全を識る者
「え?」
「ん?」
「にょ?」
数秒、面会室全体が停止した。
断じて特殊能力ではない。この場に居る誰も……本人は違う意味で、理解が出来なかったのである。
「王子様だよね!」
「え……お、俺?」
「他に誰が居るの? 間違わない、忘れてない! 王子様!! ゴドー、これ何? 誕生日プレゼント? え、やだどうしよ……私、化粧とかしてない……すっぴんだあ」
「あー取り敢えず落ち着いてくれ真孤。彼が、無茶苦茶混乱してる」
「ゴドーありがとありがとありがと~。にふふふふふふ。これって運命? 必然? 夢の中の赤い糸はこの為だったの!」
「……えっと。護堂さん。凄く失礼だと思うんですけどこの人頭が……」
「いや、正常だ。ギリギリな。だが君の言う事もあながち間違いではない。おっと今の言動についてではないぞ。普段はもっとドライだからな」
自分の世界に浸り始めた真孤を待つ事十分。その場でバレエまで踊りかねなかったハイテンションが突然沈下。無気力のままに机に突っ伏してようやく落ち着いた。
「で、何の用」
「切り替わりが早くて助かる」
「ええ、突っ込まないんですか……もう人格レベルで変わってますけど」
「変わってても驚く事はないだろう。十数年の付き合いなんだからな」
「―――付き合い? 変ないい方しますね」
「改めて紹介するとこの女性は巫代真孤。この世界で唯一のアカシックレコード所有者だ」
「唯一……え? でも所長が簡単に触れるとか言い出した人は詐欺師だって」
「ああ。でもそういうのって自称だからだろ。警察の俺が保証してるんだから信じろ。こいつは本物だ。じゃなきゃこうして俺も足を運んだりしてない」
アカシックレコード所有者。
テンションがおかしい事以外は至って普通……でもない。死刑囚だし。容姿に特別な変化は見られず、瞳にも大した変化は……いや、眼をぐるぐるさせている。何だこの人。
「…………ん?」
「どうした?」
「じゃあ今までの事件この人が犯人じゃないですか?」
「それはないな。所長から言われた言葉を全部忘れた前提で話すが、本来これは残念な未来視だ。『世界』の生誕から終末まで。ありとあらゆる選択を見通す力。でもそれだけ」
そういえば九龍所長もそんな事を言っていた気がする。アカシックレコードには何かを変える力はない。確か未来に関しては教えたら変わってしまうとか。じゃあ視ている未来とは何なのかという話になるが、『あらゆる選択』とは即ち平行世界の事だろう。そう考えれば納得がいく。
「ねえねえゴドー。また身体中怪我だらけだね!? 治療もしないで来たら傷が悪化するよ!」
「傷だらけというか血塗れですけどね」
「後で休む。これくらいは日常茶飯事だ。お前が忘れたなんて考えられないが」
「勿論忘れてないよっほっほっほ。馬鹿みたいだった! でも今回は違うね! 余裕しゃくしゃくって感じ?」
「いつもよりはな。だが殺さないというのはちょっときつかったな。一発でも銃弾を貰ったら手加減をやめたかもしれない。俺だって一応、人間だしな」
銃口に囲まれた状態で半無双状態になれる奴は人類ではない。歴史上最凶の兵器に物怖じしない人間は極僅かだ。
「それで王子様! 私に何か用ッ? 用ならあるか結婚式? 結婚式かあ、私ドレスよりは白無垢がいいなあ。やっぱりそっちが和風な感じ? 合う感じ! 王子様もそう思いますわよね?」
「は!? え、えっと……」
「向坂柳馬。質問する時だがペースを乱されるな。真孤は心が壊れてる。放っておくと自分で勝手に話を進めるから強引にペースを握れ。大丈夫だ、アイツも気にしてない」
死刑囚の取り扱い方をそれとなく教えると、護堂さんは本題を切り出した。
「真孤。お前の事だ。お前の王子様が巻き込まれてる騒動の全てを把握してるだろう。情報提供を求む」
「―――いいよん」
「え? あの、未来の事を教えたら未来が変わるって……」
「変わらない範囲で教えてもらうんだ。例えば俺が今から一億年以内に地球が滅ぶと言ったとしよう。実際に滅んだとして、それは予言か?」
「違いますね」
占い師もガチのを除けばそんな技術を使っていると聞く。パッと思い浮かぶのはサトルネガティブとかバーナム効果とか。誰にでも当たりそうな情報、曖昧な範囲で問をかける事でさもあてたかの様に錯覚させる。大体そんな大雑把な発言が予言になるなら俺だって出来る。誰でも出来る。百年以内に千円以上稼ぐとか、死ぬまでにひげが生えてるとか。
「そういう事だ。大丈夫、こいつが何年協力者やってると思っているんだ。それに確定した過去及び現在は話した所で変わらない。レコードには何の力もないんだからな」
―――何の力もない?
「じゃあ、何で未来が変わるんですか?」
「む?」
「干渉力が皆無なら未来変わらないでしょ。こいつ偽物ですよ」
「…………偽物ではないが。確かにそれもそうだな」
「流石王子様♡」
真孤がガラスの向こうで掌を合わせてニコニコ笑っていた。
「私の事なんでも分かってるなんて凄い! 本当に凄い! だから教えちゃうよ、本物として!」
「いや、偽物でしょ」
「本物だ。その盲点には俺も気付かなかったというだけで、現に多くの事件がこいつのお蔭で解決している。こればかりは心理テクニックじゃどうにもならん。事実に確証バイアスなんかは働かないしな」
護堂さんがメモ帳を取り出すと、脈絡もなく大きな丸を書いた。
「でも何処から語ろうかな……おうじさまはぁ、永久機関って分かる?」
「科学的にあり得ないとされるもんだろ」
「そのっとぅり。でもさあ、不思議だよ~? なんでだろ、あり得ないのが時々見つかるよねっ。その後嘘だったとか失敗したとか勘違いだったとか色々な理屈がつくけど。それってなんでだと思う?」
何かのトンチか、受けて立とう。
それは別に珍しい話ではない。新しい細胞が見つかっただの新しい定理がどうだの変な物体がああだのこうだの……新発見はいつだって紙一重。嘘か真か幻か。目立ちたくて吐いた嘘、本当だったけど勘違い、疲れすぎて誤認。
まて。彼女は既にいろいろな理屈がつくと発言している。求めているのは理屈ではない。永久機関が見つかる理屈の理屈だ。つまり………………
………………つまり?
「分からん」
「たへッ☆ それは見つかるべき時代じゃないからなんだよお」
「見つかるべき時代じゃない?」
「詳しくはめッだけど、この世界にはまだ発見されてない物質も法則もたっくさんあるんだよ。でも然るべき時までぜえったいに見つからない。永久機関もその内の一つの技術。見つかった時って言うのは、その瞬間のバグみたいなもの。現実って、実は安定してないのんよ」
「……待ってくれ。その話はおかしい。見つかるべきじゃないって言っても見つかったのは事実だろ。でも嘘とか色々答えが出てるじゃないか」
「一秒前の自分と今の自分が全く同じなんて誰が証明出来るでしょうか?」
「答えは、レコードを持ってる人。つまり私! 同じなんだよ、現実も。一秒前と同じ世界に立ってる保証は出来ないけど私が保証してあげる。そういう時は、絶対に違ってるって」
「真孤。レコード持ちじゃない奴には何もわからん。分かりやすく言え」
「本来のタイミングに適さない発見をした瞬間、この『世界』はレコードと照らし合わせて特異を修正しまあああああああす」
「だから、そんな事になる。あ、オーバーテクノロジーって呼ばれる様なものはまた別ね。ああいうのは未来から過去に来ただけだから、んーまあ細かい話は置いといて、二人の用件はこんなとこかな。凛原薬子ちゃんの力の源はなーにって!」
「……教えられるのか?」
「ゴドーに良い事教えてあげる。ほんと、どうでもいい抜け穴なんだけどさ。このズレね? レコードに繋がってる存在が起こした場合修正不可能なのよ? んにゃ、今のゴドーみたいにほったらかしじゃないのにょ。でもでも、一度切ったヒモを結ぶ感じ。結び目が出来るでしょ? 一見して治ってるけど解けばまたちぎれる。違和感、気付ける人は気付けちゃうんだよねえ」
「―――って事は」
「そそそ。薬子ちゃんはアカシックレコードに繋がってまーす! ただし 半分だけ」




