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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
9th AID 明日また、さようなら

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最新と最強

「……貴方ですか」

「真正面から戦えるのは俺だけだからな。仕方ない」

 仮にも成人男性の一撃を受けたにも拘らず、薬子は全く堪えていない……と言いたいが、受け身が間に合っておらず反撃にも転じていないので反応が薄いだけでちゃんとダメージはあるのだろう。俺の記憶が正しければ護堂さんは警視庁に戻って正式な許可だったか何だかを貰いに行っていた。戻ったのだろうか。

「警察が犯罪者を庇うのですか?」

「今は休暇中だ」

「関係ありません。『七凪雫』は本来死刑を下されている人物であり、この世に存在を許されていません。私が連絡すれば貴方も速やかに指名手配、または拘束されるでしょう」

「ああ、誰が死刑だって? まあ確かに犯罪者を庇うのは良くないよな。だけどそれがお前の味方をする事に繋がるか? 何とか言ってみろよー――『七凪雫』」

 

「え!?」


 彼はこちらに向けて言っていない。顔を向けるのが面倒だからとかそういうものでないのは脈絡からハッキリと分かる。それにしても凛原薬子が七凪雫とはどういう了見だ。俺が雫と思っている方は何も言わない。事の成り行きを黙って見守っている。

 薬子は立ち上がりながら俺の方を一瞥する。

「…………私は凛原薬子ですが」

「へえそうか。じゃあもう一つ言ってやるよ。どんな極悪犯だろうが、どんなサイコパスのどんな糞野郎だろうが、現代日本で『即刻死刑』はあり得ないんだよ」

「え、そうなんですか?」

「後ろの向坂柳馬の為にもっと言ってやろう。実は」

「もういい!」

 女性の声とは思えぬドスの強い声であらゆる音が遮断される。それは今の今まで過ごしてきた俺でさえも、実は薬子は男だったのではないかと錯覚させるには十分すぎる恐ろしさだった。

「貴方は知り過ぎている。何処で知ったのかは分かりませんが、三人まとめて処罰します」

「……女子高生如きに倒される俺だと思うなよ」

 微力ながら俺も加勢できればと踏み出した所で薬子が動いた。護堂さんが俺に意識を向けた瞬間を見計らったのだろうが、彼が見もせずに何もない場所を手で払うと物凄い勢いで隣の壁に激突した。

「足手まといだから来るな。向坂柳馬、お前はとにかくそいつと逃げろ。一応言っておくが救援はおれだけだ。院内にはこいつの手先に墜ちた警察も居る。外には出るな、とにかくやり過ごせ。後で逃走は手引きしてやる」

「あ、は、はい! 行こう、雫」

「う、うん」

 愛しい手を握って廊下へ出ると、間もなく薬子が壁を突き破って片方の通路を塞いできた。生身の人間があんな勢いで壁にぶつかったら痛いでは済まないと思うが、意に介す様子はない。

「逃がすと思いますか?」



「俺が逃がすと言ったんだから邪魔はさせねえよ」


 

 雫の力引っ張られてすんでの所で前蹴りを回避。何もない所で転んだ瞬間、持ち上がった足がそのままストンプの形に入る。割って入った護堂さんが初動を手で抑え込むと同時にもう片方の手で薬子の太腿を掴んだ。俺にはただそれだけだったが、直後、薬子がその場で転んで受け身を取った。

「合気道……ではありませんね。筋肉操作に直接干渉してくるとは」

「ストライカーだと思ったか? 残念ながら俺は受け主体だ。最古だろうが最先端だろうがそれに適応するモデルがなけりゃ理屈は大して変わらないんだろうが。お前達は見てないでさっさと行け!」

「あ、済みません!」

 思わず見入ってしまったが、真っ向から対立した俺に余裕はない。院内から出るなという言葉を信じて一先ず階段を下りようとすると、下の階から複数の足音が聞こえてきた。かなり要る。十人以上はかたい。

 こっちに行ったら死ぬ。

「因みに雫。一つ聞きたいんですけど薬子の味方になってる警官操ったりとかって」

「無理ッ」

「ですよね。じゃあこっち行きましょう」

 争っている二人とはまだまだ直線で結ばれている。階段を下りられないのは辛いが、かといってエレベーターを使うのは自殺行為以外の何者でもない。




「伏せろ!」




 考えるよりも先に身体が動いていた。俺ではなく雫が動かしているせいだ。上空を飛び去ったのは二メートルはあろうかという巨大な弓矢。突き当りの壁に突き刺さった矢は何故か壁の中に溶けていき―――

 壁一面に小さい穴を開けた。

「……まずい! 『柳』、耳を塞いで!」

「え、は、ちょ? え、何―――」

 多分、間に合わなかった。直線状に存在する壁や床や天井だけに無数の罅が発生。地震も斯くやと思われる揺れを経て階が崩落した。落下先が空気マットでも怖いのに、瓦礫が何の緩衝材になると言うのだろう。雫を抱きしめたままだったのが功を奏したのだろう。俺達が落下する場所だけがスポンジの様に柔らかかった。

 ……この際、能力を隠していた事には言及しない。雫は自主的に縛っていたのだろう。何でもありだと思われたら信用されないとか、恐らくそんな理由で。

「な、何が起きたんですか?」

「壁が巨大スピーカーになって、その音で階が崩落したんだよ。君と私は無音の空間を作って遮断したからともかく、直線に居た人間は鼓膜が破れるだけじゃ済まないと思うな」

「……」

 手元を見ると、崩落した階に押し潰された男性の手があった。腰を抜かしている場合ではない。全然嬉しくないが死体は見慣れている方だ。運よく襲撃を回避出来たと思って今度こそ階段を使う。


 ピピピッ!


「あ?」

「熱源感知器だね。多分何処の移動ルートを使ったかで位置を割り出すつもりだと思う」

「最先端技術……なんですかね。これって。一般にはそりゃないですけど、ゲームとかでは良く見ますよ!」

 下りきって次の階層。不気味なくらい人の気配がない。そう言えば雫についていった時も人の気配がしなかった様な。この状況は『アザリアデバラ恐怖症』、『ヤマイ鳥』と非常に似ている。しかしながら病院に関連する怪異は聞いた事がない。

 何を言っている?

 それを言い出したら前者二つも発生にそぐわない場所で起きているではないか。何処で、は無意味だ。

「これ、今なら外に逃げられるけどどうする?」

「外に逃げた後の算段がありません。護堂さんを信じてどこかで警官をやりすごしましょう」

 どこでやり過ごすかも重要だ。それ次第で俺の運命も決まる。廊下にばら撒かれた金属片の様な物はまきびし代わりだろうか。最先端バーサーカーにしてはまた随分ノスタルジックな手段だ。この程度で左右を潰したと思っているなら詰めが甘すぎる。

「一応入り口とは正反対の方向に逃げておきましょう。アイツには俺達が外に逃げた場合も考えさせる。上手くいけば時間稼ぎになります。雫、あのまきびしを――ー」





「行っちゃ駄目!」





 声の主は女子トイレからひょこっと顔を出してこちらの様子を窺っていた。

「…………乃蒼!?」

「柳馬さん! こっち!」

「何で居るんだよ!」

「私も分かんない! でもこっち来てほしい!」

「知り合い?」

「可愛い後輩です」

 思えば夜になってから初めて出会った無関係の人間。小さな救世主の登場に一抹の不安を抱えながらも俺達は女子トイレに飛び込んだ。



 ……やり過ごせなくね?



 いや、今は信じるしかない。まるで俺達の騒動に関わっていない乃蒼が居るのには理由がある筈だから。



 


 

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