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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ENDEATH  ナナギの神曲

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居ない子だあれだ

 朝という時間帯を無視してこの暗さ。まるでトンネルが地獄の底にでも繋がっているようではないか。深海には光さえも届かないと言われているが、光が届かなくなるくらい深い地底とは何メートルからだろう。

 一寸先は闇を地で行く暗さには参ったものだ。光源持ちの緋花さんは見えるが、その先を歩いている檜木さんは全く見えない。背後に居る深春先輩もやはり見えない。一本道だからはぐれる心配はないと考えがちだが既にここは怪異のテリトリー。視えてるものに縛られて常識に固執すれば死ぬ。命がかかっている状況で恥ずかしいなどと言える肝はないので、深春先輩の手をやや強めに握りしめて居場所を把握している。その先輩も会長の手を握って、暗闇でなければ馬鹿馬鹿しい絵面があったかもしれない。

 いや、馬鹿馬鹿しくても何でも死ぬよりはマシなのだが。

「体調不良を感じるようでしたら直ぐにお申し付けください。簡易ですがお札をお渡しいたします。勿論代金などは頂きません」

「今の所大丈夫です。ちー君は?」

「誘導尋問されたら気分が悪くなるかも程度だ。それよりも怖いのは足元だな。直線を歩くだけとはいえとっくに使われなくなったトンネルだ。罅割れや抜けがあるかもしれない。緋花さんは見えるんだから俺達は足元を照らして注意を払うべきだ」

 会長の発言にも一理あるが、この暗闇は普通ではない。光には散らされるが、形として光が浮かぶ場所以外が照らされないのだ。ホラーゲームの手法として光源範囲以外が見えないというやり方は存在するが正にそれだ。普通の懐中電灯は直に照らした場所から二回りは薄く照らせる。視力にもよると言われたらそれまでだが、ある程度良いなら見えるのだ。それは光という物体の性質と眼の性質上自然な現象。光は照らされた場所でいつまでも固定されている訳ではないのである。

 なので科学的に考えるならある程度強い光でないと吸収されてしまうとみるべきか。例えば自分の足元を照らそうものなら緋花さん以外何も見えない。手を繋いで互いを把握する策は本当に有効であった。

「キャッ!」

「マリア? 大丈夫か?」

「こっちは大丈夫。私が付いてるから、万が一も何とかする」

「おお、俺はマリアに聞いたんだがな……まあいいか」

 転ぶ程の足場なのだろうか、それとも単に俺がそういう悪条件の地面を歩き過ぎて無意識に避けている? 一番転びそうな下駄履きの緋花さんが転んでいない以上、転ぶ程の地面ではないと思ってたりいなかったり。

 こちらに圧倒的不利を強いる暗闇に警戒し続けて五分。全身に纏わりついていた重たい空気を抜けると、霧の掛かった廃村が俺達を出迎えた。

「…………何だか拍子抜けって感じね。肩に力入れてたの馬鹿みたい」

「いや、そうとも限らんぞ。霧が深すぎてライトの効力が薄くなってるし、朝か夜かも全く分からんからな」

 少し歩くと斜めに突き刺さった立て看板が目に入った。文字は少し掠れているが『コノ先、触レル事ナカレ』と書かれている。耳をすませば蚊や蠅の飛ぶ音がそこら中から聞こえてくる。生理的不快感は時に恐怖よりも悍ましい。深春先輩は慣れていないのか、耳を塞ぎ始めたり独り言を始めたりと、狂気にも似た天久対策をしにかかった。

「…………違う」

「ん? ここは天玖村だろう」

「サキサカ、ここを知ってるの」

「一回来た事あるからな。その時はトンネルから入った訳じゃないし霧もかかってなかったが……川は無かった」

「あーあーあー! 川なんてなんで分かるのよおおおおー!」

「せせらぎが聞こえるんですよ。俺の知ってる村の中には川なんて通ってなかった」

「向坂様はここが天玖村ではないとお考えなのですか?」

「……怪異の考える事なんてさっぱり分からないんですけどね、多分違うんじゃない―――」




「ここは天玖村です」





 俺の推測を真っ向から否定したのは前方で佇む檜木さんだった。名探偵でも何でもないので推測を外す事自体は珍しくない。鳳介や綾子に何度「それはない」と否定されたか。だが今度ばかりは前回経験を持つ俺の意見に信憑性と正当性がある。

 檜木さんの事は好きだが、この対立には流石にムッとしてしまう。

「根拠はあるんですか?」

「地縛霊だとしても自分の土地そのものを変化させる奴はいません。土地の中身はともかく、ここは間違いなく天玖村です。向坂さんがここに来た事があるのに違うって話なら、見ない間に何かが生まれてしまったか、凛原薬子が改造した怪異を警備目的で放り込んだかでしょう」

「……あ」

 すっかり忘れていた。自分で導き出した結論ではないか。薬子は最先端技術により怪異を捕えて改造する事が出来る。今まで薬子との対立を恐れてここに行けず、雫を囮に油断を誘ったというのがこちらの思惑だが、この場合は見事に失敗だ。怪異にガードさせるなんてやる事がデタラメすぎる。

「それに川を隔てて大きな区画があります。違うかどうかはこの川を越えてからでもいいんじゃないんですか?」

「……それもそうですね」

「では一応、ここで全員の安否を確認しておきましょうか」

 誰かの手が離れたという報告はない。俺もきちんと深春先輩と手を繋いだままだ。肩透かしを食らったと言ってもそこはちゃんとしている。この手は死んでも離さない。

「ではまず創太様。そして私ですね」

「そして俺だな。で、深春先輩」

「神宮千尋も居る」

「久遠雪奈も」

 

 …………?


 霧の中で俺が振り返る。

「え、マリアは?」

「え、居ないの?」

「居るけど」

 雪奈が殿をやめて俺と緋花さんの真ん中まで歩いてくる。ちゃんとマリアの手を引いており、本人が嘘を吐くメリットはないので一秒たりとも手を離した瞬間はないだろう。霧のせいで碌に顔も見えないが、赤いレインコードのお蔭で彼女だけは下半身でも分かる。

「ほら、居る」

「いるよ」

 ようやく喋ってくれた。

 ここまで大人数だとどうしても誰か一人が狙われる気がしてならないが、今はまだ大丈夫か。となると本格的に攻撃が来るのは川を渡った後。川の広さも長さも分からない以上、正攻法で渡るのはまずいか。彼岸渡りの模倣という扱いを受けるかもしれない。

「しかしこう霧が深いと懐中電灯が頼りないな。ここに置いておくべきだろうか」

「私は得策ではないと考えますが、創太様はどうお考えでしょうか」

「………………いや」

 彼の言葉を遮る様に俺が呑気な声をあげた。

「いやー大丈夫だと思いますよ。家の中とか探すのに役立つでしょ。ほら、こんなに深い霧なら室内とか絶対暗いし……あれ」

 急に電源が入らなくなった。懐中電灯を斜めに傾けながらオンオフを繰り返しているとようやくついてくれたが、予期せずしてマリアの顔にライトが当たる。




















「やめろ顔を見るなああああああ!」

 檜木さんの声が届いた頃にはとっくに平衡感覚が崩壊し、視界が泥のように溶けて地面を映した。

 耳が痛い。

 耳に直接大音量のスピーカーを張り付けられたような感覚。文字通り耳を劈く音が鼓膜を通して脳に振動を通す。気持ち悪い。吐きそうだ。この状態が続けば確実に発狂する確信がある。立てない。声を出せない。塞いでも音が小さくならない!

「ア……アゥ」

 内側が熱い。血液が沸騰しているのだろうか。何でこうなった? そう、見たからだ。マリアの顔を見てそれで―――マリアの顔を。



 マリアの顔って、どんなだっけ。



 果たしてその考察をするよりも先に俺の精神は緩やかに落ちていくのだった。

   

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