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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ENDEATH  ナナギの神曲

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惨めな人生の中で輝く瞬間

 脳みその裏側で胎動を繰り返していた音が鎮まると共に俺の意識も回復していった。自分では倒れたと思っていたが、どうもその場に蹲っていたらしい。不思議なくらい重く感じる頭を上げると、何故か周囲が森になっていた。

 霧は先程と比べるとかなり薄く、中距離までなら何となく視認出来る。ただし空は豊かに葉をつけた木々に邪魔されて全く見えない。一歩たりとも動いた記憶はないが、どうしてこんな所へ飛ばされてしまったのか。懐中電灯で周辺を照らしてみたが案の定、誰も居ない。


 ―――やられたな。


 半ば事故に近かったが、これで集団の強みは殺された。怪異としては個別で殺しにかかるだろう。事務所の人間はともかく、心配なのは会長と先輩とマリア。三人には怪異に対する知識がない。いや、知識という側面で言うなら今回は全員前知識なしで突っ込んでいる事になる。何せ天玖村は歴史以外を語られない村。村人が皆殺しにされて以降、誰一人としてここを訪れた人間は居ない。

 だから厳密に言えば経験値が圧倒的に足りない。例えば俺ならこの程度では困惑こそすれど決して動揺はしない。が、三人はどうだ。動揺して、発狂して、ドツボに嵌ってしまうかもしれない。その前に合流したい所だが、この森の何処かにいると信じたい。携帯はどうせ役に立たないのでちゃんと足で探そう。

 思えば確かにマリアの喋り方が違った。彼女の言葉には何というかぎこちなさが混じっていて、流暢とするには少し引っかかる感じなのだが―――くそ、檜木さんは気付いていたのだろう。忠告は少し遅かったがそれで責めるのは酷だ。あのタイミングで懐中電灯が不調になればマリアの違和感から注意が逸れるに決まっている。あれで責められるとすれば俺の運であり、その延長線に居る俺だけだ。

「せんぱーい? マリア?」

 追跡者もおらず、死の気配も感じない。大胆にも木に登って大声で三人を呼ぶが、ほうぼうに生えた草花の隙間を空回るばかりで反応が無い。木の上を飛び降りてから道なりに進んでいくと急に雑草が枯れていた。

 科学的な考察は無意味。怪異に対して必要なのは『何故こうなったか』ではなく『何があるか』。霧のせいで見間違えている可能性を考慮して草が枯れたギリギリまで近づいて懐中電灯で確認する。そこに見間違いは無かったが、今にも消えてしまいそうな浅い足跡を見つけた。等間隔と呼ぶにはあまりに長距離で小さい足跡。足跡を辿ろうとするならアスレチックよろしく身軽に飛んでいく必要がある。かなり辛い方法だ。足跡の大きさまで厳密に辿るなら片足立ちを強いられる。

 近くに重さのあるものがないので近くの地面をかかとでこじ開けて団子を作る。小石くらいの大きさになった所で適当な場所へ放り投げると、地面から大量の手が勢いよく突き出した。腐敗と蛆だらけの手はひとしきり周辺の地面を叩いた後闇の中へと消えていった。地上に残ったのは小さな穴が実に五十。

 中学か高校で少なからず地層の勉強をした人間は分かると思うが、地面は基本的に下へ行けば行く程固くなる。漫画のようにシャベル一本で大穴を掘る行為はハッキリ言って非常に手間がかかるので常人にはほぼ不可能だ。また、生き埋めから人が脱出出来ないのは地面が重すぎて抜け出せないから。

 怪異に物理法則を考慮するのは無理があると言ったが、俺はれっきとした人間なのでそうもいかない。最初に足首を掴まれて転び、残る手に全身を引きずり込まれたら脱出出来ないのだ。単にこの道を通らなければリスクはゼロだが、この道は直接橋に繋がっており、ここを使わないという事は川をどうやって渡るのかという問題を抱えてしまう。

 鳳介の発言になるが、『怪異』と遭遇中は何があっても川を渡ってはいけないらしい。縁起が悪いだけとは言いつつも、曰く『怪異とかじゃなくてガチの幽霊に憑りつかれる』そうな。一休さんではないが、どうしてもここを通るしか森の奥に行く方法はない。

 行くしかないと腹を括り、立ち幅跳びの要領で最初の足跡に着地するとウジ虫だらけの手が足を掴んだ。

「え、嘘―――!」

 手応えに従って忽ち周囲の地面から手が飛び出してくる。バランスを崩して後ろ向きに転倒。最初の一歩目だったのが功を奏して身体は雑草に着地したが右足が捕まってしまった。

「やめろやめろおおおおおおばああああああおおおおおおお!」

 叫んだのは悪手だったかもしれない。生きた獲物を捕らえた手は奥の地面からも生えてきて穴からは穴へと移動しながら急接近。爪先が地面に引きずり込まれる頃には太腿まで隙間なく無数の手が俺を闇へ引きずり込まんと掴んでいた。

「離せえええええ離せええってええええええもおおおおおおおおおお!」

 土を掛けた程度では怯まない。直接攻撃はかえって手を掴まれる危険性があるのでまだ出来ない。

「いやだ、いやだああああああああ!」

 足首が引きずり込まれる。地面をのたうち回っているだけで事態は好転しない。危険を承知で太腿を掴む指を全力で締め上げた。

「離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せ、離せってええええッ!」

 石像に掴まれているのか、力で勝っている気がしない。指は指で接着剤でもついていたのかちっとも剥がれない。そうこうしている内に膝まで引きずり込まれ、ついでにリスクを承知で出していた右手と腰が掴まれた。



「ああああああああ……ああああああああああやめろおおおおおおおお!」

 

  



















「て…………起きて。ねえ、ちー君。ちー君ったら!」

「…………ん」

 深春の声をきっかけに目を覚ます。どうやら俺は意識を失っていたらしい。何故と言われても分からない。九十星マリアの顔を見た瞬間に大きな音が聞こえてこうなった。彼女の顔は記憶しているが、あの時見た顔は全く思い出せない。これが彼らが幾度となく関与してきた超常の力だというなら甚だ理解に苦しむ。

「深春……ここは?」

「分かんないけど……ゴミ捨て場かしら」

「ゴミ捨て場ぁ?」

 周囲にはゴミがまとめられたポリ袋が山のように積まれて一部が散乱している。酷い臭いだ。こんな臭いの中でも深春が声を掛けなければ目覚めなかったと。中々俺も鈍感だ。立ち上がって首と腰を回す。ゴキゴキと小気味よい音が響いて、心なしか身体が軽くなり、ほんのちょっぴりそこが痛い。

「どうしよっか」

「まあ、合流だろうね。俺達だけで行動するのは危険だし。携帯で連絡はしたのか?」

「それが圏外で、誰にも連絡がつかないの! ちー君。これって終わり? 私達死んじゃうの?」

「―――あまり弱気な事は言いたくないが、常識的な考え方が出来ない状況では俺だって役に立つかどうか……」




「ああああああああ……ああああああああああやめろおおおおおおおお!」

  



 建物越しに小さく聞こえたその声は、紛れもなく後輩である柳馬君の声だった。掠れ具合からかなりの大声を出している。距離も遠そうだ。言葉の中身からして何者かに襲われている可能性も高い。

「後輩君の声……行かなきゃ!」

「待てよ深春!」

 衝動的に駆けだしそうになった彼女の手を慌てて止める。振り返った深春の眼には、一筋の恨みが込められていた。

「何で止めるの!」

「ここは常識で考えちゃいけない場所だ。俺もこの声は彼だと思うが、これが偽物という可能性は」

「だとしても! 私は後輩君に命を救われたの! 仲間になってって言われたのよ。今まで蚊帳の外だったけど今回は違う。私も全てを賭けるの。自分の身が危ないから慎重になろうなんて、少なくとも今は嫌! 先輩は後輩の面倒を最後まで見るのが仕事なんだから!」

乱暴に手を振り払われ、一目散に外へと駆け出す深春。扉の先は外ではなくまた別の部屋だったが構わず突き進んでいく。彼女の言いたい事も理解してやりたいが、俺達が行ってどうにかなるとは考えにくい。だから慎重になって考えようと―――

「ああもう! 待てって」

 このままでは深春を見失ってしまう。常識で考えられない場所でそれだけは避けたかった。せめて視界内にさえいれば守れるかもしれなくとも、こう距離があっては手どころか声すら届かない。そして外での活動を嫌う俺が運動部に所属していた彼女に追いつける道理はなかった。火事場の馬鹿力にも限度がある。

「何処だ! 深春! おおおーい!」

 早速見失った。懐中電灯の光で前方を照らしてもそこには通路や別の部屋があるだけだ。一々探していたら絶対に距離は縮まらない。一発で正解を引こう。足元に光を向けると、左の方向に濡れた足跡が残っていた。


 ―――いつ濡れたんだ?


 常識で考えても仕方がない。行くだけ行こう。足跡は途中で消える事もなく順調に進んでいく。一歩たりとも見逃すまいと俺は頭を傾けて慎重に追っていた。部屋の前で足跡が消えたので、恐らくはそこに居ると推測。単なる部屋にしては妙な入り口を通って中を照らす。

 誰も居ない。

 足跡を見落としたとは思わない。俺の数え方は完璧だった。ちゃんと頭ごと下に向けていたし、どう考えてもそれはない。深春の足跡ではなかった? いや、歩幅も彼女の身長に忠実だった。一度は疎遠になったが仮にも幼馴染。深春が歩いている時の歩幅くらい把握している。

 それでも部屋には誰も居ない。

 床の焦げと、壁の罅と、灰くらい。

「灰ッ?」

 出た言葉と違和感が食い違う。思考プロセスとしては灰の存在に違和感を覚え、そう言えばと本命の違和感に気付いた。気付いてしまった。慎重にと言いつつ俺は冷静ではなかった。


 ガチャンッ!


 背後の扉が閉まる音。振り返って扉に付いた窓から外を見るとぼんやりした人影が確かに嗤った。

「ちょ―――ちょっと!」

 ああ、駄目だ。引っかかってしまった。身長から逆算して歩幅が同じ? 関係ない。深春は走っていた。歩きの等間隔で足跡が続く時点で別人のそれだと結論付けるべきだった。

「待て落ち着け一旦話そう俺は別に危害を加えるつもりは待てやめろなんだやめろ危害を加えるつもりなんかなんかなんかない俺はただそうだこの村に忘れ物があるって七凪雫が待って待って待って待ってまってええええええええええええ!」

 長身の人影が去っていく。何処まで距離が空いても首から上がみえない。

 建物として層が厚いから防音加工がなくても十分だ。俺の声は届かない。深春は柳馬君の声を聴いて助けに向かってしまったから。それでも叫ばずにはいられない。


 これから俺は―――








「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] さっそく不穏な予感しかしないのですが・・・ [一言] カップルではないけど、男女の二人組ってホラーモノでは・・・ゲフンゲフン、御武運を。
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