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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

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狂ったお犬は今も座す

 切っ掛けなんてなかった。本当に全くの偶然だった。

 忘れ物を取りに行った際、何気なしにグラウンドを見下ろしたら犬が居たのだ。その時は野球部も陸上部も居たし、野良犬が紛れ込んだのだと思っていた。そういう事が全くない訳ではない。一部では先生の中の誰かが餌をあげているから寄ってくるとも言われていた。

 しかし誰も気づかないのはおかしいと思っていた。犬は我が物顔でグラウンドを歩いていたが、その場に居る人間は気にも留めていない。陸上はともかく野球はどう考えても邪魔だろう。


『あーそれは運が悪かったなお前。凶犬を見たんだったらよリュウ。一人っきりでグラウンドに入らない方が身の為だぜ。というか暫く一人になるな。綾子、一週間くらいこいつの家泊まってやれ』


 それっきり鳳介は何も言わなかったし、俺も素直に彼の言う事に従った。綾子と過ごす一週間は全く退屈せず、俺に何らデメリットが無かったので正直今も実感が湧いていない。だが確かに感じていた。

 何処かから俺を見つめる物の怪の気配を。

 ムラサキカガミを引き合いに出したのはこの部分であり、俺が綾子との生活にハマり過ぎて犬の存在を忘れるまでその気配は消えなかった。

 三階の窓からグラウンドを見下ろすと、豪雨の中で傘も差さずに歩き回る不審人物を発見した。九龍所長だ。ふらふらと千鳥足なのは緋花さんの髪の毛を呑み込んでいるからだろうか。普通に気持ち悪い行為だがこうでもしないと雨の中を動けない。如何に変人な所長と言えども全身に嘴のイボが生えた状態で生涯を終えたくない筈だ。

 

 ―――凶犬は創始者石像の下に埋められた犬と言われている。


 それは正確に言えば一匹ではない。何十年も前に居た校長と教頭が動物嫌いで、度々迷い込んでくる犬を撲殺して証拠隠滅の為に埋めたと言われているのがこの話の概要。凶犬はそんな犬達の怨念の集合体とも呼ばれている。この噂の真偽はさておき、暗黙の了解と良識の判断により校内における動物への暴力は現在禁止されている。

 当たり前だろうと普通の人は言うかもしれないが、わざわざ言わなければついやってしまう人間も世の中に入るのだ。七不思議的には『凶犬』の目の前でという条件が付くが七不思議の行動範囲は学校全体。先生の目が届かなくても犬の目は届く。

 被害者は見た事がないものの、凶犬の前で動物に危害を加えた者は恐ろしい目に遭うと言われている。四肢を食いちぎられるとか、足を噛まれたまま引きずり回されるとか、大勢の犬に餌として全身を食われるとか。そこは定かじゃない。

「……所長、頼みますよ本当」

 こんな独り言が聞こえたらどんな地獄耳か。『凶犬』の危険性はそれだけではない。一度でも姿を見た事がある人間が今度こそ遭遇してしまうと、飼い主と誤認されてしまうのだ。そこから先の噂は無く、鳳介はそれを『何が起こるか分からないし対処法も伝わってない。つまり絶対に入っちゃ駄目な領分だ』と言っていた。だから綾子が俺の家に泊まったのだ。『凶犬』は二人以上の人間の所へは現れない。虐待の記憶が蘇るからだとか何とか。

 九龍所長は頼りない足取りで石像へと近づく。偶発的な遭遇ばかり語られるが意図的に出す方法もある。骨を置いて名前を呼べばいい。名前は何でもいい。新たな名前を付けようという行為そのものが犬の怨念を引き寄せるのだ。

 所長が石像の目前まで迫った所で俺は窓から目を離した。もう一度思い出してしまった以上、どういう変化が起こるか全く分からない。少なくとも偶発的遭遇も判定されるくらい視線に敏感な犬を相手に高みの見物は悪手が過ぎる。俺は俺の出来る事をしよう。

 

 ―――この役目は、俺しか出来ないもんな。


 その道の素人である三人には任せられない事。屋上を後回しにしてでもやらなければならない事。それは七不思議の出現が続いているか否かの確認だ。俺が『メガネ女』にやったみたいに、七不思議は飽くまでこの場所に留めなければならない。追い返したら駄目なのだ。

 あちらに任せた七不思議の対処法は一時的なものばかりで、出したら基本的には出ずっぱりだ。しかし悩みの種はあの最先端が口癖の正義の味方。最先端を通り越して最早存在してはいけない技術を使ってイレギュラーな事態を引き起こしている可能性が……無きにしも非ず。だから確認しに行く。

 

『あがくいかのて』。図書室。


 幽霊字の様なものだと思ってくれていい。『あがくいかのて』はどんな人間も知っているが、誰もその意味を口に出来ない。文字に起こす事も出来ない。しかしこの図書室にだけは『あがくいかのて』について書かれた本がある。読んだら██████すると言われているが、要は読まなければいいだけ。安全な方だ。

 三階の図書室に戻ってくると、先生の死体が消えていた。多分薬子辺りが片づけたのだろう。この本棚の中から『あがくいかのて』と書かれた本を見つけ出すのには骨が折れそうだが、埃を被った本の列が崩れている。綺麗に並べ直したものの一冊足りない。無意味な本を持っていく意味は薄いので、これはつまり『あがくいかのて』を所持したまま移動しているという認識で良いのか。


『しらゆき』。二階女子トイレ。


 倫理的に入るのは躊躇われるが、手洗い場所の鏡さえ確認出来れば良いので簡単だ。鏡と来ればオカルトに詳しくなくてもその噂は自ずと分かるのではないだろうか。『しらゆき』は鏡に映った女性を異世界に連れて行くと言われている。戻ってきた人物が居ないので、残念ながらそこから先は分からない。

 鏡が嵌められているので、現在『しらゆき』は出現している……筈だ。確認しに行くのは怖い。吸い込まれたらそれっきりだろうし。


『ほねほね』。理科室。


 何に使うか良く分からない道具筆頭、人体模型の怪異だ。普段は準備室にあるが、たまに理科室に出てきている事があり、更に目撃した瞬間が骨の欠けている状態だと骨の居場所を聞いてくる。答えを間違えると欠けていた箇所の骨が翌日抜き取られるというのが『ほねほね』の噂。

 回避方法は『私も骨がありません』と言い、欠けている場所と同一の骨の名称を伝えなければならない。間違えると上に同じ末路が待っている。一見すると『メガネ女』に近いが、骨不足状態で出てきた『ほねほね』は出現中ずっと骨を探しているので正しい対応をした人間からは取らないというだけで、他に人が居ればその人にも同じ事をする。

 単独での確認が一番恐ろしい怪異だが背に腹は代えられない。 

 理科室は三階なので上に上がればすぐなのだが、どうも真上から水音混じる不快な足音が聞こえるので予定変更。後回し。


『惚子さん』。一階の保健室。


 幸い理科室と同じくらいの距離だ。階段を下りて直ぐに曲がるとそこが保健室。勢いよく扉を開けて中に入ると、奥のベッドが少し膨らんでいた。

 確信はあったが、念の為だ。ベッド横の椅子に座ると、何も知らない風を装って声を掛ける。

「あのー。誰ですか?」

「………………だぁれ」

「あ、すみません! えっと―――もう学校、夜ですよ? 帰らなくていいんですか?」

「……わたシぃ、身体が弱くてぇ。動けないのお。ねえ、起きるの手伝ってくれるぅ?」

「あ、分かりました。えーと、布団めくりますね」

 惚子さんの顔は一番親しい人間になると言われている。俺の場合は多分雫だ。怪異なら遠慮はいらないだろうと胸の辺りを抱きしめて噂の程を確認してみたが―――


 あの柔らかさが、何処にもない。


「うぅん、ありがとぅ。アナタは優しいのねぇ―――」


















「  さ  き  さ  か  り  ゅ  う  ま  」    

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― 新着の感想 ―
[一言] ホント遠慮無くて草。 そういえばうちで飼っているワンコも、コッソリ覗いたら視線があったりしますね
[一言] 誰なんだ… あと小説とかホラー系で伏字になってて、それに関して一切理由が語られないとクソ怖い
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