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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
4th AID 幸福と偽りのワライ

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新世界構想

「…………えッ」

 偏見だが、こういった機械は一度意識を切ってから何か起こすものだと考えていた。しかし断言しよう。意識に一切の断絶はなく、その状態で俺はここに放り出された。

 宙と地上を行き交う車。ルール無用に走る自動車の数々は交通法規など忘れて気ままに走っている。一体何人の人間を轢いているのかと思ったのも束の間。車は人々処か建物をすり抜けている事に気が付いた。なので交通事故は起こり得ない。対向車線に逆らおうとも全てすり抜けてしまう。

「あ、あのう、ここは何処でしょうか……」

「ん?」

 道行く人々は居るが、誰も彼も俺の存在など見えていないかの様に通り過ぎていく。初めて俺に声を掛けてきたのは妹―――ではなく。

「…………だ、誰ッ?」

 そう、妹ではない。身長が一八〇を超え、上から下まで余す所なくスレンダーで、それでいて磨き込まれた陶器の様な滑らかな肌で。不健康さとは無縁(不健康な白肌とは青白い肌を指す)の輝きを誇っている。

 しかし待って欲しい。真の意味で他人なら俺だってここまで驚かないし、わざわざ妹ではないなどと念押しする必要はない。何故強調したのか答えは一つだ。瑠羽の声だったのである。

 似た声の人間というのは居ない事もないかもしれない。しかしこの状況、この瞬間、こんなピンポイントで遭遇する確率は本人である可能性より絶対に低い。

 だが声以外が違い過ぎて、本人とも言い切れない。

「あ、済みません。私……向坂瑠羽って言います」

「瑠羽!? え、本当に?」

「……ご存知なんですか?」

「いやいやご存知も何も俺は……向坂柳馬な訳ですが」

「ええ!? お兄ッ? うっそだあ。鏡見てみなよ!」

「はあ?」

 手頃な鏡なんて用意していないので、差し当たっては建物の窓ガラスを使って己の姿を見つめる。驚くべき事に、鏡には目を覆いたくなる程に美しいイケメンが映っていた。

 誰だこいつは。

「…………誰?」

「ほら、何処からどう見てもお兄じゃない」

「―――お、おう。その通りだな。でも何でお前喋り方が戻ってるんだ?」

「そっちの喋り方が間違いなくお兄だから。何年妹やってると思ってるんだか」

 声と喋り方を除けば俺達は揃いも揃って別人同士。本人を名乗る別人が困惑しているという何とも表現し難い状況は暫く俺達の頭を混乱させた。

「えーと……瑠羽。お前、状況を説明してもらえるか?」

「うん。お兄に抱っこされて横になって―――薬子さんにお休みって言われたら、急にここ来た。あれかな? VRみたいな話かな?」

「VRにしちゃ色々リアルすぎるだろ。お前にだって触れるし、大体さっきまで居た部屋はこんなに広くないだろ。でも……」

 いいつつ車道を走り抜けて向こう側まで全力で駆ける。三台程衝突事故が危ぶまれたが、案の定すり抜けて来たので俺にとっては何の障害も無い。

「ほらな、明らかに広すぎる。VRつっても、流石に距離感覚までは誤魔化せないだろッ。ゴーグル被って夢中になってたら現実の壁にぶつかったなんてたまに聞く話だぞ!」




「その通り。これはVRではありません」




 天から降り注いだ重低音に俺達は身構えた。一八〇超えのスーパーモデルみたいな体型の瑠羽は上空からの異変に対して非常に守りにくかったが、飛来物は俺達を避けて車道のど真ん中に落下した。大の字に叩きつけられた物体が人間であると理解すると、俺達は恐ろしくなって逃げだそうとし―――

「…………ふう。そして現実世界でもありません」


「ぎゃあああああああああああ!」


 我慢出来なくなって逃げだした。屋上から身を投げ出して生き残るなんて人間技ではない。というか人間じゃない。本能が訴えていた、関わるべきではないと。しかし飛び降りてきた聞き覚えのある声を持った女性は苦も無く俺達に追いつくと、目の前に立ち塞がった。

「落ちついて私をよく見てください。誰か分かる筈です」

「……薬子さんッ?」

「お前は姿変わってないのかよッ」

 薬子の声を持った別人がまた出現したと思ったら、彼女には何の影響も及ぼされていないらしい。そういう法則があると勝手に思い込んでいたので、本人登場はかえって俺達を困惑させた。

「この世界で反映されるのは自分の理想。こうなれたら良いなという願望が反映されています。私は興味がないので変化なし、お二人は……まあ、そういう事です」

「へえ…………」

 俺の願望はこんな感じだったのか。自分ごとなのにどうして自覚がないのかと言われれば、今更普通の生活なんて望んでいないからだ。強いて言えば雫と一緒に暮らしたい。今のままでも愛してくれる彼女が、たまらなく愛おしい。

 まあそれはそれとして、イケメンになれるなら悪い気はしない。

「で、VRじゃないっていうのは?」

「VRとは即ちバーチャルリアリティ。仮想現実の事をさしますが、これは仮想……デジタルなものではないと言えばいいでしょうか。向坂君は近い内に現実と仮想の区別がつかなくなるかもしれないという危惧をご存知ですか?」

「私、知ってますッ。五感を刺激したりもするから、このまま発展していけば現実と大差なくなるって話ですよね」

「まあ、簡単に言えばそういう事ですね。そもそも私達が暮らす現実も高度な仮想空間かもしれないなんて説もあるくらいですから。 しかしながら、その時代が来るのは今から……失礼。いつになる事やら分かりません。そんな簡単に発展していくなら歴史なんてものは積み上がりませんから」

「で、これは?」

「これは仮想現実ならぬ新現実……NRと安直に言いましょうか。まだ試作品ではありますが、どうでしょう。現実と大差ないのではありませんか?」

 そう言われると大差ないのだが、俺も馬鹿ではない。薬子の説明とこの状況が噛み合わない事には直ぐに気が付いた。

「ちょっと待て。NRだか何だか知らないが、これじゃ仮想現実説みたいなもんだろ。変な機械被って現実みたいな場所に居るんだから」

「そうですね。近いものはあります。しかしあれは脳に干渉しているのに対してこちらが干渉しているのは…………いや、これ以上は辞めておきましょうか」

「おい。そこまで言ったなら説明しろよ!」

「八〇年待ってください」

「長いな!」

 ちょっとタンマ処の時間ではない。気軽に言ってくれるが、平均寿命的に俺は死んでいてもおかしくない、というか死んでいる。それ以前に八〇年と経たず今回の約束なんぞ忘れている。瑠羽も「その頃には忘れてそう」と言っていた。ほら見た事か。

「さて、少し設定を弄りましょうか。お洒落してきた意味がないとまた言われてしまいそうですから」

 薬子が指を鳴らすと、俺と瑠羽の背がどんどんと縮んでいき(視線が急に低くなれば嫌でも分かる)、やがて見慣れた視界が戻ってきた。服も今日着てきた通りの物になっている。瑠羽は非常に残念そうにしていたが、やはり兄としては元の姿の方がしっくり来るというか……あのモデルみたいな女性が妹とはどうしても認識出来なかった。

「あ、お兄だ。本当にお兄だったんだ」

「疑ってたのかよ」

「ふふふ。嘘嘘。お兄なのは知ってたよ」

 悪戯っぽく瑠羽が微笑む。親の目を気にしないでこんな風に触れ合ったのはいつぶりだろうか。肩の力が自然と抜けて行く。デートだ何だと気張っていた俺が少し馬鹿みたいだった。

「衝撃的な体験をお約束すると言ってはみましたが、どうでしょう。驚いていただけましたか?」

「そりゃあ驚いたよ。主にお前の投身だけどな」

「あれはまあおふざけです。気にしないでください」

 生きているから自殺にはならないだろうが、金輪際あんな真似はやめてもらいたい。薬子が超人であると加味しても尚、危なっかしい。見ていてハラハラする。瑠羽は元の身体を残念そうに見つめていた。




「元の姿に戻したという事で、早速デートの続きをしましょうか。お二人もどうぞ、新世界をご堪能ください」

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 実は機械に何の意味もなくて只視界を弄ってるだけ説
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