっているので仮に追いついても止める『手』がない。そもそも鳳介はべらぼうに足が速いので追いつけない!

 俺達の事など完全に頭から抜け落ちた村人の間を通り過ぎて、鳳介は勢いよく扉を開けた。彼の予想通り中には小さな死体がバラバラの状態で腐敗しきっていて―――でも、それだけ。鎖を破壊した原因は分からない。



 ピイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!



 その絶叫は箱の中から、鳳介から、綾子から、俺から、村人たちから。









 嘴のイボ全てから、発せられていた。


                      




  

 

 


 




マリオの1-2みたいな短縮ルートや

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― 新着の感想 ―
[一言] いやマリオの例えが分かりやす過ぎるw
[一言] まだ続くんだこの話。
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