マグショット
もう一回投稿します。
「私の写真?」
「そうなんですよ。でも死刑囚ってだけでも顔割れてますし、整形とか……出来ませんよね。特殊能力で」
「そこまで便利な力でもないよ。何でもありなら私は苦労してないさ。そう……何でも出来るなら、君以外の全てから私の記憶を消して永遠に君と過ごしたい。心からそう思うよ」
好きな人と一緒に居られる時間は尊いものだが、果たしてそれが永遠ともなるとそれは尊いままだろうか。
テレビでは不老不死についての議論がされており、芸能人や専門家を交えて『理論上は可能』だの『不可能』だのと様々な意見が飛び交っていた。そんな話はどうでもいいので、頼むから有益な情報を渡してくれ。
『死刑囚な彼女と問題なくデートするにはどうすればいいか』とか。『彼女が死刑囚とバレない為には』とか。有益な情報ばかり話すのがテレビでないとは重々承知の上だが、とはいえ無益な情報ばかり流されても困る。視聴者に有益な知識、求む。
「まあ、そんな話は置いておこうか。捜査が打ち切られれば私の事なんて皆忘れていくさ。そうすればずっと一緒。籍を入れられないのが―――残念だけどね」
「全く話を置いてないじゃないですか」
「失礼。君と心置きなく一緒になれたらと想像するだけで気分が……ふう。落ち着いた。さて、本当に置いておこうか。私の写真だったよね。適当に女性の写真を撮って送ればいいんじゃないかな」
「いやあ、それがですね……」
妹には雫さんの特徴を俺の主観も交えて教えてしまった。その主観を抜きにしても美人で胸が大きくて浮世離れした魅力が必要だ。そして美人というのも俺の主観とはいえそれはそれとして瑠羽も脳内で彼女にとっての『美人』を作っているだろうから、女性から見ても美人でなくてはならない。
それと浮世離れした魅力が最難関と言っても過言ではない。胸は最惡スレンダーな人の胸の部分に何か入れてしまえば解決する、
「……君さ、私を守る気ある?」
「雫には繋がらないかなって思ったんですよ! ほら、美人はこの世にたくさんいますし! 山田さんって人が居ても、その苗字はたくさんいるから特定出来ないみたいな話ですよ!」
「山田さん程普遍的ではないだろう。世界の誰しも美人ならそんな言葉は生まれないからね。ま、でもいいだろう。君の学校だって探そうと思えば美人の四、五人は居るだろうからね」
因みに俺は全く目を向けていないので居るか居ないかと言われても判断がつかない。雫と出会うまで虐められていた者にそこまでの心の余裕はなかったのだ。
「うーん…………どうしたものかな。私がそのまま出れば嘘は吐いてない訳だし手っ取り早いんだけどさ。死刑囚になって初めて不便を感じたよ」
「もっと他の所で感じて下さいよ」
名案など早々思いついてたまるか。写真を見せろと言われているだけなのにそれを見せないのには何か理由がある。瑠羽と言えども不自然さには勘付くだろうし、これが何かの間違いで薬子に知られようものなら一瞬で正体まで辿り着くかもしれない。
「知り合いに似た雰囲気の人とか居ませんか?」
雫は渋面を浮かべて開き直る様に寝転がった。
「…………そんな人間、一人も居ないよ。全員死んでる」
―――あッ。
そうだ、忘れていた。彼女は己の村の人間を全員殺したのだった。何処か他人事の様な言い方は気になるが、過去を振り返らないタイプなのだろうか。それにしても失言だった。当たり前の何でもない確認だが、彼女は死刑囚だった女性だ。
「君こそ知り合いに居ないの? 私に似てる人」
深春先輩は明らかに違うし、薬子は論外。綾子とは絶交中で…………マリアは外国人だし。
………………。
…………
「居ないですね」
「中々考えこんだね」
「直ぐに居ないって決めつけるのも良くないかなと思って」
交友関係の狭さが露呈してしまい、俺は自らを恥じた。なんて人脈の無い俺なのだろうか。人脈というより人望といってもいいかもしれないが、どんな言い方をしても交友関係が広がる事はない。趣味もなければ部活にも入っておらず、同じいじめられっ子という人間も居なかった。
いやいや、諦めるのはまだ早い。俺が瑠羽に言っていない情報から候補を絞れば―――
「あああああああああああああ!」
家中に響く叫び声。にわかに放たれた大声に雫は耳を塞いで目を細めた。家族の誰かが部屋に入ってくる事も考えられたので扉を背に己の身体で蓋をしたが、誰も来なかった。運が良かったと安堵する反面、大事にされていない事実を突きつけられているみたいで少し、嫌になる。
「なになに、急に大声何か出して」
「金髪!」
「金髪?」
「髪の色は妹に言ってません!」
「は? ごめん。全く以て要領を得ないな。一旦落ち着いてさ、それから説明してくれると助かるよ」
奇声の引き金を引いたのはマリアの存在だ。深春さんに掛けられた呪いを解いた時、帰ってくれないこっくりさんを返してくれたあの少女も金髪だった。天気が雨でもないに拘らず赤色のレインコートを着ていたくらいだ、浮世離れと言って差し支えなく、また美人でもあったので条件には一番近い。
そして俺は貰っていたではないか、彼女の名刺を。あの名刺は……何処へやったっけ。
「雫! 俺を連れて帰った時、体の何処かに名刺がありませんでしたか?」
「名刺? ……覚えがないなあ」
「じゃあどっかに落としたか…………はあ。そうですか」
落としたとすれば旧校舎に残っている可能性が高いのだが、個人的な感情の問題でこれから休みだというのに学校へ通いたくない。
『私の事はそれに書いてあるから。それで分からなかったらマリアにでも聞いて。じゃあね』
……マリアに聞くしかないな。
問題があるとすれば例によって交友関係が狭いので彼女の家など知らない。輝則でさえ知らないくらいなのだから知る筈がないのだ。彼女が例えば学校のアイドルなら情報を握っている人間の一人や二人居るかもしれないが、『聖母』と呼ばれているだけで別にモテている訳ではないので、多分誰も知らない。
「済みません。ちょっと出かけてきます」
「何処へ行くの?」
「デートについて考えつつ打開策をまったりと考えようと。直ぐに戻れると思います」
こういう時に頼れるのは一人しか居ない。俺は携帯を片手に外へ出た。どこぞの死刑囚と同じく『俺の味方』を自称する正義の味方。その名は凛原薬子。彼女なら雫捜査の一環でクラスメイトに調査を入れていてもおかしくはない。
「…………もしもし」
袖の中から紙切れを取り出すと、私は困った様に微笑んだ。
―――また、変なのに目を付けられたねえ。
私が言えた義理でもないけど、薬子といい、あの変な女といい、どうして彼に近づくんだろう。それもまたおかしな…………村の連中みたいで、心底から気持ち悪いよ。
呼びつけた鼠を部屋に招き入れると、名刺を食わせて退散させる。『世界』はどうあっても私から彼を引き離したいらしい。私以外の人間を誰も知らなければ、彼は決して離れないのに。どうして彼に知識を与えてしまうのだろう。
彼が私を支配するまで。彼が私を壊すまで。彼が私を すまで。
せめて一緒に、居たいのに。




