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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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70/221

呪いを見たらば穴二つ

にゅにゅにゅ

 家屋の集まりと言っても俺達が普段知る町中と比べるといささか穴があるというか、不思議な並び方をしている。家屋は一律で同じ形をしているが、崩された積木の様な適当な並び方は人間の理性を感じない。言い方が悪いので訂正しておくと、計画的ではない。その全てが突貫工事で建てられたと言っても過言では……ない筈。

 さっきの下りがあるので今いち断定したくない。

「……なんか、気持ち悪くない?」

「お前にいつから霊感が備わったんだ?」

「違うわよ。霊感とかじゃなくて。ほら、人が居たら生活音とか聞こえるでしょ? 明かりはぼんやり見えるけど……何も音しないから」

 耳を澄ませなくても分かる。おかしな鳥の鳴き声など聞こえなければここは非常に静かで昼寝するには丁度良い場所だ。静かすぎると言ってもいい。それもその筈、獣道を通ってここに辿り着いたなら人里離れていると言っても過言ではないからだ。

「……これは、不味いな」

「何が不味いのよ」

「いや、断定はしたくないんだが、今までの情報からすると……」

「おいおい鳳介、お前らしくもないな。アザリアデバラ恐怖症の時なんてずかずか進んでっただろ! こういう時は乗り込んで確認した方が手っ取り早いに決まってるんだよ」

「あれは綾子が失禁して大泣きし始めたからだ。実際、正しい判断だったよ。俺は窒息しかけたしお前は潰されかけたけど」

「ちょっと、その話はやめて! 私の黒歴史!」

 静かすぎる山に聞こえる音の内訳を分析しよう。不気味な風一割、俺の声三割、鳳介四割、綾子二割。あまりにも声が通る。聖徳太子は複数人の声を同時に聞き分けられたと言うが、ここまで静かだと特殊スキルなんてない奴でもそれが出来そうだ。

 


「すみませーん!」



 何にせよ情報を得る為に俺は家屋の戸を叩いた。大声を上げながら扉を叩く様子はさながら昔ながらの借金取りか。山中という事もあってここは薄暗いのでどちらかと言えば単なる不審者か家を間違えた酔っ払い……


 ―――薄暗い?


 ふと空を仰ぐと、不自然な程成長した枝葉が空を覆い隠していた。豊かな森ならばあり得る話かと言われるとこれはまた違う。まるで洞窟みたいに枝同士が絡み合って完全に外界を隠しているのだから。

 俺につられて同じく見上げた綾子もそれに気が付いた。

「ほ、鳳介! 空が……」

「ん? ああそんなの最初から知ってるよ。ちょっと前にドローン飛ばした時にこの山も通ったんだが、こんな風になってる場所は見当たらなかった。つまり俺達はちゃんと『ヤマイ鳥』を追えてるって事だ。だから不味いと思ったんだが」

 鳳介の視線が家屋に移る。

「誰も出てこないのは意外だったな」

「すみませーん! 俺達、外から来たんですけどー。ちょっと道を教えてもらいたくて!」

 布男の時もそうだが、たまたま巻き込まれたりした関係で協力者が生まれる事がある。きっと今回もそのケースだ。これ以上応答しないのならそもそも誰も居ないと思うので開けてしまおう。山の中に住んではいけないみたいな話も合ったし、きっともぬけの殻だ。

 返事はない。ただの空き家のようだ。

「よし、開けるか」

「―――! 待てリュウ、待て開けるな―――!」




 鳳介の警告は一歩遅かった。扉を開いた瞬間、剣先スコップを持った男性が飛び出しざまに俺の首を掴み、問答無用に締め上げてきたのだ。




「ぐぉ……!? エ……フ」

「リューマッ?」 

「何処からキタ! 何故ここがワカッタ!?」

「ちょっと、リューマから離れなさいよ!」

 駄目だ、綾子。刺激してはいけない。遠ざけようと思ってもあり得ない力で首を絞められているせいで声が碌に出せやしない。出せる限りの力で抵抗するも、意味がない。スタンガンとか催涙スプレーとか……そういう武器が無いと駄目だ。

「ミラレタミラレタミラレタミラレタミラレタ! 呪いが返ってくる! 死ね、死んでくれ! お前らが死なないと俺が死ぬ!」

 首から手が離れて助かったのも束の間、剣先スコップの鋭い一撃が脳天を直撃し、俺はその場に昏倒しかけた。武器として扱うにはフォルムが致命的だと思っていたのだが、金属は金属だ。物凄く痛い。

「まだシナナイ! 死ね、シネ、呪いがすぐそこまで―――」



「俺の親友に手を出すなァ!」

 ベキッ。

 聞いた事もない破壊音が響き渡る。予期していた攻撃は遂に来なかった。鳳介が何処からか持ってきた太い木の枝をフルスイングしたらしく、男の膝が赤黒に染まってあらぬ方向に歪んでいた。

「ぎゃあああああああああああああああ!」

「鳳介! 今のは流石に過剰……」

「過剰防衛だってかッ? 馬鹿野郎そいつの眼を良く見てみろ。とっくの昔に手遅れだよ! おいリュウ、大丈夫か?」

 二人の手を借りて何とか立ち上がる。頭が割れるように痛いという表現は今使うべきだろうか。どうも俺の場合、物理的なのだが。

「大丈夫……じゃない。めっちゃいてえ。たんこぶ出来たんじゃないか。出血してるかも……めっちゃいてえ」

「すまん。武器探すのに手間取った。血は出てないから安心しろ」

「リューマ。歩ける? 肩貸そうか」

「いや、大丈夫だ。……にしてもお前、人がいるって気付いてた感じだったよな、開けるなって。どうして分かったんだ?」

「明かりだよ。壁から少しだけ漏れてるだろ。お前が戸の前で騒ぎ立ててる時に一瞬だけ遮られたんだ。この男は居留守を使いたかったんじゃない。誰も居ないと安心させて待ち伏せで殺すつもりだったんだろう」

 三人の視線が一斉に男へ降り注がれる。膝を砕かれた男は息絶えていた。顔中に嘴のイボを生やしながら。喘ぎ声が消えたのはイボに喉を塞がれて声が出せなくなったからだろうか。それとも口内のイボが潰れて出てきた液体で窒息した? 想像したくもない。気味が悪すぎる。

「キモ……」

「呪う行為は昔から人に見られちゃいけないって言うからな、それにしては返るのが早すぎるが」

「そういえば、どうして見られちゃいけないの?」

 素朴な疑問。改めて考えてみると確かに分からない。どっちかと言うと俺は呪い行為は認知されなければいけないと考えている。極論になるが、全人類から死を望まれている人間が居たとしても、それを誰かに教えられると教えられないとでは感情に変化が生まれるだろう。教えたら自殺するかもしらないが、知らなければ今日も幸福に生きられる。

 認知にこそ呪いの神髄はあると思っているので、綾子の質問には是非答えてもらいたい所。鳳介はポケットから靴紐を取り出すと、慣れた手つきで三つの塊を作った。

「左が術者、真ん中が呪物、右が標的。呪いは右と真ん中を結びつける事から始まるが、それをする為には左が真ん中に関わらなきゃいけない。所が右が左と出会うと……」

 右と左の塊が結ばれて円が生まれた。

「一方通行だった呪いの流れが循環する。標的の方向に呪いが流れてもその先には術者が要るだろ。今までの傾向と資料の限りじゃこんな感じなんだろうって俺は思ってる。実際は分からないぞ」

「おい。そこは自信をもって断定してくれよ」

「不確かなものを断定しても。それにこれが適用されるのは古い呪術で、新しい奴はそうでもない―――」

 今まで呑気に話していた鳳介の顔色が急変。誰が動いた訳でもないのに手を広げて動きを制止。「しーしーしーしー」と言いながら少しずつ後退する。

「…………な、何だ? 何が来るんだ?」

「無駄話しすぎた。緊張感をもう少し持つべきだったよ俺達は。奥から人が来る。多分コイツの仲間だ。めっちゃ叫んでたし様子を見に来たんだろうな。流石に俺も複数人の大人を相手にするのは無理だ。死ぬ自信がある」

「どうすんのよッ」

「落ちつけ綾子。左の茂みに隠れて様子を見よう。死人に口なしだ、誰も俺達の位置を通報したりしないさ」

 まだ痛みの残滓は残っているが、落ち着いて移動する分には問題ない。殿を鳳介に務めてもらいつつ俺達はゆっくりと茂みの中へ。足が草に当たったのを確認して四つん這いになり、死体を中心に様子を窺う。

「会話は無声音で頼む。それとちょっとばかりおふざけ禁止だ。命に関わる」

 俺達が静かになると耳を澄ませるまでもなく幾つもの足音が聞こえてくる。火の音は松明だろうか。時代錯誤も甚だしい。現代なら携帯のライトの方が実用的で、光源としても優秀だ。わざわざ松明を選ぶのは、そういう儀式的な意味合いなのだろうか。



 ピイイイイイイイイイイイイイッ!



 何処にいるのか皆目見当もつかぬ鳥の声。今度の声は他のどんな時よりも大きく、位置は特定できないがとにかく至近距離から聞こえた。

「―――え? あ、やだッ。ちょっと!」

「綾子ッ?」

 今度は何処にイボが生えるのか。そんな疑問が浮かぶよりも早く俺は何故か背後に倒れ込んだ綾子に手を伸ばした。勿論、イボの生えていない方を。それは軽率な行動というより、そうせざるを得なかった様に見えた。

 足元に淀んだ暗闇で良く見えなかったが、俺達が隠れた茂みはちょっとした崖の際に生えていた。しかしそれに気付けたとして、なんだ、もう遅い。体勢を崩した綾子はそのまま奈落の底へと落ちて行ってしまったのだから。


「ぎゃああああああああ!」

「うおおおおおおおおおお!?」


 俺を巻き添えにしながら。

 高度としてはそれ程ではなく、深い茂みがあったお蔭で多少衝撃も和らいだが、真の問題はそこではない。確実に正気ではない人間が大勢来た時に声を出してしまったのだ。



「呪いを見られるぞ!?」

「部外者だ!」

「こロせえええええええええええ!」

 


 考えるよりも早く身体は動いていた。痛みなど忘れて立ち上がり、未だに起き上がろうともしない彼女に手を伸ばす

「綾子、取り敢えず逃げるぞ!」

「ほ、鳳介は? 上で一人っきりでしょッ」

「アイツなら大丈夫だ、とにかく逃げなきゃまずい! 今は何処かで隠れてやり過ごすんだ。どうした早く手を取れよ! 今好きな人がどうのこうの言ってる場合じゃないぞ!」

「違うわよッ。お、起き上がれないの。私が落ちたのもそれが原因だし! あ、足を見てよッ」

「足?」

 茂みの中に隠れた健康的な肉付きの足を持ち上げると、特に何もない。ふと何気なく足先の方に視線をやると―――

「笛の音みたいなのが聞こえたら急に生えてきて……つ、潰したくなかったの!」




 


 綾子の足裏に、嘴のイボが出来ていた。   






   



 


  


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― 新着の感想 ―
[一言] にょにょにょ
[一言] 人を呪わば穴二つ。それにしても何を呪ってんだろ?
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