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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ENDEATH  ナナギの神曲

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201/221

赤い異人

 閉じ込められたから何だというのだ。

 この状況を絶望とするにはまだ早い。家主が二階に立て籠もっているのでまた物音を立てない限りは探索し放題だ。俺達は冷静に行動を開始した。因みに二階にあった鍵は綾子の協力でもう一度上ってちゃんと取ってきた。二人で持ち上げれば使えるだろう。余程低い場所に鍵穴が無いと話にならないが。

「一か八かになるけど、台所の上に乗ってドアノブに向かってジャンプすればワンチャン裏口開かない?」

「あのなあ、鉄棒とは訳が違うんだぞ。しかもこの手のドアノブって回した後回しっぱなしのまま押したり引いたりしなきゃいけない。どうするつもりだよそこ」

「そうよねー。んじゃ地下でも探す?」

「地下?」

 綾子が台所の方へ移動し、足元を指さす。金属の枠が床に設置されており、そこだけはてこの原理で持ちあがる取っ手を引っ張れば開く仕様らしい。

「ってそれ地下って言わねえよ」

 この手の設計は俺の家にもあるが大抵は単なる倉庫に留まっており、お酒とか米とか調味料とか料理に関する様々なものを入れる役目がある。その認識を逆手にとって全く別のものを入れている可能性は否めないが単なる倉庫にはそれ以上の役目は無く言い換えるなら袋小路。床下に作られてはいるがこれを地下とは言いたくないものだ。後、家主がいる癖にこの部屋は全体的に清掃されていないので単純に入りたくない。ゴキブリや鼠が今や巨大生物だ。遭遇したら巨人よりもまずい。

「いや、それがね。さっきこの家の奴が変な挙動したのよ。私達を探してる時、ここを開いたと思うのよ、音的に。もしここがきったない倉庫なら探そうなんて思うかしら」

「思う人は思うだろ」

「でもすぐ探索をやめたのよ?」

 そこまで言われると、確かに変だ。探す探さないはこの際関係ない。倉庫という前提ならば先程も言った通り袋小路なので、探そうとするなら徹底的に探す筈だ。何せ逃げ道がない。もしかしたら探そうとしたところで俺がボールを落としたから中断したのかもしれないが、ならばもう一度ここに戻る筈だ。

 総合的に、ここが倉庫である可能性は低い―――厳密には、倉庫じゃない可能性が高い。

「よし、じゃあ開けるか」

「私、反対側に乗って落とすからアンタ持ち上げて」

「楽すんな。俺が持ち上げてる内は大丈夫だ。取っ手を掴んだらお前も手伝え」

「ちぇー」

片足を端に置いて綾子が踏ん張ると、金属の取っ手が持ち上がり、半月状のグリップが露わになる。すかさず片腕を入れて掴み上げると、それを合図に綾子が合流。二人分の力で精一杯押し上げると地下への扉が僅かに開いた。

「あれ! ねえこれやばくない?」

「…………ぶっつけ本番だ、行くぞ」

 俺達二人が通れるくらいまで開いた瞬間、掴む手は取っ手から扉の横幅にシフト。同時に滑り込むと、重力に従って扉が勢いよく閉じる。音を聞きつけた家主が二階から動く音が微かに聞こえた。

「だーもうやっぱりこうなったッ。暗いし!」

「道が見えるなら問題ない! 光源まで走れ!」

 綾子の手を引っ張りながら光源まで全力疾走。この身体では速度などたかが知れているが、走らないよりはマシだ。間もなく音を聞きつけた家主が地下に降りてきて、振り返った俺はその全身を目撃した。

 顔が無い。

 のっぺらぼうは見慣れたが、顔をミートミキサーにかけられたかのようにグチャグチャに潰されているのは初めてだ。白身みたいな部分は眼球の成分が混じったのだろうか。見るべきではなかった。「―――走れ!」

 懐中電灯をその手に男は接近してくる。幸運なのは俺達にとっては広大でもこの場所は彼等にとっては狭い場所である事だ。あちらの光は寸分の狂いもなく俺達を照らしているが、荷物が多いせいで足元の着地に難儀している。

「何この段ボール邪魔!」

 俺達を阻んだのは横一列に並んだ段ボールの壁だ。回り道は出来ないだろうし、超えるには後ろから俺達が丁度良く足場に使える物を持ってくるしかないが見つかるかどうかが博打過ぎる。左から三番目の壁に段ボール間の隙間を発見したので、身体をねじ込んで押し通る。綾子なら通りやすそうなので先に行かせる。

「ちょっと、アンタ大丈夫?」

「きっつい……!」

 などと弱音を吐いている場合ではない。足音は刻一刻と近づいてくる。アドバンテージなどあってないようなものだ。理不尽が鬼畜に変わった程度の難易度とも言う。

 一足先に狭間を抜けた綾子が詰まり気味な俺に手を伸ばした。手が抜けそうな程の激痛を持って何とか脱出。足音はもうすぐそこまで迫っている。



 そして絶望した。



 俺達が希望を見出した光源は半開きのシャッターから漏れた地上の光。あの坂道を抜けさえすれば晴れて脱出となるが、そこまでの間には何の障害物もない。純粋な走力勝負だ。結果なんて見えすいている。負けるんだよこういうのは。創意工夫も糞もない。どう頑張ってもシャッターの辺りで捕まる。

「…………綾子、お前先に行け」

「え、マジで言ってる? ……分かったわ」

「行け!」

 背中からブーストを受けた綾子はシャッターを突破。俺はすぐそこまで迫る巨人を相手にどう時間稼ぎしようモノかと悩んだ。まず掴まれたら全身が粉砕骨折するだろうから……えーと、詰み?

 笑うしかない。

「:;:;llll:::::!」

 相変わらず何を言っているのか分からないが、口と呼べる場所がそもそもミキサーにかかって埋もれているので声ですらないのかもしれない。だとするなら何処から声が出ているのだろう。足元の悪さを解決した家主の速度は飛躍的に上昇。俺がシャッターを潜り抜けるとほぼ同時に、その身体を捉えた。



 ビーーーーーーーーーーーーーー!



 シャッターの先、坂道の少し上で止まっていたのは打ち捨てられた一台の車。ヘッドライトが点灯すると同時に、警告もなくフルスロットルで突っ込んできた。

「でえええええええええええええ!」

 家主の方も半開きのシャッターに身体を通す為に滑り込んでいるので、必然車が突っ込んできた光景は見えているだろう。それが訳もなく突っ込んできたともなれば否応なしに思考は停止する。俺達は追跡者と捕食者の関係も忘れ、互いが眼前の状況を理解出来ぬまま車に突っ込まれた。

「いいいいいいいいいッ!!」

 シャッターこそ破壊できなかったが、防弾ガラスを前にしても人は目の前で銃を撃たれれば相応のリアクションを取る。安全と分かっていても視界から先読みした脳が実際より先に影響を受けてしまう。それと同じだ。フルスロットルで向かってきた車がシャッターで止まるなど予測出来ても回避しない理由にはならない。まして命を危険に晒してまで俺を掴む道理はない。手が離れた。

 因みにそれとは関係なしに俺は死にかけた。後もう三センチ横で捕まっていたらタイヤに潰されて無事に死亡していただろう。

「柳馬!」

 死にかけた事実に気を取られて動けないでいる俺を心配したのだろう、綾子が扉のない運転席から降りてきた。

「大丈夫?」

「……死にかけた。錆び付いた車が良く動いたな。後どうやってエンジン掛けた?」

「エンジン? 最初からかかってたんじゃない?」

「はあ?」

「じゃなきゃクラクションも鳴らせないしアクセルも踏めないわよ。そんな事どうでもいいでしょ。早くしないと追ってくるから逃げましょ」

 それもそうだった。

 今度は綾子に手を引かれて坂道から脱出。左を見やると、金網の先に深い森が見えた。相変わらず霧のせいで深部はうっすらとしか見えないが、人影のようなものが動いたのは気のせいか。

「お前、まだチェーンカッターあるか?」

「こんなに小さくちゃ使い物にならないわよ。上った方がいいんじゃない?」

 











 



 

 


 俺達が経験者でなければ即死だった。

「はあ…………なんでクライミングをやらなきゃいけねえんだよ」

「いいじゃない。元に戻ったんだから」

 そう、綾子の言う通り、金網を飛び越えた瞬間俺達の身長は元通りになった。懐にあった筈の地図が消えたのであれはどうやらこの区画限定の現象らしい。金網越しに見える建物はお世辞にも大きいとは言えず、如何に縮んでいた時の風景が大袈裟だったかを悟る。ただし道自体は滅茶苦茶で、大通りから外れた道は少し歩けば風俗にも似たいかがわしいお店の入り口に続いていた。

「何、忘れ物とかあった?」

「いや、アイツ追ってこないんだなって」

「あーあの巨人でしょ。さっきはああやって急かしたけど冷静に考えたらシャッターひしゃげてるし通ろうにも通れないんじゃない? まあこんな所でモタモタしてたら回り道が間に合うかもしれないけど」

「それもそうか。ん?」

 振り返った正にその瞬間、視界の端に映った血の線を見逃す俺ではなかった。浅霧がかかっていようとも関係ない、こんな原色を見逃そうものなら俺の眼はいつの間にか狂ってしまったという事だ。

「…………血だな」

「しかもまだ乾いてないっぽいわね」

 ここが迷いの森とは思わないが行動方針があればそれだけで動きが固まる。一時も見逃さぬように下を向きながら木々をすり抜けていくと、幹に大きな穴が開いた枯れ木へと続いていた。そこだけは霧が晴れており、軒並み刈り取られた草花が根っこだけを残して無様に広がっている。





 その血は、鍬の突き刺さる真っ赤なレインコートから滴っていた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] アリエッティを思い出したつつゆき氏
[気になる点] レインコート・・・?え、ちょ、な、えっ・・・? [一言] のっぺらぼうは見慣れちゃあかんやつや向坂くん
[一言] やべぇ...忙しくて見れてなかったけどあっという間に読み切れた...おもれぇ...てか赤いレインコート...?桑...?...いやまさかな...
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