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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
4th AID 幸福と偽りのワライ

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まるで世界は俺の掌

 奇妙だ。

 違和感が無さ過ぎてむしろ奇妙。何を言いたいのか分かってもらえないだろうが、現実と遜色ないのだ。仮想現実説は置いといて、俺の知ってるVR系統の機器は被った感触であったり、映像的な違和感であったり、粗探しにはなるが現実との境目を認識出来るだろう。

 それがない。だから奇妙だと言っている。

 今度は薬子も自重していない。瑠羽がぴったり張り付いて離れない右手側を避けて正反対の手を掴んできた。両手に華のこの状況は普段なら恥ずかしがる所だが、ここが現実ではないと知っている(新現実って何なんだよ)ので動揺はしない。道行く人々もつまりは幻みたいなものだ。

 と言っても夫婦、友人、恋人等様々な関係性を窺わせる通行人はリアリティというよりリアルそのものなので平静を装えるというだけで恥ずかしいのには違いないが。

 恐らく薬子が設定を弄っているのだろう。現実的に薬子は有名人であり、道行く人々がそれに気づかぬ道理はないが、まるで彼女が一般人であるかの様に、肩を違わせる人々は気にも留めない。

「そういう意味じゃ現実感は無いな」

「何かご不満が?」

「お前に人が寄ってこない点がリアルじゃない」

「成程。しかしデートにはこれくらいの方が都合が良いでしょう。向坂君が好きなゲームだって似たような話が言えるのではありませんか? 面白くない、不便になるリアリティは要らない。大切なのは楽しめるかどうかです。これはまだ試作品ですが、自由に設定を弄れるという点は未完成故の長所とも言えるでしょう」

 ゲームを引き合いに出されると何も言えない。確かにそうだ。テンポを阻害するリアリティはゲーム的には不要。だがそれはゲームという娯楽だから通用する理屈であり、仮にも新現実を名乗りたいこれには相応しくないのではないか……そう考えたが、便利ならそれに越した事はないので追及はしない。

「薬子さんの言い方からして、完成したら弄れないんですか?」

「完成とはそういう意味ですから。まあ、細かい事を一々気にしていたら生きてられないのは現実でも同じです。リアリティとは言いますが、現実だってそこまで整合性が取れているものではありませんよ」

「そういうものか?」

「多くの人々は事態が好転するのをご都合主義と呼び、悪化するのを現実の厳しさなどと呼びます。整合性が取れているとは言い難いではありませんか。ご都合主義とはその人の都合に合わせて動くからそう呼ばれている訳ですが、現実をどうにか厳しく慈悲のないものにしたい人にとっては事態の悪化こそご都合主義でしょうに。整合性を極めてもその先にあるのは機械的な世界だけです。少し雑なくらいがかえって現実的なものですよ、真の意味でね」

 それに、と薬子は空を仰ぎながら補足する。

「私は有名である事を望まない。七凪雫さえ逮捕出来ればそれで良いんです。だからここは、私にとって居心地が良い」

「じゃあ何でテレビ出演なんかして自分から知名度を上げてるんだよ」

 彼女は七凪雫に関してのみ特殊な逮捕権が生じている。情報はそれこそ警察に頼れば良いし、ちょっとした無理も雫を逮捕する為とすれば上層部がどうにかするだろう。只の犯罪者を相手にするのとは訳が違う。俺には物凄く優しいが、何度でも言おう。彼女は死刑囚だ。それも非科学的な力を実際に所有した危険人物。多少強引な手段を講じてでも捕まえなければ、きっとそれ以上の被害が出るだろうという予測は自然なものである(今の所俺の部屋で隠れているだけだが)。

 よくよく考えてみれば、メディアに出演する理由は何一つとして存在しない。有名になりたくないなら出なければ良い。出なくても捜査は成立する。 

「テレビに出れば、七凪雫に圧力を掛けられるではありませんか。私はまだお前を探している……そのプレッシャーを与えるだけでも事件は起こしにくい筈です。彼女は私に絶対勝てませんから」

 自信に満ち溢れた予測は寸分の狂いも無く当たっている。知る限り彼女と出会ってからの殺人は俺にどうしても危害が及びかねなかった場合のみ。それも俺が居た痕跡を全く残さない配慮までした上で行っている。

 それもこれも、薬子が俺の学校に籍を置いてまで張り付いているからだ、

「あの、薬子さん。私気になってるんですけど、絶対勝てないっていうのはどういう根拠があるんですかッ?」

「剣道三倍段をご存知ですか? 大雑把に説明すると武器を持った相手に対して素手が無理なく勝つには三倍の実力が必要と言われている理屈です。私には七凪雫の三倍以上の実力がある。それだけですよ」

「かっこいいです!」

「ふふ、有難うございます」

 瑠羽に尊敬のまなざしを向けられて満更でもない表情で薬子は口元を緩ませる。得意気に言ってくれるが、只一人その発言に納得出来ない男が居た。

 

 そう、俺である。


 何故彼女の能力に剣道三倍段を持ち出すのか、まずそれが分からない。異能力に三倍も糞もあるまい。強いて言えば百倍くらい必要だろう。雫は『自滅する』とか何とか言って使おうとしないが、その事情を知っているのは俺と雫だけ……或いは薬子も知っているかもしれないが。何らかの理由で無効化出来るならそれを三倍の実力とするのはいささか語弊があるし、事情を知らないなら異能力に対しての過小評価が甚だしい。

 あれを三倍程度で抑えられるなら警察も薬子を一時的に重用したりしないのだ。差などという言葉で表せるならこちらは人海戦術でどうとでも埋められる。しかし事実として雫は捕まえられていない。剣道三倍段がどんなに的外れな話かこれで分かっただろう。

 まあ、異能力が使える事を瑠羽は知らないし、内部事情を話さず説明するには今みたいに言うしかないのかもしれない。

「なんか平和な町って見てて不安になっちゃうな」

「ん? 何でだ?」

「だって実際の方は事件がたくさん起きてるじゃん。お兄をイジメてた人が死んだり、その……他にもテレビで殺人事件が集中してるし」

「え、そうなのか?」

「お兄自分の部屋にテレビあるんだからちゃんと見なよ」

「いや…………まあ、うん。でもちゃんと解決してるんだろ? じゃあ別にいいじゃないか」

「何言ってんの、全部七凪雫が起こしてるんだよッ?」

 

 ―――えッ。


 人間、本当に驚くと碌に声すら出ないものだ。しかしそれは所業に驚いているのではなく、あり得ない情報に戸惑っているだけだ。

「雫……七凪雫がッ?」

「お兄、何でそんな意外そうな感じなの? 自分の村の人を皆殺しにした人……だよ。マジにヤバい奴なんだから、不思議はないでしょ」

 いやあ不思議だ。不思議で仕方ない。誰も知らないだろうが、俺にとって雫とは世界一優しい女性の事を指す。例えば深春先輩はいい人だが、『胸を揉ませてくれ』と言ったら果たして応じるだろうか。答えは否(当たり前だろう)。

 しかし雫はまず応じてくれる。というか俺が襲っても受け入れてくれる。高校生の欲望などたかが知れてると言わんばかりに全てを受け止め、愛してくれる。七凪雫とはそういう人物だ……とまあ個人的な事情を差し引いても、納得はいかない。

 雫が殺した人物は阿藤秀冶、花ケ崎圭介、新田瑞希、岬川夕音、相倉美鶴。しかも殺害理由はそれぞれ、俺が助けを求めた、俺が殺されかけた、危ないストーカーで……と、最後こそ議論の余地はあるが、基本的に雫は消極的だ。殺害に応じたのは俺が危ない目に遭ってしまったからだ。本人と話していても分かるが、彼の死刑囚は殺人を好む異常者どころか、普通の暮らしを望む健常者だった。毎晩ピロートーク(肉体関係は無いが同衾しているので一応)をしている俺が言うのだから間違いない。

「私にとっては事件ばっかりの町が普通だったから……むしろ不安。ここって事件とか絶対に起きないんですよね?」

「設定を弄らなければ起きませんね。ああ、そうそう。言い忘れていました。まだ未完成ですので、作り込んではいません。精神衛生上入る気はありませんが、風俗なんかにも入れたりします」

「それを聞いて、俺が行こうって言い出すと思ったのか? 妹も居るのに。まあ居なくても行かないけど」

 そういうエッチな事は雫が無償でやってくれるだろうし。

「ああいえ。それは明らかに杞憂でしょう。私が言いたいのは―――」

 薬子が前方にある喫茶店を指さした。

「あれは木辰市にある一見さんお断りの店です。ここの時刻では既に十二時を回っていますし、どうでしょう。お昼でも」

「俺は……まあ確かに朝ご飯はあんまり食べなかったな。急いでたし。瑠羽、お前はどうだ?」

「眠くて覚えてない」

「案の定な発言だな。つまりあれだろ、風俗入れるなら入れるんだろ、あそこにも。中は作り込んであるのか?」

「向坂君。そこまで手を出せるならVRでしょう。私が弄れるのは『設定』まで。あそこのお店は実際そのものです」

「何言ってんだよ。だってここは仮想世界―――」

「新世界です」

「ああ、そうだったな! 何が違うんだよマジで!」

 空腹を自覚した瞬間、腹の音が自己主張を強めてきた。出入り自由の割にはちゃんとお金がかかるらしいが、それも薬子が奢ってくれるらしいのでお言葉に甘えて入店する事になった。

「はぁ…………ここが、大人のお店?」

 一見さんお断りの店に相応しく、店内はシックでモダンな雰囲気に満ち満ちていた。そう思わせる何よりの理由は壁紙や天井の色合いだろう。黒とグレーを基調に白も交えて視覚的な落ち着きを見事に演出している。

 店員の案内を受け、俺達は外が良く見える窓際に席を取る事になった。こういった店に入り慣れていない向坂兄妹は長椅子に仲良く座り込んだまでは良かったが、そこからどうにも落ち着かなかった。落ち着く雰囲気とは言ったが落ち着けるとは言っていない。知らない店に入り込んだ感覚が強すぎるのだ。

「そこまでそわそわしなくても、強盗なんて来ませんよ」

「いやあ、なんかこういう高そうな店って入った事ないからさあ」

「私も……お兄、手繫ご?」

「おう。……まあ落ち着いた雰囲気の店は好きだけどな、俺は」

「好きならば、どうか落ち着いてくれませんか?」

「マイナスがオーバーフローしてむしろ上限に届くみたいなあれだよ。分かるだろ」

「分かりません」

 俺達が落ち着くまで、五分かかった。

 


  


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