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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
4th AID 幸福と偽りのワライ

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天玖世界に君臨す

負け戦の古戦場なので更新しまう

「姉!? え、でも俺と同学年……え?」

「勘違いしないでほしいが、血縁上の関係はないよ。私には本来の母親が居たが、その人が死んでしまった事で代わりに引き取られたんだ。年齢的には私が上かもしれないが、しかし後から急に入ってきた人間に姉として振舞われるのもあちらとしては納得いかないだろう。だから妹なんだよ」

 年上の妹なんて歪な話だ。村の中の話として処理されていなければテレビに投稿出来るレベルだ。それで終わったら褒美にならないと彼女は言ったが、個人的にはその情報だけでも十分ご褒美だ

「……そういえば疑問なんですけど、外から来る人間に対応って言いますけど、それって観光とかたまたま通りがかったとかそういう話でしょ? 例えばですけど、天玖村に移り住んできた人に対してはどうするんですか? まさか神律なんてものを守るとは思いませんけど」

 郷に入っては郷に従えとも言うが、物には限度がある。仮に『この村では殺人こそ至上の愛である』というルールがあったとしても、元からルールに支配された人間を除けば誰もやろうとしないだろう(そもそも犯罪だしね)。

「ああ、そうだね。じゃあ教えてあげるからさ、ちょっと勉強机の方に行ってくれる?」

「え? それとこれと関係あります?」

「説明する為には前準備が必要な場合もあるだろう。ミステリードラマだってそうじゃないか」

「そういうもんですか」

 雫の身体が離れたのを残念に思いながらも、勉強机の方へ。ただ向かっただけなのでどうという事はない。

「じゃあその椅子を私の前に持って来て」

「椅子を?」

 安楽椅子の探偵の真似事でもするつもりだろうか。それとも眠っている間に推理をどうにかしてしまう……分からないが、せっかく勉強机まで来て断るというのもおかしな話なので言われた通りに持っていく。

「そこに座って」

 座る。

 雫がベッドから上体を起こして、俺の顔をマジマジと見つめ始めた。

「な、何ですか?」

「股を開いて」

「え? …………まあ、はい」

 ここまで従ったのだ、ここで拒否しても雫は怒らないかもしれないが、せっかく天玖村の情報をくれるというのに些細な我儘を通している場合じゃない。何より今まで従っていたのが馬鹿らしく思えて嫌だ。

 股を開くと、重ねる様に雫も足を開いて俺の腰にしがみついた。別に何もしていないが、遠目から視たらどう考えてもいかがわしい行為に興じているだろう。

「ンフフフッ」

 今度は何をするのだろう。キスか、それとも本当にそういう行為なのか。ここまで来たら引き返せない。覚悟を決めて俺は唾を呑みこんだ―――



「はい、おーしまい♪」



「…………え」

 何が何だか分からず、俺は狐につままれたような気分になった。さっぱり分からない。今から説明が始まりと信じていたのに、気が付けば説明が終わっていた。何が起こったのか俺にも分からないが、多分何も起きていない。

「え、え、ええ? ちょ、ちょっとどういう事ですか?」

「君はフット・イン・ザ・ドアというテクニックを知っているかな?」

「いや全く」

「簡単に言えば一貫性を保ちたい人間の心理を利用したテクニックだよ。簡単なお願いから徐々に大きなお願いを伝えていく。一貫性の無さがダブルスタンダードとして批判される世の中だ、君は断りにくかったんじゃないかな?」

「まあ……」

「例えばあの後、私の首を絞めろと言っても君は従ったんじゃないか?」

「…………」

 種明かしをされた今はあり得ない。けれどあの瞬間までは―――いいや、あり得ない。あり得ないと信じたい。そんな筈がない。俺が雫の首を絞めるなんて。

「そしてもう一つ―――安心して。これは楽ちんだから。もし私が今誰かの名前を聞いたら、君はその思惑をどう考える?」

「殺す気でしょうね。だってそういう能力あるんですから」

 にわかには信じがたいが信じるしかない。七凪雫には絶対に名前を教えてはいけない。一度名前を教えてしまえばそいつは只の肉傀儡だ。俺も予期せぬ方向から名前を知られてしまったので実は命の手綱を握られている。操らないのは義理堅さ故だろうか。

「最初に与えられた情報がその後の判断に影響を与える。これをアンカリング効果と呼ぶ。君は私に『名前で人を操る力』がある、『死刑囚』と知っていたからそういう判断を下した。違うかな?」

「その通りです」

「この二つの応用さ。みんなが法律を守るのは何でかな? 好きで守っている訳じゃない、メリットがあるからだよね。捕まらない、犯罪者にされない、守ってくれる。だから法律に従う。極論にはなるけど、法律を守る限り暴行されるし、犯罪者にされるし、ありとあらゆる不運が舞い込んでくるんだったら誰も守らないよね」

 本当に極論だが、その通りだ。人は必ずしも合理的には動かないが、合理的であろうとはしている。死刑囚を匿うという行動は合理的ではないが、それ以外は善人であろうとする俺のように。

 それ以前に害ばかり与える法律を守るのは『合理的』ではないが。

「多くの人間は傍に居るだけで命に関わるくらいの不運に遭わせてくる人間には近寄りたくないし、世界中の人間から敵視されている人間の味方をしようとは思わない。さて、では発想を逆転させてみよう。言う事を聞けば聞くだけ良い事が起こり、背いてしまえば悪い事が起こるとしたら……?」

 聞くに決まっている。リスク管理が出来ている人間程聞くのではないだろうか。聞き過ぎれば危ないと思っていても従わなければ悪い事ばかり起きる。不運を警察は取り締まれない。『今日の運勢は悪いから逮捕して』と言われて警察は一体何をすれば良いのか。

「言う事を聞くようになる、でしょうか」

「その通り。やり口はこうだ。村に移り住んできた人間に対して最初は世間話なんかで距離を近づける。もし相手が引き籠りでもメールとかSNSで接触する方法はあるからね。そしてフット・イン・ザ・ドアを使って一貫性を作り、相手にお願いを聞かせていく。お試しで君にやったあれはすぐに終わらせたけど、本当は長い時間をかけてやる。そうして段々大きなお願いにしていくんだ。神律を守れとか、村の集会には来いとかね」

「……それは大きなお願いって言えますか?」

「十分大きいよ。最初のお願いは本当に些細だから。階段を下りる時は右足からにしてみようとか、テレビを見る時は特定のチャンネルを経由しようとか、今日は黒い靴を履こうとか、一番近いコンビニに入ってコーヒーを買ってみようとか。本当にそういう些細な事から始めるんだから」

「……成程」

「一度従ったが最後だよ。直に神律を何よりの法とする村の人間になってしまう」

 成程、村の人間にしてしまうから結局内情が外に漏れないという訳か。話の流れという意味では仕方ないが、果たしてここまで都合よく行くのだろうか。それは天玖村の情報が一切出回っていない時点で肯定されるべきだ。


 ―――んん?


 俺は薬子の家にあったあの風景を何処かで見た事があるような……幻覚か、夢か。それはハッキリしないが。思い出せそうで思い出せない。

 しかしその引っ掛かりのお蔭でまた別の引っ掛かりに気付けた。食い気味に尋ねる。

「あれ? ちょっと待ってください。少し前に聞いた時は幼馴染って言ってませんでしたか?」

「幼馴染で姉妹なのは何も矛盾しないだろう、血縁上は他人なんだから。でも、だから仲は良かったんだろうね。そこだけを考慮するなら殺される謂れなんて全くない。でも確信出来るんだ。捕まえる気は更々ないし、私を捕まえた後は絶対に殺すって事は」

「それは…………どうして?」

「これ以上は、教えられない」

 え。 

 本日二度目の狐につままれたような感覚。ご褒美と言いながらもったいつけるその様子に腹を立てた俺は、雫の背中を抱き寄せて顔を近づけた。

「そこまで言っておいて何で教えてくれないんですか? もしかしたら役立つかもしれないのに!」

「教えたら、今度は君が命を狙われる。私の逃走を幇助した君は共犯者なのかもしれないが、命まで狙われる必要はないよ。薬子に殺されたくはないだろう。妹さんが、悲しむよ」

 誰かの身を案じる死刑囚が何処に居るだろう。史上に残る極悪犯が、俺はどうしようもなく愛おしい。

 暫く互いの表情を窺い合っていると、雫が動いた。フット・イン・ザ・ドアの悦明は終わっているのに体勢だけは変わらない事におかしいとは思っていたが、端から彼女はそれをするつもりだったのだろう。抱き寄せたのも悪かった。

 雫は俺の頬に優しいキスをしたのだ。空か舞い落ちる雪がたまたま顔に当たった……それくらい優しくて、儚い。

「…………薬子なんかに目を向けちゃ駄目だよ? 君には私が居るんだから」

「……わ、わ、わわわわわわ分かってますよ」

 顔を真っ赤にしようが目を瞑ろうが彼女が離れてくれない事には危機を脱せない。腰のあたりをグリグリと擦り付けてくるのなんて、分かっててやっているに違いない。

「こんな事、他の子はやってくれないよ? 薬子だってそうさ。手段は選ばないとは言ったけど、君が情報を渡したが最後興味を失う筈さ。君を見て、君の為だけに身体を差し出すのは私だけ。君が胸を揉みしだいても、君が私をレイプして孕ませたとしても警察なんて呼ばないよ。だって私は、君が大好きなんだから」

「し、しし、雫ってもしかしてヤンデレですか?」

「……ヤンデレ? 何それ」

 きょとんと無邪気な顔で首を傾げるのを見、俺は肩透かしを食らった。知らないなんてあり得ないとは言わないが、名前くらいは聞いた事があるのではと思っていたのだ。その顔は、完全に未知の物と遭遇したようでカワイイ。

 ……って違う違う。

「特定個人を病的に愛してる人間の事です。ま、現実の人間にはあまり用いないんですけども」

 現実に用いる奴は大体気持ち悪い奴扱いされる。なので俺は気持ち悪いが、死刑囚を匿う時点で気持ち悪いを通り越してヤバいので問題ない。

「成程。じゃあそうだね。私はヤンデレだ。君が大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで……叶う事なら一日中くっついていたい。君が今みたいに私で興奮する様をずっと傍で感じていたい」

「言葉にされると恥ずかしいのでやめてください! 分かりました、分かりましたから! 浮気とかしませんし、絶対鼻の下を伸ばしたりなんかしませんから!」

 命乞いにも似た約束を取り交わすと、ようやく彼女は俺から離れてくれた。全身に熱が迸っている。恥ずかしいし、気持ち良かったし―――何より興奮してしまった。いや、もう本当に危なかった。雫と触れ合っていると、自分が正常でなくなっていく。

「君の誠意は伝わった。それじゃあ明日からのデートを愉しんできたまえ。ああ、それと君の妹だけど、何やら話があるみたいだから夜食ついでに聞きに行けば?」 


 


















「瑠羽」

 何事も無く夕食を食べ終えた後、直ぐに自室へ戻ろうとする妹に声を掛けた。

「……お兄。どしたの」

「お前、俺に何か話があるんじゃないか?」

 両親や俺でさえも気が付かなかった変化は、果たして存在していた。瑠羽は驚いて飛びずさり、何もない所で尻餅をついた。

 驚くというよりは恐怖している。

「お、お兄凄い。何で分かったの?」

「瑠羽の事なら何でもお見通しなんだよ、ははは」

 全くの嘘だが、兄としての威厳を回復するには十分だ。妹は体勢を立て直すと、俺を自室の中へと招き入れ、内側から鍵を掛けた。両親には聞かれたくない話らしい。

「……お兄とお風呂、入らなくなったよね」

「は!? え、まさか一緒に入りたいとか…………言わないよな」

「違う違うッ。それはいいの。お父さんとお母さんに勘違いされそうだし」

「勘違いしないと思うけどな」

 瑠羽を恋愛対象として見た事は一度もない。血の繋がった妹をそういう目で見る事自体、俺には考えられない。美人じゃないとかスタイルが良くないとかそれ以前の話だ。妹だから恋愛対象以上の理由は存在しない。

「…………お兄としなくなった事、まだあったよね」

「ん……ああ、添い寝か」

 鳳介達とつるんでいた頃は良くしていた。瑠羽が暗闇を怖がるせいで、何度も何度も添い寝したものだ。夏は暑苦しいが、冬は人間湯たんぽとしてとても温かかった。俺が虚言癖と言われるようになってから―――つまり鳳介達とつるむのをやめてからは、しなくなったっけ。

 人に優しくする余裕が無かったせいもある。鳳介が―――居なくなってからの半年は心が腐っていた。いっそ死んでしまおうかと何度考えた事か。

「……久しぶりに、添い寝したいんだけど。駄目?」

「それは構わないんだが、今まで一人で眠れたんだから添い寝の必要は―――」

 そこまで言った所で考え直す。別に兄妹が仲良しになる分には全く何の問題も無いのではないかと。雫と添い寝出来ないので個人的には大問題だが、彼女の存在を周りは誰も知らない。理屈として採用するのは辞めた方がいい。

「分かった。いいぞ」

「やったッ。お兄、ありがと」

「まあ前までやってた事でもあるし、今更抵抗はねえよ」

 それにしても雫はどうして瑠羽の話したい事が分かったのだろう。名前は知っていてもおかしくはないが、それだけでここまで察するのは無理がある。あれは操る力であって知る力ではないのだから。まだ何か隠しているなら話は変わるが。

「ねえお兄、抱っこして」

「え?」

「抱っこ。駄目?」

「…………仕方ないな」

 妹の脇に手を差し込み、力強く持ち上げた。控えめに言っても重いが、持つのも辛いとまではいかないのでそのまま抱きしめてやる。

「甘えるのはいいけど。親にやれよ親に」

「私は、お兄がいいの」

 今日の妹は何かおかしいが、一々言及してやる程の異常性はない。

 瑠羽は嬉しそうに笑っていた。  




 

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― 新着の感想 ―
[一言] 他の作品でもそうですが、基本的に妹が可哀想なので幸せであってほしいと願ってしまいます。
[一言] 瑠羽が嬉しそうで癒されます。
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