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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
AI0  太陽と月

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170/221

優しい世界

「ここが神社だ。お疲れさん」

 

 夕璃神社は縦に広く横に狭い。鳥居もテレビで特集を組まれる神社にある感じの立派なものではなく、人が三人横並びで通れるくらいには小さい。二度目の来訪だが、それこそ二度見してしまう。

「……神社?」

「手水舎もあるし本堂もあるし賽銭箱もあるし何処からどう見ても神社だろうが。あ、ここの神主さんには俺から挨拶入れておくから、お前達は適当な所で昼食でも食べてろ」

「中に居るのか?」

「ついでにお祓いしてくれるらしいからな。じゃ、ちょっと行ってくるわ」

 何事もなかったかの様に鳳介は手を振って本堂の中に入るが、直前のやり取りで高級なお弁当をあらかじめ用意させているらしい事実を俺達は忘れない。この手のマナー関係で鳳介がとやかく言ってくる事はない(怪異の噂がある場所は七割立ち入り禁止なので咎めるのは今更らしい)が、流石に境内のど真ん中や本堂付近で食事をする度胸はない。綾子も同じ気持ちだったようで、手水舎の裏側にポツンと置かれている細長い石の上に座り込んだ。

「アイツって時々ずるいのよねえ。ね、アンタは何買ったの?」

「唐揚げ弁当と適当に飲み物。ゴミ箱が近くにないって不便だな」

 厳密にはない訳ではないのだが、空き缶などを捨てるものであってこの場合はゴミ箱の役割を果たせない。流石にその辺りのルールは守る。俺達なりの線引きだ。

「神社で食事する人なんてそんなに居ないから仕方ないでしょ。ねえ、取り替えっこしない?」

「え……」

 何の意味もないだろと言いかけたが、言葉の裏に隠れたしょっぱい思惑に俺は言葉を失ってしまった。綾子が何を買ったのかは知らない。購入のタイミングは同時ではなかったから。しかしここで俺の弁当を聞いた上で取引を持ち掛けたという事は、彼女の購入した弁当は俺の唐揚げ以下。お弁当は全て一律の値段という訳ではない。ここでお弁当を取り換えるというのは単なる仲良しこよしの交換ではなく、十円二十円の主婦じみた節約を意味している。

「やだよ。俺が損するじゃん」

「損? いやいやどっちも得するのよ? あ、もしかして弁当そのものの話してる? やーね、そんな事しないわよ! おかずを交換し合うの」

「ふむ……? 成程。中身のおかずを交換する事で、お得っぽくするんだな」

「そうそう。あっちが質ならこっちは量よ。それと、こっそりこんなものも買っちゃいましたッ」

 レジ袋の中から取り出されたのは小さなカップアイス。木製のスプーンが二つ交差している。どう考えても一人分のものにわざわざ二つもあるという事は―――両利き!?

「これ、締めに二人で食べちゃいましょうよッ」

「昼食でしっかり締めようとするなんて鳳介も思わないだろうな。ま、いいや。アイスもらえるなら乗ったよ」

「お、取引成立ね。アンタなら乗ってくれると信じてたわ」

 鳳介に目撃されてはたまるまいと俺達は珍しく言葉を抑えて食事を始めた。決して気まずいという事はない。気の置けない仲になると沈黙こそが心地良いという事もある……というのは、半分嘘。喋ってはいけない怪異を相手にした際に、俺達は言葉に頼らないコミュニケーション力を身に着けた。相手の一挙手一投足で何が言いたいのかしたいのか。直ぐに分かる。

「……ごちそうさまでした」

「あ、負けちゃった……でも、私もごちそうさまー」

「いつ勝負してたんだ俺達は」

「勝手にしてただけ。アイツはまだ食べてるのね。高級弁当だから味わってるのかしら」

「……思ったんだが、どうせシェアするならあっちの方がお得だったんじゃないか?」

「それもそうね」


 え、知ってたの? 


「でもほら、アイツは私達の為に命懸けてるし……これくらいはね? ズルいけど」

「まあな……」

 全滅の危機数える事五〇と少し。毎度毎度俺達は死にかけた。生きているのは怪異を撃破・撃退。もしくは成仏させた・脱出したから。部位欠損も怪異をどうにかするまでは現実だ。本当に、本当に、本当に、苦しかった。

 その中で一番被害に遭ったのは鳳介だ。俺達を守る為にわざと襲撃されるような真似までして。パッと思い浮かぶだけでも絞首台にかけられる、ギロチンで首が切られる、腕を潰される、真空で窒息する、沼に沈められる。全身を大火傷して行動不能、眼を抉られ、血液に寄生され、発狂部屋に閉じ込められ、脚を切断され、骨を抜き取られ…………怪異による被害でなければとっくに死んでいる所だ。いや、鳳介が事実上のリタイアをした時は俺と綾子がどうにかしないとどっちみち死んでいたのだが。

「私達、アイツが居なかったら最初で死んでるもん。高級弁当くらいでケチはつけられないわよ。ていうか何回か死んでる時もあるんだから何されてもケチつけられないんだけどね」

「ズルいけど?」

「ズルいけど」

 本当に特殊な関係だ。命を対価に得た何者をも阻めぬ友人関係。壊したのは俺、失わせたのも俺。ホテルで綾子の写真を見せてもらった時、その目が笑っていない事に気付いた。彼女はまだ立ち直れていないのだ。立ち直れないまま、俺みたいに引き籠る事もなく、ただ生きている。

 酔生夢死という言葉がある。無意義でぼんやりした人生を送るという意味だが、鳳介という太陽を失った事で壊れたのは俺だけじゃない。綾子はそれに加えて俺の裏切りが含まれている。あの日以降、彼女にとっての人生は無意義でぼんやりしたものに違いない。

 生きているだけ。息をしているだけ。平和なだけ。

 生と死の狭間を知る俺達にとって退屈は無価値だ。日常の尊さは誰よりも知っている。知っているが、それと退屈は同義ではない。鳳介が居れば、鳳介さえいればこんな事にはならなかった。退屈を攫いに来る我らがトリックスター。状況を引っ掻き回し逆手に取る。最高に最狂の親友。

「なあ綾子。もしだぞ。もし鳳介が居なくなったら…………自分がどうなると思う?」

「んー? 今日のリューマは随分センチメンタルね。……アイツが死んだら、もう立ち直れないかな。私にとってはアイツが全てだもん。アンタだってそうでしょ?」

「…………そうだな」

 また、嘘を吐いてしまうか。記憶を自己封印して立ち直るなんて、未来を知らないと断言しようがない。ここはややこしくしない為にも必要な嘘だ。頭では分かっていても心苦しい。親友に何度嘘を吐けば気が済むのだろう。

「……だから、そんな事が起きる前に私達で助けるのよ。いつもみたいにね。アンタの事信じてるから、しっかり頼むわよ!」

「………………………あや……こっ」

 落ち着いた感情が再び湧き上がる。泣き顔を見せたくないあまり、膝を抱えて中に頭を入れた。

「ちょっとまた泣くの!? 今日は本当泣き虫ね」

「…………す˝まん」

「謝らなくていい、悪いのはその夢でしょ。アンタがそこまで弱気になる夢とかこっちが腹立ってきた。これが終わったら泊まっていいかしら」

「……え?」

「一緒に寝たら同じ夢見る確率あがるんじゃない? 今度また出てきたら私が助けてあげる。こう見えても夢の中じゃ最強だから」

 突拍子もなく、確実に解決する手段かと言われたらそうでもない。あんまりにも杜撰で、しかし献身的な案に俺は思わず笑ってしまった。笑わずにはいられなかった。多分綾子が一番見たい表情がそれだと思ったから。

「…………………ははッ。あー成程な。そういう事か。じゃあ頼むわ夢の番人。これが終わったら、な?」

「ええ。だから絶対今回も無事に帰りましょう? 鳳介じゃないんだから、一度に何体も相手してらんないし」





「俺を話題に随分盛り上がってるみたいだな。お前等」





「「あ、鳳介」」

「あ、じゃねえよ。ゴミはこっちに渡せ。俺達が返ってくるまでここで預かってもらうから」

「神社の人達は処分してくれないのか?」

「あのなあ、今回のトンネルは関係者含めて立ち入り禁止だ。これ以上世話になるのは駄目だろ。さ、いよいよ冒険の始まりだ。腹も膨れた事だし、そろそろ出発しようか。お前等はいつも通り俺を信じろ。きっと、うまく行くぜ?」

 陽は眩しく輝いていた。

 光の下に幸運をと、己の最期を知っていたから。

 月は静かに揺らいでいた。

 光の下に希望をと、己の末路を知っていたから。

 大地は虚ろに目を閉じた。


 光が無ければ何も残らない、己の罪過を悔いながら。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 後書きにザワザワさせられた
[気になる点] 陽と月は察しましたけど、地は……? [一言] 何やら不穏な予感……オラわくわくすっぞ!(白目)
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