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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ENDEATH  ナナギの神曲

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希望を託す

「年齢毎……?」

「向坂様が見た景色はどのようなものでしたか?」

「響が虐待されてる映像でした。それを霖子が助けてる……あ、すみません。分かりますか?」

「ええ、お気遣いいただきありがとうございます。それは何処で取得なされた映像ですか?」

「真ん中……いや、入ると小人化する変な場所です。年齢って言うなら幼年期になるんですかね」

「でしょう。私の見た景色では響は雫となっておりました。確証には至りませんが、この村は雫の記憶による影響を受けていると考えられます。小人化は幼年期に見た景色の歪み、記憶の劣化による表現の誇張。森は村の外に出ようとした罰で監禁された少年期の記憶、霖子の救出が来るまで出られなかったので出口がありません。ゴミ捨て場は村の規律と裏側を見てしまった青年期のトラウマ、そしてここが……」

 滔々と情報を語っていた緋花さんが突然口ごもった。何をそんなに躊躇する事があるのか分からない。こんな状況では何を言われても驚かない自信がある。ちょっと変わった出来事に対して一々『分からない』とか『意味不明』とか『あり得ない』とか、一々言っていられる人間なら鳳介の親友にはなれなかっただろう。

 大体一番意味分からないのは回想の取得だ。意味は分かるので流したが、無を手に入れるに等しい概念はこの世で一番意味が分からない代物だ。俺達はアカシックレコード所有者ではない。理解が及ぶのにも限界がある。そこを超えるような発言はまずないだろう。

「……どうしましたか?」

「……いえ。私は向坂様に比べると所有する情報が少ないのであまり確信をもって言うのも……と思いまして。演繹的に考えた結果、景色に現れた男は向坂様と面識があるとは考えております」

「面識……名前とか分かりますか?」

「鳳介、と」

 綾子と俺が顔を見合わせたのは偶然ではなかった。その名前は見ず知らずの他人とそうそう被るものではない。暇を持て余した綾子が勢いよく立ち上がって、囲炉裏に突っ込みそうになった。洒落にならないのでやめてほしい。俺が取り抑えなければ食い気味ダイブにより重傷は免れなかっただろう。

「う、嘘嘘嘘!? え、嘘! 嘘? え? え? え? え?」

「綾子、落ち着け」

「これが落ち着いていられる!? だ、だってほうす、鳳介が生き……い、い、生きてるって事でしょ?」

「その可能性はあるが、話の腰を折るような真似はやめてくれ。取り敢えず、一旦静かにしてくれ」

「アンタ、よくもそんな落ち着いていられるわね! 鳳介が生きてて嬉しくないんだ!?」



「またお前をぬか喜びさせるのが嫌なんだよ!」



 ああ、声を荒げないようにしていたのに。

 緋花さんの話を纏めるなら、確かにその可能性はある。時系列ごとに『回想』が進んで行くのなら、鳳介と出会ったのはつい最近の事となる。碌に状況も把握できていないのにその結論に達した綾子には参るばかりだ。単に鳳介の名前が出ただけではしゃいだ可能性はある。

 これだけではまだ可能性だが、俺にだけは確信まで持っていける追加の情報があった。他でもない本人から。


『嘘だと思うなら雫にでも聞いてみろ! アイツを脱獄させたのはこの―――!』


 この、俺。

 鳳介はそう言いたかったのではないだろうか。銃殺されてしまった以上は定かではない……とも言えない。何故ならこの直前まで彼はまるで情報の一つとして『七凪雫』の名前を出していた。ところが最後はまるで知己を呼ぶかの如く名前で呼んだ。雫を個人的に知っている証拠だ。

「因みにその景色はどんなものでしたか?」

「成長し鉄格子に閉じ込められていた雫を救助しておりました。そしていくらかの会話の後、鳳介様は去っていかれました。申し訳ございません。向坂様にお譲りすべき回想でしたね」

「いや、回想をキープとか無理なんで気にしないで下さい。会話は聞こえなかったんですか?」

「……いえ、聞こえてはいます。ですが言葉には受け取り方の問題もございますので、僭越ながら声帯模写にて原文を読み上げさせていただきます」

「あーまあそうですねそのまま…………声帯模写?」

 声まで完全再現する必要性はないと思うが、出来るというなら是非見せてもらいたい。俺も綾子も鳳介に関しては辛口だ。緋花さんは着物の袖から数珠を抜くと、両手に被せてから手を合わせた。


『誰?』

『それはこっちの台詞だ。貴方は? 俺みたいに出られなくなったとか? もし違うなら是非とも脱出方法を―――』

「私は……これから死ぬの。世界の平和の為に、お姉ちゃんの為に』

『―――ちょっと待った。それは一体どういう事だ―――?』


 未来で識ったという言葉に合点がいった。天玖村の事も、アカシックレコードの事も他ならぬ雫の事も。鳳介は本人から全てを聞き出していた。あの言葉は嘘ではなかったのだ。

 天埼鳳介は、この特異点の中で今も生きている。

 そして緋花さんが再現中の親友には、諦める意思というものが感じられなかった。アイツは俺に綾子の事を託しておきながら、生き延びようと必死だったのだ。そうでなければ雫を信じるなまえをおしえるなんて不用心な真似はしなかっただろう。


『俺の名前は天埼鳳介。名前は教えた。怪しいと思ったなら殺してくれて構わない。でも、どうしても気になった。雫、お前は本当に死にたいのか?』

『……世界の平和に』

『違う。平和とかお姉ちゃんとかどうでもいいんだ。誰かを理由にしないで、一旦自分を理由にしてほしい。死にたいのか?』

『……分からない』


「ねえ、ちょっと。なんで鳳介はこの七凪雫って子を助けようとしてるの? なんか、最初は脱出方法探る感じだったのに!」

「―――まあ、助けたくなったんだろうな。俺もそこは知らないな。だけどお前も分かってるんだろ? アイツは理由もなく誰かを見捨てる男じゃない。緋花さんの話が全て真実なら、アイツは俺達が脱出した後も『オニ』に追われてる筈だ。『オニ』に雫を引き渡せば見逃してもらえるなんて確証はないし、俺達が居なくなってから雫は唯一まともに対話出来る存在だ。俺が同じ立場なら助けるよ」

「……ばか鳳介」

 そう。アイツはそういう馬鹿だ。理由があれば助けないと聞けば聞こえは悪いが、殆どの場合助けない理由はない。脱出した直後に消えて、本当に助かったかどうか明らかにならずとも助けてしまう。俺も鳳介も綾子も、そんな甘ったれ精神を否定しながら従っている。

 会話を重ねる内に、雫の警戒心が薄れていく。声帯模写は過剰な再現だとばかり思っていたが考えを改めた方が良さそうだ。鳳介は自分の脱出など忘れて、真剣に彼女の話を聞いていた。


『私……外に出たかったの。この村の外で色々な事、知りたかった』

『色々な事?』

『分からない。具体性もない。でも、死ぬ必要が無いなら死にたくない。私はただお母さんと一緒に……ごめんなさい』

『いや、いいんだ。なあ雫。お前、不思議な力が使えるんだってな? それってもしかして、岩くらいならどかせたりするか?』

『どかせる……けど?』

『なら、一つ提案がある。外に出てみないか?』

『でも、私が死なないと世界が』

『世界がそんな雑魚な筈がないだろ。この村の外に出た事がないんだ、考えも狭まってる。自分は死ぬしかない存在だみんながそれを望んでるんだ。なんて馬鹿らしいぞ? 疑うつもりなら一回だけでいい。外に出て色々な事を知ってほしい。良い奴がいるんだよ知り合いに。そいつを頼れ。理由なんかなくても、きっと助けてくれる。向坂柳馬って名前だ』

『でも、お姉ちゃんに襲われたら……』

『お姉ちゃん……ああ、そうかアイツか。ならこうしよう。俺があの『オニ』をひきつけるから、その間に横井戸に詰まった岩をどかして外へ出ろ。お前のお姉ちゃんは『人の気配』で物を見てる。俺が残ってれば大丈夫だ。上手くやり過ごす』

『そんな事、出来ないよ!』

『出来る! いや、やる。会って間もない男の発言を信じろなんて無茶か? でも結局、お前は一回も殺そうとしなかった。だろ? だから……俺を信じてみろよ、きっと、上手くいくぜ? でも親友に俺の事を話すのは勘弁してくれよ。アイツ等絶対助けに来るから』


 以上で、ございます。

 緋花さんが元の声色に戻る。声帯模写を馬鹿にしていたかもしれない。クオリティがどうとかそういう問題ではなく、回想を見ているようだった。そこに監視カメラがあって、そこに二人が居て、俺達がそれを見てる。錯覚だと分かっていても、目の前で鳳介が人差し指を口に当てている姿が見えた気がした。

「私の持ちうる情報は全てお話いたしました。何かお役に立てたのであれば光栄です」

「緋花さん、その景色は何処で見ましたか?」

「ご案内いたしましょう」

 綺麗な所作を微塵も崩さず緋花さんが立ち上がった。声帯模写の伝聞と言えども俺達に疑心はなかった。話し方のクセといい、妙にお人好しな所といい、あの言葉といい。鳳介を知らない人間には到底出ない要素ばかりだ。見たままを再現したという方が遥かに合理的で、信憑性がある。

「リューマ! 鳳介、生きてるのよね!?」

「……ああっ」

「生きてるッのよねッ!?」

 感極まって泣き出しそうになる綾子を優しく抱きしめる。彼女もまた俺の背中に手を回し、年不相応に幼く、胸の中でわんわんと泣き始めた。こんな状態の彼女を連れ回す事は出来ない。目配せで緋花さんにはその意図を伝え、俺は慰めの言葉など思いつかないまま髪を梳くように撫で続けた。



 綾子が、泣き止むまで。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり最初から名前は知っていたのか しかも想像外の人物により...
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