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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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鬼子祭りやよいやいそい

「イヒッ…………!」

「うぉ……!」

 

 ただでさえ気味の悪いイボが目から生えるなんて誰が想像したか。明らかに痛がってない鳳介の反応についてまずはツッコむべき所を、取り乱した俺達は彼の身体を揺さぶりながら尋ねた。

「鳳介! 大丈夫ッ!? このイボ、潰せば治るの?」

「やめろッ。古今東西何らかの症状を物理的に潰して良い方向に転んだ例はない! 綾子、お前はそんな事も分からないのかよ!」

「分からないわよ! 小学校で教えてくれなかったもん!」

「じゃあ中学校で何習って来たんだよ!」

「行ってないわよ!」


「お前等…………落ち着けって。俺は大丈夫だし、別に痛くねえよ」

 

 鬱陶しいと言わんばかりに鳳介は両手を突き出しながら距離を取った。

「確かに潰したら治るもんじゃないと思うから潰さないでくれ。恐らくだが本当に目が潰れる。だがリュウ、こんなもんの対処法を学校で習い始めたら世も末だ。習ってる訳がない。綾子に無茶言うな」

「……本当に痛くないの?」

「痛かったら痛がるよ俺は。一番痛かったのは絞首台に吊られた時だな。あれは死ぬかと思ったというか……実際、お前が来なかったら死んでた。今は全くの無痛だぜッ」

 嘘ではないだろうが、傍からみた光景が痛々し過ぎて今いち信じられない。例えるなら完全に失明した目を見せて『全く痛くないし何ともないよ』という様なものであり、どんな善人でも精々こちらを気遣っている程度にしか思わないだろう。

「どうやら、どうやら鳴き声一回につき一イボ、一人だけだ。タイムリミット付きだな」

「は? タイムリミット? 何で?」

「いいか? 鳥は制空権握ってるんだ。俺達が逃げても、何処までも付いてきて鳴き声を聞かせられる。そして烏を見つける為に探し回るには鳴き声という手掛かりが必要だから嫌でも聞かなくちゃいけない。タイムリミットだ、俺達三人がイボだらけの怪物になるか、その前に『ヤマイ鳥』が焼き鳥になるかのなッ」

「焼き鳥にするのか!?」

「叶うならな。そう言えばカラスの焼き鳥なんて食った事ねえし……雑談はこのくらいにして、どっちでもいいからこの看板読んでくれよ」

 当初の話はそうだった事をすっかり忘れていた。それもこれも全ては鳳介を心配していたからなのだが、本人がそう言うなら仕方ない。これ以上はありがた迷惑もしくは大きなお世話になる。議論の末、鳳介を振り向かせたい綾子が看板を読む事になった。

「……お前、手に生えたんだな」

「ああ、お蔭で片手を実質的に潰されてる。綾子にはまだ何も無い。お前の言う通り対象範囲は一人らしいな」

「ああ。お蔭でヤマイ鳥の正体というか区分分けが出来たきがするよ。あれは―――」



「ここより先、やまいざかにの里……?」



 大声で読み上げる綾子。しかしどうも読み方が要領を得ないというか、難読漢字に思わず直面してしまった時の様に歯切れが悪かった。助け舟を出すべく俺も看板を覗き込むと、『病坂尼の里』と書かれている。どうやらこれを読もうとした結果あんな歯切れの悪い言葉になったらしい。

「……やさかに、が一番しっくり来るんじゃないか? 読み方的に」

「え、本当にそれでいいの? 根拠は?」

「無い。喧嘩上等、夜露死苦』みたいな感覚だな」

「不良じゃん。やっぱり鳳介じゃないと読めないわよこれ」

 でも鳳介は目が見えない。そう言いかけた瞬間、疑問が浮かんできた。彼がやられてしまったのは片目だけであり、確かにそっちは失明しているが、目は二つある。もう片方を使えばこの看板は何事も無く読めた筈だ。

「なあ鳳介。単直に聞くぞ。お前の眼、今どうなってんだ?」

 こういう緊急事態において鳳介は嘘を吐かない。正しくそれが死に直結すると分かり切っているからだ。なので彼が見えないと言ったら絶対に見えていないのだろうが、物理的な構造とのすり合わせが出来ない。鳳介は片目を抑えながら、パチパチと無事な目で二回瞬きをいた(イボのせいでもう片方はそもそも瞼を閉じられない)。

「俺も知らんっ。その看板の文字だけが見えないんだ。でも触った感じ何か書かれてるのは間違いなかったからお前等に読んでほしかった。そうか、この先にやさかにの里があるのかー」

 触るだけで分かるとは何事かと俺も手を伸ばしてみたが、違いが全く分からない。彼は何を判別したのだろう。片目を失ったのに何事もなく歩き続ける鳳介が俺達は少し恐ろしかった。小学生のメンタルどころか人間のメンタルじゃない。

 幾ら痛みがないからって腕が切り落とされたりしたら普通の人間は到底現実を受け入れられない。夢と信じて眠るか、喪ったという事実に耐え切れなくて精神に多大なダメージが入るか。いや、無事ならそれに越した事はないのだが…………

 時々怖いが、そんな怖い鳳介に俺達は幾度となく助けられている。この程度で友達を辞める気は全く無いし、少なくともまだこの探検には付き合ってやる予定だ。

 彼の背中を追っていく。のろのろと歩みを進める鳳介に追いつくのは実に容易かった。

「病坂尼の里、知ってるのか?」

「知るかッ! でも『ヤマイ鳥』に関係するのは間違いないな。さっきも言った通り、この山には昔から人が住んじゃいけないとされている。法律って訳じゃねえから破るのは勝手だが、破った奴は全員不幸になるんだ。里なんてとてもじゃないが築けないッ! だよなあ」

 ここで言う『不幸』とは死ぬか行方不明だ。徒労だけを与えてくれた『首狩り族』の不幸には精神崩壊や植物状態も含まれているというどうでもいい余談を遺しておく。

「それにさっき綾子に遮られたが、ヤマイ鳥は厳密には自律的な怪異じゃなくて呪術……呪いだってのが分かったよッ」


「「えッ」」


 綾子と俺が揃って顔を見合わせる。

「いつ調べたの? 携帯?」

「もしくは電話で専門家に?」

「圏外つっただろ俺はッ。良いか? 俺達が出会ってきた自律型怪異は条件を満たした人間、もしくは範囲内の人間を襲う。まあ布男とかD子ちゃんとか二十面相とかだな? ところがこいつは鳴き声を聞いた人間全員じゃなくて、個別にイボを出してる。ご丁寧に鳴き声を一回聞くまでは感知されない仕様でな」

「それとこれがどう呪いになるんだよ。呪いってあれだろ? 藁人形打つとか、髪の毛を収めるとか、そういう」

「何か例えが古い気もするけどいいか。そうだなッ、確かにそれも呪いだ。けどこう考えてみればどうだろう。鳴き声が呪詛だとしたらって!」

 俺達は造形に深くないまま鳳介とつるんでいる。何を言っているのかサッパリ分からず、これまた気まずい雰囲気が立ち込めてきた。一先ず彼の解説待ちだ。

「…………要するに! あの烏は呪いをばら撒いてるだけ、いわば手段で、本体は別に居るって仮説だッ」

「あーそういう」

「鳳介っていつも何処からそういう知識を得てるのかしら。もしかして私が知らないだけで義務教育として」

「習ってたら俺ももう少し友達が出来たんだがなッ あっはっは!」

 綾子のボケを軽くあしらい、相変わらず微塵の躊躇もない速度で足を進めていく。自分が呪われる事など微塵も恐ろしくないと言わんばかりに、勇ましく歩みを進める。俺達は彼の事をこの上なく心配しているのに、彼本人が自己安全をまるで考えないのだから世話が焼けるというかなんというか。

「呪いと分かったからって策はあるのか?」

「策? 必要か?」

「え?」

「策も何も一番効果的なのは術者をぶっ飛ばす事だよ。まあ人かどうかは分からない。噂ってのは何より起源が大切だ。話を聞いてたよな。山に居た呪術師が殺されかけた時に逃がしたって。それで探してるって話だから……状況が本体なのかもしれないな」

 時々起こる事だが、鳳介と俺達では知識に差があり過ぎて彼は時々一人の世界に閉じこもる。何やらぶつぶつと呪詛みたいな独り言を垂れ流す彼の背中は、日常風景だった。

「ね、ね、リューマ。私、何か役立てないかしら」

「いや~ああなった鳳介に役立てる奴は居るのか……? まあ里が見つかったらまた話は変わってくると思うけど、俺が思うにあれはずっと前からある旧い看板で、里なんてある訳がないとおもうんだよなー。文字も掠れてたし」

「お、名探偵ね」

「たまには名推理するんだよ、俺もな」





「お、お前等、見て見ろよ。奥に家屋の集まりがあるぜッ!」






「へぼ探偵ね」

「たまには外すんだよ、俺もな」 

  

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― 新着の感想 ―
[一言] リューマww判断証拠が薄すぎて思考という名の勘な筈なのに博識ぶってる浅慮さが後に何をもたらすか.....
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