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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
ENDEATH  ナナギの神曲

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いざ 闇へ

「ここからは徒歩での移動となります」

 立ち入り禁止のバリケード手前に車を止めると、俺達は堂々と境界を越えた。天玖村は雫の存在が忘れ去られる前から誰一人として話題に上げる事が無かった呪いの場所。誰も踏み荒らさないので道は無く、雑草が踏まれずに生い茂っている。季節的にも九月の初頭は夏の残滓が残っているというより全然夏だ。虫が気になったが、多少は割り切るしかない。今までそういう場所に行っていた癖にと思われるだろうが、鳳介が消えてからはご存知の通りブランクがある。虫への嫌悪感がぶり返しても不思議はない。

「私が案内いたしますので、はぐれませんように」

「こんな森の先に村なんてあるのかしら」

 天玖村は山に囲まれていた。典型的な閉鎖集落とも言える。どうして神社の横井戸が あそこの横井戸に繋がっているのかは定かではない(真後ろどころか村には全く近くない)が、ともかく事前情報があるのは大きなアドバンテージだ。十年程度で地形はそう変わらない。戦争中ならばともかく。

「うう、虫よけスプレー必須だったかな」

「君は虫とか大丈夫なのか」

「大丈夫って程でもないですけど、流石に今は割り切りますよ。どっちかと言うと俺は緋花さんに驚きです。育ち良い人ってやっぱりそういうの苦手なのかなって」

「血筋に特別なものが混じっているだけでございます。特別気にしてはおりません。虫も人も同じ命ですから」

 死刑囚を恫喝していた女性とは思えないすまし顔で緋花さんは呟く。そういえば彼女が言葉を荒げたのはあれが初めてだった。単に真孤が鬱陶しかったとするなら激しく同意したい。その時も敬語は崩さなかったので最早癖になっているのかもしれない

 草は踏まれる事に慣れておらず、脚を下す度に固い茎を踏み潰す感触がある。避けるのは不可能だ。誰もここの手入れなんてしないし、したくもないだろう。時々小気味良い音を響かせるのは小枝か、とことんまで荒れている。もし何かから追い回される事になった場合、ここは中々地面の条件が酷い。どちらかと言えば隠れてやり過ごした方が得策になるか。

「……それにしても緋花さんは、良く下駄でこんな所歩けますね」

「歩けない程荒れた場所でもないでしょう。ご安心を、さしたる拘りがあって履いている訳ではございません。必要があれば履き替えます」

「俺に言わせれば柳馬君、君も随分歩きなれているみたいだな」

「まあ、俺はこんな場所何回も入ってるので。でもアウトドアが趣味の人間なら嫌が応でも慣れるんじゃないんですかね」

「向坂様の過去をアウトドアの趣味にするには過激すぎると思われます」

「それに俺はどちらかと言えばインドアな人間だ。今は普通に蚊取り線香が欲しいよ。蚊に刺されやすいんだ」

「―――それならばご安心を」

 獣道を抜けると、人工的に固められたトンネルが俺達を待ち受けていた。




「ここから先は遭遇しなくなるでしょう」




 このトンネルも使われなくなって久しいのだろう、床からコンクリートを突き破って雑草が生え放題だ。相当長いトンネルか、はたまた別の原因か先は見えない。朝方という時刻も考慮するとどんなに長くても直線であるなら出口の光が見える筈だが、ここには出口なんてないみたいに真っ暗だ。古いトンネルなら崩落したという事も考えられるが、それならここに来たのは無駄足となってしまう。

 いや、それよりも気になるのはトンネルの周囲に死骸が転がっている事だ。野良犬だったり野良猫だったりそれこそ蚊だったり。外傷もなく腐敗もせず、ただ死んでいる。眠るように死んでいる。

「う、可哀想……」

「……何が起きた?」

 死体を見て取り乱す二人もさして残酷な場面でもないからか発狂とはいかない。ただし虫も含めてその場で全員死んでいる状況が異常過ぎて、不気味さに俺も含めて足が遠ざかった。一足先にこの光景を見たであろう檜木さんは何処へ行ったのか。

「もう来たんですね」

 その疑問はトンネルの闇から音もなく現れた本人によって解決された。廃村の探索という事でトランクにはその為の道具が準備されていたが、彼は一切の道具を所有していなかった。代わりに何かと手を繋ぐように虚空へ手を伸ばしているが、俺には何も見えないので多分何もいない。

「檜木様。これは一体?」

「向坂さんなら分かるんじゃないんですか? 俺から説明するよりも貴方から説明した方が効果的な筈だ」

 俺の説明下手を知った上でそう言っているなら嫌味でしかないが、俺が下手になるのはどうしても長い説明を強いられる時だけだ。一言二言だけで済むならそこまでの酷さはない。つまり……

「ただの廃村じゃないんですね」

「どういう事?」

「怪異のルールが敷かれた場所って共通点があるんですよ。無関係の存在が居ないんです。人なら同じ被害者だし、動物なら怪異の眷属。そこがどんなにか生物豊かな場所であっても例外はありません」

「その通り。そして怪異は基本的に閉鎖的ですが、ここはトンネルも含めて範囲内。何となしに近寄ったらこうなります」

 …………何があったのだろうか。

 七年前の村は『鬼』こそ居たが村そのものは単なる廃村だった。全滅直後だからという理屈も考えられるが強引だ。それにしても過去から入った時は普通で現代から入ると心霊スポットなんて悪い冗談だろう。どちらかと言えば順序は逆であるべきだ。

 気付かないうちに虫を踏む事はあっても、わざわざ死骸を見てから踏む人間は居ない。俺達は死骸を迂回する形でトンネルの端から檜木さんと合流した。

「あれ? そういえば雪奈は……」

「私はここ」

 一言も喋らなかったせいで危うく忘れるところだった。雪奈さんはマリアと一緒に成り行きで殿を務めているようで、レインコートの前を閉じてフードを深く被っている。俺達はコートの色で分かるがそれを抜けば声を聴かないと誰か分からない。ミステリー小説ならこれを利用してなりすましトリックが生まれそうだ。

「……センパイ」

「ん?」

「サキサカはともかく、この二人は大丈夫なの。ここ……かなりヤバい」

「緋花さん、清めた?」

「簡易的なものです。深部ともなると雪奈様の仰るリスクも理解出来ます」

 話についていけそうもない。会長と深春先輩も同じように首を傾げていた。何か準備不足なのは分かるが、それなら檜木さんは清めてすらいないではないか。目に見えないだけで準備をしているというなら、やはり認識が合わない。

 何度も何度も怪異の世界に踏み込んだ人間には防衛能力の一つとして嫌が応でも霊感が備わる。今必要とされるのはオカルト的な防衛手段(ハチに例えるなら防護服が無いと言っているのだろう)で、もし檜木さんにそういう策があるなら俺に視えない筈がない。もしくは発想がそもそも間違っていて、自分は守る必要もないという自信の表れか。

「……まあ、大丈夫さ。深部に行く時に一回集まればいい」

「リューマは、大丈夫なの?」

「俺は慣れてるから問題ない。ていうか自分の心配しろよな」

 マリアはイ教を手伝うJKシスターに過ぎず、不思議な力がある訳でも特別な血筋には……あるか。ただしそれは全く役に立たない。殆ど一般人と同じだ。彼女が人のままであろうが怪物に見えようが、それは認識が歪んでいるだけ。本人には何の補正も掛からない。

 どうも俺は村の探索を舐めていたらしい。過去に行った事があるからだろうが、それは文字通り過去に行っただけ。部長達の安否を心配している場合ではないようだ。今の今まで生き残れたから大丈夫などと思ってはいけない。鳳介は居ないし、わざと手加減してくれるような友人も居ない。

 そして雫の為には引き返せない。まさしく背水の陣だ。

「それじゃ、行きましょうか。先程トンネルの中を確認してきました。大丈夫、長いですけどちゃんと出口はあったので」

 檜木さんが懐中電灯も持たず闇の中へと消えていく。光源を持って後を追う緋花さんに対して俺達は真横に広がりながら後を追うのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただ、死んでいる・・・かぁ。せめて苦しまずに・・・ [一言] さぁさぁ、やって参りました因縁の村、天玖村。 事態は、向坂君はどう動く!?
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