伝説なんて大嫌い
みじかめだ。
俺の学校生活は少しだけ良い方向に作用した。話を聞いてみるとどうやらクラスメイト達も見て見ぬ振りに罪悪感を覚えていたらしく。弄る以外に絡めなかったのもそれが関係していたらしい。だから謝罪が出来てスッキリしている。今はその壁がないから、これからは気軽に話しかける、との事。
――皆まで言うな。
俺達も被害者と言わんばかりの言い分なのは分かっている。何度も言うが、雫のしがらみがなければ俺は許しちゃいない。彼女が居なければそもそもまだ虐められていたとも言えるが、それはさておき。
「おっすー柳馬。飯食おうぜ」
「ああ」
輝則はクラスメイトの中では比較的誠実な方で「あんな状況じゃ許すしかないよな」と言いつつ、「別に許さなくていいけどお前の事を信じてやれなかったのはごめん」と個人的に謝ってきた。確かにその通りで、あの状況はプロポーズの為に大量のエキストラを雇ってまで作り上げた演出によく似ている。
あの状況で俺が「絶対に許さねえてめえら死ね!」なんて言おうものなら薬子の気遣いが無駄になるばかりか新たなトラブルの元になりかねない。あの場を穏便に済ませるにはしがらみを抜きにしても許すしかなかった。
「……蒸し返すなって言っただろ? お前は謝ったんだからそれでいいよ。これからも宜しくな」
「いや、それじゃ俺の気が済まねえ。そうだ、お前彼女とか欲しくないかッ?」
「ええ……」
雫みたいな母性と柔らかさを女子高生に求める程俺も馬鹿ではない、大体高校生の彼女なんて健全なお付き合いが基本で、胸に顔を埋めたり揉ませてくれたりしてくれる訳が…………
あれ、なんか価値観が歪んでないか?
死刑囚と一般人が同じ事をしだしたらそっちの方が怖い。
「うーん。まあ欲しくないと言ったら嘘になるな」
「何だよ素直じゃねえなあ。実はお前の好きそうな女子が一人居るんだよ。まあ三年生なんだけどさ」
そう言えば雫さんも十八―――学校で換算すれば高校三年生だ。彼女がもし学校に通っていたらきっと人気者になっていただろう。あの母性をこの年齢で発揮出来るのは一種の才能だ。二年生一年生はまとめて虜になっていてもおかしくない。同年代だとしても母性に飢えた人間に彼女は特効だ。
「―――もしかしてそいつの苗字、七凪だったりしないか?」
「は? それ死刑囚じゃねえか。つっても苗字言ったら一発で分かるぞ。土季深春って知ってるか?」
「…………誰?」
輝則は信じられない物を見たと言わんばかりに顔を近づけた。
「……マジで知らねえの?」
「知らねえよ」
今までは虐めからどうやったら逃げられるかしか考えていなかったし、今は雫の事で頭が一杯なのでやはり考えていない。しかし名前の響きは好きだ。綺麗というか優雅というか……何処か気品がある。
本当にそれだけで、それ以上の感想も無ければ面識もない。
「まあ知らねえか。無理もないかもな。なんせ高根の花っつーか別次元の花みたいな人だからな」
「どういう事だ?」
「んーまあちょっと説明するとな―――」
深春という女性は興味の移ろいがとても激しく、また興味を持った事に対する吸収力が半端ではないので、誰も彼女の話題に付いていけないらしい。学力で言えば平均的だが、それは勉強に対して興味を失くしたからであり、夢中だった頃は明らかに習った覚えのない問題でも正解してしまうくらいだそうな。
ゲームに興味を持った時は近所の大会を無双して回り、音楽に興味を持った時は一時的に吹奏楽に入って万年予選落ちしていた吹奏楽を全国に行かせたこともある。言うなれば好きこそものの上手なれの究極系であり、彼女の興味に付け入って交際に持ち込んだ人間も居るが長続きはしないらしい。
「―――まあ、そういう訳で。今、深春先輩が夢中なのは都市伝説なんだよ」
何?
「でもさ、漫画とかにありがちなそういう怪しい部活にうちの学校は部費なんか出しちゃくれないだろ? だから―――」
「待て待て待て。お前都市伝説って言ったか?」
「おう。綾子と鳳介と昔色々やってたじゃんか。俺とつるんでない頃」
「やめろよ! 俺はもうその手の話に関わりたくないんだ!」
怒るつもりは無かったが、気づけば声を荒げて明確に拒絶の意思を示していた。都市伝説なんて大嫌いだ。それが嘘だろうが本当だろうがどっちでもいい。そんな非現実的で非科学的で、その癖リスクだけは無駄にある物に心血を注ぐ神経が俺には分からない。
分かってたまるか。
「な、何だよ。でも鳳介が転校しちまったからもう詳しい奴つったらお前しかいないぜ?」
「欲しくないと言ったら嘘になるって言っただろ? 別に直ぐ欲しい訳じゃねえよ。出来るなら欲しいけど無理をするならいらないくらいのニュアンスだ。お前、もう二度とその話するなよ? 今回の話は無かった事にするから」
「お、おう。そりゃすまんかった。いやあ、いい話だと思ったんだけどな……」
虐め以上に思い出したくない事を思い出してしまった。しかし悪気が無いので……怒るつもりはない。ふと教室の外に視線をやると、薬子と一瞬だけ目が合った気がした。
そう言えば言っていなかった事がある。
俺は都市伝説の類が嫌いだ。信じていない訳じゃない。嘘も本当もあって、嘘かもしれないし本当かもしれない中間スタンスにある事など分かり切っている。その上で嫌いなのだ。全く反吐が出る。都市伝説なんてものは死滅してしまえばいいのだ。
……勿論、自分の全く関与する余地のない話は例外だ。実は日本には超巨大な裏組織が潜んでいるとか、警察に協力する女子高生が居るとか、既にタイムマシンが完成しているとか。俺が嫌っているのは無駄に距離感の近い怪談などだ。
赤い紙だの青い神だの一寸婆だのグリーン様だのアオゲジジイだのまほろば駅だの歌声ユーレイだの渦人形だの、もうたくさんだ。それが嘘であれ本当であれ俺達の関わる領域の話ではない。関わりたい奴だけ関わればいい。俺は知らない。
疎遠になったと思ったら急に会おうと誘う奴は信用出来ないと良く言われるが、それくらい信用出来ない。信用してはいけない。
この学校にそんな怪しい物を追及する部活があったら多分俺はその場で退学する。それくらい嫌いだ。
授業中にも拘らずオカルトへの悪態を吐いていると、机の上に消しゴムが転がってきた。新手のイジメかとも考えたが正確に机の上―――それも顔の正面まで転がって来たので多分違う。裏面を見て見ると、達筆で『話があります』と書かれていた。
同級生に敬語を使う人物は一人しか居ない。まして俺に対してなのだから猶更だ。
用件は、大体予想が付く。




