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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ENDEATH  ナナギの神曲

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失われた、二度と戻らない

 参拝を終えた綾子を連れて神社の外に出ると、いよいよ見覚えのある景色が見えてきた。いかれた構造のゴミ捨て場もなければ深すぎる森もない。相変わらず霧は深いが、心なしか今までよりは視界も利くように思える。

「……ここ、ちゃんとした村ね」

「霧のせいで分かりにくいけど、前来たよな」

「ええ。あの適当な地図に言わせるなら『さいご』なのかしら。ふふん、でも安心なさい。私、この村の地図全部覚えてるから」

「……マジで? え、過去飛んだ?」

「は? あの時は私、単独行動取ったでしょ。その時に拾ったのよ。民家で。同じ構造だったらだけど……試しに歩いてみる?」

「まあ、物は試しだな」

 俺の予想というか、鳳介の発言が正しければ『追憶』なので、天玖村でさえあれば綾子の記憶通りに行ける筈だ。親友に対して微塵も疑う余地はない。他人行儀に見積もってもあのいい加減を極めた地図よりは正確だ。

「私ね、一人で歩いてる時考えたの。もし鳳介と結婚したら、こういう静かな場所で暮らしたいなって。経済的な話は無視してさ」

「まあ、アイツなら何とかするだろ。宝くじを買ったら一発で番号完璧に当てそうだし。……ちょっと気になったんだが、もしアイツと結婚したら、俺はどうなるんだろうな」

「ふぇ?」

 禁断の質問。ただし聞いてはいけなかったというより、聞かない方が良かった類のものだ。考えないようにしていた。損を被るのは俺だから夢見る乙女の願いに水を差したくなかったから。でも話の方向的にこうなるのも仕方ない。嫌が応でも気になってしまう。

 遠くの高校に行ったがばかりに疎遠になる話は珍しくもない。綾子の夢が慎ましいものであれば、友達の俺は何処へ。綾子は考えもしなった様子で目を見開くと、顎に手を当ててうなり始めた。

「うーん…………そう言えばそうね。この国、重婚とかないものね」

「お前が言うんだ? 俺の知ってる限りじゃそういう事言うのはハーレム作りたい願望のある奴だけだと思ってた」

「同じくらい好きって言ったでしょ? 一緒に居たいのよ。でも……うーん。分からんな~」

「メールでやり取りとかそういうの言わないんだな」

「遠距離? 私ああいうの信じてないわよ。遠くに居たら疎遠になるに決まってるじゃない」

 その通りだ。遠くにいれば想いは薄まる。綾子は敢えて明言しないが、これが鳳介になれば「絶対に離れない!」と断言していただろう。愛は現実を求め、恋は夢を見る。近くに居るからこそ人はソレを愛せる。遠くにある愛は愛ではなく、『愛している』という夢を見ているだけ。

「……養子とか?」

「普通にやだよ。何でお前と鳳介をお父さんお母さんって呼ばなきゃいけないんだ……よく考えたら重婚もおかしいからなお前。選択肢にあげるな」

「でもアンタに引っ越せとは言えないわよ。難しいわね」

 誰も言わない魔法の言葉、いっそ関係を終わらせてしまえばいい。それを言えないのはお互いの弱さだ。俺も綾子は大好きだし、綾子も……ああ、そうだ。こういう話は友情の終着点を見定めなくてはいけないから、しなかったのだ。いつまでも子供のまま漠然とした感覚で続けたかったから。

 畑と思わしき場所に踏み入ってポケットに手を入れた。これ以上はお互いにしんどいので話を戻そう。

「それより、どうだ? お前の地図通りか?」

「今の所は地図通りよ。因みに畑の土は柔らかかったり?」

「固い。大体こんな廃村手入れしてる人間がいる訳ないだろ」

 「それもそうね。外周から確認するつもりだったけどいいわ、畑超えましょう。私の立ってる場所が道だから……正面! 横切る感じでいけば家があると思うわ」

「一応足元に側溝あるから気を付けろよ」

綾子の手を取って、エスコートするように身体を導く。霧が深くとも主観的な方向くらいは分かる。少しの不安もなく広大な畑を歩き続けると、その記憶が正しかった事が証明された。畑を背中に据える形で簡素な小屋が佇んでいる。

「おおー。マジだ」

「ふふん。褒めてもいいのよ?」

「頭わしゃわしゃやってやろうか」

「それはほめ過ぎ。さっきから疑ってなかったでしょ」

 早速家の中を調べようとしたが、何とこの家には鍵がかかっているではないか。何度かドアノブを捻ってみたが結果は変わらない。ピッキングツールを置き去りにするのではなかったと今更後悔した。

「開かないの?」

「ああ」


 ガチャッ。


 俺の言葉に反して扉は勢いよく開いた。ただし内側から。

「―――あッ!」

「おや、これはこれは。取り敢えず中へお入りください」

 陰陽色の振袖を揺蕩わせて、緋花さんが中に入れてくれた。








 














 この家に限っては囲炉裏に薪が熾されており、奥の部屋には敷布団が敷かれている。生活感があるという生活しているのだろう。魚とか鍋とかあったら決定だった。緋花さんはここの住人だったのかと今すぐ尋問していた所だ。

 換気の為か分からないが裏の小窓が開いている。煙の充満を避ける為だろう。俺達が散々悩まされてきた霧の正体は囲炉裏の煙だった……なんて事はない。だとしたらここは閉鎖的な村ではなく工業地帯か何かだ。

「なんでのんびり生活してるんですか?」

「のんびり生活……ですか?」

「首を傾げないで下さいよ、薪熾しちゃってるし。生活してるでしょ」

「いえ、ここの調査が一段落したので休憩を取っていただけです。万が一を考慮して簡易的に結界も作っておりますので、ご心配は無用です」

 俺達にはいまいち要領を得ない話だったが、足元を見てと言われて視線を落とすと、鮮血色の灰が扉の前と押入れの手前、裏口に撒かれていた。これが結界だなんてイメージと違う。俺はもっとバリアみたいなものを想像していた。

「それにしても、あれじゃない? 随分慣れてる感じがするわよ」

「所長の誘いを受けて事務所に入る前の話ですが、私は神社にて一生を強いられていました。慣れている様に感じるのであれば、それが原因かと思われます」

「……いやいや。緋花さん。コイツの事何か聞いてくださいよ。現地で合流したのにこれじゃ紹介出来ないじゃないですか」

「説明は不要です。手をお繋ぎになっている所から関係性は十分把握出来ますから。それよりもここに来訪した事のあるお二人にこそ、私は情報を共有したいと思うのですが」

 さも全てを把握したかの様な言い草は俺達に恋人の関係を誤解させる前フリでしかないと思っていたが、彼女を過小評価していたようだ。緋花さんはきちんと人間を見て、的確に関係性を言い当てられる。

「…………私より美人」

 微妙に落ち込む綾子を尻目に客座で胡坐をかくと、緋花さんはフっと微笑んで嬶座に位置を合わせてくれた。

「まずは―――そうですね。ここは滅びる前、或は直後の天玖村だと考えられます。それは家屋が無事な事や部屋が荒れていない事などから分かります。しかし過去に飛んだというよりは再現と呼んだ方が的確でしょう」

「そっちの根拠は?」

「トンネルを抜けた後の事。檜木様を除く方々が散ってしまわれましたね。私は最初からここに飛ばされました。皆様を探して幾つもの領域を超えましたが、そこでとある物を見つけたのです。共通して」

「共通……ですか」

「回想です」

 何を言っているのかさっぱり分からなかった。回想とは行為であり概念だ。『ある』とか『ない』とかではなく『する』もの。

「仰りたい事はよく分かります。しかし一つ見つけ損ねたので、或は向坂様が取得なさっているのではありませんか?」

「いやあ……回想を取得ってゲームかなんかでしょそれ」


「臙脂色の景色」


 話半分に聞き流そうかと思い始めたが、その一言で考えが反転した。心当たりしかないし、他の場所で見つけられなかったのも緋花さんが先に見たからだとすれば納得が行く。


 ―――消費式なのか?


 空気を読んでか綾子が話に割って入らない。暇を持て余した猫の様にごろごろ身体を転がしていた。

「私は向坂様より彼女の事をご存知ないので、確信は出来ません。しかし思うにあれは―――年齢毎の景色、ではないかと」

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