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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
5th AID  葬去された青春

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不壊の友情

 『ヤマイ鳥』に遭遇した人間に話を聞くべく、俺達は早速出かけた。遭遇者については鳳介しか知らないので俺達は彼の背中を追うしかない。その道中、綾子が俺に話しかけてきた。

「ねえリューマ。あの件どうなった?」

「あの件? ……ああ、プレゼントか。喜んでたぞ、凄く」

「良かったッ。これで他の子から一歩リードした形になった訳ね。うふふ……♪」

 先に言っておくと、鳳介は物凄くモテる。人を死の危険性に晒す事と言い倫理観は赤点に近いが、巻き込むのは決まって俺達二人だけでありその他の人間は絶対に巻き込もうとしない。他の人間に見える天埼鳳介とは運動神経抜群のスポーツマンであり、いつもリレーの選手に選ばれるような人間がモテない筈がない。

 

 綾子は鳳介に惚れている。


 俺の事なんて眼中にない。それは悲しいが、しかしそのお蔭で気兼ねなく付き合えているとも言える。プレゼントの件というのは他でもない、俺が鳳介から聞き出した情報を元に彼女が贈り物をしたという単純な話だ。

「私、アンタが友達で良かったって思ってるわよ。だってアンタが居てくれなかったらこんな事出来なかったし」

「まあ俺に出来る事なら協力するよ。付き合えるといいな」

「―――うんッ。また何か情報があったらよろしくね」

「ああ……情報、情報か。ちょっと聞きたい事が出来たな。おーい鳳介!」

 綾子から距離を取って、鳳介の肩を叩く。彼が止まらないので、俺は並ぶように歩き出した。

「何処まで行くつもりなんだ?」

「『ヤマイ鳥』が出るとされてる山の近くにある休憩所だ。ちゃんと連絡は取ってて骨折り損って事はないから安心してくれ」

 鳳介が俺達に約束している事は二つ。

 命の安全。

 生じた費用の全額負担。

 巻き込んでいるという自覚からそれを徹底しているのだが、幾度も死地を潜り抜けたせいで彼の精神は少々子供離れを起こしている。語りたがらないので彼の家庭事情は知らないものの、恐らく円満なものではない、と考えられる。でなきゃ毎日の様に俺の家へ来ない。

 

―――あまり考えた事もなかったが、お金はどうやって捻出しているのだろうか。


「いや、違うんだ。俺が聞きたいのはそういう事じゃなくて……綾子の事だよ」

「あ?」

「勘の良いお前なら気付いてんだろ。綾子がお前に惚れてるって事くらい」

 何故彼女が俺を頼ってまで振り向かせようとしているのか。話がここまで拗れているのは他でもない鳳介のせいだ。コイツは随分前から綾子の好意に気が付いている。気が付いていて何もしない。否定もしなければ肯定もしない。感情を弄ぶというより持て余している。

 何故そんな真似をするのかというと……

「またその話か。綾子は吊り橋効果で俺を好きになってるだけだよ。一過性のものだから気にするなって」

 死地に飛び込む事で生じる吊り橋効果……恐怖と恋愛の錯覚……で好きになっているだけと言ってきかないからだ。勿論、そんな事は無いと思っている。俺からしても鳳介はカッコイイと思うし、モテると言われても「まあそうだろうな」という感想しか出ないくらい良い奴なのは知っているから。小学生とは思えないくらい大人びた心の持ち主だと知っているから。女の子が年上を好きになりやすいのは精神的な年齢の問題だとテレビで見た事がある。鳳介を好きになる理由として適当なのはどちらかと言えばそっちの方だ。

「それともお前、バラしたのか?」

「バラす訳ないだろ。どう考えても喧嘩になる。でもお前がいつまでも知らんぷり続けてるのは……綾子が可愛そうだよ」

 鳳介はポケットに手を入れて、諭すように零した。

「俺はな……この関係が好きなんだ。俺とお前と綾子で一緒に馬鹿やるこの関係が。崩したくないんだ、崩れたらもう元に戻らない気がする。分かってくれよな」

 天埼鳳介は相手がどんな怪物であっても果敢に立ち向かう男だと知っている。しかし今の彼は、まるで何かから逃げている様に思えた。トラウマとは言わずとも、考えたくもない出来事をどうにか避けようとしている様な……。

 

 ここまでの流れを見たら分かる通り。俺はある種の二重スパイだ。


 綾子には鳳介の好感度を上げる為の情報を流す。そして鳳介からは綾子をそれとなく制御しろと言われて……はないが、彼の意向を汲んで個人的に行っている。どちらにも肩入れしていて、どちらをも裏切っている。そんな窮屈な思いをしていても尚付き合っているのは、根底に彼と同じ思いを抱えているからだ。

「子供みたいな発想だけど、お前達とはずっとこのままで居たいんだ。大人になってもな。俺が守ってやるつもりだが、今までも結構お前のファインプレーで救われた所はある。今回も期待してるぞ、親友」

「親友って……お前なあ」

 



「さあついたぞ! ここだここだ!」




 内緒話を断ち切って鳳介が大声を上げた。草を掻き分けて作られた道の先には円形に開けた木造建造物がぽつんと立っており、その隣にはトイレと……また別の小さな建物が立っていた。扉には鍵が掛かっている。また、道をずっと進めば猟師の仕事場であろう山が待ち受けていた。

「取り敢えずあそこで待ち合わせしてあるッ。話を聞きに行くぞ!」

「いつもの事だけど、鳳介は本当にテンションが高いわね」

「じゃなきゃ実際に体験して小説書いてみようなんて気の狂った発言しないだろ」

「ま、それもそうね」

 惚れている事実はさておき、病的なまでの執着力には綾子も若干呆れ気味だ。俺と一緒に溜息の一つも吐きたくなる。怠そうに彼の背中を追うと、鳳介は休憩所のドアを開けて誰かと話しこんでいた。

「済みません、お電話させて頂いた天埼鳳介です。貴方は……」

「俺ぁ猟師の山地ってもんだ。坊主、こうして呼びつけといて何だが、悪い事は言わねえ。帰った方が良い」

 鳳介の横からひょこっと顔を出すと、休憩所には何人かの猟師が溜まっていたが、寛いでいるようには見えない。葬式も斯くやと思われる重苦しい雰囲気は休憩所に似つかわしくなかった。彼が話しているのはその内の一人であり、外見だけで判別するのも変だが、一番の年長者に違いない。年功序列がまかり通る界隈かは分からないが、少なくともリーダー的存在ではあるらしい。

「……周りの猟師さん達は? 休憩中には見えませんが」

「うちの仲間の酒井って奴が居るんだがな、そいつ『ヤマイ鳥』の声を聞いちまったんだ。そのせいで狩猟どころの話じゃなくなってな。だがこんな馬鹿らしい話警察にしても仕方ない。坊主が来るまでの間、酒井をどうするべきか皆で話し合ってた所だ」

「『ヤマイ鳥』の名前を知っている……誰が名付けたんですか?」

「さあな、俺も知らねえ。只、俺のじいさんのじいさんの頃にはもう名前が知れ渡ってた。猟師の間だけだが。ふん、有名な話だよ。病をばらまくから『病鳥』、八羽いるから『八舞鳥』、まあ色々あるがな。昔はよくしつけに使われたもんだが……まさか、実在するとは思わなかった。ここに居る奴等全員、ついこの前まではそう思ってたよ」

「……僕も噂は知っています。しかし確認の為という事で、その有名な噂を教えてもらえませんか?」

 その前に、と、山地さんは立ち上がって、鳳介の目の前まで接近してきた。

「何で知りたい? 電話じゃ理由を濁したよな。こんな馬鹿らしい話を聞くだけなら好きにしたらいいさ。けど坊主。わざわざそこまで深入りしようとするって事は……何かするつもりだろ」

「仮にそうだったとして、山地さんに関係があるのでしょうか」

「大ありだ馬鹿野郎! 話を聞かせるだけなら別に良い。だがあれはマジの怪物だ。子供を危険な目に遭わせられるか!」

 山地さんの発言は尤もであり、俺達は無意味に危険地帯を歩く大馬鹿だ。真っ当な大人にとって子供とは庇護の対象であり、まして法律の通用しない存在を相手にわざわざ死にに行かせる悪趣味な大人は居ない。

 鳳介は大の大人に目を合わせて、真っ向から感情に受けて立った。

「…………子供を危険な目に遭わせたくない。では大人は良いのでしょうか」

「あん?」

「大人だって危険な目に遭いたくない筈。じゃあどうすればよいと言われたら、僕はこう思います。危険そのものを絶てばいい。僕はこれまで『ヤマイ鳥』の様な様々な怪物に立ち向かってきました。でも全てじゃない。手に負えないと判断したら逃げた事もあります。確かに山地さんにとって僕はクソガキかもしれませんが、わざわざ首を突っ込むのは無謀でも蛮勇でもない。クソガキはクソガキなりに分別をつけてるんです。本当に危ないと思ったら勝手に逃げますよ。だからどうか、それを判断する為にも教えてください」

 詭弁である事くらい山地さんは直ぐに気が付いただろう。論理的には幾らでも説得できるが、しかし人間は感情の生き物。話さない事には鳳介を納得させられないと踏んだのか、彼は元々座っていた位置に座り直して足を組んだ。

「『ヤマイ鳥』。厄病神の使いとも言われてる烏で、元々は山の中で暮らしてた呪術師に飼われてたらしい。どんな理由かは知らないが呪術師が殺されかけた時、ありったけの呪いを烏に籠めて逃がしたって話だ。そんで強引に逃がされた鳥は今も飼い主と自分の住処を探して飛び回ってるってのが噂だ」

「それで?」

「呪いの籠った烏の声を聴いちまった奴は、全身から鳥の嘴みたいなイボが生えてくる。休憩所の隣に雑な造りの建物があっただろ。声を聞いちまった奴をそこに入れてる。みんな、触りたがらねえ」

「症状が確認出来てるなら病院に行けば何か分かるのではあ?」

「それが、誰にもこのイボを見せたくないと本人が暴れるんだ。本人が行きたがらない、誰も触りたがらない。病院には行けないだろ」

 山地さんはポケットから鍵を出して、鳳介に投げ渡した。

「伝染したって話は聞いた事がないから、判断したいなら実際に会いに行ってみれば良い。坊主、後悔すんなよ。夢に出ても知らねえからな」

「…………有難うございますッ!」

 くるりと身を翻し、彼は得意気になって鍵を見せつけた。

「第一段階、クリアだ。さ、いよいよご対面と行こうぜ」

「ねえ鳳介。私達逃げ出した事なんてあったかしら?」

「いや? 全部戦った」

「嘘吐いたのッ?」

「俺はリスク管理出来てる人間ですよーって言っとかないと話が聞けないと思ってな。鍵を渡したって事はそれだけ醜いんだろう。俺みたいな子供が見たら普通は逃げ出したがるくらいなのかもしれないな。百聞は一見に何とやらって奴さ!」

「そこまで言ったなら忘れないだろ」

「ともあれあの人は直接見せる事で俺達を危険から遠ざけようとしてる。それを利用する形になるのはちょっと心が痛いけど、原因さえ解決出来たら無問題ってな。行くぞッ」

 

   

   

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