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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
AI0  太陽と月

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176/221

オニゴッコ

 屋根のある場所?

 屋根?

 それを屋根と言うかは微妙だが、洞窟程雨宿りに適した場所もないだろう。無人島に行くシチュエーションでは大抵拠点としても使われるし、かのロビンソンクルーソーも洞窟を……どうだっけ。入った事は確かだ。

 ここしかまともに雨を凌げないから仕方ないのだが、降り出してから避難しても被害はどうしても免れない。身体が濡れる事にさしたる執着はないが、体温の低下と水気を吸った衣服の重量増加は文字通り致命的な問題になり得る。実体験以上の根拠はないが、鳳介との冒険は大体走る羽目になるのだ。可能な限りその障害は排除しておきたい。基本的に俺達の方が遅いのに、何故こちらがハンデをつけなければいけないのか。

「うう……びしょびしょ」

 綾子がそれとは関係なしに悲しんでいる事くらい直ぐにわかる。平時ならピンク色の下着が透けてラッキーとでも思っていただろうが、そんな余裕はない。前回の記憶と照らし合わせる作業とすり替える作業とこれからと……考える事が多すぎる。綾子の世話は鳳介に任せた。その方が彼女も喜ぶ。それに何の意味もないのは分かっているが、それでも俺は……後ろめたく思っているだけかもしれないが。


 ―――前回行かなかった場所は何処だ?


 選択肢はあるが、出来事を基準に時系列を整理するとそろそろ余裕がなくなってくる頃だ。具体的に言うと、暫く合流出来なくなる。少なくとも前回は最後の最後まで合流出来なかった。今回はどうだろう。

「そこに居ても跳ね返った雨が当たるだけだぞ」

 奥から鳳介が戻ってきた。雨が当たると言いながら彼も俺の隣に並んでその場に座り込んだ。真昼間の安らぎから一点して闇の支配が行き届いた天玖村はただでさえ見通しが悪いのに雨との相乗効果で懐中電灯の光が全く役に立たない。一寸先とは言わずともそれより先で何かを認識するにはある意味運が必要だ。

「綾子は?」

「着替えなんかある訳ないが、タオルはあるから身体を拭いてもらってる。変態扱いされたくないから逃げてきた。リュウ、どうだ? 変化はあったか?」

「色々あった。なんか……結末をそのままに過程をすり替える意味が分かった気がするよ。前回はお前と一緒に探索して綾子の無言電話が来て、合流。今回はお前に虚偽の電話がかかって合流。ルートが違ってとある場所で交差する感じ。まあ大幅に変えようというつもりはないけど、それにしても流れは変わらないんだな」

「アカシックレコードは因果の流れそのものだ。少し逆らえば別の因果に繋がって分岐する。真っ向から抗うつもりなら全く話が違ってくるだろうが、そのつもりがなければ単なる再現になる。今後はどうする?」

「……俺達は絶対に別れる事になる。暫く合流はない。今まで通りなら」

「そうか」

 この男は決して動じない。自分が死ぬと聞かされたから? それとも生来の胆力か。後者はあり得ない。鳳介は頼もしいが動揺くらいはする。動揺しながら対処する。

「……なあ鳳介。やっぱり俺……その。変な話だけど。やめた方がいいんじゃないか?」

「は? 何でだよ」

「……結局お前は死んで、雫は死んでる。薬子を倒せたとしても、俺にはもう何も残らない」

 恋人も居なければ親友も居ない、乗り越えるべき敵も消えて、そこに残るのは無意義で無意味な日常のみ。そんな生を享受して俺に何が待っている。破滅だけだ。それも緩やかな、躱しようのない、大多数が歓迎すべき平和に満たされた破滅。

「……………………生きる希望があればいいんだな?」

「は?」

「リュウ。俺はお前の中に眠る力を誰よりも評価してる。お前の機転と洞察力は一パーセントの勝ち筋を拾う上で欠かせないものになってくる。でもどんなに優秀な能力があってもやる気がないんじゃ話にならない。だから聞いてる。生きる希望さえあれば真面目にやってくれるのかって」

 鳳介の眼は真剣そのもの。茶化した答えは期待されておらず、それはむしろ彼の怒りを買う事になるだろう。だからどうという話でもないが、親友と喧嘩するのは避けたい。

「―――ああ」

「そうか。よし分かった。じゃあ今からお前にクイズだ。敢えて気付かせたくてスルーしてた瞬間がある。ミステリーにおける初歩的な引っかかりだ。分かるか?」

 それは何度も感じていた引っかかり。何かがおかしい何かが欠けているとずっと考えていたが、考えてばかりで事態が好転した事がないもので、頭の片隅に置いたままになっていた。洞察力と機転なら鳳介の方が優れていると思うが、そこまで言うなら主題に置こう。

「……お前、トンネルの先が天玖村だって知ってたよな?」

「おう?」

「お前は言ったな。前もって知ってる時もあるがそれは飽くまで噂の範囲。深部は知らないって。今回は事情が入り組んでるから分かりにくかったが、初回に立ち返ってみれば違和感丸出しだ。俺達は『天真トンネル』の調査に来たのであって、天玖村についてじゃない。天玖村が有名になったのは死刑囚が生まれた後だ。でもお前は七凪雫を知らなかった。時系列としては存在するのにな。だから、お前の発言は最初から矛盾してた。お前は噂の範囲外にある事情まで知っている。違うか?」

「正解だッ」

 特にもったいぶる事もせず鳳介は拍手を惜しまなかった。このまま黙っていたら『流石は俺の見込んだ男』とでも言いそうだ。褒められて嬉しくないと言えば嘘になるが、今は和む時間ではない。それにこの違和感にはずっと前から引っかかっていたのだ。後で分かるだろうと先送りを続けていただけ。ここに来て得た情報は何一つ使っていない。端的に言ってしてやったりとの満足感は無かった。予想通りならそれに越した事はないというだけ。

「これがなんだよ。何でお前が知ってるかは気になるけど、それが俺にどう関わってくるんだ?」

「結論を急ぐなって。お前の言う通り、今回は特例で知ってる。ついでに言えば『今回』だから知ってる。七凪雫の事も勿論な」

「―――え?」

 まさかの嘘に呆気に取られ鳳介に笑われた。そんな事はどうでもいい。雫の事を知ってる? 鳳介は俺達の調査結果を知らない。七凪雫とはつまり―――俺の恋人を指している。

「まさかお前、レコード所有者?」

「残念ながら違う。が、少し惜しい。お前が知っての通り、アカシックレコードは過去現在未来を跨ぐ世界記録の概念だ。ありとあらゆる平行世界をも網羅した正に情報の宝庫。リュウ、どうしてこの村でアカシックレコードが『神の脳みそ』なんて呼ばれてるか知ってるか?」

「何でだ?」

「ありとあらゆる情報を一人だけ閲覧出来るんだ。未来全部先取り出来るならどんな馬鹿でも成功出来る。だから『神の脳みそ』って呼ばれてる。村長の家で分かった事な。お前はついさっき七凪雫が誕生した地と言ったが、彼女の力は先天性か?」

「違う」

 元々それを宿していたのは『七凪雫』。霖子と響の母親。更に言い換えるなら薬子が何を犠牲にしても会いたい人で、雫が名前を借りている人間。

「そうだな。後天的だ。移り変わった。つまりレコードの所有権が何処にも存在しなかった瞬間があるって事だ。この時、所有権はどう扱われる?」

「…………え。とんち?」

「全然? 所有権は何処にもないのが正解だ。いいか? アカシックレコードなんてオーバーミステリーな代物は人の中に納まってるから許されてるんだ。その力が―――例えば、一瞬でもこの地全体に及んだらどうなる。この瞬間。滅んだ直後の天玖村は時間的特異点になる。ここだけはどんな力が働いても変えられない。ここにアカシックレコードの影響が残っている限り過去でどんな風にしようが最終的にこの日この時間に村は滅ぶ。ここに東京タワーが建とうが海が生まれようが勝手に陸が生まれて村が出来て滅ぶ。俺とお前が過程をすり替える事が出来るのはアカシックレコードのお蔭だ。莫大と言っても温い影響力が時間軸に干渉する事でズレが起きる。アカシックレコードは最強の矛であり最強の盾だ。だがな、自分で自分に勝つ事は出来ない。アカシックレコードは全て繋がってる。未来は過去を知り過去は未来を知る。この地に居る限り、俺は未来の俺を知っている」

「ちょ、早口すぎる! しかも理解が追いつきそうもない! レコードのお蔭? ここが特異点? 俺は未来の俺を知っている? 何言ってんだッ。お前は死んでるだろうが!」










「俺がなんもかんも知ってるのは未来で識ったからだ!」










「天玖村の事もアカシックレコードの事も七凪雫の事も! 全部全部全部全部未来で聞いた! 厳密に言えば『初回』からの未来だ。お前達と別れて数年か? 『俺』はこの特異点の中で今も生きてる!」 

 …………。

 

 ……。


 ………………………………………。

 信じろというのか。

 気休めみたいな妄言を。幾ら親友とはいえ。

 鳳介はやはり茶化した雰囲気を許さない。真剣極まる剣呑な雰囲気。彼が静かに泣いているのを見るのは初めて見るかもしれない。

「なに、言ってんだ。そんな訳、ねえだろ。だって、お前が死んでなかったら俺達は。じゃあお前知ってたのか!? 俺から事情聴いてたのも嘘か!?」

「帰れるならとっくに俺だって帰ってる。帰れない事情があるんだ。この一件を終えてくれなきゃずっとこのまま。だからお前には勝って欲しい。お前たちの下に帰る為にも」

「嘘だ! 俺をやる気にさせる為の方便だ! お前ならそれくらいするだろう、自己犠牲の塊だもんな!」」

「嘘だと思うなら雫にでも聞いてみろ! アイツを脱獄させたのはこの―――!」






 パァン!






 鳳介の頭部がその場で木っ端微塵に砕け散る。誰のどんな言葉よりも、その現実に信憑性は無く、俺はまっさらになった頭で、必死に今の状況を理解せんとしていた。目の前に横たわる死体は天埼鳳介? で、素人目にも即死は明らか。頭部には端正も醜悪も無い。単なる肉片が幾つかに別れて転がっている。

「モウイイカイ?」

 土砂降りの雨の中、無色透明の拳銃を提げてそいつはやってきた。顔面の皮をつぎはぎして作られた鬼の仮面に皮膚と骨が裏返った左腕。外巻きの黒い外套に身を包み、今度は俺に向けて銃口を向けた。

「モウイイカイ?」

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかの展開の連続。鳳介は死んでなくて「天玖村と言う特異点」に取り残されていた、と。そして31話……ヤベっすね [一言] まーだだよ
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