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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
AI0  太陽と月

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179/221

俺の彼女は

 雨粒を身体に浴びないだけで身体が軽くなるのは自明の理だったが、改めて実感した。水は重いと。鼠が現れなかったらいつまであの場に留まっていただろう。その間に諦めていたかもしれない。事態の打開には衝動もある程度必要だ。停滞は突発的な気力を萎えさせる。現に俺が諦めかけていたように。

 だが今はもうその気持ちはない。『七凪雫』が生きている可能性があるなら諦める訳にはいかない。仮に鳳介が居なくとも、俺はどうにかしてみせる。機転と洞察が取り柄の男が目を瞑ってどうなるだろう。


 ―――親友が居ない世界は、元からだったろ?


 俺は全てを失った。

 あの日あの時、あの場所で。生きているとか死んでいるとか、ややこしい話はどうでもいい。今考えるべきではない。少なくとも俺の過ごした三年間にはどちらの影も無かった。居なくなったは正確ではない。元通りになったというべきだ。

 誰かを頼ろうなんて間違っている。誰かに縋ろうなんて虫が良すぎる。流れに身を任せて良い方向に転がった試しはない。今までだってそうだろう。鳳介が居なくてもやっていける。やらなくてはいけない。俺は一度過去を忘れた。それは記憶の劣化ではなく防衛本能の様なもの。記憶しているだけで辛いから忘れただけ。その出来事をなかった事にしていただけ。

 『俺のせい』で消えた。それを認めたから、認めたくなくて忘れた。そうでなければ俺も綾子と同じように今も壊れていただろう。仕方のない話だが、責任は取らなければいけない。忘れた責任を。



 孤独な闘いの始まりだ。



「……なんか、怪しい場所がありすぎて困るわね」

「時間はあるからちゃんと全部調べるぞ。まずはここの祭具室からだな」

 学校みたいにわざわざ部屋の表札を作るモノ好きは少ないが、十三面体の魔法陣に使用用途の分からない変な物が転がっていればそれくらいは発想出来る。常人からすれば飛躍も甚だしいが、俺には千年村の経験がある。あっちにも似た部屋はあった。特に意味は無かったが。

「これ、トロフィー? でも賞の内容とか書かれてないわね」

「いや、何かを置く台座だな。肝心のそれは見当たらないが、多分この陣の何処かに置くんだろう」

 魔法陣の線が交差する場所に丸い空白がある。線のぼけ具合からしてチョークか、上に物を置いたらこんな風になると思われる。綾子が見つけた祭具はそもそもの形が合わない。

 他にも藍色のガラス玉に、嗅いだ事もないきつい臭いがする杯。ドス黒く汚れた何枚もの皿にバラバラになった藁人形。そして……。

「……綾子、こっちのクローゼットの中は見るな」

「どうして?」

「――――――バラバラだ」

 初めて見る訳ではないが久しぶりに見るとインパクトが強くてゲロを吐いてしまいそうだ。直ぐに閉じて速やかに記憶から今の光景を締めだしたかったが、見た所十人以上ものバラバラ死体がここに無理やり詰め込まれている。木を隠すならとはまた違うが、普通こんな場所は泥棒でも探したがらない。何か小物を隠すには十分ではないか。

「ネズミ。この死体を食べられるか?」

 意思疎通の実感は湧かなかったものの鼠達は動き出した。床に新たな穴を開けて死体に飛びついた無数の牙は瞬く間に腐肉を食い荒らし容量を削っていく。血飛沫が不愉快なので鼠が入れる限界まで扉は閉めさせてもらった。

「リューマ。これ儀式のマニュアルじゃない?」

「何?」

 こちらのやり取りを意にも介さなかった彼女が見つけたのは一冊の本だが、中のページが留まっておらず、どちらかと言うとまとめた書類に表紙を被せただけのもどきだ。軽く目を通すが候文に近い文体で書かれた文字は読もうとするだけで頭が痛くなりそうだ。共感してくれる人は少ないと思われるが、読む行為さえ拒絶される未知の文体よりも半端に読めない事もない、読める気がしてくる文体の方が掛かるストレスは上なのだ。今回は日本語なのは認識出来ているので猶更不愉快である。

「鳳介、何かの間違いでこっち来ないかしら。アイツなら読めると思うけど」

「まあ追われてるなら無理だろうな」

「え、追われてないでしょ。だってさっき私達が襲われたんだし」

「あッ。そっか……でもその怪物の動向は分からないからな。何かの間違いでもこっちには来れないと思うぞ。アイツだってずぶ濡れは嫌だろ」

「この雨、天気雨だったりしないかしら」

「どう考えても怪異による特殊環境だからあんまり期待しない方が良いぞ……ん」

 クローゼットの腐肉処理が終わったらしい。解読は綾子に任せて再び扉を開けると、血の一滴から髪の毛一本に至るまで綺麗さっぱり無くなっていた。鼠は早々に自分たちが開けた穴の中へ帰還している。クローゼットの中で詰まらせずにどうやってあれだけの死体を詰め込んだのかと思っていたがその疑問は無際限のスイーパーによって解決した。これはクローゼットではない。奥に部屋が続いている。家具は壁に沿って置くという先入観がそれを気付かせなかった。気づいてから横を見やると、壁に僅かの隙間もなくくっついているのは不自然だ。他の家具にはちゃんと隙間がある。

 彼らが消してくれなかったのは臭いだけ。それだけなら我慢出来る。綾子に断りを入れつついざクローゼットの奥へ。気分はダクトの中だが、換気などなかった通路には腐臭が充満している。途中で耐えられなくなってゲロを吐いてしまった。

 それでも何とか通り抜けると豪雨の音が明らかに接近した。たどり着いた部屋に屋根はなく、錆び付いた鉄の上に水が溜まっている。かつてはここが牢屋であった事は想像に難くない。鍵穴は中を潰されているせいで南京錠というよりは軟禁錠と化しているが、一方で鉄格子は力ずくで引きちぎられたような酷い断面が曝け出されている。人間技ではない。

 牢屋の横に掛かった白い布を開いてみると、それは非常に見覚えのある―――拘束衣。


 ―――雫のだ。


 何でこんな場所に?

 現代日本の法律において『即刻死刑』はあり得ない。護堂さんに嘘を吐くメリットはないので真実と考えて良い。道理の面から考えても理屈に無理はない。

 死刑囚にはもう一人『七凪雫』が居た。それは雪奈さんが拘置所の記録を調べて明らかになった情報。それの真相は分からないが、天玖村に蔓延る閉鎖的というよりは宗教的な空間から仮説は立てられる。

 七凪雫とは母親の名前であり、薬子の本名は霖子。『雫』の本名は響。二人にとって七凪雫とは特別な存在であり、これに関わるあらゆる事象は無関係ではない。

『これも偏に信仰の賜物でしょうか。とても幸運に思います。月の姿が消える頃、私は天へ昇るでしょう。あの子達には内緒という事になりました。私もそれに賛成しています。リンが大反対する事も、響が声も出さず泣く事も、知っていますから』

 本来のタイミングに適さない発見をアカシックレコードは修正する。真孤は永久機関で分かりやすく例えたが、言うなればそれは現実の不具合を直しているに等しい。『七凪雫』逮捕の経緯が俺と護堂さんとで食い違っている事に気付いたのはもう一人の死刑囚と面会した時だった。

 この事からズレの修正は事象の消失ではなく認識のすり合わせ。指摘されなければ決して気付けない現実の歪み。正に彼女が例えた紐の結び目の如し。

 もし。『七凪雫』が死刑囚という情報が認識のすり合わせだとしたらどうだろう。現実として違和感がない様にもう一人同姓同名の別人を用意したとするなら。

 死人に口なし、記録さえ残っていれば何が現実を書き換えても誰も気にしない。何故なら人は人の記憶を信用しないし、そういう風に社会を作っていったから。真偽を問うならば証拠を出せと、実物主義の社会において記録とは絶対の痕跡。


 ―――つまり。俺の知る『七凪雫』の正体は。










『ん? ああ、あり得ないぞ。何の為の刑法で、何の為の裁判だと思う? 即刻死刑なんて私刑と変わらん』



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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど...?
[一言] 七凪雫ってあいつだったのかー!!! (えっ、皆分ってるの?分かってないの僕だけ...?)
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