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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
AI0  太陽と月

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182/221

腕切り二つ、足切り五つ、首切り十つ

 至近距離で対峙したその瞬間、心臓が止まりそうになったとは比喩ではない。力任せに振り下ろされた鉞から綾子を庇った結果、軽く腕を負傷してしまった。一気に体温が下がる程ではないが、この土砂降りに晒されたままではまた同じ状況の繰り返しだ。

 ホラー映画などの娯楽では殺人鬼やクリーチャーはやたらと豊富な手段で以て殺しにかかるが、それはそれそのものが殺戮ショーとしてエンターテイメントを確立しているからだ。現実は違う。あの『オニ』に限った話ではないが、怪異は殺せる手段を擦って無機質に追っかけてくる。

 気付いたのだ。怪我さえさせてしまえばそれだけで著しい有利を取るのだと。この雨の中では止血も出来ないし、下手に全力を出せば足を滑らせる恐れがある。『オニ』は確実に歩いている筈だが、どう考えても歩きの追い方ではない。少しでも気を抜けば距離を詰められる。


 ―――最新の歩き方、教えてもらえば良かったか。


 本格的に敵対する前なら教えてくれただろう。教わった所で出来る気はしない。そこまでの才能があったらもっと頼もしい人間になって然るべきだろう。

「きゃッ!」

 ぬかるみに足を取られ綾子が転ぶ。すかさず引っ張り上げて走り続ける。

「痛い……!」

「俺の方がいてえ! もう失血は御免だぞ!」

「鼠呼べないの!?」

「近くに居ないから多分無理!」

 数の暴力で制圧出来るならそれに越した事はないが、どうしてだろう。勝てる気がしない。確証はないが全て無意味に蹴散らされる気がする。間もなく綾子がもう一度転んだが、今度は自発的な原因ではない。『オニ』の投擲した鉞が命中したのだ。幸いにして刃の方ではないが、それでも硬い物で殴られた事に変わりはない。尖っていないから鉄棒は凶器になり得ないなどと稚拙な詭弁も甚だしい。

 「あ、ぐ……ッ!」

「綾子! 大丈夫か?」

 脊髄反射でそんな言葉が出る。大丈夫なものか、よりにもよって頭部への命中だ。即死や重傷と呼ぶには程遠いがたんこぶくらいは出来るだろう。実際にそういうけがを負った人なら分かるがあれはあれで想像を絶する痛みがある。それ以上の痛みをしる綾子でも十秒は動けない筈だ。


 ―――やるしかないのか。


 実体タイプの怪異を相手にやってはいけない事その一、無策で戦う。

 口裂け女を知る人なら良く分かるだろう。一時的に実体化し、我が身で獲物を狙う怪異は基礎能力が生物の常識を凌駕している。何せ彼等の力の源とは恐怖とその認知、自分では到底適わない戦おうとも思わない恐ろしい存在として仕立てるのだから強いに決まっている。実話を基にした、或は実話そのものが強いのはこの為だ。事実は小説よりも奇なり。実際に体験するまで他人事以上に中々捉えられないのが人間。自称グロ好きのクラスメイトは、実際に拷問された結果精神を著しく病んでしまった。

 『現実』以上に恐ろしいものはない、という話をしたい。レコード所有者は不安定と宣うが多くの人にとって現実は確固たる認識で、まがい物は存在しない。

 天玖村の真実はどうあれ、この村は滅んだ。それは『七凪雫』の仕業とされていたがもしこの『オニ』がやったとするならば、俺が戦おうとするのは噂の根源になる。

「や、やめ……うぅッ」

「綾子、俺の事は気にせず走れ。立てるなら逃げろ。とにかく」

 慌てていると言葉の順序すらいい加減で、何を言いたいのか自分でも分からない。鉞を担いでどうにかなるならそれが最善。しかし鉞はおろかそもそも俺に戦闘の経験はない。勝ち目は限りなく薄いだろう。

 自暴自棄ではない。素人と呼ぶには多すぎる場数がこの場で俺を冷静足らしめている。無策で戦うともなれば敗北は必至。だが俺には気付いた事がある。『オニ』は動かない。武器の有利を手放しても俺に勝てるとせせら笑っているようではないか。

「うおおおおおおおおおおお!」

 鉞を肩で担いで真っ直ぐ駆ける。間合いに入っても『オニ』は動こうとしない。二歩の距離で足を止めると、全身を回転させて鉞を明後日の方向へ投げ飛ばした。あまりにも無意味な行動にきっと困惑しただろう。現に視線が僅かに逸れている。


 ―――今だ!


 お祭りなどで仮面を買った人間は思い出してみてほしい。あの手の覆面はどうしても視界が弱くなる。怪異にその常識が通用されるかと言われたら否だが、この黒い『オニ』は限りなく人間に近い。

 気付いたのはさっきだ。壁の横にはりついて扉を閉めたが、あの意図は俺達に存在を気付かせると共に再度神社へ戻らせまいとしたに違いない。経験上、そういう心理的な追い込みはあまり行われない。

 俺の知る従来の怪異であれば扉の前で構えるとか、そもそもすり抜けて入ってくるとか、開けて誰も居なくて後ろに居るとか。超常的な方法で待ち構える。ところがこれは一度二度透かしを入れる悪趣味だ。焦りはしたが、同時に安心した。

 意思を持ちながらどこか無機質で不気味なのが怪異ならば、この『オニ』には無機質さがない。体温が宿っているというと語弊があるかもしれないが間違いなくこちらの反応を窺っている。

「うおおおおおおらああああああ!」

 俺は人の皮で作ったと思わしき仮面に指を掛けると、力任せに引き剥がした。ブチブチとあり得ない音を立てて外れた仮面の裏側は血にまみれている。皮膚に張り付いていた事に至ったのはその時だった。

「ギャい ギャ ギャヤ$#!」

 言語として理解出来ない奇声をあげて『オニ』は絶叫。追い打ちをかけても良かったがせっかく視覚を奪ったのに触覚で位置を与えては本末転倒だ。当たり前だが噂に則らない攻撃は通用しない。そう信じていたし今まではそれが正しかったからこそ護堂さんの仕事に俺は驚いていた訳だ。

「逃げるぞ綾子!」

「…………」

 喋る余裕もない、か。頭に響いても良くないし叫ぶのは控えよう。その場に蹲る怪物を尻目に俺達は一目散に逃走。土砂降りの雨はまだ続く。『オニ』にも低体温症になってもらいたい所だがそう都合よくはいかないだろう。大抵は体温なんて存在しないし、あっても生命維持に使われていない筈だ。

 死ぬリスクと引き換えに距離を手に入れたはいいが、このまま横井戸まで寄り道せずに走れるかと言われたら答えは否だ。綾子が持ちそうもない。今だって手や膝を擦りむいて、そこに雨がふっているのだからその痛みは想像に難くない。走り続けろというのは簡単だが実行するのは彼女であり、それを考慮するなら自分勝手な指示は酷でしかない。

「……大丈夫よ!」

「えッ」

「アンタの事だから私の怪我心配してんでしょ。それくらいお見通しッ。でも大丈夫、だって戻ったら鳳介が待ってるんだから!」

 話がすり替わっている。

 合流する可能性を話したつもりだったのだが、綾子はまだ俺を信じ切っている頃なので勝手に結論付けてしまったのだろう。振り切ったつもりの罪悪感が足元から再び這い上がってくるのを感じながも、その思い込みに感謝した。

「……そうかッ」

 もし彼女が俺を殺しに来ても、それは許されるべきだと思う。法律に則れば到底許されないかもしれないが、ここまで俺を信じ、鳳介を愛した少女を明確に騙したのだ。第三者が聞けばその程度と思われるかもしれないが、綾子にとっては大切な事。本人にとっては何においても代えがたい絆だった。

「……あまり、無理するなよ」




   






   

 









「鳳介居ないじゃない!」

 まあ、こうなる。

 鳳介は俺の前で銃殺された。奇跡が起こってもここに来る訳がない。

「アンタってやっぱりへぼ探偵ね。しょーがない。今から私が推理してあげるからちょっと待ってね―――」

「いや、それは無理だ」

「どうして?」

 俺に聞くまでもない。背後を振り返って彼女は全てを理解した。


 オニの大群が取り囲むように迫っていたのだ。


 一体二体で済む話ではない。十体、百体……ここがちょっとした丘の上という事もあり村を一望出来るが、見渡す限りすべての場所にオニが立っている。これ程の数がどこから湧いて出て来たかは誰にも分からないが、取り敢えず言えるのは。

 詰み。

「…………アンタならどうする?」

「逃げるさ」

「鳳介を置いて?」

 それはない。あり得ない選択肢だが、彼が既に死亡している事を知らせずに理屈を通すのは骨が折れる。判断に迷っている暇はない。良心が咎めようとリスクを伴おうと死ぬ運命だ。ならば最善と判断した直感を信じるまで。

「多分アイツは―――もう帰ったぞ」

「ええ!? 鳳介が私達を置いて帰ったっての? 信じられない!」

「考えてみろっ。アイツが俺達を見捨てないのはそういう約束をしてるからだが、アイツこそ一番冷静だ。同じ状況に陥ったとしたら逃げるしかないんじゃないか?」

「同じ状況? 何でそれが分かるのよ」

「分からないぞ。じゃあ聞くが不意を突いて何とか動きを止めただけの奴がこんなに居たらお前突破出来るか? リスクばかり考えてても埒が明かない。決め打ちするべきだ。俺達に選択肢なんてないんだよ。ここで死ぬか後ろに逃げるかそのどちらかだ」

 人は時間に猶予が無い時、判断力を著しく下げてしまう。詐欺などに使われる手口だが、誰がどう考えても詰んだ状況で強情を張る程綾子も愚かではない。一足先に横井戸の中へ帰ったのは俺もついてくるという当然の信頼からだろう。

 ここで死ぬつもりはない。帰る直前、俺は肺の空気を全て吐き出して大声をあげた。

「しずくうううううううううううううううううううううう!! 絶対、ぜええええったいに貴方を助けますからアアアアアアア!」

 結末はこうだ。

 天玖村での調査中に鳳介が死亡。本人は生きていると言っていたがその確証はない。俺と綾子は脱出し、その後は二度と戻らない。






『……ほらな? 俺なんかの傍に居たらいつかきっとこうなるんだ。これで良かったなんて全くないが、最悪じゃあない。と言う訳で綾子の事はよろしく頼んだ。お前が幸せにしてやってくれ。俺の事なんて忘れて――――――風邪ひくなよ、親友』






 声なき幻影に背中を押される。

 立てた仮説が正しいなら―――これで未来に帰れる筈だ。




 







 マリアを助けなくちゃ。

章おーしまい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今回は死体を確認しちゃったから鳳介は確実に死んじゃったのか・・・
[一言] 「風邪...引くなよ」 「オーナーぜぇぇぇぇふ!!!長い間!クソお世話になりましたぁぁ!このご恩は...一生!忘れません!!!」 (唐突に思い出した)
[一言] 未来は…変えられなかったか…
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