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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
9th AID 明日また、さようなら

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上京

「……惜しかったですね」

 薬子という女性を見誤っていた。否、俺の見立て通り、例外を除けば目的の為にどんな犠牲も払う人だったと言うべきか。まさか一番加重割合の高い警官をカウンター気味に蹴り飛ばして雪崩から逃れるなんて。

「いえ、機転は見事でした。私が残した偽装ビーコンを利用してくるなんて」

「……偽装、ビーコン?」

 予想は当たっていたが情報を聞き出す為に敢えて知らないふりをする。が、次の瞬間薬子は呆れたように手を広げた。

「向坂君。演技は結構です。そもそもこういう風に利用した時点で貴方はある程度使い道に目星がついていた筈ですから」

「……ちっ」

「まあしかし、どうという訳でもない。このビーコン、良く出来ていると思いませんか? 現代人からは単なるゴミにしか見えない上に、警戒される様なら地中にでも埋めておけばいい。その辺の石と見分けがつきませんよ。本気で軍事利用するならこれ以上便利なものはない。数も運べてコストも安いですからね。例えば籠城している敵が居たら銃で穴でも作ってそこにこいつを入れてやればいいんです。一つでも入ればそこが出口になりますから」

「……破片みたいな形状の意味は、その為か?」

「それもあります。後はさっきまであった様にばら撒いておくだけでも効果があります。このビーコンに使用している金属は血液に反応します。詳しい成分を言っても分からないと思うので割愛しますが、一度でも何処かに刺さったが最後、その人は生涯マークされたも同然。転送は流石に無理ですから、体内発信機の様な物だと考えてください」

 雪崩が仇になって俺は動けない。警官も動く様子が無い。このままだと五分経過してしまうが、成人男性を押しのける技術はなく、力押しも不可能だ。自分で自分を詰ませてしまった。

「なあ、ずっと聞きたかったんだが、最先端技術ってのは一体何処から手に入れてくるんだ? ヤクザとかマフィアとか、治安の悪い所に居そうな感じの人からか?」

「彼等は先に甘い蜜を吸うかもしれませんが決して第一人者にはなれません。質問は構いませんが、諦めましたか? そろそろ五分経ちますよ?」






「なら、そろそろ終わらせるか」






 対面に居た俺さえも背筋を総毛立たせる桁違いの殺意。振り向きざまにめり込んだ拳は勢いを利用したカウンターとして成立。薬子が逆方向に全身を回した。

「何故……?」

 あれだけ戦っていたから無理もない、護堂さんは至る個所を警棒で殴られており、顔は血塗れ左目は充血、服は引きちぎれむき出しの肌には幾つもの痣と切り傷。足は治っていなかったが、骨折していた左肩はいつの間にか治っていた。

「警察が急に消えたから突破は楽だったよ。どうもそれ、あっちの意思に関係なく召喚するんだな」

「だとしても突破が早すぎますね。一体何を……」

 彼が前方に散らした物体を見て、俺達は同時に理解した。それは乃蒼がたまたま拾った機械。ビーコンと連動する何らかの装置。


「良い力を持ってるな、死刑囚ってのは」


 装置を持たない警察が協力者な事に気付いたのだろう。あの集団に叩かれる中、彼は全ての装置を奪取していた。薬子の影響下になければ後は雫の土俵だ。倒すよりも手堅い実質的な無力化。その事実に気付いた事で一瞬だけ……コンマ数秒の硬直が、決定的な隙となった。

 低いタックルから腰を取って投げ飛ばす。すかさずマウントに入った護堂さんは素早く薬子の手と背後を取るとその状態で身体を捻って肩と肘を即座に破壊した。

 ゴキゴキゴキと聞こえてはいけない音が聞こえる。

「……………ッ! シィ…………!」

 ここに来て初めて薬子の表情が苦悶に歪んだ。痛いとかそういう段階をとっくに超越してようやく普通に痛がった。

「もっと折ってやろうか?」

 その言葉に端を発して俺を取り抑えていた警官が一斉に立ち上がって銃を構えた。既に極めを解いていた護堂さんは懐に潜り込んで瞬く間に制圧。全員仲良く手錠で括られて隅に追いやられた。

「…………やられましたね」

 疲労と痛みに耐えかねている。素人目に見てもそう思う。あの薬子が汗を流して息を荒げているなんて初めて見た。破壊された腕が真っ赤とかそういう単純な表現では語り切れないくらい痛々しい。

「何が受け主体ですか……その割にはグラウンドに慣れているじゃないですか」

「そりゃあカウンターだけ強くても攻撃されなかったらそこで終わりだからな。もしくはカウンター出来ない攻撃をじっくり作られるか。どんな達人も攻撃の瞬間は防御が緩くなる。攻撃を誘いたいならこっちも攻撃すればいいってのは妥当だろ」

「……五分。経過しましたね」

「らしいぞ、向坂柳馬」

「いや、俺に言われても」

 先に動いたのは薬子だった。負傷状態でも相変わらずの速度。足音もせず無駄がなく、素人目には全く霞んで見える。攻撃が当たる少し前に護堂さんが姿勢を低くして再び懐に飛び込んだ。直後の打撃音は何か攻撃したのかもしれないが、身長一九〇を超える男との体格差からかそれはかなわず、足を取られ前転。

「ご丁寧にフラッシュバンまで使って足を折ってくれた礼だ。同じ技で返してやるよ」

 

 パキン!


 恐らくは、回転式膝十字と呼ばれる技が一番近い。薬子の足が破壊されたのは誰の目からも明らかだった。 

「…………アァァァァ〝!」

 薬子が言っていた意味が分かった気がする。

 非常に時間がかかるとは、確実に勝つ為には徹底的な消耗戦で泥臭く勝つしかないという意味だったのだ。そのままかもしれないが、彼の発言を振り返って欲しい。フラッシュバンなんて喰らったら普通の人間は制圧されている。直接喰らった事はないが聞くだけでも耳と目が痛くなりそうだ。足を折られるだけで済んだ辺りが特におかしい。どうやって耐えたのだろう。

 激痛に喘ぐ薬子を放置して、護堂さんが何食わぬ顔で立ち上がった。見た目は彼の方が重傷、というか重体だ。何故動けている。

「―――大丈夫か?」

「こっちの台詞ですよ!」

「俺なら気にするな。この程度なら何とかなる。さ、行くぞ」

「い、行くってどこへ?」

「いいから。七凪雫は何処に隠れてるんだ?」

「いや、あの薬子は―――」

 良識に基づいて地に伏す彼女を心配していると、通り過ぎる瞬間に護堂さんが呟いた。

「ありゃ演技だ。動けないのは事実だが早く離れないと五体満足で襲ってくるぞ」

「―――は? それって一体……」

「あんな不死人間と戦ってられるか。逃げるが勝ちだ早く行くぞ!」




















 背中を追った際では所長が車の前で待機していた。てっきりパトカーを奪うと思っていたのでむしろ肩透かしを食らった気分だが、パトカーまで奪ったらもうそれは立派な犯罪者だ。流石に気が引けたのかもしれない。同じ警察でも。

 何処へ向かうかは分からないが、護堂さんが運転手を務めてくれたのは幸運だ。比較的細見な所長が隣に居た方が座席が広い。乃蒼は離れてくれないので俺の膝の中に居る。

「ドーピング?」

「多分だけどな。アイツは何一〇種類もの薬を常時投与してる。副作用かなんかで身体ぶっ壊れそうなもんだが、どうもその様子が無い。で、肝心の効能なんだが簡単に言えば不味い方向に進化した超回復だな」

「超回復……?」

「私知ってるよ! 保健体育でやった! 運動して疲れてから休むと筋肉が付くとかそういうのだったよね!」

 乃蒼が知っているなら俺も習った筈だが全く思い出せない。多分これを『身になっていない』という。合ってるかと問われても分からないので取り敢えず頭を撫でた。

「まあそんな所だな。それが飛躍的に進化したと言えば分かるか? アイツは長時間戦えば戦う程回復して、身体能力の水準が上がってくんだよ」

「なんでそんな事が分かるんですか?」

「さっきまで戦ってた時と今戦ってる時とじゃ動きが違った。激しい消耗がないと継続しないのかもな。ここからは飽くまで最悪の想像になるんだが、多分次は骨折れないな」

「何でですか?」

「知ってるだろうが骨折を繰り返す内にその部分は強くなっていく。今度こそ骨折しないようにな。ドーピングで身体機能が異常なレベルで上昇したアイツなら、次で骨の質が変わると考えられる。女性の骨格がどうとかそういう先入観は抜いた方がいい。アイツには最先端医学もある」

「……護堂一真。私はずっと気になってたんだけど、お前は一体何処からそんな知識を? 根拠がなければ語れない領分の筈だ。私のも、アイツのも」

 薬子の最先端何たらはギャグの一種かと思ったがそうではなかった。かと思えば最先端と呼ぶにはあまりに認知されすぎた技術もある。傍から見てるだけでも訳が分からない技術の正体を彼は知っている。それは何故か。

 所長が口を開いた。

「それを教える為にわざわざ車回したんだよ柳馬君。や、隠すつもりは別になかったんだがね。今から有識者の元に向かうつもりだ」

「有識者? ……ここの事務所、変な所にコネがあるんですね。何処に行くんですか?」

 その質問を待ってましたと言わんばかりに九龍所長が指を鳴らした。







「東京拘置所」


運転に支障が出るとまずいので、護堂は自分で処置した後に動かしています。良い子は真似しないでください。彼の技術に使えるものがあっただけなので。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 護堂さん強すぎぃ! [一言] あの薬子の身体能力、なんか不思議な力じゃなくて薬だったんか……
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