全てを失った日
新章……
「柳馬! 貴様一体何処へ行っていた!」
ドッ!
「貴方って人は……瑠羽がどれだけ心配したと思ってるの!? 食事にすら来なくなって……貴方のせいよ!」
パンッ!
「二人共やめて! おにぃ帰ってきたからいいじゃん! おにぃ、何処行ってたの? 私に相談もなしに……ううん、もう何でもいいや。おにぃ帰って来たし! ……おにぃ?」
「おい、お前の事をずっと心配してたんだぞ? 一言の謝罪もなしか! やはりお前はあの友達と付き合うべきじゃなかったぞ?」
「お父さんやめて! …………おにぃ、ねえってば」
グイッ。
「ねえ、どうしたの? 何で何も言わないの? 私の事見えてる? ねえ、おにぃ…………ねえ…………」
「瑠羽!」
「大丈夫!?」
「うわあああああああああん! 日いいいいいいいいいいいいん!」
「落ち着け瑠羽……いいか、聖。取り敢えずこっちに」
「柳馬はどうする?」
「放っておけ。どうせ一晩も経てば元通りだ。全く……兄としての自覚があるのかどうか」
トン、トン、トン、トン、トン、トン。
ガチャ。
ボフッ。
……………………
コンコン。
「お、おにぃ? 朝ごはん出来たよ? 食べないの?」
「…………ねえ、何か答えてよぉ」
「どうしちゃったのおにぃ。ねえ、これじゃああの時みたいじゃん。おにぃは血塗れで帰って来たよね。あの人が行方不明になって、おにぃ、何か月も黙ってて。教えてよ、何があったの? 私じゃ代わりになれない?」
「妹じゃなくてもいいの。友達でも敵でも恋人でも後輩でも何でもいいから……おにぃ。私を頼ってよ。そんなに頼りない? あの人じゃなきゃダメなの? あの人の何がそんなにいいの? いつも危険な所に連れ回す酷い人じゃん。何がそんなにいいの? おにぃ脅されてるの?」
「―――朝ごはん。先に食べてるね。お腹減ったら降りてきて」
……………………
「おにぃ、夏休みも半分越したね! おにぃは悲惨な事故にも巻き込まれちゃったし……暫く休みだよね? いつまでも落ち込んでたら気が滅入ると思わない? だから遊ぼうよ」
「…………私だって落ち込んでるんだよ? 学校に居た人たくさん死んで。でも私、学校の人とそんな親しくなかったから立ち直れなくなるくらい悲しいって事、ないんだ。その時家に居たから実感もないし。おにぃも……ずっと落ち込んでたら身体に悪いよ?」
「………………おにぃ、虐められてたんでしょ? ある人が言ってた。じゃあさ、落ち込む事ないじゃん。おにぃは救われたんだから」
「……鍵、閉め忘れてるよ。入らないけどさ、おにぃ……私部屋に戻るね。何か用があったら言ってね!」
………………
「なあ、おい柳馬。俺達はお前の事などどうでもいいんだが…………最近な、瑠羽が辛そうなんだ。ご飯を食べても絶対に吐くし、ここ二週間食事がまともに取れてない。お前は夜に何か食ってるんだろうがアイツはそうもいかない。女の子だからな。それに毎日魘されてる。ずっと『おにぃおにぃ』って呼びながらな。可哀想だと思わないか? ……お前に何があったかは知らんが、早く立ち直れ。というか落ち込むなお前は。瑠羽が可哀想だ」
「ねえ、その……柳馬? 私が間違ってたかもしれないわ。貴方、何か辛い事があったんじゃない? 悩みがあるなら相談してもいいのよ、私はいつだって貴方の味方だから……でも下らない悩みだったら早く立ち直ってね?」
……………………
僕が扉を開けると、木彫りの仮面を着けた高校生がベッドで横たわっていた。
「ねだうよたきがきとうあきむとこか」
「………………」
「だんるあがかうこがうほたしうそ。ねるてれくてっぶかにきといらつとんゃち
「………………」
「いしほてっかわけだれそ。だけだどちいはいかき」
「………………」
僕は頬にキスをしてから、部屋を後にする。
……………………
ガチャッ。
「よっ。今回は珍しくちゃんと玄関から来てやったぜ?」
「ホントに珍しいんだから。まあ、さっき買ってきたデザートが崩れたら大変だからって私が説得したんだけどね?」
忘れる筈もない、その表情。
天埼鳳介。精悍な顔立ちに似つかわしい逞しさとルックスを持つ男。
櫻葉綾子。そんな鳳介に恋するもう一人の親友であり、大切な女友達。
「…………! ほう…………すけ? あや………………こ?」
自分の身体に視線を落とす。一回りは言い過ぎだが、かなり小さくなっていた。二人と関係が続いていて、この身体。分からない筈がない。あの仮面を被った瞬間、俺は中学二年生に戻ったのだ。顔に触れてみるが木彫りの感触はない―――
「ん? おいおいリュウ。まさかお前俺の顔忘れたのかよ。それとももしかして寝起きか?」
「アンタの事だから……ゲームしてたとか? でも寝不足には見えな―――!」
―――どうでもいい。
「うわあああああああああああああああああ!」
それはほぼ条件反射だった。
二人の元気な姿を見てしまったら、もうこの悲しみは抑えられない。腐り切っていた心は正常に、尋常ならざるストレスに耐えかねて間もなく決壊。
「ちょ、おいおいおいおいおい!? 綾子、何したんだよお前!」
「し、知らないわよ! リューマ、どうしたの。ああもう……えっと……えいや!」
困り果てた綾子に抱きしめられる。温かい、柔らかい、生きてる。近くに居る。現実だ。綾子はここに居るのだ。
「あや…………こぉ………………!」
「なになに全く……。リューマ、新しい服汚さないでよ?」
「ごべ……ずずず。で、れも…………ぉ!」
「うっわ、鼻水まで出してる! ちょっとやめてよもうッ。何があったか知らないけど、私と鳳介は傍に居てあげるから。泣き止みなさい」
「―――よく分からんが、これは空気を読んで俺も抱きしめてやるべきなのか?」
「あ、どうせなら私も一緒に巻き込んでよッ」
露骨に接触しようとする綾子を不審に思いつつ、鳳介は両手を大きく広げて俺達を抱きしめた。
「―――ま、取り敢えず泣き止めよリュウ」
「俺は、ここに居るから」




