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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
9th AID 明日また、さようなら

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点在する技術

 まさかトイレなどと隠れ場所に微塵も適性が無い所に隠れていると思わないのだろうか。それもしらみつぶしという手段を取られたらそこまでなのだが、こうも静かだと外の声が聞こえてくる。どうも護堂さんは一対多のほぼリンチ状態で戦っているらしい。

 漫画だったりすれば個人が圧倒的に強い故に数の有利は存在しないが、現実はそうもいかない……事もないようだ。声を聴いてる限り明らかに警官達が押されている。時々聞こえる轟音と発砲音は薬子の物だろうか。この分だとまた病院周辺に規制網が敷かれていそうだ。そう考えると外に逃げるなという判断には従って良かった。

「……で、乃蒼。お前、何でここにいるんだ? 帰ったんじゃないのか? 最近来てなかったし」

「来てなかったんじゃないのッ、出られなかったの!」

「出られなかった? ここ迷路じゃなくて病院だぞ」

「柳馬さんに特命貰ったでしょ? マリアさんって人の様子を見て来るとか見てこないとか。それで―――」

 彼女が言うには、病院の人に聞いて病室を割り出したはいいが、ベッドに居なかったらしい。それを探している内に何故か(多く見積もっても一時間くらいらしい)夜になって、携帯で俺を頼ろうにも何故か圏外で怖くなったので今まで隠れながら彷徨っていたらしい。

「それでトイレに隠れるのはおかしいだろ。もっと色々検討しろ」

「違うの! 柳馬さんが近づこうとしたゴミ……みたいなの。横切ろうとしたらいっぱいいっぱいおまわりさんが来て……!」

 外と内でがやがやと騒ぎ立てているから大丈夫だとは思うが、直前まで頼もしく見えた乃蒼にワンワンと泣き出されると、こっちも何をして良いのか。昔の綾子を重ねて申し訳ないが誰かが泣く姿は見るに堪えないので胸を貸すと、するりと内側に入り込んできた。

「うえ、うわあああああああああああああああん! 怖かったよおおおおおおおおおお!」

「落ち着け乃蒼。大丈夫、今は俺が居る。どんな目に遭ったかは知らないが、今は大丈夫。泣くな。先輩が守ってやるから」

「うええええええええええええ……! ひっぐぅぅぅぅぅ……!」

 何か本当に恐い目に遭ったのだろう。心理学者でなくても手に取る様に分かる。散々夜遊びしてきた俺には完全に共感しきる事は出来ないが、他の人の気配が全くしない中で無法に暴れまわる警官と最先端バーサーカーが徘徊。そこに真夜中と来れば恐怖する条件は揃っている。物理的な恐怖、精神的な恐怖、複合的な恐怖。ありとあらゆる恐怖が取り揃えられたこの空間は並の人間では正気でいられないだろう。

 じゃあ俺が正気じゃないかと言われるとそんな事はないと言いたいが、多分正気とは言い難い。死体を見慣れた人間なんてそれこそ犯罪者でもない限り珍しいだろう

 と、俺は犯罪者だったか。

「お家帰りたいよおおおおお……!」

「そうか。そうだよな。帰りたいよな。俺だって帰りたい。今日の出来事は夢だったって事で、どうにかな。安心してくれ。お前は何も関係ない。俺が頑張って帰してやるから、落ち着け」

「君、そんな約束しちゃって……いいの?」

「どうせいつかは外に逃げなきゃ駄目なんです。それに乃蒼は本当に無関係だ。もしもウチの後輩を殺したり怪我を負わせる様な目に遭わせたら、そいつが誰だろうとぶっ殺します」

「薬子でも?」

「薬子でも。雫を庇ったんです。もう何しようが俺も死刑ですよ。だったらせめて関係ない人くらい守らないと」

 殺すという言葉を、気づけば誰もが気軽に口に出している。ともすれば呪詛になりがちなその言葉を、時には軽い突っ込みとして、時には口癖として。俺は本気だった。勝算はある。たった今生まれた。一回殺すだけなら、絶対に達成出来る。

「……すん、すん。おまわりさんに押し潰されたの。怖かったの。その時ね、柳馬さんがどうとかって聞こえたから……私、柳馬さんが何かしたのかと思ったけど、悪い事する人なんて思えなくて! 守らなくちゃって思って……」

「ああ、うん。成程な……何でトイレに?」

「閉じ込められたの! おまわりさんに!」

 それなら納得だ。無関係の人間を隔離するくらいの役割ならむしろトイレは適している。例えばさっきも俺はトイレは隠れ場所として不向きだと言った。つまり関係者が立ち寄る可能性が低い場所なのだここは。厳密には個室こそあるので隠れられないというのは嘘だが、こんな狭い場所に個室が並んでいたら調べない人間はいないだろう。隠れ場所というより単なる袋小路だ。呼ばれなければ絶対に行かなかった。

「……拳銃突き付けられて、怖くて。漏らしちゃった……うえええええん!」

「ああ……まあ気にすんなよ。誰だって銃突きつけられたら怖いよな」

「私が消しておいたから気にしなくてもいいよお」

「元々気にしてませんよ。失禁する人間を見たのは二人目ですから」

 


『撃てー!』

『機動隊は囲め! 盾で抑えろ!』



 そろそろ護堂さんも取り抑えられてしまうかもしれない。独断で動くべきか悩む。ひとしきり泣いて涙も枯れてきた頃、多少元気を取り戻した乃蒼が「でもね」と付け加えた。

「おまわりさんが落としたの拾ったの!」

 少女が取り出したのは円盤状のキーホルダー。それ以上でもそれ以下でもない。得意気に見せられても反応に困るのだが薬子の私兵と化した警官が無意味な持ち物を持って現場に来るとは考えにくい。くれると言うので一応持っておこう。

「『柳』。その輪っか貸してくれない?」

「へ? いいですけど、何か知ってるんですか?」

「知らないけど、分かる気がする」

 雫が掌を受け皿にしてキーホルダーを掴む。真剣な眼差しでそれを見つめる彼女の瞳に相変わらず光は無い。護堂さんを信じるならこの場に留まるのが最適解だが、どうしようか。十五分は経ったと思うが外の乱闘はまだ終わっていない。

 トイレの隣で破砕音が轟いた。護堂さんにせよ警官にせよ薬子にせよ距離が近いので、ここからは物音にも慎重に。乃蒼にはどうか泣かないで貰いたい。俺の思惑など露知らず、雫は蛇口を捻ってキーホルダーを水に浸していた。

「……何してるんですかッ。物音立てない方が……!」





「これ、キーホルダーじゃない。何かの機械だよ」





「―――はッ?」

 乃蒼を抱きしめながら立ち上がる。見た目からは全然把握出来ないが、流水を止めた後に触ってみると全く濡れていなかった。そしてほんのりと温かい。乃蒼の頬にあてると驚いて目を瞑ってしまった。

「……撥水?」

「いや、違うな。水が触れた瞬間に消えてる。蒸発……ではないだろう。そんな高温の物質は掴んでいられないからねえ」

「じゃあこの暖かいのは……変な作用の反動とかですかね。排熱とか……乃蒼、これ警察の何処にあった?」

「分かんない。落ちたの気付いたの後だし!」

「そうか……」

 最初は雫の様に特殊能力を使っていると思っていたが、何でもありとは行かないようだ。最先端のパーカーと言い、普通の壁をスピーカーに変化させた弓矢と言い、物を媒介にしている。相手の視線を操るとは何だったのだろうか。雫が俺に嘘を吐くメリットはないし……


 ……何でもあり、じゃない?


 何でもありが許されるなら俺達を一瞬で捕まえられる筈だ。というかそもそも今まで見かけてきた物体……どうしてバラツキがあるんだ?

 熱源感知なんてカタカナで言えばサーモセンサーだろう。そんなの最先端とは言えない。あれだけ最先端最先端と常軌を逸した物体ばかり所有している人間が突然普通の技術を使うとは考えにくい。自分で制御出来ないのか?

 それも違うか。不確定要素に頼る女性ではない事は明らかだ。となると制御は出来るが否応なしにバラツキが生まれる事になる。何故? 

「……雫。今動かせる動物は何匹ですか?」

「大体十万ちょっとくらい。でも戦力としては期待出来ないよ。薬子が焼却するだろうから」

「……さっき俺達が通ろうとしてまきびしもどきの上、通過させてみてください」

「分かった……どうなっても知らないよ」

 乃蒼の為にもトイレの扉は閉めておく。意識を廊下の外に持って行かせない為にも少女のほっぺを弄り始めると、緊張感がほぐれるのか喜んで付き合ってくれた。

 ガサガサガサガサガサ。




『うわあああああああ!』

『退避! たいぎゃあああああああああああ!』 

『なんだあああああああああああああああ!!』




 至近距離で声がする。丁度まきびしの辺り。三人は確実。叫び声に混ざった音が誰かの声とするなら多くても八人巻き込まれたか。

「……何か分かったの?」

「…………まず乃蒼が引っかかった時点で、あの場所に対象を識別する装置はないと断言出来ます。体重で判断もなさそうですね。何匹動かしたかにもよりますけど」

「千」

「じゃあなさそうですね。あっても凄く大雑把でしょう。何にせよ動く物に反応して、変なキーホルダーを付けた警官がどこからともなくやってくる。再現性があると言えます」

「どうして警察官が全員これを着用してると?」

「むしろ何で一人だけつけてると思うんですか? 都合が良すぎる。それにさっき水に浸した時、水が消えたって言ってましたよね。それってつまり……転送なんじゃないんですか?」

 理屈は分からないがキーホルダーには転送能力―――否、転送効果がある。するとあのまきびしはまきびしと言うよりもビーコンに近い物体と考えられる。

 本当に再現性があると言えるかどうかは分からない。これ以上の実験はリスクを伴うばかりでリターンが無い。俺達は隠れているのだ。子供の悪戯もどきをやって居場所がバレたらそれこそ無意味になる。だからこれは飽くまで仮説。

「…………所で雫。何で急にこれを水に? その様子じゃ全然気づいてなかったっぽいですけど」

「簡単な話だよ。私は名前を消された警察を除いて全ての人間を把握している。最初は逆手に取ろうと思ったけどほら、無理って言ったでしょ。でもさ……その無理な人達の中に一人だけ可能な人物が居るんだよ」

「……護堂さん?」

「あれは駄目。一文字隠してる。誰に教わったか知らないけどうまいやり方だよ」

「となると……」

 俺達は揃って視線を送る。



 乃蒼は首を傾げた。


 


 


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