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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

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科学的なお話

「えー皆さん、改めて挨拶を。俺は向坂瑠羽の兄です。皆さんを助けたいと思って参上しました」

「早く出ましょう!」

 まだ何も話していないのにこの焦燥感。怪我を負った訳でもないのにと心の中の俺が呆れてしまった。その精神がまずおかしいと気付くのに体感五秒。目の前で人が死んで焦らないのはそれこそ慣れている人だけだ。俺だって見た目は冷静でも心の中はパニックを起こす。

 自分に都合が悪いからと苛つくのは勝手だが、勝手な内に終わらせた方が良い。怒りが攻撃になったら手遅れで、無事にろくでなしの感性だ。

「そうしたいのは山々なんですが、俺が来ただけで状況が変化するなら苦労はありません。断言しても良い、普通に脱出しようとしたら妨害されます。妨害の意味は邪魔をする事。ゲームみたいに行き止まりになってるとかなら優しいと思います。俺が来る前に出ようとした人がどうなったか……それは貴方がたが一番よく分かっている筈です。怪異にとってはあれが妨害です」

 鳳介が遭遇した怪異に何らかの対処をするのはそのせいだ。対策した上で撃退の後脱出した事はあっても無策で逃げようとはならなかった。大抵それは悪手にしかならず、怪異の思うつぼだからだ。鳳介曰く『ホラー映画で死刑が確定する脇役になりたいならオススメ』。

 まあアイツの場合は小説のネタにしたいが為というのが残り大多数なのだが。ともかく逃げるだけはあり得ない。

 出会ったばかりの俺の言葉に信憑性を付属させたのは精神的な限界を隠す為に一足先に逃走を実行した先達の末路。それが無かったとしても頼れる存在が俺しか居ない以上(薬子は何処へ?)、信用は時間の問題だったが。行き止まりが明確であるなら迷路に戸惑う事はない。

「まずは避難場所を変更しようと思います。ここは見通しが良すぎる。

「見通しが良いと何か困る事があるのか?」

「大ありです。この学校に現れた怪物は視認した人間の身体からイボを生やします。俺はさっき直接喰らって危うく死にそうになりました。廊下もここも視線が通り過ぎる。これじゃ上に逃げたって同じです。避難場所としては酷過ぎる―――」

 じゃあ何処に逃げるのか、という話になるだろう。この程度は誰でも予想出来る。記憶の深層に答えがある筈だ。中学時代こそ俺にとっての黄金期。心身ともに輝き、得難い親友が二人も居た最盛の瞬間。

「……三階の図書室に行きましょう。あそこは狭いですけど代わりに本棚が視線を切るのに使える。片側から来られたらもう片方の扉から逃げられる。ここよりは良い筈です」

 名前を聞くタイミングを逃したので乃蒼と赤子以外の名前を知らないが、まあ何とかなるだろう。何か質問はと言いかけたと同時に乃蒼が元気よく手を挙げた。

「その後は何をすればいいんですかッ!」

「―――乃蒼と赤子以外は図書室で隠れてて欲しい。二人には改めて俺から頼みたい事がある」

「ほ、本当に隠れてるだけで良いの?」

 そう声を挙げたのは俺を見るや抱き着いて来た少女。申し訳ないとでも思っているのかもしれないが、足を引っ張られるくらいなら何もしないでいてくれた方がマシだ。それに彼女は足元の気色悪い水が見えてない。果たしてこの違いが何を意味するのかはまだ分からないが、こういう場合は侵入者―――何の影響も受けていないと思われる俺に基準を合わせた方が良い。

「何もしないで大丈夫です。先生は生徒を見守ってて下さい」

「言われなくても分かっているッ。他は君に頼りっぱなしになってしまうが、済まない。まだ高校生の君に頼るなんて大人失格もいい所だ……!」

 体育館の入り口を見やる。ここにあの怪物が来ないのは運なのかそれとも必然なのか。分からない事だらけだが、それを解き明かしてこそ初めて希望は見える。


 楽しい楽しいオカルトの時間だ。


















 図書室までの道中に遭遇するのが最悪のシナリオだったがどうにか回避出来たようで何よりだ。大勢連れた状態で見られたらどうなるかも定かではないが、最悪視界内の全員が固まってしまうかもしれない。普通に全滅して終わりだ。移動する際も円形に広がるのではなく列にして、後方に被害があれば前方を逃がし、前方に被害があれば後方を逃がせる様にした。そうならざるを得なかった時点で被害が出ているが全滅よりはマシだ。コラテラルダメージさえ起こさなかったならこの結果は最上と言っていい。

「鍵は絶対閉めて、誰も入れないでください。どうせ怪物はドアぶち破ってくるので万が一はありません」

「来たら反対側を直ぐに開けて外に逃げる。次の逃げ先は?」

「……同じく三階の理科室です。その次は隣の階段下りて二階のPC室、その次は少し危ないですけど全力で走ってもらって倉庫になってる空き教室。その次は廊下を曲がった所にある美術室……このくらいですね」

「君は凄いな……大人の俺がこんなに慌ててるのに君は冷静だ。最近の高校生は全員そんな感じなのか?」

「俺がおかしいだけです。頭の方がね。皆さんの生存は先生にかかってるので、どうかよろしくお願いします」

 ペコリと一礼しつつ図書室の外へ。階段の手前まで歩くと、既に乃蒼と赤子の二人が移動していた。学校の殆どは廊下と階段がダイレクトに繋がっている訳ではない。踊り場とは呼べないだろうが、二つを接続する空間―――ゆとりがある。廊下の先からは見えないので先制攻撃を喰らう心配はなく、至近距離まで接近されたら足音を頼りに逃げられる。立地は悪くない。

「柳馬さんが頼みたい事ってッ? 私、こういうのに全く詳しくないけど頑張るッ!」



「有難う。じゃあ早速だけど科学的な事を行います」



 真面目な顔で言い切った俺を見て、乃蒼は渋い顔を浮かべた。

「え~?」

「オカルトと科学は全く違うと思う」

「そうだよ柳馬さんッ! 科学は現実であり得てオカルトはあり得ない! 全然違うよ!」

「じゃあ今の状況は夢なのか?」

 乃蒼が頭の上に三点リーダを浮かべた。かと思えば徐に自分の頬を抓り、泣きそうな顔になりながら叫んだ。

「痛い!」

 ……天然?

 オカルトが現実的ではないがここは現実なのでつまりオカルト=科学。そう言いだしそうな勢いだ。いや、俺の言いたい事としては間違っていないが、流石に一括りにされたら科学者も心外だろう。

 少女は容姿だけは田舎の学校に居て良いレベルではない。生気に満ち満ちた大きな瞳に、片編みのセミロング。唇の色は綺麗なピンク色でササクレや乾燥一つ見当たらない。個人的には笑った時に出てくるえくぼも推したい所だ。

 こんな美少女が同期に居たら男子は理性を残せるのだろうか。平時であれば天真爛漫な少女は男子の目をくぎ付けにして、確実に女子の反感を買うだろう。完全に偏見だがモテる女子は嫌われる傾向にある。少なくとも俺の頃はこんな偏見を形成させるくらい嫉妬されていた。

 ―――しかし、今は平時ではない。大切なのは容姿ではなく発想力。面食いな怪異が居たらどれだけ楽だったか。

「正体不明を既知の領域に引き込むのが科学だ。物理法則の観点から定義しようとするって言えば……あー分かりにくいな。一方でオカルトは正体不明を正体不明のまま理解しようとする。近いようで遠い。分からなくてもいいが、今からやるのは科学的な行為なだけだ」

「ふーん。難しい事は良く分からないや、何をするのッ」

「あの怪物を探す」

 ついでに九龍所長も探しておきたい。職員室で別れて以降何処へ行ってしまったのだろうか。校内に居るなら移動中に遭遇する可能性もあった。死んでいるイメージは湧かないがいつまでも姿を眩まされると普通に心配だ。

「探してどうするの。私達は素人だけど」

「本当は正体が分かれば良いんだけどな……どうも何かと混じってハッキリしない。だからそれは一先ず置いといてルールを探す!」

 二人を引き連れて近くの空き教室に入ると、チョークを摘まんで気分は教師。懐かしい感触に思いを馳せながら『調べるべきルール』と大きく書いた。

 現在判明している力は、視られると動けなくなってからだからイボが生える力。なので―――


 視界に多数入った場合の変化

 部分的に入った場合の変化。

 力が行使される距離の確認。

 体育館に張った水の正体


「これらを調査する!」


「おおー!」

「へえ」

 乃蒼は何処からか持ってきたノートに項目を写し始めた。真面目なのかボケなのか判断がつかないのでスルー。書き終わるのを待って続ける。

「この四つが判明すれば対処法も見えてくる……かもしれない。正体不明を正体不明のままルールを理解する……科学的にも見えるが、調査方法を聞けば全くそう思えなくなるぞ」

「なになにッ!」







「自分で喰らう」

 


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