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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
4th AID 幸福と偽りのワライ

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忘れていた平穏

体力が爺だから一話書くだけで疲れる。

『皆さんが静かになるまで五分も掛りました』

 もしここに小学校の頃の先生が居たならそう言うだろう。薬子も空気を読んでか俺達が落ち着くまで何もしないでくれた。だがそれは単純な読み違いであり、注文しないで居座る客が迷惑というのは飽くまで回転率を求める店……俺達が普段行く様な店で、この手の店はお客の質を大切にするので、ゆっくりしてもらって構わないとの事。           

 生活力の違いがこんな恥ずかしくも貧しい勘違いを生んでしまった。尿意は無いが無性にトイレへ行きたい。

「何頼もうかな……」

 恐らく一番慌てていた瑠羽は早くも気を取り直してメニューを眺めていた。熱しやすく冷めやすいではないが、瑠羽は落ち着くのも早かった。特に写真付きのメニューは格別に美味しそうで、見るだけで食べられる技術が生まれればそれだけで満腹になりそうだ。

「焦る必要はありませんよ、私は向坂君と雑談に興じていますから」

「俺も決めたいんだけど」

「私の分析によれば向坂君はこういった事にあまり時間を掛けないタイプだと思っていましたが、違いましたか?」

「いや、合ってるよ。でもお前は時間を掛けるんじゃないか?」

「残念ですがそれは外れています。私も向坂君と同じで時間を掛けないタイプです。気が合うみたいですね」

「因みに理由は?」

「一々理由を求めるものでもないと思いますが。単純にザっと見て食べたい物を決めるだけです。例えば今回であればこのオムライスランチに決めました」

 幾ら俺でもまた理由を聞いたりはしない。既に理由を求めるものではないと釘を刺されている時に同じ言葉を言えたらどれだけ肝の据わった人間か、むしろ評価されてしまうだろう。恐らく評価されるのは肝ではなく理解力……の低さ。

「向坂君はどれにしますか?」

「何か適当にサンドイッチとコーヒーでいい。たらふく食べに来た訳じゃないからな」

「えー。お兄ってばテキトーだね。もっとゆっくりすれば良いのに」

「食べ放題って案外ゆっくり出来ないだろ。過ぎたるは猶及ばざるが如しってことわざ知ってるか?精神的にも落ち着きたいならこの方がいい……ってお前どれだけ食べるつもりだよッ」

「んにゃ、あんまり食べないよ? 出来るだけ美味しいものをと選んでるだけ」

 選びきるのにはまだ時間が掛かりそうだ。メニュー表を閉じると、対面に座る薬子に俺は世間話を交えながら情報を聞き出す事にした。

「そう言えばお前って、元々何処に暮らしてたんだ?」

「…………何故、そんな事を?」


 ―――世間話が下手すぎた。


 核心には程遠いが、彼女にとっては聞かれたくない質問である事に変わりはない。何故なら彼女はメディアで一度も己の住所を開示していない。それは偶然かもしれないが、天玖村出身である事は死刑囚の口から割れている。隠していると考えた方が自然だ。

 しかし目は口程にモノを言う。動揺は駄目だ。失敗したなら次の策を考えるまで。

「いやほら。なんか……いや、七凪雫ってそう簡単に捕まえられるものじゃないだろ? だから長い付き合いになりそうで……お前の事、良く知りたいんだよ」

「………………」

 七凪雫の気配が付いているらしい俺を篭絡する為に薬子は手段を選ばないと聞いている。つまりそれを逆手に取って質問すれば俺から信用されたい彼女はまず食いつくと考えた訳だが……反応は渋い。薬子は顎に手を当てて考え込んでは、時折視線がこちらへ向けられる。瑠羽みたいに注文を決めかねる振りをしておけば良かったと今思った。そうすればメニュー表で顔を隠せて、何か悟られる心配をする事にはならなかった筈だ。

 真顔を続けているつもりではあるが、無意識の行動は訓練しなければどうしようもない。薬子に視線を向けられる度、生きた心地がしなかった。

「―――そうですか。では教えましょう。私の出身は天玖村です。雫と同じ場所ですね」

「えッ!」

 何の事情も知らない瑠羽が驚いてメニュー表から顔を上げた。

「でも七凪雫は皆殺しにしたんじゃ……」

「他言無用でお願いします。皆殺しというのは少し話が盛られていまして。しかし私一人を残して全滅したのですから皆殺しと言っても差し支えない数なのは認めます。千人以上が一瞬で……信じられないかもしれませんが、それくらい」

 瑠羽は新現実なんぞよりも余程非現実的な罪の内訳に言葉を失っていたが、あり得ない話ではない。雫は名前さえ知っていればその人物を操る事が出来る。そこに恐らく制約は無く、その気になれば千人単位で同時に操れても不思議ではない。漫画的な話をすれば強すぎる能力には欠点が無ければ面白くないが……事実は小説より奇なり、だ。

 俺が気になっているのはそこではない。天玖村について瑠羽が全く言及しない点だ。知っての通り天玖村は十年前を最後に全ての情報が断絶している。インターネットにすら載っていないしその徹底ぶりは誰も興味を持たなくなったでは説明できない程不可解だ。この情報社会においてどんな情報も無価値という事は無く、誰かしらに必ず有益性が出るようになっている。

 にも拘らずそうならない理由として、考えられる理由は二つくらいだ。国が何か隠しているのか、雫の力みたいに不思議な能力が発揮されているのか。前者は陰謀論めいていてあまり好きじゃないので、個人的には後者を推したい。非現実的と第三者は言うだろうが、その力を知っている以上非現実も何も現実そのものだ。

 根拠として、薬子の家に行くまで俺や深春先輩も天玖村の不自然さに全く気が付かなかった。妄想になってしまうが、天玖村に掛かっている力は意識の盲点に存在を追いやる……みたいな。それ自体は妄想だが、妄想自体の根拠はある。

 雫逮捕の記憶。

 時系列と年齢の矛盾。

 天玖村の情報の断絶。

 少し考えれば直ぐに気付ける露骨な違和感がこうも避けられているのだから、盲点にあるというのはあながち的外れな妄想でもない。従来の盲点とは視覚の死角―――ダジャレではなく、見えているが目に映らないという意味だ。

「じゃあ事件が解決したら天玖村に戻るんですか?」

「私以外誰も居ない村に帰っても仕方ありません。七凪雫が逮捕出来れば…………そうですね」

 


「注文決まったッ!」

 


 メニュー表とにらめっこを続けていた瑠羽が不意に声をあげて、会話は強制的に打ち切られた。薬子の関心はすっかり妹の方へと向いてしまった。

「……では注文しましょうか。食べながらゆっくりと話しましょう」




                                             









                                                                                                                                                                                    


 注文を受けて間もなく、料理が運ばれてきた。この中で一番手軽なのは勿論俺であり。正に軽食と呼ぶに相応しい食事内容だ。

「お兄がコーヒー飲むなんて珍しいね」

「ん? ああ……確かに昔は飲まなかったな」

「格好つけたい年頃ですか?」

「違うわッ! ま、別にいいだろ気分だよ気分」

 コーヒーは好きでも嫌いでもないが、目を瞑って匂いを嗅げば隣に居るような気がしてくるのだ。


『さて、リュウ。今日の調査だがすっごく危険だッ。という訳でまずは落ち着いてコーヒーでも飲んで落ち着こう』

『飲めねえよ。あんなの苦いだけじゃねえか』

『ヤナギってお子様なのね。でも今回は私も味方よ。あんなの苦いだけだわ』

『分かってねえなあお前等。いやでも、お子ちゃまだから仕方ないのか? この大人の味わいを味わうには十年早い……出直してきなッ』

『お前何歳?』

同い年タメ

『ついでにお前も出直してこい』

『何でだよ!』


 目を開ける。

 二人はおらず、居るのは薬子と瑠羽の女子二人組だけ。これが幻だと分かっていて尚、俺は二人の事を今も親友だと思っている。たまには思い出すのも良いだろう。ここが新現実だか仮想現実だか知らないが、あの過去は俺にとって何より忘れがたいわすれていたい思い出なのだから。

「そもそも飲めるの? 美味しくなかったらお金の無駄遣いじゃない?」

「流石に飲める。そこまでお子様じゃないもんでな」

「お子様?」

「ああいや……何でもない」

 思い出に浸るのはこのくらいでいいだろう。今の俺には聞かなければならない事が……出来るだけ薬子から情報を聞き出したいのだから。

「話の続きだ、薬子。雫を逮捕した後はどうするんだ?」

「ああ、そうでしたね。逮捕出来たら…………」

 薬子は一口運んでから―――



「この新世界構想を完成させたいと思います」



 見た者全てを恐怖させる悍ましい笑みを浮かべて、自信満々に言い切った。

 

                                                       

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