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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
3rd AID 愛わずもがな

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来たる黒ずめ道半ば

・カラキリさん


 それは木辰市に伝わる都市伝説の一つ。形態としては不幸の手紙から連続性が無くなったものだ。

 特定の文面が書かれた手紙を開けた人間が標的となる。標的は日数をかけて徐々に精神を向こう側に連れて行かれるとされていて、カラキリさんの被害に遭って生還した人間は存在しない。そんな事抜かしてる奴は大体噂なんて知らないか尾ひれのついた噂にそれっぽい理屈をくっつけてるだけ。

 カラキリさんの対処法は一つ。カラキリさんの本当の名前を見つける事。カラキリさんはそもそも『キリ』の前に何か書かれているから、要するにそれを見つければ良い。もし本当の名前を見つけられたらカラキリさんの前で呼んであげれば帰ってくれるらしい。

 俺は手紙を見た事がないけど、手紙の文面によると『七つ月が刻まれる 丑三つ時の頃合いに』、つまり一週間後の丑三つ時。そこが期限だ。直接体験出来ないのは悔しいけど、学校の怪談と違って狙って遭遇出来るもんじゃないから仕方ない。カラキリさんは地縛霊じゃなくて、どちらかと言えば手紙そのものに宿った呪いに近い。読んだ人間全員狙われるって考えたらちょっとチェーンメールっぽいか。

 結構古い話だから今いち全容が掴めねえ。一説にはこの地域における神隠しの正体ともされてるが、謎だらけだ。口裂け女にだってモデルが居るならこいつにも起源が存在する筈。

 本当の名前つったってネットで検索したら出るもんじゃねえんだぞ。怪異自身に関わる情報を探らせるタイプなら必ずこの市内に答えがあるんだけど広いからな。

 多分手紙ってのがキーワードになりそうなんだが。





「何なの、これ?」

 昼休み。薬子の追跡を撒いて深春先輩のクラスにお邪魔した俺は早速ノートを見せて情報共有を図っていた。同級生の間ではアイドル染みた人気を誇るらしい彼女と親し気に話す謎の後輩に先輩方はいい顔をしない。

 だがきっと彼等は深春先輩があばらの浮き出るまでやせ細っている事も分かっていないのだろう。プールの授業はまだもう少し先だし、知っているのはきっと俺一人だ。何とかしてそれまでには……

 いや、カラキリさんに狙われたので期限は明白なのだが。

「都市伝説大好きな友達から貰ったものです。文章分かり辛いですけど勘弁してください」

「後輩君には素敵なお友達が居るのね」

「素敵だなんてそんな。でもアイツのお蔭で先輩が助けられるならそうかもしれませんね」

 何だろう。自分の事の様に嬉しい。アイツは別段虐められる様な人間でも無かったが、その趣味の奇怪さから中々人に認められる事が無かった。本人に聞かせてやれないのが残念だが、きっと伝わっていると信じたい。

「カラキリさんは手紙そのものに宿った呪いっていうのはどういう事? ごめんなさいね、私そっちにはあまり詳しくなくて……」

「んーそうですね。深春先輩は心霊番組とかよく見ますか?」

「良くって程じゃないけれど……ええ。面白そうだから見る事もあるわ」

「だったらイメージしやすいかもしれません。VTRの途中でロケが入って、神社とか行く回があるでしょう。その時によくほら、呪いを籠める依り代として髪の毛とか出てくるじゃないですか。そんな感じです」

 説明していて、俺も何か引っかかった。例えが悪いだけ? しかし手紙そのものに宿る呪いと考えた場合、何か―――何かおかしい。

「どうかしたの?」

「…………いや、手紙ってのがどうにも引っ掛かるというか」

 都市伝説の中でも非現実的な存在は度々怪異と呼称されるが、その多くは噂や土地そのものに由来する。そして大概の怪異は敵対的か中立であり、人の味方などする筈もない。怪談とはそもそも人が人を怖がらせる為に作った代物であり、その具現とも言える怪異が友好的では話がおかしくなってくる。


 ……?


 何だろう、この違和感は。明確なのに不明瞭。言葉にしようとすると表現に困る。分かっているのに分からないという、苦手教科に取り組む学生みたいな感覚だ。もどかしくも気持ち悪い。きっとこの気持ちは誰にも理解されないだろう。

「でもおかしいわね」

「何がです?」

「間違ってたらごめんなさいね。『カラキリさん』って要するに標的……私を衰弱させてくるんでしょ? だったらあれは何なの? 後輩君を見つけたら近くの家に誘ってっていうの―――」

「…………そういえば、そうですね」

 あれは『カラキリさん』の力ではない? 口裂け女と花子さんに同時に遭遇するなんて話は聞いた事がない。怪異の同時遭遇なんて考えられないし、何よりピンポイントで俺を狙うなんてそれは最早怪異ではない。

「俺を狙うなら深春先輩に被害が及ぶ意味が分かりませんよね。こうなるまで接点なんて無かった訳ですし……因みに今も聞こえてるんですか?」

「ええ、聞こえてる。いっそ耳なんて潰したいくらいだけど……後輩君だけは相変わらず例外のままだから、何とか正気を保ててるって感じかな」

「…………」

 瑠羽が開ける筈だった郵便物―――手紙を、まだ俺は開けていない。深春先輩を悩ませる声の正体は恐らく『標的の証』だ。ここで気になってくるのは瑠羽の気分を著しく狂わせた虫の塊。単なる悪戯として話は終結したが、あれは俺以外が標的になるのを避けようとして犯人が入れたのではないか? 

 だめだ、どうしても繋がらない。深春先輩を狙う意味がサッパリ分からない。それに『声』が俺に対する捜索依頼なのも分からない。分からない事だらけだ。

「……実はね、今日、俺の所にも妙な手紙が来たんですよ」

「手紙? それは普通の……後輩君の知り合いからのとかではなくて?」

「交友関係が狭いもんで。十中八九深春先輩と同じ物です」

 中身は見ていないが、何故か瑠羽に干渉しているのと、校内放送が俺をピンポイントで狙っている点からそうだという推測……否、ほぼ確信だ。しかしながら分からないのは、カラキリさんは飽くまで行方不明にするだけで校内放送を狂わせあまつさえ特定人物を狙うなんて真似はしないという事。少なくとも鳳介は知らなかった。

 何より事態をややこしくさせているのはこの二つを同一視せざるを得ない状況だ。だから確かめる。

 俺はポケットからグシャグシャになった手紙を取り出すと、彼女の目の前で躊躇なく開けた。

「えッ! 開けるのッ? 何で?」

「…………」

 質問には答えない。取り出された紙に何が書いてあるか気になったのだろう。先輩は身を乗り出して俺と一緒に文面を確認する。虫にでも食われたか角が少しだけ欠けているが文章にはまるで影響がない。


 やはり変わった所は無かった。一言一句同じ文。


 これで俺も無事に標的となった訳だが一つ判明した事がある。深春先輩を精神的に悩ませている『コウナイ放送』は全く別の何かだという事だ。鳳介の遺産を信じるなら絶対に標的になっている。なっているのだが、何も聞こえないどころか変化がない。何も変わらない。

「…………深春先輩。あの放送は手紙を開けた瞬間から聞こえたんですか?」

「勿論よッ! だから訳が分からなくて……本当に、怖かったんだから」

 正直ホッとしている。覚悟を決めていたとはいえ今この瞬間から三年生の口内からあの放送が聞こえ続けるなんて想像するだけでも地獄絵図だ。俺はそういう意味で彼女を尊敬している。一見して精神を病んでいるとは思えないし思わない。一秒一分余すことなく、俺以外の全ての順物から呪詛の様に繰り返される放送が聞こえているなんて俺だったらとても耐えられない。滅茶苦茶に頑張っても一日が限界……いやあ無理だ。雫からも聞こえたら耐えられない。一時間が真面目な限界だ。

 俺の釈然としない表情に深春先輩は怪訝そうに眼を細めた。

「……聞こえないの?」

「―――はい」

「じゃあこれは何ッ?」

「…………分かりません」

 鳳介の遺産さえあれば大丈夫だと思っていたが、これは駄目だ。全く役に立たないとは言わずとも、長い間この手の話から離れてきた俺には圧倒的に知識がない。本に書かれていない事は分からないと言うしかないのだ。

 大船に乗ったつもりで気構える男が実は泥船だったなんて笑えない。内心忸怩たる思いを感じながらも、それでも俺にはどうする事も出来ない。そして首を突っ込むと決めた以上、もう退く事も出来ない。たった今退路を絶ったばかりではないか。一週間後に俺は死ぬ。そして深春先輩は―――

「そう言えば深春先輩はいつ手紙を開けたんですか?」

「一昨日だけど……そんな事より、ねえこの放送は何なのッ? 私だけ……なの? 何で? カラキリさんの物じゃないって事?」

「分かりません」

「後輩君、助けてくれるんじゃないのッ?」



「絶対に助けますッ。だから落ち着いてください!」



 周囲を憚らぬ口論にも似た何か。嫉妬交りに俺を見ていた三年生も流石に何事かと野次馬根性を見せ始めた。

 取り繕えているのは外見だけ。やはり深春先輩は焦っている。自分が死ぬかもしれないという恐怖に抗える人間は非常に少ない。俺だって無理だ。口では幾らでも強がれるがそれだけ。覚悟を決めたなんてまやかしだ。

 でも、今はそれでいい。根拠のない発言でも自信たっぷりに言えば、そこには妙な信憑性が生まれてくる。、彼女に発狂されてもそれはそれで困る。俺は味方が欲しいのだ。百パーセント信用出来る誠実な味方が。

「……当てはあるのッ?」

「当ては……あります。大丈夫です」

 俺は俺を過大評価しすぎている。俺だけで解決しなければ話がややこしくなる? ややこしくならないからと言って深春先輩が救われなければ意味が無いのだ。


 キーン コーン カーン コーン。


 昼休みの終了を告げるチャイムが鳴った。薬子は教室に戻っているだろう。

「あ、じゃあ今日の所はお開きって事で」

 今朝の事を掘り返すべく足早に教室を出ようとすると、深春先輩が「待って」と声で制止してきた。

「なんですかッ?」

「…………また、後でね?」

 暗愁が先輩の笑顔を曇らせる。彼女の心を翳らせる雲を払うには助けるしかない。もどかしい気持ちを抑えながら、俺はせめて不信感を抱かれない様に手を振って応えた。

 授業に一分でも遅刻すると反省文を書かされるので急がなければ。

   

 

 

 

 

 

 本があっても知識がないというのは、医学書を持っていてもずぶの素人が医者にはなれないみたいな事です。

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