私をミツケテ
「学校以上の目立った収穫はない。単なる民家に何かを期待しろと言うのもおかしな話だが、何の実りも無い結果が続くと疲労よりも先に虚無感が募ってくる。虚無とは即ち何もないのだが不思議な事に概念としては存在する。そして俺達は今、その概念に押し潰されそうになっている」
「アンタだけよ」
「!?」
「何一人で勝手にモノローグ始めてんの。暇なの?」
「暇だろ! 俺達が窃盗団とかなら話は別だけど。普通民家って面白いもの何もないからな」
「あら、そうでもないと思うけど。今五つ目くらいだったわよね。お蔭様であの学校の実体が少し掴めたわ」
「実体? ああ、洗脳施設だろ。クラス分けは何の意味があったんだろうな」
「意味はあったと思うわよ。ほら、ちょっとこれ見て」
廃墟の縁側に並んで座り、綾子の取ってきたノートを開く。微かに瓦礫を挟んでいるが、読むには不自由しない。日記帳の名に違わず中には一日の記録が事細かに書かれている。不自然な点はない。強いて言えば記帳者の事は何も書かれていないくらいか。
「…………え?」
「え? マジで? この子知ってるでしょ? 二階にあった絵理奈って名前」
「覚えてない。お前記憶力良いな」
「そうやって鳳介とおだてて『ア島のイ』にあったガラクシア文字列暗記させたの忘れてないからね……まいいわ。これ、日記帳っていうより観察日記なのよね。子供の」
「ああ。どんな行動を取ったか、何を食べたか、どういう人と交流があって神律を守ってるだの破ってるだの。それがどうしたんだよ」
「んーアンタは全然覚えてないみたいだから気付かなかったろうけど、あの学校クラスの概念がある癖に年齢に拘らず一律っぽいのよね」
「……一律?」
「一年生二年生三年生が一緒の教室って事」
そんな学校あるのかッ?
いや、ここは普通の学校ではない。明らかに公認ではないし、そもそも教育施設ではない。年齢別はおろか学習進度別に分ける必要性さえない。洗脳するなら相手の頭は悪い方がいいに決まっている。
「……ん? でもクラス分けはされてたよな。いやクラスっていうか階分けだけど」
「それなんだけど。今までの日記見た感じだと、クラスは村長に対する貢献度って感じがするわね。貢献度? 信頼度? その辺りよく分からないけど」
「何言ってんだよ」
「まあ……ごめんやっぱいいわ。村長の家に行ったらはっきりすると思うし今は言わないでおくわ」
不確かな事は言わない主義、という訳でもない。だが百聞は一見に如かずとも言う。あらゆる出来事が村長に繋がっているなら家に行けばいいというのは至極妥当な判断だ。一々難癖をつける程の判断でもない。
「村長の家は?」
今まで立ち寄った民家には地図が無かった。俺だって近所の地図なんて持ってないので当たり前なのだが、外から来た者にはかなり不便だ。こういう集落染みた場所では一番大きな家が長の者と相場が決まっているものの、学校がある時点で終わっている。どうやって見つければいいものか。
「んーまあ次の家に期待…………何この音」
縁側で寛いでいた綾子が素早く引っ込む。慌てて俺も座敷に引っ込んだ。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
砂利を踏む足音。テンポが速い。もしくは身長が低いか。俺達に気付く様子はなく数秒も黙り込んでいれば足音はどんどん遠ざかっていった。綾子はトイレ手前の窓から足音の方向を覗いていたが、微妙な表情で眉を顰めていた。
「どうした?」
「誰も居ないんだけど」
「誰も? 足跡は?」
「ある」
「お前何言ってんだ?」
今の音が気のせいという事も中々あり得ないが、足跡があるならそこには重さがある。重さとは質量でありそこまであるなら物理法則の通用する存在と結論付けられる。彼女が何を言っているかさっぱり分からないので俺も外に出てみたが、言葉のままだった。遠目には誰も見えず足跡だけがある。ただしその足跡はあまりにも深かった。砂利の地面は確かに足を沈ませるがここまではっきりくっきりとはならない。試しに踏んづけてみたら足裏を痛めた。しかも薄い足跡が残るだけだ。予め落とし穴を掘ってあったかの様な穴は生まれない。
「…………これからは気楽におしゃべりしながらとはいかないな」
「鳳介、大丈夫かしら」
反射的に携帯へ手が伸びた。こういう時は大抵圏外で文明の利器はちっとも役に立たない。だがまぐれで一瞬だけ繋がるというのもあり得ない話ではない。取り敢えず電話をかけてみると―――やはり圏外だった。
―――こんな出来事は知らないなあ。
鳳介と一緒に居た時には無かった。二度目という情報のアドバンテージを持ちながら明らかに初見の出来事ばかり存在する。こっちから携帯を繋がらないのもおかしい。『最初』―――鳳介に同行した時は、綾子から電話がかかってきたのだ。一瞬だけだったので会話のしようがなかったが、あれは何だったのだろう。過程がすり替わっただけで全体の動きは変わっていない筈。違いはそこに俺が居るか居ないか。綾子と鳳介のやり取りには何ら影響がないと思っていたが。
「まあいいや。次の家行くぞ」
「あら、リューマ。少し表情が固いわよ?」
「……予想だにしない事があるとどうしてもな。携帯も機能停止中で時間がさっぱり分からないが俺の記憶―――じゃない。勘が正しければ……そろそろ夜になって雨が降る」
綾子が空を見上げた。
「雨はともかく、雲多すぎてもう夜みたいなもんじゃない?」
「そういう次元じゃないん……と思う。もし鳳介と合流するまでにそうなったらそこで立て籠もるぞ」
「アンタにしては随分慎重じゃない。男の勘は外れるって有名だけど」
勘というよりは経験則か。
前回、俺達は綾子が籠城している所に合流した。過程をすり替えるとは言うが話をややこしくしそうな場所まですり替える必要はない。俺が居る時点で少なからず変化はあるだろうが、大した問題ではないと信じたい。
六つ目の家に立ち入った時、俺は妙な『なにか』を感じ取った。
匂いでも光でも味でも音でも触感でもない。『なにか』としか言えない……強いて言えば痕跡。『なにか』の。
「この家……」
「どうかした?」
「いや、なんか変な感じがする。取り敢えず日記帳探すか」
空き巣の手口ではないが、廃墟に押し入ってはくまなく探し続けたお蔭で俺達の手癖はすっかり悪くなった。引き出しは当然のように下から開けるし、植木鉢の下や地下倉庫の中など大切なものが眠っていそうな場所を真っ先に探索。少々手間取ったが、日記帳は割れた壺の中から見つかってくれた。
三冊も。内二冊はここに来るまでに見つけた物と同じく薄汚れていたが、ただ一冊だけは傷一つ見当たらず、埃一つ被っておらず、歪んでもいなかった。
「こっちの汚い方は『七凪霖子』。もう一つの方は名前が無いわね」
そして最後の一冊。
見つけてほしかったと言わんばかりに真新しく輝くその日記の記帳者は―――『七凪雫』。
俺の、最愛の人。




