表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
4th AID 幸福と偽りのワライ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

46/221

異なる邪悪に教わりし

「後輩君、呼んだ?」

「あ、どうも先輩。急に呼び出して済みません」

「ううん、いいのよ別に。特に予定もないしね」

 薬子本人は雫の目撃情報(どう考えてもガセ)に振り回されているので、何かの間違いで俺に同行してくるという事は無かった。そもそも同行者など必要ないのだが、深春先輩も一応当事者だった人間だ。俺達を助けてくれたあの女性を尋ねるという事なら誘っておいて損はないだろう。

 あの事件が解決してから程なく深春先輩の身体は完璧に戻った。元々スタイルは良い方だったが、やはりあばら骨が浮き出ていない方が俺は好きだ。健康的というのもそうだし、何より不安にならない。かつての彼女は、決して口には出さなかったが何かの拍子に死んでしまう予感があった。

「それで、用件はこっちで話すって言ったから、そろそろ聞かせてもらえる?」

「先輩は気絶してたから分からないと思うんですけど、あのとき俺達を助けてくれた人が居たんです。その人にお礼を言いに行きたいんですけど何処にいるかってのがさっぱり分からないので、知り合いらしいマリア―――同級生に聞きに行くんです」

「へえ。家は知ってるんだ」

「さっき薬子に聞きました」

 実は薬子に電話したのはそれだけが理由ではなく、ハーメルンの笛吹きがどうなったのかというのも聞きたかった。その正体は『カラキリさん』―――更に言えば『限』という呪いの一種だったが、あんな非現実的な話を警察ではどうやって処理するのだろう。『限』は性質から考慮しても不特定多数に掛けられるものではないし、そこまで普及しているなら解除も容易い筈だ。

 返ってきた答えは『急に犯罪が止まった』というもので、俺の期待していたものでは全くない。何かがおかしい。詳細な時間を尋ねてみれば俺が深春先輩を助けた翌日ぐらいに止まっているではないか。また、報道規制がどうのこうの言っていたがネットにまで情報が流れてこないのはおかしい。検索してもそんな事件は言及すらされていなかった(変な手紙がポストに入ってたくらいは言及されても良いだろう)。

 薬子を疑っている訳ではないが何と言うか…………本当にそんな事件があったのだろうか。雫を捕らえる為に手段を選ばないという事情、そして俺をマークしている事実から邪推すると……単なる出任せであった可能性も否めない。

「意外と近かったので歩きながら行きましょう。先輩に聞きたい事もありますし」

「……多分、その質問が何か分かるわ。私に『指限』を掛けた人とはその後どうなったかって事でしょ」

「正解です」

 『指限』という分かりやすい条件だっただけに犯人は直ぐに絞られた。尤も法律的に呪いは殺害手段として認められておらず(脅迫罪とかにはなり得るだろうが)、警察に突き出した所でというのが実情だ。指切りなんてするくらいだから仲は良かったのだろうし、まず法的には裁けない。

 かと言って無罪放免は心情的にも倫理的にも悪いだろう。またいつ呪いを掛けられるとも分からないし。

「…………行方不明になったわ」

「え?」

「私が解除しちゃったから居なくなったのかな……うん。本当に、急に居なくなっちゃって」

「…………そうですか」

 見つかる可能性は言わずもがな、だ。普通の行方不明でさえ見つかる可能性は中々低いのに、呪いが関与してくるとその可能性は更に低くなるだろう。この際事情を一切抜きにしても、見つかる可能性は限りなく低い。

「捜索願は出てるんですか?」

「一応出てるけどね。……私も知らなかったんだけど、捜索が行われるには相応の事情が必要なんだって」

「事情?」

「現実的に考えてさ、それに全部対応してられる訳ないでしょ。だから一般家出人と特異行方不明者ってのに分けられて……」

 要約すると、優先して探すべき人間とそうでない人間に分けられているらしく、前者は子供や疾患を持った老人などの一人で生活するのが困難な人間、または事件性の強い場合(探さないと命に関わる場合)が該当する。深春先輩に呪いを掛けた人物は残念ながら一人で生活できるだろうし、事件性というのも現実性を考慮すれば皆無だ。

「……先輩を殺そうとしたので可哀想とは言いませんけど、マリアが呪いを教えたがらない理由が分かった気がしますよ」

 善良とは無垢だ。多くの人間は善良でいたいから善良なのではなく、その手段を選ばないからこそ善良なのだ。生きていく上で『悪』が不都合だから善良なだけ、わざわざ『悪』に堕ちる手段を掴もうと思わないから善良なだけ。

 そんな善良な市民が不都合にならない『悪』を知ったらどうなるかは想像に難くない。何せ法で縛れない、縛られる物があるとすればそれは理性だけだが、『呪い』とは誘惑だ。そんなものを使おうかと考える時点でそいつに自力で踏みとどまる理性は無い。



「……ねえ、本当にここなの?」



「ここの筈です……けど」

 辿り着いたのは廃墟も斯くやと思われる教会。ただし色調が暗いだけで手入れは施されている。所で素朴な疑問なのだが、何処の宗教が教会を漆黒色に染め上げてしまうのだろう。

 鉄格子付きの窓は暈しが掛かっていて中が見えない。どういう訳か全ての窓には目の前に人が立っている錯覚を受ける。暈しがもどかしい。何が立っているのだ。

「…………何か、不気味ね」

 教会全体にツタが絡まっている。その徹底ぶりは玄関にさえ及んでいて、鍵付きの扉に鎖が掛かっているだけでも厳重だというのに、更にツタが絡まっている状態だ。単なるツタにそこまでの信用はないものの、自然が生み出した防犯意識には驚愕と言う他なく、段々廃墟というより何かを封印するやばい施設に見えてきた。

「そもそも人がいるのかしら?」

「居なかったら薬子にガセ吹き込まれたって事なんで、まあ流石にそんな筈は…………」

 雫に関わるならいざ知らず、何にも関係ない所で出任せは言うまい。流石に信用に関わる。裏の方へまわってみたが、裏口はまともという事は一切無かった。球体関節人形が大量に投棄されていて気持ち悪い。人形の塊の中から不自然に突き出した巨大な腕は人形の腕なのかそれとも…………

 やめよう、考えたくない。まずあり得ないのだが、あり得ない仮定にこそ俺は恐怖する。

「後輩君。そっちはどうだった?」

 心配という訳でもないだろうが深春先輩もこちらに足を運んできた。俺は慌てて彼女を抱きしめると、相撲の要領で表側へ押し出していく。

「ちょちょちょ。なになになになに?」

「見ない方がいいです気持ち悪いから!」

 結論が出た。多分、俺は薬子から情報を聞き漏らしたのだ。でなければこんな不気味な場所に案内されるなんて考えられない。

「一旦離れましょう。ここはあれです。近づいちゃいけない場所です」

「え、え、え? ちょっと、何があったの?」

「良く見たら立ち入り禁止のテープが……ないですけど、こういう廃墟に入るのは不法侵入なので行けない事です。さ、そうと分かったらさっさと退散して―――」


 

「モウ、失礼な事言わないでッ。ちゃんと人は住んでるよ!」

 


 教会の内部から聞き覚えのある声が。振り返ると、扉の鍵が開いて、隙間から『聖母』が顔を出していた。

「アレ、なんで錠前が掛かってるの?」

 九十星マリア。

「ええ、お前がやったんじゃないのかよ……」

「ちょっと待っててね。多分鍵はあると思うから」

 マリアが居ると分かった途端、この教会全体の不気味さが大きく薄れた。彼女とはクラスメイト以上の関係は無いが、『カラキリさん』以降は個人的に信用している。彼女が居なければ俺も先輩も死んでいた……ああいや、俺はそもそも『かかっていない』のだったか。

 二人で暫く待たされていると、扉の隙間から金色の鍵が飛んできた。

「それで開けてねッ」

「……なんで外から錠前が掛かってるんだ?」

「ゴメン。それは私にも分からない。多分ずっと分からないと思う」

 それはどういう理屈なのか、分からないのは俺の方だ。錠前を開けて扉を開けようとするとツタが邪魔だ。力任せに引きちぎって、今度こそ教会の中に足を踏み入れる。

 教会の中は不気味を通り越して恐怖そのものであり、俺は思考停止を強いられた。曇りガラスに見えた人影の正体は人形であり、爪先が壁に突き刺さった状態で立っているのが見て取れる。それ以上の意味は無い。

 最奥に聳え立つ女神像は全身に傷口が見受けられ、傷口から腕や足が無差別に生えている。女神像と俺は言ったが、それは推測であり、ありのままの感性に任せるなら怪物以外の何ものにも見えなかった。長椅子は使われていないのか埃をかぶっているし、光源に至っては外から差し込む光以外に存在しない。

「こ、後輩君……こ、怖がってたりする?」

「ば、馬鹿言わないで下さい。先輩こそ怖がってるでしょ」

「わ、私は怖がってなんかないわよ。でもちょっと……離れないでくれると助かるわ」

 そもそもここは教会なのだろうか。教会だとしたら何の宗教なのだろうか。三大宗教のいずれにも属するとは考えにくい。時代が時代なら文字通り邪教と呼ばれかねない。俺は深春先輩の手を握ってせめてもの安心を獲得した。

「ン……取り敢えず、ようこそ?」

「マリア。お前さ、何かヤバい宗教信じてないか?」

「呪いの専門家って言ったでショ? 大丈夫、勧誘したりはしないよ。リューマは大事なお友達だから」

 制服姿を見慣れているだけに、修道服に似た服に身を包むマリアの姿は新鮮だった。似た服というのは、修道服と仮定するならあり得ない服装だからだ。簡潔に言ってしまえば、体のラインが見えすぎている。

 一見すればローブだが、下部分には太腿と言わず腰までスリットが入っており、足元を見ているだけでも色々見えてしまいそうで目に良くない。今更気付いたがマリアの太腿はとても肉付きが良く、ただ歩いているだけでも官能を擽られてしまう。上の方は胸元から垂れる薄いヴェールが胸を覆う様に垂れており、その湾曲具合はマリアの胸の大きさを如実に語っていた。

「…………お前って着痩せするタイプだったんだな」

「そういう命令なの。ワタシは別に隠してるつもりはないよ? 制服でもこんな感じのポーズをすれば分かると思うし」

 そう言ってマリアは壁に手を突くと、お尻を突き出して腰を捻り、一歩間違えば誘惑ともとられかねないポーズを取った。「やっぱり恥ずかシイ」と胸元のヴェールで顔を隠して直ぐにやめたが、制服であんなポーズを取る女子が居たらどう考えても痴女なので、彼女の清楚なイメージは崩壊してしまうだろう。

 崩壊するだけで扱いが邪険になるとは思わない。むしろ男子からは受けが良くなりそうだ色々な意味で。

「所でリューマ。私に何の用? 遊びに来たなんて言わないよね? そもそも私の家を知ってる事自体おかしいんだし」

「あ、それは薬子に聞いたんだ。実はお前に尋ねたい事があったんだけど―――やっぱりどうしても気になる。その服と言い、この教会といい普通じゃない。お前は、何なんだ?」

 マリアは何も言わずに長椅子へ腰掛けると、隣に座るよう俺にそれとなく促してきた。耳打ちでもしたいのだろうか。大方無関係な人間である深春先輩を連れてきてしまった事が原因であろう(先輩を誘ったのはあの時助けてくれた少女に礼を言う為だ)。

 この頽廃的な暗闇に気分を悪くした深春先輩を扉の方へ避難させつつ、促されるがまま彼女の隣へ。マリアは何も言わず、小指を差し出してきた。

「『ユビキリ』、しよ?」

「き、『限』ッ? え、おいおい。そんな呪い掛けてまで信用出来ないのかよ」

「チーガーウ。普通の『指切り』。リューマと私が友達になるっていう」

「友達ってそういう風に作るんだったかッ? それに俺達、もう友達だろ」

「クラスメイトでしょ?」

 格好つけたつもりが空ぶった。確かにそうだ。たまたま彼女に助けを求めただけで友達にはならない。クラスメイトとも違う気がするが、厳密に定義しようとすると以上未満で示す必要があるのでここでは切り捨て御免とする。その方が楽だ。

 呪いの専門家から契約を求められるなんて恐ろしくて身体が強張っていたが、よくよく考えなくてもマリアは信用出来る。呪いに詳しいとはいえ所詮は一般人だし、死刑囚や超人とは事情が違う訳で。

 指を絡ませると、小指の付け根に激痛を覚えた。

「いッ!?」

 咄嗟に腕を引っ込めて確認するが何もない。それにしては釘を打ち込まれた様な激痛を感じた。

「はい、『指切り』終わり! じゃあ教えてアゲル。でもヘンテコな名前だから、笑わないでね?」

 俺がこくりと頷くと、マリアは慈愛に満ちた笑みを浮かべて我が子を抱きしめる様に優しい声音で言った。






「ここは『イ・レブニ教』だよ。変な名前だから、リューマは『イ教』って略すといいよ」   

 



 

 

変な奴。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 誠実度第一位は誰なんや… [一言] 初登場では深春怪しんでたなぁ懐かしい オカルトに嵌ってると前情報で出てたから詳しいとされてる柳馬に近づいたのかと思ってた、死にかけてる描写出るま…
[気になる点] おや?マリアも怪しい教祖様だったり?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ