緋色の足跡
今の綾子は知らないか。俺と全裸で抱き合って眠った話は。気まぐれに話しても良いが、多分俺の妄想だという事にされて好感度が下がるだけだ。やめておこう。これに限らず、俺は綾子に隠している事がたくさんある。鳳介の残したメモと言い、隠し事だらけだ。
―――だから絶交されるんだな。
本人の為を思って。果たしてその判断を本人がどう思うかは考慮しない。余計なお世話という奴だ。でも俺はその方が良いと思った。あらゆる行動はそこに帰結する。誰かがではなく俺がそう思った。でなければ死刑囚を助けようなんて思わない。社会規範に従順な男なら鳳介と知り合う事も無かった。
全て、俺の責任だ。
ただ、責任逃れと悪態は違う。責任を自覚した上で俺はこうなってしまった事に文句を言おう。それくらいは許される。
「……アンタは鳳介好き?」
「ああ」
「どこら辺が?」
「俺はアイツが一番男らしいって思ってる。アイツが居なくなってからの行動は……多分、アイツの真似なんだ。他の奴には内緒だぞ」
雫を助けたのも、アイツならきっと助けると思ったからだ。勿論イジメから解放させてくれるならと一縷の望みがあったのも事実。鳳介が居なくなってから俺と綾子の光は消えてしまった。真似をしていたのは……少しでも光が見えればと、そう思ったのかもしれない。深海の中には光が届かないというが、俺達はきっとそういう場所に居たのだろう。
「お前は……いや、聞くまでもないな」
「何でよ」
「お前がアイツの事好きなのは一番分かってるからだ。どんだけ聞かされたと思ってんだお前は。人生計画見せられた気持ちにもなれよ」
「あはは、そう言えばそんな物もあったわね~。懐かしい。まだあったっけ」
鳳介を失って傷心状態の綾子を物にしようという気は最後まで起きなかった。嘘を吐いていたのもそうだが、仮に正直に話したとしても、とてもとても彼女には手が出せない。それは卑怯だ。誰よりもアイツが好きだった綾子に、もう居ない事をダシにするなんて俺には出来なかった。癒やせるものなら癒やしてやりたいが、それでも。
俺に鳳介の代わりは務まらない。
「…………ん。もういいかな」
「探索再開か?」
「そ。早くアイツ探しましょ。生きてるかもしれないし」
最期にお互いをぎゅっと抱きしめて俺達は平常の距離に戻った。改めて状況を把握すると、深春先輩の偽物が身代わりになってくれたお蔭で俺達は次のエリアに移動したと思われる。因みにここは神社で、地図で言うなら『さいご』か『かぎ』。過去に飛んだ際にも同じ神社を見たので(像の状態は違うが)、初めてここを天玖村だと思えた。
「で、ここ探索?」
「んーいや。まあうん」
「歯切れ悪いわね」
「いや、ここはなんかありそうな匂いが全然しなくてな」
「アンタいつからそんな特殊能力得たのよ。面倒なだけでしょ、こんな時にも物臭発動とか呆れるくらい緊張感ないわね。手分けして探せば早いからさっさと探すわよ」
「はいはい。分かったよ」
多分、何もない。ここだけは唯一明確に過去行った事がある場所だ。探すだけ無駄だろうと適当に手を抜いていたが、綾子が「アッ!」と叫んで俺を手招きした。
「リューマ、こっち!」
「何か見つけたのかッ?」
「うん。これ見てよ」
斜め下に向けられた指を辿ると、そこにあったのは下駄だ。埃一つないが流石に汚れてはいる。朽ちてはおらず、鼻緒も切れてはいない。それ以前にこの下駄は綺麗に並べられた状態であり、まるで所有者が座敷へ上がったみたいだ。
こんな所に座敷はないので、いよいよよく分からないが。
「……下駄、だな」
「下駄ね。なにこれ?」
「…………多分、俺の同伴者のものだと思う。ただこの脱ぎ方は自分から脱いだ感じがするな。幽霊が謎の綺麗好きなんておちゃめな一面を見せるとは思えない。だけど近くに居るなら俺達と合流してもよさそうだ」
「つまり何が言いたいのよ」
「よく分からない。何で下駄があるんだ?」
拾うのも悪いので放置するしかない。案の定、それ以外に目ぼしい物は見つからず俺達は探索を中断した。後で来る可能性は否めないが、現時点で必要と思われる物体は見つからなかった。因みに重点的に探しているのは鍵や書物だ。
「ねえ、せっかくだしお賽銭してかない?」
「お賽銭? こんな寂れた場所にか? まあいいけど、鳳介が見つかるようにとか?」
「ま、そういう事。アイツが戻ってくるなら何にだって縋るつもりよ。神にもね」
神、か。
綾子も暗行路紅魔と出会っていたら騙されていたのだろうか。仮面で鳳介が帰ってくるなら安いものだ。俺の方に手を突き出して固まる綾子。比較的綺麗なだけの廃れた神社に神様がいるとは思えない。何か思う所があるかもしれないが、何円貢いだ所で願いを叶えるなんて上手い話は―――
「ちょっと!」
「あん?」
「お金」
「…………ええ!? 俺が払うの!? いや、ねえよ。こんな所でお金使うとか想定してねえ」
「これじゃお賽銭出来ないでしょッ! アンタはいつまで経っても準備不足ね」
「したことねえよ準備! 鳳介のせいで勝手に知識ついただけだろうが。後、賽銭の準備って単なる初詣か何かだろ」
「ごちゃごちゃ言わない。無いなら探すわよ。自販機の下とかにありそうじゃない?」
「自販機がねえよ」
綾子の言いたいあるあるは人が使用している自販機にのみ限定される話、もしくはそこに関連する怪異であり、明確に誰も訪れていない村に自販機があってもお金が落ちているとは思えない。あって枯れ葉か小石か虫の死骸か。
しかし鳳介の為にと何でも試す綾子は健気で、何とか力になってやりたい。賽銭という行為の名目上あまり使用したくない手口だが、お金はその辺りから湧いて出るものではないので、ワンチャンス掴む為には仕方ない。
「綾子、奥の部屋を調べてくれ」
「え? そこにお金があるの? さっきは見つからなかったけど」
「ま、俺達の探索はザルだからな。それにさっきは鍵とか本とか今にも役立ちそうな物を目的に探してただろ? そのせいで見落としてる可能性がある。関係ない、違うと思ったら視界に映ってても見えないもんだ」
「ザルなのはアンタだけ。でも一理あるから、そうね。探してくる。言っとくけどサボってたら後でビンタね」
「サボんねえよ」
探すと言っているのに棒立ちでは怪しまれるので真横の部屋へ。目的物以外は見逃しがちだと言ったが、俺は違う。めぼしい物には程遠いが、今回のケースならあれが使える。ペーパークリップだ。天玖村などと閉鎖的な場所に存在した神社だけに、部屋にはところどころ生活感が窺える。神聖さがあるかと言われたら微塵もない。イ教の神は寄り添うばかりだ。
『俺がいる間は開けてやれるが、お前達も出来るようにしておけよ。単独行動をしなきゃいけない時に動けないんじゃ仕方ないからな』
ぶっちゃけかなり練習した。ピッキングはやり方を見てから直ぐに習得出来る技術ではないのだ。もし出来る奴がいたらそいつは天性の鍵屋か泥棒になれる。俺は簡単な鍵しか開けられないが、十年以上も前の賽銭箱にセキュリティの概念はない。ペンチがあれば加工しやすくて助かるのだが見つからなかったので適当な重量物で代用。
賽銭箱の前に綾子はいない。奥の部屋から棚をひっくり返す音が轟いているので引っ越し作業よろしく荒らしている最中だ。ツールを作った俺と徹底的に荒らす綾子、一体どちらが泥棒なのやら。この賽銭箱は側面に鍵がついているタイプで、その型も予想通り古いタイプだ。
「そっちはあったー?」
「ん。まだ探してる最中だ。期待していいぞ」
なんて調子の良い事を言ってはみたが、この中に硬貨があるかまでは分からない。ワンチャンスだ。滅ぶ前に入っていたお金があるかもしれないというだけ。久しぶりのピッキングに指先が痺れているが、それでも何とかシアラインを揃えて開錠した。取っ手を掴んで勢いよく開くと、一〇〇円硬貨を重石に紙切れが置き去りにされていた。
二つとも取得して一〇〇円はポケットへ。紙きれを裏返すと、
『ここに居る限り幸せなんてない。それが彼女の導いた結論だった。果たしてそれが正解だったのか、間違いだったのか、誰にも分からない。いや、お前なら分かるかもな。なあリュウ、彼女の選択は、誰かを幸せにしたか?』
「…………?」
何で、こんな遠回しな。
まるでアカシックレコード所有者と話しているみたいだ。これに限った話じゃない。鳳介にしては遠回しが過ぎる。それと一々俺を名指しする理由もやはり分からない。綾子が見つけたっていいだろうに。
この紙切れの意味は後で考えるとして、今は硬貨を解決しようか。
「綾子! 見つけたぞ!」
「まぁじぃ!?」
淑やかさの欠片もなく綾子が乱暴に飛び出してきた
「どれどれッ?」
ポケットから硬貨を取り出すと、綾子は目を輝かせながらそれを掠め取った。
「何処から見つけて来たの? やるじゃん」
「もっと褒めてもいいんだぞ?」
「ふふふ! ありがと。私勝手に参拝してるから外で待ってていいわよ」
「神隠しされても嫌だから待ってるよ」
少し考える時間が欲しい。ここまで名指ししているならいよいよ間違いない。鳳介は『俺』に何かを伝えたいのだ。
何を?
何故?




