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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ℯNÐ℮ªTℍ/ℍTª℮ÐNℯ

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220/221

ただいま

「何があった?」


 十年前から帰還するや否や、九龍所長がそんな事を尋ねてきた。彼は俺が何をしたのかを知らない。ただ洞窟に行って帰って来ただけ。罪を引き受けた者として気軽に話す訳にもいかないが、彼には終始お世話になった。そう言えば代金は無料にしてもらったし、これを代わりにするのもいいかもしれない。

「えっと、まず霖子については覚えてます?」

「覚えてる。いや、ついさっき会ったのだから忘れるとも思えないけど」

「……お母さんに会ってきました。この村が滅びる当日ですね。そこで霖子に別れの言葉を言わせてから―――俺が、レコードを引き受けました」

「おいおい!? そ、それは……何だ。最善と言って良かったのか? レコードを持ってしまえば君は親友を―――」


「いいんです。雫を忘れたくないので」


 俺に渡さず、レコードを持ったまま母親には自殺してもらうという手もあった。しかしそれだと仮面を外した瞬間俺は修正力に巻き込まれ最愛の人を忘れてしまっただろう。それだけは嫌だった。今となっては親友との思い出以上に、雫の存在は俺の心を支配していたのだ。

「それに、所長や雪奈との交流をなかった事にするのも納得いかなかったので」

「過去より現在を選んだって訳か」

 所長は少しだけ嬉しそうな微笑みを浮かべた後、ん? と首を傾げた。

「どうしました?」

「檜木君曰く、修正は直ぐに来るらしい。彼がどうして詳しいのかはこの際置いておくとして、だ。どうして僕はまだ霖子を覚えているんだ? 残念ながらレコードを受け取った覚えはないぞ」

「それは……多分、俺がレコード所有者になったからだと思います」

 レコード所有者が率先して起こした行動は修正出来ない。所長や先輩は俺が雫の事を知りたくて頼った仲間だ。彼等から記憶を消そうにも、そこには俺の存在が加わっている。消そうにも消せないのではないだろうか。

「あ、所有者になったからって、別に俺は俺ですよ。レコードの使い方さっぱり分からないし」

「え? そうなの?」

「はい。どうやって使うのか全然」

 こういう特殊な力は感覚で理解出来ると思っていた自分が恥ずかしい。本当に引き継いだのか疑わしいくらいいつも通りだ。その事実については霖子の姿が消えてしまったので確実に俺達は過去へ行ったし、彼女は最期に母親と話せた。それは間違いない。

 

 ―――今は、どうしてんのかな。


 十年をまともに生きるなら、次に会った時の二人は二十八歳か。ちょっと年上がかなり年上になってしまった。嘆く話でもない。死刑囚という肩書が外れたなら、誰に憚る事なく俺達は結婚出来る。まあ…………雫とは初対面になるだろうが。

 それも俺の選んだ選択の責任だ。甘んじて受け入れよう。

 所長はいまいち納得しかねる表情で今度は腕を組んだ。ふと何を思い至ったか携帯を確認し始める。

「……あれ。所長、携帯変え―――」

 そこまで言って、正体に気付いた。彼が持っているのは霖子の携帯だ。『限』の解呪方法を尋ねる為に檜木さんへ電話をかけた時に借りた。今まで忘れていたが、色を見たら思い出した。

「なんでアイツの携帯を!?」

「地下室の事を覚えているかね。あそこにね、隠されてたというか、捨てられていたというか。居場所の手がかりになると思って持って来たんだ」

「違いますよ! アイツは十年前に戻りました。携帯はアイツが現代に居た痕跡になります! 消える筈なんですよ……」

 筈、とは言うが。俺はアカシックレコードの仕様も何も知らない。或は想像以上にレコードを所有する事で生まれる歪みとやらは大きいのかもしれない。半ば強引に所長から携帯をもぎ取ると、異常がないかを確認する。SNS、動画サービス、よく分からない謎のアプリ。触れないアプリ、メール。

『向坂柳馬が邪魔しに来るでしょうが、出来るだけ彼とお話ししましょう。きっと貴方の願いは叶います』




 六薙罪人、より。




「はああああああああああああ!?」

「何だなんだどうしたどうした!」

「しょ、所長。あ、頭が混乱してきたので事務所寄っても?」

「構わないが、説明をしてもらおう。護堂君も含めて集まってもらうよ」



















 

 予期せぬ人物の暗躍。

 暗行路紅魔だと思っていたら、七凪霖子だと思っていたら。違った。霖子でさえ、彼のメールを受けていたのだ。あの警戒心むき出しの、今思えば徹底的に孤独を貫いていた筈の霖子が。

 緊急招集との名目で雪奈、緋花さん、護堂さん、檜木さんが事務所に集まってくれた。檜木さんが帰ってきたので代理の護堂さんがこれ以上関わる必要はないが、『もののついで』らしい。

「六薙罪人は、七凪雫ではないんだね?」

「はい。それに霖子も接触されて、俺の妹も接触されたとなると……もう何が何だか」

 メールを遡ると、全ての元凶がこいつにあると判明した。彼女に俺の存在を教えたのも、俺にくっつけば雫の手がかりが得られると助言したのも、俺を手籠めにすれば楽だと提案したのも、ゲンジと手を組めば楽に死体が入ると唆したのも。全部全部この罪人とかいう存在のせいだ。

 何故彼女が従ったかと言われれば語るまでもない。その情報が実際有効だったからだ。木辰市全体から雫の気配を感じる中、彼(便宜上)の言葉を信じたら当たっていた。最初は助言だったものが履歴が最近になるにつれて命令になっている。しかしその行動自体は雫確保の為には有効で、俺を悩ませた行動の殆どが彼の指示によるものだった。

 一貫性の悪用と、それによる判断基準の変動。

「これ…………天玖村のやり口だ」

「生き残りは二人だけではなかったのでしょうか」

「それなら何で妹と見ず知らずの人間を狙うんでしょうか」

「それもそうだね。ふむ……ん? 柳馬君。今、君は妹って言ったね」

「はい」



「六薙罪人が健在なら、君の妹さんの所にもまたメールが入ってるんじゃないか?」



 …………。



「妹…………家に帰ってないんですよね。ここ一週間くらいですか。両親も一緒に消えて、家、誰も居ないんですよね」

 張りつめた緊張感が弾ける。所長は勢いよく立ち上がって所員に素早く指示を下した。

「雪奈君は近隣のチェック、護堂君は聞き込み、緋花君も同行して。檜木君は―――そっち方面を頼んだ」

「緊急事態ですね。分かりました」

「柳馬君は一旦家に帰りたまえ! 妹さんの部屋に手掛かりが残っているかもしれない!」

 従わない道理もないだろう。開け放たれた扉を抜けて一目散に自分の家へ。玄関は開いていたがこれは単に俺の防犯意識が低いだけだ。中に踏み込んで大声をあげるも返事はない。瑠羽の部屋に突入。クラッカーもなければサプライズもない。誰も居ないという順当な事実だけが相変わらず沈黙していた。

「―――クソッ」

 あれは逆効果だった。当時は暗行路紅魔=六薙罪人という構図を元に動いていたので仕方なかったが、暗行路紅魔というインチキを潰したにも拘らず六薙が動いているならその信憑性はむしろ高まる。 

 霖子でさえ手玉に取られていたのだ。俺の妹が抗えると誰が思うだろう。今思えばその予兆はあった。妹の様子がおかしかった事があっただろう。あれが六薙罪人の仕業だったとしたら……考えたくもない。今はとにかく行先の手がかりが欲しい。

 妹の部屋からめぼしいものは見つからなかった。強いて言うなら俺が親友と出会う前の思い出の写真が残っているくらいだ。しかしそこへ行く理由はなんだ。思い出の場所だからでは理由が弱い。


 ―――そもそもこいつ誰なんだよ。


 海に行った直後に雫に脅しをかけたのもこいつだろう。最早無関係である可能性は微塵もない。でなければ霖子にリークする事など不可能だ。そもそも雫に対して殺害予告を出す事からしておかしい。死刑囚の居場所を知っているなら警察に通報すれば良かったのに。まるで嫌がらせをしたいが為に、敢えて見逃しているみたいではないか。

 しかもそのタイミングが絶妙で、俺の生活リズムを完璧に把握出来ていないと狙えるものではない。或はずっと俺を監視していて、外出を見てから出したのか。


 ――――――そう、か。


 電話を手に取って、彼女に掛けてみる。

『もしもし。今何処だ?』

『どうして?』

『話したい事がある。『骸骨崖』で逢おう』























 一足先に、彼女は待っていた。

「おお、来たか綾子」

「ん。何? こんな所に呼び出して。今から遊ぶって訳でもなさそう。崖だしね」

「……ずっと、疑問だったんだ」

 敢えて雑談には応じず、俺は問い詰める様に独り言を呟いた。

「お前は一連の騒動に何の関係もない。たまたま鳳介を探しに来たときに遭遇したもんだとばかり思ってた。よく考えてみたらそこからもうおかしい。三年も経って今更思い立つ程お前の愛は浅くない。それに、何の事情も知らないなら七凪雫・・・の名前を聞いて取り乱さないのもおかしい。アイツは死刑囚だ。普通、訳が分からんだろ」

「…………で?」

「お前には何の話かさっぱり分からないだろうが、俺さ、天玖村に行った時お前と同伴して探索した事があるんだよ。お前の探索ルートはあの村の異常性と二人の事情を知る事が出来る。雫と霖子二人の事情を知ってて、俺の生活リズムを把握していて、鳳介と違って瑠羽に好かれていたお前しか―――いないんだ」



「六薙罪人。俺の家族を返せ」



 綾子は動揺するでもなく。シラを切るでもなく。笑った。

「あーあ、バレちゃったか。さっすがリューマ。絶対にバレない自信があったんだけど」

「ああ、気付かなかったよ。霖子が携帯を残さなかったらな!」

 彼女にも全く同じ情報屋が関わっていたというなら話は随分変わってくる。助けてくれたと都合よく考えるつもりはないが、少なくともあれがなければ正体不明のまま、いつか忘れていただろう。

「……何でこんな事をって聞かないんだ?」

「分かってる。鳳介を見捨てた事だろ」

「そう。なら話が早いわ」 

 綾子はポケットから折り畳みナイフを取り出すと、俺の足元に投げつけた。

「私と一緒に死んでくれない? そしたら、貴方の家族の自殺はやめさせてもいいわ」

「…………俺が死んで、どうにかなるのか?」



「なるに決まってるじゃない!」



 あくまで冷静に対応せんとする俺に苛立ちを隠せないのか、綾子は激情露わに声を荒げた。

「私がアイツをどれだけ好きだったのか知ってる癖に! 好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで好きで頭がおかしくなりそうで! それを知ってるのに想像出来ない訳ないでしょ!? それともアンタ、まさか裏切ったのが一回だけだって思ってない?」

「え?」

「―――やっぱそうなんだ。じゃあ教えてあげる。アンタ、鳳介が死んでからどれくらい廃人になってたんだっけ?」

「……一年は、ない」

「早すぎるのよ! 私はね、アイツが死んでもアンタが一緒に落ち込んでくれるならそれで良かった。私と同じ時間、同じ感情を、同じくらい感じてほしかった! でもアンタは立ち直ったよね! 私を裏切って」

 それは。

 それはなんて身勝手な、友情。傲慢にも人をこうでなければと型に嵌め、外れたら裏切り者と扱うなんて。俺の知る綾子には程遠い、病的な愛に憑りつかれた少女の姿があった。いや、俺の知る綾子なんて何処にも居なかったのかもしれない。

 天埼鳳介の死んだあの日から。俺達の時間は止まった。過去を置き去りに俺は動き出したが、綾子は違う。止まったまま、動き出した。俺の知る綾子というのはきっと、とっくの昔に居なくなっていたのだ。

「……だからもう一度アンタを同じドン底に突き落とそうとした! イジメも私の差し金。アンタが同じ地獄に戻ってくれるなら手段は選ばなかった。私はアンタと一生一生一生傷のなめ合いをしたかったの! でも……」

「七凪雫が現れた」

「そう!」

 つまりあの時、彼女は見ていたのだ。イジメの現場を。俺が荒んでいくのを期待して。  

「最初は通報してやろうかとも思ったわ。でもよく考えたら、一旦幸せを与えてからの方がアンタに効くと思った! 獄中だったらアンタの様子も観察出来ないしね。だから代わりに教えてあげたのよ!」

「見ず知らずの人間に干渉したのは?」

「あの村で見つけた手口が本当に通用するかどうかの肩慣らしよ。通用したからやめたの」

 それ以上は聞かなくてもいい。どちらにせよ親友が真の黒幕だったという事実に変わりはないのだから。

「死ぬつもりが無いなら、別にいいわ。アンタの家族を自殺させて、アンタも殺す。その後私も死ぬから」

 つまり、俺と綾子が死ぬ所までは確定事項。そこに余計な犠牲が伴われるか否かだ。仲直りする方法はない。俺は二人の母親に頼まれたから死ぬ訳にはいかないが、俺が死なないと彼女は納得しそうにない。

「―――分かった、一緒に死のう」

「相変わらず素直ね。なら同時に死んでみる? 二人でアイツの所に行きましょ」


「おい、勝手に殺すな」


 『骸骨崖』を知る人間は少ない。彼に言わせればドマイナーな怪談だ。だから。


 俺達以外、来てはいけないのだ。


「………………………………うそ」

「………………………………なんで」

   









「死んでないからだ。ただいま、親友」







 



 腰を抜かしたのはいつ以来だろう。綾子は目の前の人物が信じられず、その場に崩れ落ちた。俺も、思わず尻餅をついてしまった。いる筈がない。居ていい訳がないのだ。俺がレコードを継いだなら、彼が死んだ状況もまた続かなければいけない。

「な、なんで! どうやって生き返ったんだよ!?」

「だから死んでねえって! あ、もしかして手紙を見て勘違いしたか? 俺はちゃんとこの『手紙を読んでるって事は死んでる』って書いたと思うけどな。あれはお前達が手紙を読む頃には死んでるって意味で、滅んだ直後の村なら、別に生きてるぞ」

「じゃあ出て来いよ!」

「出てきて話をややこしくするのだけは避けたかった。七凪霖子を救えるのはお前しか居ないと思ってたんだ。ごめんなリュウ。それと―――綾子」

「は、はい!」

「お前の気持ちには気付いてた。リュウが教えてくれてたんだ。でも俺には応えられない訳がある。大したものじゃない。お前達と出会う前にも当然友達が居たんだ。男女の四人組だよ。俺は今でいうリュウのポジションに居てな。二人の女に恋を応援してくれって言われてた。当然死力を尽くしたよ。それが友達ってものだと思ってた―――ま、俺の頑張りもあって無事に俺を除いた四人はそれぞれ二組のカップルになったんだが、どうなったと思う?」

「……幸せになったの?」

「それは正解だ。二組は確かに仲睦まじいカップルになった。カップル同士が友達って事もあって、その二組はますます仲を深めた。俺は…………孤立した」

 初めて彼の声に陰が籠った。『ヤマイ鳥』の時に見せた表情は、そういう過去があったからか。俺に二重スパイをさせたのも、三人の関係が崩壊しない為。

「仲が悪くなったんじゃない。疎遠になっただけだ。カップルになっても一生友達なんて言われてたが、実際は俺を抜かして一緒にいる時間が増えた。全員悪気はないんだろうな。でも、そういうのってあるんだよ。恋人として一組の時間、恋人を持つ同士での時間。俺は恩人だったかもしれないが、自分を孤立させたせいで結果的に何もかもその通りになった。もうアイツ等は、誰も俺を覚えていないんだろう。恨みはないが、それが怖くなった。同じ立場ならまだしも、リュウ。お前がその位置にいるんだから、こっちは気が気でいられなかった」

 俺は鳳介のお人好しっぷりに言葉を失いそうになった。彼は今何と言っただろう。同じ立場ならまだしもと言ったのだ。そんな目に遭って、恐怖を感じたと自白したのに。もし俺と綾子で両想いなら自分が孤立しても応援すると言ったのだ。


『信じてみろよ。きっと、上手くいくぜ?』


 その言葉の裏には、自分を勘定に入れられない空しい価値観があった。彼は全力で友達の助けになるが、自分はどうなってもいいと考えている。友達にとって都合の良い役割をあてがわれても、文句一つ言いそうも無い。

「だから綾子。殺すなら俺にしろ。リュウは何も悪くない。むしろこいつは、何とか恋人になってやってくれと俺に何回もお願いしに来たんだ。お前の為に。元を辿ればお前の気持ちに応えなかった俺が悪い。お前とは付き合えないって正面から言うべきだったんだ。異性として見てない訳じゃなかったから、どうしても嘘を吐くみたいでな。だから」



「もうやめて!」



 綾子は、泣き出してしまった。

「出来る訳…………ないじゃない! 好きな……人を……………………殺すなんて!」

「俺を殺せないのに、リュウは殺せるのか?」

「鳳介、もういい。やめろ。それ以上は綾子が可哀想だ」

 折り畳みナイフをポケットに入れて、殺意を失った綾子の下へと駆け寄る。ぺたん座りですすり泣く綾子には『現在』の面影が欠片も無い。彼女も、ようやく時が動き出したのだ。

 俺の知る櫻葉綾子は、ここに居る。

「……綾子」

 立て膝に姿勢を変えると、力強く彼女を抱きしめた。



「ごめん。お前を裏切ったりして」



 掠れるような声と共に出た謝罪は、彼女に巣食っていた強がりを綺麗に消し去ってしまった。

「…………ごめん、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい! うわああああああああああああああああああん!」

 






 これで本当の、仲直り。









 別れから始まった確執は、再会によって解消された。

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[一言] 黒幕系幼馴染...?!
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