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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
9th AID 明日また、さようなら

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斑の下に眠る

新章

 目覚めるという言葉は目が覚めるという意味だ。

 突然何を言い出しているのか分からないかもしれないが、次の状況を説明する為に必要な前提である。別に特別な話じゃない。目が覚めるより先に意識が覚めるというのは。

「……何で、こんな所に居るんだろうね、アタシ」

「―――よく分かんない。足が勝手に来た。こんな所に来る資格とかないのにね。アンタとは絶交してるから」

 声が聞こえる。目を開けたら幻となって消えてしまいそうな懐かしい声が。敢えて目を閉じたまま懺悔の様な独り言を盗み聞く。

「リューマ。ねえ、アンタちゃんと元気になりなさいよ。ここでどうにかなっちゃったら……許さないから」

 手が握りしめられる。掌の中に指で書き込まれた文字は良く分からない。分からないが、書き順は覚えた。後で文字は調べておこう。何を伝えたかったのか気になる。



「…………ねえ、あんな事が無かったら私達、もっと仲良くなれたと思わない?」



 足音が遠ざかっていく。そこでようやく目を開けると、ハンチング帽とサングラスを着用した女性が病室を去る後姿が見えた。声を掛ければ気付くだろうが、気付いたとしても振り返ろうとはしないだろう。俺は彼女の事を良く知っているつもりだ。

 これでも昔は親友だったから。


「柳馬さん! おはようッ」


 入れ違いになって入ってきたのは壬蛇穴乃蒼。唯一俺を慕う後輩であり、数ある知り合いの中でもぶっちぎりの美人。こんな中学生が存在してたまるかと言っても存在しているのだから仕方ない。弾けんばかりの笑顔を振りまきながら少女は布団越しに抱き着いてきた。

「怪我の具合はどう?」

「怪我してないんだよ」

「え? じゃあ何で入院してるの?」

 

 それは俺にも分からない。


 三日前に起きた不思議な事件。嘴形のイボが生えるという奇妙な現象は各メディアを大きく騒がせた。犯人は七凪雫という事にされているが、それが真実でないのを俺は知っている。が、見たいものを見たい様に感じるのが大衆であり、世論とはそうやって作られていく。何より、


・怪死体の存在する事件の殆どがこれまで七凪雫の仕業と報道されていた過去。

・傷一つ負う様子のなかった凛原薬子が顔面を火傷するという重傷を負った事実。

・その薬子がそもそも出動した意味。彼女は雫に関連する事柄にのみ警察と同等の権限を持つだけの一般人だというのは忘れられがちだ。


 これらの要素から俺の言葉など信じる人は居ない。というか報道されない。かつてはメディアが風潮を作り出した様に、彼等には報道しない自由がある。

 因みに雪奈の向かった高校の方だが、センパイこと檜木さんが介入して事なきを得たらしい。九龍所長からそう聞いたので真相は分からない。

「何か身体が重いから……かな」

 外傷がないから無傷……とはならない。現に俺は平気にしているとはいえ身体がとてつもなく重い。オカルト的な話にするなら十体くらいに憑りつかれている可能性がある。あの瞬間に無傷だったのは九龍所長だけだ。彼には『最初から片腕が無かった』ので事実上無傷。俺と薬子は入院だ。と言うかあっちは重傷だ(俺を入院させたのは薬子の意向)

 彼女が活動出来なくなると七凪雫をどうする事も出来ないからか。廊下を見ているとやけに警察関係者を見る気がする。薬子は隣の部屋に居るのだ。  

「だったら怪我してるじゃんッ! あ、ごめんなさいッ。重かったよね!」

「……いや、全然。出来ればもうちょっと寄って欲しい……かも」

「え、ホントッ。じゃあ寄るー!」

 入院してから毎日お見舞いに来る後輩を可愛がらない先輩が何処に居るだろう。まだ三日と言うがされど三日だ。乃蒼とはそれこそ騒動当日に会っただけの関係。あの時守ったのは識者として当然の行動なので、慕われる謂れが無い。

 頬を指でつっつくとぷにっと肌が沈んだ。なんというもちもち感だろうか。年を取った女性が羨むのも分かる張りだ。抱きしめたら全体的に柔らかいのは雫や薬子や雪奈で経験済みだが、どうしても一回くらい抱きしめたい気持ちがある。

 ただし、全身にかかる重さがそれを許さないだろう。無理にやれば体内の骨が崩壊して下半身に堆積しそうだ。

「乃蒼は学校でモテたりしたか?」

「んーどうだろ。良く分かんない。私、同い年の友達全然居ないからッ」

「え、そりゃおかしいだろ。だってお前見るからに明るいしイベントとかノリノリでやりそうだし、友達がいないってのは完全に嘘だ!」

「学校の皆とは普通に話せてたよ!? プライベートで遊ぶ人が居なかったの!」

「……学校に来てたのもその為か?」

「それは……何でだろ。誰かに誘われて来た気もするんだけどそんな友達居ないし」

 被害を受けたのは侵入した俺達を除けば当日学校に居た人間。だから瑠羽は無事だし、その他のクラスメイトもそれなりに残ってはいる。ただし部活に所属しない人間は稀なので、生存者はかなり少ない。教員に関しては殆ど死亡してしまったと後で聞いた。

 俺なんかの見舞いに来ている場合ではないだろうに、気丈に振舞えるなんて強い少女だ。頭を撫でると乃蒼が照れくさそうに笑った。当人は平気そうだが、これで俺と瑠羽の学校はほぼ壊滅状態。瑠羽の方は全学年集めてギリギリ一クラス作れるくらい。俺の方は離島の学校くらい。ギリギリ両手で数え切れる。

 当然、休校だ。世間の雫に対する怒りはますます強くなった。早く捕まって欲しいと願う人が増え、SNSなどでは中傷が飛び交っている。死刑囚も人だから、という風潮は存在しない。あっても秒で叩き潰されるのがオチだ。

 本人を知る者として複雑な気持ちではあるが、訳もなく子供を殺された遺族の気持ちを考えると……いや、そもそも雫の仕業という事にしているのは薬子だ。矛先が間違っているが、じゃあ薬子に向けるべきかというのも違う。


 じゃあ誰に?


 ますます事情は所長達以外には明かせない。犯罪者をかばう事がどういう結果を引き起こすか分かったつもりだったが、想像以上だったのは否めなかった。あの時の俺は思考が浅かったのだと恥じるしかない。俺が庇っていると分かれば―――まあ俺はいい。その覚悟があって引き取った。だが世間の矛先はそう甘くない。俺だけじゃなく、家族にも向くだろう。

 両親の事はそれほど好きではないが、誹謗中傷の嵐によって自殺しろとまでは思わない。何より瑠羽に関してはどんな目にも遭ってほしくない。我儘か? 我儘だろう。でも通したい。通さなきゃいけない。

 犯罪者をかばって、それでも普通の生活を送りたい。

「乃蒼。一つお願いして良いか?」

「何何ッ? 柳馬さんが動けるようになるまで私頑張るッ!」

「有難う。実は……あーどこだったっけ。九十星マリアって女の子が居るんだけど、その人俺の友達なんだ。でもなんか危ない気配がしてな」

「危ない気配?」

「……死にそうって事だ。だから出来ればで良いんだが、見舞いに来た時はついでに様子見てもらって、それを教えてくれないか?」

「うん、分かった! じゃあ早速行ってくるね!」

 バレる危険性が、と言いかけたが別にバレても問題はない。マリアは味方だ。むしろ乃蒼を通じて伝言のやり取りを出来るならその方が安心であり、薬子に察知される危険性も無い。アイツは俺が誰かと接触する事には敏感だが、俺の知人を介した接触には疎い節がある。


 ―――瑠羽、怒ってるかなあ。


 見舞いにはまだ来ない。妹の懇願にさえ応じなかった俺を恨んでいるのだろうか。文句は言えない。仮に瑠羽が藁人形と共に俺の写真を打ち付けていても、そうされる謂れがあるから。どんな風に思われても仕方ない。それが行動の責任だ。鳳介の死を隠したら絶交された様に。

 乃蒼が出て行って数分。患者服より真っ白い服装の女性が病室に入ってきた。白いキャップで目元を隠しているが、服越しにも分かるその抜群のスタイルを見間違う筈もない。

「―――しずッ」

 最後まで言い切れなかった。女性が周囲の視線も厭わず俺を抱きしめて来たから。






「………………生きてて、良かった………………!」







 声は涙と震えで掠れていた。

 

  

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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば最後とか言ってたような…… [一言] およ?向坂君記憶戻った感じ?
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