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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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72/221

友達の道理

 懐中電灯を使っている人間は先程まで居なかった。それは確実に言える。あんな緊迫した状況で間違える筈がない。考えられる可能性は二つほどあるがそんなもの一々考えていたら捕まってしまう。


 今は逃げなければ。


鳳介の教えが脳裏に過る。

『足対足の鬼ごっこは基本的に逃げる側が有利だ。只の遊びなら単なる走力って事でもいいんだが、何でもありの場合な。良いか、まあ出来れば役に立って欲しくないんだが、追う側は圧倒的に差が開いてるでもない限りは最短距離を追ってくる。相手がお前よりちょっとくらい早くてもだ。例えばその道が整地されてないなら尚最短距離、つまり直線で来る。だから―――』


 後ろに向かって物投げつければ大体当たるし、当たらなくても時間稼ぎになる。言われるがままに俺は近くの枝や木を拾っては一心不乱に真後ろへ投げつけた。この不思議なエリアの中に整地された道というものは極一部だ。懐中電灯の光から逃れる為に俺が逃げた先は当然獣道。途中にぬかるみも確認した。投擲にどれだけの効果があったかは分からないが、二回転んで追いつかれなかったのだから十分だ。

「くそ……待てええええええ!」

 懐中電灯の光は前方に向けられている。後はほんの一瞬隙を作れればいい。親友の教えだけを信じて俺はやはりモノを後ろへ投げ続けた。近くに無かったときは土を少量でも拾ってそれを投げた。

「ぐえッ!」

 命中した。何処へ当たったかは分からないが大して速度も出ていない投擲物が胴体に当たっても怯むとは考えにくい。とすれば命中したのは顔面だ。俺は横に大きく飛ぶとその場に寝転ぶという大博打を打った。

 顔に当たっていなければ追跡劇は終了だ。俺の負け。しかしもしも顔に当たったのなら話は別だ。顔の前に物が迫って目を閉じない人間は殆どいない。それには訓練が必要だ。果たしてこの男が訓練をしている可能性は低い。

 さて、一時視界から消えたからといって俺の足が速くなったとは考えないだろう。男は周囲を照らしながら探す筈だ。


 そう、懐中電灯に頼っている。


 暗闇に長い時間晒されなければ夜目は利いてこない。男の実際の視界は懐中電灯が照らす個所と同じか精々少し広いくらいだ。そして人間の心理上、暗所に光源が存在すれば視界はそこに集中する。寝転がった瞬間、俺は土を掴んで正反対の方向に投げた。騙すのは本人じゃない、懐中電灯の向く先だ。

 投げられた土が足元の草に当たって音を立てる。迂闊に物音を立てられないのでどうなったかは分からないが、男の足が止まった。懐中電灯の光はいつまでも来ない。地面に飛び込んだ時の音が聞こえていたらまずうまく行かなかったが、どうやら本当に顔面に当たったらしい。意識が逸れて聞こえなかったのだろう。

「何処だ! 何処だ……こっちから音がした……隠れるな! お前さえ捕まってくれれば僕は逃げられるんだ!」

 叶う事なら心拍も止めたい。殺気だった声は近くから聞こえてくるだけで生きた心地がしない。先程も言ったがこれは大博打だ。体力的に逃げ続けられないと悟ったからこそとった。


 ―――息を、するな。


 雑草に触れてしまうので口を手で覆い隠す事もままならない。心臓を止めて息を止めて、光源が視界に映ったら驚くだろうから視界も潰して。


 ―――手記、投げちまったな。


 片手がイボで封じられているので仕方がない。後で探すとしよう。




 ピイイイイイイイイイイイイイッ!




 再び聞こえる鳥の声。そう言えば二度目―――初めて綾子にあの声が聞こえた時、俺と鳳介の身体にはイボが生えた筈だ。事態が事態だったから確認を怠ってしまったが、出来れば確認しておきたい。そして今も……いや、今は分かった。急に右側の音が消えてしまったので、右耳だ。


「いやああああああああああああああああああ!」


 ―――綾子!?

 何が起きた……違う。そうじゃない。何が起きたも何も彼女に危険が迫っているのだ。今の声につられたのだろう。男が懐中電灯を翻し元来た道を引き返す足音がする……


「行くんじゃねええええ!」 


 立ち上がるや否や光源に向かって突進。男の背中にぶち当たり、懐中電灯が雑草の中に紛れ込む。立ち上がる暇も与えずマウント体勢を取りつつ懐中電灯を拾って顔面を照らし上げる。

 まともそうに見えた男もまた(喋り方の話をしている)両目に嘴のイボを生やしていた。

「一回だけ言うぞ、アイツに近づく―――ッ!」

 マウントを取られている状態にも拘らず男は俺の首を掴み、爪を立てながら締め上げてきた。

「見つけましたあああああああああ! こっちにも、こっちにもいまあああす! こいつ、こいつをおおおおおおお!」

 鳳介と違って俺は穏健派だが、ここまでされて穏やかに済ませようという気概は存在しない。俺は男の両目を貫いて生えたイボを全力で全力で内側に押し込んだ。

「ギ゛゛ュ゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 こいつは人間じゃないこいつは人間じゃないこいつは人間じゃないこいつは人間じゃない。

 いっそ人間の面影が存在しない怪物なら躊躇なく攻撃が出来たんだ。必死にそう言い聞かせて押し込み続ける。首を捉えていた腕が俺の手首を掴まんと移動するが、構わず押し込み続けていると遂にイボが圧壊。血液が勢いよく俺に飛び散った。

「うえええええええええああああああああああああ!」

「アアアアアアアアアア゛アアアア゛ア゛アア…………ア、ア」

 音の手から力が抜ける。俺の指も限界だ。このイボ、先端から押そうとすると結構固い。不潔どころの話ではないくらい血液を浴びてしまったが、何処かに洗える場所は……なさそうだ。血液感染とか心配なので早く何とかしたい。

 この血液が後々『ヤマイ鳥』に利用される……なんて事があったら笑えないし。

「あ、綾子……そうだ、綾子!」

 人を殺してしまったという罪悪感は勿論ある。だがこういうトラブルは今に始まった話じゃない。鳳介も言っていたが『手遅れ』なのだ。何もかも。だからこの罪悪感は身勝手なものだ。勝手に感じてる、と言ってもいい。

 だがそんな区別がつく年齢かと言われると違う。俺達は中学生だ。切り替えなんて出来る奴は鳳介くらいしか見た事がない。俺と綾子には無理だ。これから先何回付き合わされてもきっと。懐中電灯を拾いつつ俺は声のする方向へ戻る。見つかるリスクについては今は気にしない。歩けない綾子が狙われるよりはずっとマシだ。

「綾子!」

「あ、りゅ、リューマ!」

 綾子は無事だった。相変わらずその場から動けていないようだがどうした事だろう。あれだけの大声を聞けば流石に集まると思ったのだが……鳳介が何かしたのだろうか。

「た、大変なのよ! い、い、イボが…………」

「イボ? ああ……何だ、何処に生えた? 見た所……大事な箇所には生えてなさそうだが」

 


「谷間に生えちゃったのよ!」



 そう言って彼女は服の襟を胸元が見えるくらいまで引っ張った。白を基調とした淡いピンク色の下着が見えて目を背けそうになったが、また視線を戻すと確かに胸の間に嘴のイボが生えていた。ああ、それは間違いなかった。


 …………。


「―――で?」

「え?」

「まさかお前、それで叫んだのか?」

「そうよ! だって胸元に生えるなんて……ついてないわッ!」

「いや、他の場所に比べたらマシというか、お前谷間つったか? 谷間出来る程胸ねーだろ鏡みろよ」

「あー言ったわねッ? 言っちゃったわねアンタ! もう許さん、マジで許さん! ここから脱出出来たら覚えてなさいよ!」

 急速に抜け落ちる緊張感はそのまま俺の体勢を崩した。なんて馬鹿馬鹿しい理由で叫んでくれたんだコイツは。今まで感じていた恐怖や不安と言ったマイナスな感情が全部吹っ飛んでしまった。イボは気持ち悪いので自動消去。綾子の下着を見た記憶だけが残って少し幸せになった。

「……鳳介は?」

「知らないわよ。だって動けないもの。でもなんか爆発音が奥の方でして……あれが鳳介なのかしら」

「爆発音?」

 アイツにそんな知識があるとは思えない。何だ爆発音って。何にせよ俺達の存在より優先しなければならない事が起きたのは確実だ。じゃなきゃ既に包囲されている。

「……あ、手記探すの忘れたわ」

「手記? 何それ」

「なんか重要っぽい事が書かれてる奴。でもまあ……アイツ探す方が先だな。村人が来ないってんなら丁度いい。探すぞ」

 背中を向けて乗る様に促すと、綾子は「あッ」と言って俺の背中に触れた。





「アンタ、背中に生えてるじゃない。これじゃ乗れないわよ!」  


  

   


 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 見えないところに生えるとわかりずらいってのがあったかぁ…… じゃあお姫様抱っこ、しよっか
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