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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
9th AID 明日また、さようなら

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150/221

閉ざす円環

今回も短め

 身体は楽になってきた。動けば骨が壊れるかもという危惧はもうない。ついこの前までは雫に主導権を取られっぱなしだったが、今は俺が彼女をベッドに引きずり込んでいちゃついている。断じてエッチなことはしていない。事故なら仕方ないが。

「こんな事しちゃって、看護師が来た時はどうするつもりなの?」

「足音が聞こえたら雫子に知らせるので大丈夫です。離れてくれたらですけど」

「嫌だね。一分一秒でも長く君の温度を感じていたいから……さ」

 脇の下から背中に手を回して密着。わざわざ俺からいう事でもないが雫は自分のスタイルの良さをとても自覚している。胸を押し付けて、擦る様に身体を揺らして、愛おしそうに微笑む。少し前から気づいてはいたが。雫の中身が微妙に変わっている気がする。

 着ぐるみでもないのにおかしな話だと思うだろうか。かつての雫は母性増し増しで、保護しているのは俺なのに保護されている様な感覚だった。しかしいつからだろう。彼女に甘えられていると感じ出したのは。年上がいつの間にか年下になったと言えば少しは分かりやすいと思う。

「……雫子は誰かに甘えたりした事ってありますか? 俺以外で」

「…………どうして?」

「俺の事が大好きなのは分かりますし……えっと、凄く嬉しいです。でもなんていうんでしょうか。凄く……不安を感じるんです。貴方から」

 上手く言葉に表せない。ただ、かつて鳳介とはぐれた時、綾子が同じ様な状態に陥った事がある。離れてほしくないと俺にくっついて泣き叫んで―――そう。例えるなら今という安心出来る時間を余さず堪能しているみたいに。

 雫は微笑むのをやめると、胸に顔を埋めて表情を隠した。

「君の言う通り、私は不安だよ。おかしな事件にばかり君が被害に遭って……ま、どうせアイツの仕業なんだろうけどさ。挙句の果てに今回は入院だ。信じるとか信じてないの次元じゃない。ただ不安なんだ。今度は何に巻き込まれるのか。君が死んでしまったら……誰が、私を匿うんだよ」

「―――そう、ですよね。今となっちゃ俺以外誰も、雫子を匿ったりしません」

「ああ。しかも君は薬子に目を付けられてる。正直に言えば沈みかかった船さ。乗せてくれるって言っても未来を考えればもう降りるのが正解。そんなの分かってる。君から離れた方が安全で、その方が君も面倒に巻き込まれないってのも」

「…………じゃあ」


「離れないよ。君の事が好きだから」

 

 カーテンを閉めて個室にしたとは言っても、その壁に防音機能は無い。少し耳の良い人間ならプロポーズにも似た二人のやり取りがさぞ鮮明に聞こえているだろう。人によっては恥ずかしさで耳を塞ぎたくなるかもしれない。

「このままが危険なのは百も承知だ。でも離れたくない。君を見捨てて得る安心に価値なんてないよ。こんな気持ちは初めてだ。きっと二度と湧いてこない。知らないかもしれないけれど一人きりで待っている間私がどんなに寂しかったか! 本当は一挙手一投足秒間隔で君の生活を管理して監視して何もかも私の掌の上に握きたいけど…………束縛の強い女は嫌われるって、前に本で読んだからさ」

「…………沈みかかった船って言うなら、こっちからもそうですよ。面倒事に関わりたくないなら部屋の中で目を閉じ耳を塞ぎ何も知らない理解しようとしないまま生きればいい。イジメられていたとはいえ、死刑囚あなたを助ける選択はあり得なかった。貴方を助けたせいで今の面倒があるなら、そうなる事を知っていたら助けなかった! ―――なんて思った瞬間もありましたけど、本当にそうですかね?」

「何が言いたい、の?」



「どんな罪を抱えていても、俺の愛は揺らがない」



 それはかつて薬子に告げた俺の本音。雫は盗み聞きしていたが、面と向かって言った事はないのでもう一回。今度はきちんと本人に。

「面倒が嫌なのと、雫子が大好きなのと、貴方が背徳の女王なのは矛盾しません。そりゃあその時の気分次第で後悔とかはしますけど、本当に後悔してたら、とっくの昔に引き渡してますよ」

「…………」

「大好きです、出会った時からずっと」

「……もっと」

「はい?」

「もっと言って」

「え」

「もっと言って」

 

 言葉から感情が消えた。

 打ち込まれたプログラムをそのまま吐き出すように、飾り気無く。

「ことばでもっとあいされたい」

 こういう時はどんな言葉を掛けたら良いだろう。怒っているのではない。今にも泣きそうという訳でも……多分ない。フラットというかナチュラルというか無変換そのものというか。感情が読めないのは初めてかもしれない。薬子なら平常運転かもしれないが雫は異常事態だ。

「……好きです」

「もっと」

「愛してます」

「もっと」

「……お、あーエロい」

「ほんと?」

「ほ、ほんと」


 ――――――ふふ。


 それきり何も言わない。気まずくはないがなんとも発言しがたい空間が形成された。背中を撫でてみると下着の感触が無い。清純な格好で来たと思ったらとんだ痴女を抱きしめているようだ。手を出すつもりは無かったが急速に動こうという気が失せた。

「およめさん♪」

「……は?」

「およめさん♪ およめさん♪」

「雫、雫子?」

「およめさんに」「してほしいな」「ことばだけでも」「うそでもいいから」「かたちだけでもいいから」「わたしのためにも」「いまだけでも」「しあわせにして」

「…………そんな悲しい事言わないでくださいよ。今だけでもなんてそんな。俺、本気ですから」

「ゐちすひたろんすあずとううは?」

「この騒動が何もかも終わったら、頑張って仕事見つけて一緒に暮らすつもりですから。正式にできなくても構いません。一生幸せにしますからッ」

「――――――そっか」

 いつもの雫が帰ってきた。余裕と優しさの含まれた安らぎのある声。イジメで心が荒んでいた頃の俺はこの声に癒された。






「発射」




パンッ!

パンッ!

パンッ!

パンッ!

パンッ!











 何が起きたのかも分からないまま、俺達二人は銃殺された。

 ちょっとね。

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― 新着の感想 ―
[一言] たぶん一番現状が理解できてないの読者だと思います
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