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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
AI0  太陽と月

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181/221

大罪に墜つ

 空き巣は十分あれば家中を探せると言われている。厳密にはお金や印鑑を見つけるのに十分だったか。それはどうでもいい。俺達は空き巣ではない。たった十五分で神社を探索出来たら苦労はしない。

「…………」

「…………」

 俺は、見てはいけないものを見てしまったのかもしれない。

 気味の悪い傷だらけの長身像。切り傷や擦り傷と言った浅い傷口から手や足が生えてヘカトンケイル(なお頭は一つ)も斯くやと思われる怪物の様相を呈している。

 ギリシャ盛りな像を一度見れば誰しも不気味さと奇妙さを感じるだろうが、俺にはいっそ懐かしくすらあった。その像を俺は知っている。人の心に寄り添い、確かな非であろうと肯定する自尊心の墓場を知っている。そこは最後の休息地、死にながら生ける人屍(ひとびと)が最後に縋る場所。デッドラインに沿って存在する建物。

 通り過ぎた先に待つのは自死の二文字。



 これはイ教の像だ。


 見紛う筈もない。こんな悪趣味でナンセンスで気持ち悪さの権化みたいな像を忘れる奴が居たらそいつはとっくに脳を摘出して記憶能力を失っているとしか思えない。何処からどう見てもこれはあの時見た像。心を壊した者達が最期に見る心優しい怪物の姿。

「…………」

 或いは、どんな事が起きようともここまで言葉が消えた事は無かった。多分、何かしらのリアクションは取る。恐怖、困惑、疑問等。だがこれは。こればかりは違う。どういう反応をすれば良いのかが分からない。分からない所が分からない状態と言っても果たして他人に通用するかどうか。

「……怖」

 綾子もまさか俺がノーリアクションだとは思わなかったのだろう。そちらに気を取られて彼女の反応も淡白なものになってしまった。


 どういう事だ?


 イ教とこの村に一体何の関係が?

 思い当たる節は無い事もない。イ教においてアカシックレコードは『イ・カラムルパンナ』だ。この像がある以上、イ教がこの村と無関係と言い張るのは苦しい。また、マリアの父親が予言と呼ばれるものを行っていた事実もある。曰くそれはデタラメ。曰くそれは全部当たる。真実であり嘘でもある全知の概念を今は知っている筈だ。

 そう、アカシックレコード。

 マリアの父親が所有者とは言わない。本物はむしろ未来を『的確に』伝えられないから。だが彼女の父親が何かを知っているのは間違いなさそうだ。ここまで怪しいと、仮面を被るのにも何か意味があったのではと勘繰ってしまう。



 戻らなきゃ。



 そうと分かればマリアが危ない。彼女はイ教が犯罪者の隠れ蓑になりそうだから襲われたと勘違いしていそうだが、実際は違うのではないか。もし『イ教』が天玖村に何らかの関係があるのなら、その住人であった雫が逃げ込むのは当然と薬子は考えたのではないか……

 新世界構想とやらの成就に雫の死は必須だが、そこからようやく本格的な着手が始まる。それは本人から直接聞いた事だ。具体的に何をするつもりかは分からないが現時点で一番危ないのはマリア及びその家族。俺が助けに入ってどうにかなるものでもなさそうだが、見殺しには出来ない。

「……綾子。一旦横井戸の所まで帰らないか?」

「え? 鳳介は? それにこういう時って大体戻れないじゃない」

「考えてもみろ。携帯が通じない中で俺達はどうやって合流してきた。今までの話だ。何処か目立った場所で合流してきた。違うか?」

「違わないけど」

「この場所で目立つ場所と言えば学校か村長の家かここかさっきの洞窟だ。だけど学校は探索済み、で村長の家は壊れた。さっきの洞窟は通り過ぎた。怪物に一回は追い回されたアイツがわざわざ戻ってくると思うか? 答えは否。アイツが合流所に定めるとしたら入り口しかない」

「……なるほどね。そこで一回立て直すって訳」

 辛い時に仮面を被れと言われて被ったらこうなった。そして時間に流されるがまま動いてきたが、今ならここに来た理由も分かる気がする。俺は試されているのだ。雫に対する愛を。何度でも罪を犯す覚悟を。

 鳳介に関与する話は出来ればしたくなかった。過去の話とはいえ仮にも親友の綾子を何度も何度も騙すのは気が引けたから。話の流れとして出て来るならまだしも、積極的に利用して振り回すなんて悪人のやる事だ。

 もし本当にこんな事をしていたら恨まれ具合は今の比ではなかっただろう。夜道で刺されても文句は言えない。ちょっと前の俺なら。確実にもっと別の理屈を使っていた。

「ああ、そうだ。いつあの怪物が来るとも限らない。判断は早い方がいい。どうする?」

 未来に居るから過去ばかり気にしてしまう。失敗したから同じ状況で成功したくなってしまう。最初から分かっていた。ここで綾子を裏切らなくても実際には裏切っているし、妹の遊びに乗っかろうとも結局泣かせてしまう事を。自己満足でしかないとしても、そうせざるを得なかった。

 それは何故?

 答えは最初の言葉に帰結する。未来に居るから過去が気になるのだ。しかし俺は今、過去に居る。あれ程気にしてやまなかった失敗がどうしようもないとなれば、次は未来に目を向けるべきではないだろうか。俺にしか出来ない事が必ずある筈だ。きっと、この村に足を踏み入れた瞬間から。

 或いは天埼鳳介という男に出会った瞬間から。

「―――分かったわ。でも鳳介が居なかったらその時はどうするの?」

「……それはここを脱出してから考えるつもりだ。早く出るぞ」

 体感ではまだ十分も経っていないが、あの音の近さだ。神社の階段手前くらいには居ても不思議ではない。屋根に打ち付ける雨音は止むどころかさらに勢いを増している。ここが現実なら大雨洪水警報は確実か。足元の条件はとてつもなく悪いものとなる。人型にとって都合が悪い天候だ、早い内に距離を取れば追いつかれる心配はないだろう。

 扉を開けようとノブに手を回した瞬間、言語では表せぬ不可解な『気配』を扉の向こうから感じた。前もって言っておくが普段の俺にそんな力はない。ただこの時はどうしても五感のいずれにも該当しない感覚を信じたくなった。その正しさを示す証拠が何一つなくとも、俺はそれを信じて見たくなった。

 綾子を横に突き飛ばし、勢いよく扉を押し開ける―――!



 



 なにも居ない。






「…………?」

「ちょ、ちょっと! 何するのよ急にッ」

「す、すまん。何か扉の奥に変な気配がして」

「何よ気配って。アンタそんな能力あったっけ」

「ない」

「じゃあ大いなる気のせいじゃないッ。ここが屋内で良かったわね、お尻濡らしたら承知しなかったから!」

 綾子だけでも守ろうというつもりだった。『気配』の正体は分からなかったが大方あの『オニ』だろうと思っていた。その正体がまさか無とはつくづく俺の感覚も当てにならない。手を繋ぎ直して土砂降りの雨の中、傘も差せずに外へ出た。扉が大きな音を立てて閉められる。

「おい、あんま大きな音立てんなよ」

 横目で綾子を見る。綾子も俺を見ていた。



「「え?」」



 














「ミーツケタ」

 振り返った先には、鉞担いだ黒い『オニ』が嬉しそうに立っていた。 

 

 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] イ教……やっぱりそこも絡んできますか……! [一言] Oh………心臓に悪ーい
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