表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

140/221

我らの矜持

「……」

「嘘………………」

 二階女子トイレで女子生徒の死体が発見されたのは偶然だった。素人がパニックに陥れば自分の逃げたい方向へ逃げる。再合流は絶望的と考えていたが、乃蒼が「探す!」と言って聞かなかったので所長のお守りを探しつつ捜索する方向に。二階を通った時に異臭が外まで漏れていたので気が付いた。

 死体を見せる訳にはいかないので俺が確認した。それが前述の乃蒼の反応である。

「……ぐすッ」

「ん?」


「もうやだぁ……! なんでぇ……? うええええええええ! 帰してよお、お兄ちゃん……助けてぇ」


 決壊は突然だった。

 

 いや、責められるものではない。遅かれ早かれそうなっていただろう。出来ればこうなって欲しくなかったから俺は死体を見せて来なかった。人間はどんな危険に晒されても自分か周りに被害がなければ能天気に構える事も出来る。

 認識出来ない災害は所詮他人事でしかないのだ。しかしここに来てクラスメイトが死に、他人事と呼ぶには距離が近づきすぎてしまった。

「うわあああああああああああん! もう嫌だよおおおおおおおおお!」

「乃蒼」

「ええええええええええん!」

 慰め方。分からない。深春先輩が発狂した時もそうだが俺は慰め方が下手だ。とにかく安心させる言葉を言えれば良いのだろうが、乃蒼の人となりをそれ程知らないのでどんな声を掛ければ良いやら。赤子は背中を擦っているがそれだけで泣き止むなら苦労はない。あの怪人に聴覚があれば早く対処しないとその辺りからたくさん出てきて終わりだ。無くても彼女をこの場に置いておけないので動けなくて詰み。どちらにしても求められるのは完全なる対処。

「……乃蒼、落ち着けよ。お前達だけでも必ず助けるから」

「死んだもおおおおおおおおおん! やあああああああああああああ!」

 精神のまいっている人間に語気を強めた発言はお勧めしない。言葉の内容に拘らず怒られてると錯覚した脳が更にパニックを起こす。ここで複雑なのは、だからといって優しくしても緊張がゆるんだり罪悪感に触れてしまうせいで結局更に泣かせる可能性だ。 

 俺ではどうやっても対処出来ない。せめて存在そのものに強烈な説得力があれば良かった。今日会ったばかりの人間にそれは無理だ。向坂柳馬という男性は何処で有名だった? どんな功績がある? たまたま助けに来ただけの親切な人は一縷の希望になっても絶望を覆す光にはなれない。

「な、なあ乃蒼…………」






「お困りですか? 向坂君」






 存在そのものに付随する説得力。メディア出演による知名度があり、死刑囚の逮捕に協力し―――

助けに来ただけの親切な、人。聞き覚えがある。俺を苗字君で呼び、無機質な声音の癖に声質は淀みもなければ障りもない、短髪でスレンダーで運動神経抜群で。異能持ちの雫が勝てないと判断する存在―――

「リン…………!」

 凛原薬子だった。単身乗り込んだ情報は知っていたが正直嘘だと思っていた。校内をあれだけ歩き回っていても遭遇しなかったのだ。彼女にも何か意図があって表向きはそういう事にしたのだと思っていたのだが現実が否定してくれた。

 ただし普段の制服姿ではなく、ショート丈の黒いタンクトップに迷彩柄のパンツという、休憩中の軍人か何かにしか見えない格好だった。この悪天候の中で臍を出しているので軍人でもないか。じゃあ何だ。その格好は。

 いや、そんな事はどうでも良かった。ここにわざわざ現れたなら助けを求めるまでだ。俺は乃蒼から距離を取ると掌を矢印に泣き崩れる少女に注意を向けた。

「ああお困りだよ滅茶苦茶困ってるよ! どうにかしてこの子を泣き止ませられないか?」

「……向坂君がどうしてこの場に居るのかは聞かないでおきましょう。泣き止ませれば良いのですね?」

 今の薬子は確実に素面。泥酔している時はふにゃふにゃで何の役にも立たないが今は安心してこの二人を任せられる云わば薬子さん状態。乃蒼は彼女の姿を認識している様だがそれでもパニックは少しも落ち着かない。

「そうだよ! どうすればいいッ? 協力出来る事があればするぞ!」

「……いえ、その必要は無くなりました。来たようです」

「は? 来たって―――」

 最後まで言い終わるよりも本能が早いのは当たり前。俺の推理は当たっており、教室の窓からありとあらゆる要素が不愉快で構成された嘴の怪人が飛び出してきた。まだ目は瞑っているが、この一直線では切り替えの瞬間に逃げられない。蛇に睨まれた蛙は動けなくなるが、俺達は睨まれるよりも前に石化した。一人だけ泣きっぱなしだ。

「リン! アイツは―――」

「どんな事情があるかはご存知ありませんが、要は直接的に希望を持たせればいいのです。希望とは概念ではない。最先端の科学がそれを証明しています」

「こんな時に最先端ギャグとはお気楽だなッ。早く逃げるぞ!」

「いえ、そこの彼女と共に見ているだけで構いませんよ。何故なら―――」

 薬子が拳を構える。その姿は何となく八極拳に重なった。武術に詳しくないが、なんちゃっての形程度なら義務教育的に覚えている。構えた程度で怪人が怯む道理はない。今まで通り開眼し、俺達を無惨な姿へと作り変える。

 とはならなかった。




 

 何故ならそれよりも早く薬子の拳が怪人の左目を貫いていたから。





 不愉快な液体が後方に飛び散る。

「一瞬で終わりますから」

「―――リン! もう片方が!」

 そう。どちらの目にも石化の力がある。視界内に入った薬子の身体からイボが出た―――と思った瞬間に全身のイボが潰れていた。全方位に飛び散る不愉快な液体は俺達に届く程の距離は無かったし、一瞬でそこまで後退してきた薬子にも命中する事はなかった。

「私の服装が気になるのならばお答えしましょう。あれを浴びたから脱いだ、それだけの話です」

「……何したんだ?」

「最先端は何も科学ばかりではない。アスリートが常に走り方を研究している様に、身体の動かし方にも最先端があるというだけの話です。決してギャグなどではありません」

「気にしてたんだな……」

「当然。私はいつだって貴方には本気を見せているつもりです。さて」

 薬子の視線が乃蒼に落ちる。目の前で絶望の象徴となっていた怪人の破壊を見て、すっかり泣き止んで驚いていた。感嘆の声すら出ず身動きさえ取らない。大袈裟なリアクションを取り勝ちな少女にとっても薬子が物理的に殺したという事実は信じがたいものだった。

 俺も撃退どころか破壊するまで行くとは正直想定していない。雫が勝てないと言った理由が少しわかった気がする。

「お、終わった、の…………?」

「―――窮地は脱したが、終わってないぞ。外にたくさんいるかもって言っただろ。根本的に解決しないといけないんだ」

 奴等は雨による合わせ鏡で移動する。一体倒したが最低でも校内にはまだもう一体居る。それが元々遭遇した個体か所長がやらかした時に出てきた個体かは分からない。薬子はそれとなく乃蒼の背中に手を回すと、優しく抱き寄せた。

「おや、向坂君もご存じだったのですね。あの怪人が多数いる事を」

「……そう言えばお前、何処に居たんだ? 学校中探し回ったけど全く出会わなかったよな」

「ずっと前から外でこの怪物を摘掃していました。雨をどう凌いだかなどという質問にはお答えしませんよ。貴方ならもう分かる筈です」

 最先端科学で何とかしたのだろう。その言い草は間違いない。  


 ―――ずっと前ねえ。


 雨が降る前に俺達はグラウンドから侵入したが、怪人はおろか人間の気配も姿も存在しなかった。雑な嘘だとも思ったがそれをここで詰問するのはあまりに都合が悪い。せっかく超人の助けを借りられそうなのにどうして縛りプレイをしなければならないのか。現実にやり直しはないのだ。

 雫の敵だから敵対しているだけで、本人の事は信頼している。そのスタンスはずっと前から変わらない。特にその実力は。

「リン。実はと言う程の話でもないが、俺はこの手の話に詳しい人間だ」

「そうですか。ではどうしてあの時は助けを?」

「……色々あったんだよ。とにかく人手が足りないと思ってた。お前も力任せに駆除するだけじゃキリがないと思ったからこっちに来たんじゃないのか? 俺なら―――賭けにはなるが、解決する方法を知ってる。利害が一致したと思ってくれたなら協力してほしい」

 二つ返事で了承しつつ、薬子は指を立てながら言った。

「害はないでしょう。しかし一つだけ訂正させて下さい。私は用があってここに戻ってきた訳ではありません。泣き叫ぶ声が雨の中からもハッキリ聞こえたので足を運んだのです。そこを理解していただけるならば喜んで協力いたしますが……策はあると自信ありげに言われてもそれは向坂君だけの話かもしれません。素人にも分かりやすくと無茶な注文を付けた上で、簡潔に教えていただきますか?」

 無茶苦茶な注文だと文句を言いたい所だが、分かりやすい説明が苦手だからと言ってその努力を放棄するのはいけない事だ。理解を重視しなくなった説明は自己満足に走りやすくかえって混乱を呼び込むだけになる。

「怪異は親和性が無いと同時遭遇なんてありえないって話は分かるか? 分からないならここから説明する事になるが」

「口裂け女と人面犬は同時に遭遇しないという理屈ですよね」

「……そうか、知ってるなら話が早くて助かる。親和性に求められる基準は高くてな、同じ水場の怪異でも足りない。死因が同じでも足りない。だから基本的に同時遭遇はあり得ないんだが……たった一つだけ、例外があるんだ」

 同じ場所でなくても良い。同じ死因でなくても良い。外観年齢が一致せずとも良く、性別など無問題。ただ同じ『環境』にあれば―――古今東西連綿と受け継がれてきた歴史があれば。それ以外は何も求めない。















「あのイボ怪人が外様の怪異なのは確定だ、俺の記憶にも先達の知識にも当てはまらないからな。本当は正体さえ分かればいいんだがそれが駄目な限りは―――学校の七不思議を復活させて、校内全域を支配してもらう。あの怪人を滅するにはそれしかない!」

  

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 摘掃ってグラブルネタなんですか?
[気になる点] 泣き声がはっきりと聞こえたのであれば主人公の叫び声も聞こえてたはず... 七不思議も時と場合で助けてはくれそうだけど襲われるリスクは普通にあるよね。後で七不思議もきちんと終わらせない…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ