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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

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霧雨の怪人

「……済みませんでした」

「いや、気にしなくていいよ。そっちだって必死だったんだし」

 落ち着いて会話するのに三分。必死にバットを避け続けた俺を誰か褒めてくれ。後輩を落ち着かせたのは向坂瑠羽の名前であり、彼は何と妹のクラスメイトだった。名前を鏡宮四之助と言うらしい。

 俺の顔は曰く似てないらしいが、俺も他人の兄妹を見ても『言われてみれば』程度にしか把握出来ないのでそんなものだと思う。目ざとい人間でもない限りは。

「それでお兄さんはどうしてここへ?」

「……一言じゃ説明が難しいけど、まあこのおかしな状況を解決する為に来たんだ。取り敢えず事件発生の経緯を教えてくれるか?」

 身体に生えたイボが消えている。見られなければイボは生えないのだろうか。元来のヤマイ鳥は一度生えたら呪いが解けない限り永続で生えたままなのでまたも相違点が見つかってしまった。所長に言わせるなら『変性』している。

「経緯つっても……何もないですよ。俺、夏休みまでに課題が終わらなくて呼び出されてたんです。瑠羽も課題残ってたから呼び出されてるはずだったんですけど何故か来なくて。山田先生足並み揃えたがるから補習始めなくて、家に電話かけるって話んなって。その間暇だなって思ったからトイレ行ってたら急に叫び声が聞こえて。慌てて様子を見に行ったら変な甲冑着た奴が先生の身体から黒いの生やして殺して―――」

「ああー全部説明しなくていい。十分だ」

 説明が下手な人は自分の状況と客観的な状況をごちゃごちゃにしがちなので、話す分にはともかく聞いていると非常に分かり辛い。かくいう俺が説明下手なので良く分かる。分かっていても治せないのが説明下手の辛い所だ。治さないと死ぬくらいまで追い込まれる機会もないし。

「警察には?」

「したけどなんか潰れる音が聞こえて気味が悪かったんだよ。ぶちゅぶちゅぶちゅってなんか潰してるみたいな……その後悲鳴みたいなのが聞こえて……」

「警察にも被害が及んでるって事か?」

「分からないけど……」

 アザリアデバラの事を考えれば今回も多対一をしなければいけないのかもしれないが心当たりがない。見られると動きが止まって、イボが生えて―――なんだ? 今の所ヤマイ鳥の特徴しか見えないうえに数少ない相違点は他の何にも結び付かない。もっと接触しないと。

「で、四之助君はどうしてここに? 逃げようとは思わなかったの?」

「そんな事言いますけど、何処も開かないんですよ! 出たくても出られないから、せめてあの怪物をぶっ殺してやろうかと……」

 窮鼠猫を噛む、か。暴力に不慣れな人間も命の危機に遭えば予想外の攻撃性を発揮する。部屋に入ってきた存在の判別さえ出来ないのは問題だが、普通の人はこれくらいが自然だ。初めて鳳介との冒険に飛び出した時もこんな感じだった。小学校低学年とはいえ失禁してしまったのは今でも苦い思い出である。むしろ反撃してやろうという気概があるだけ彼は肝が据わっている。

「あー。一応俺、窓割って入って来たから出ようと思えば出られるけど」

「マジで!? え、一緒に帰りましょうよ。ついでに家寄らせてください。瑠羽の無事を確認しておきたいんで」

「妹は無事だし俺の許可なんてなくても寄りたきゃ勝手に寄れ。ただ一つ聞きたいんだが、この校舎に今何人いる?」

「んー多分あれって昼だから野球部も中に居て……雨だし緊急事態だしあー……かなりの人数居ると思うけどな。多分体育館に集まってると思います。俺はあいつに出会いたくなくて行けなかったんですけど」

 体育館!

 どうして気が付かなかったのだろう。そうだ、避難と言えば体育館だ。最善は外に逃げる事だが、怪異が学校にカチコミかけてきた時の避難訓練など実施している学校があったら正気を疑う。地震のマニュアルを参考にしたとしても外に出られないという状況が狂乱の衝動に突き落とす。

 学生の頃は軽んじる事もあるが、あの避難マニュアルは良く出来ている。極限までシンプルに、合理的に。だからこそ柔軟性に欠ける側面もある。扉が開かない場合、窓を割ってでも外に出ろ、というマニュアルは少なくとも木辰中学にはない、地震だったら扉が歪む事も考慮して開けっ放しにされるだろうが今回は違う。あのイボだらけの怪人を除けば何の災害も起きていない。

 学校では集団的協調性を磨く為に勝手な行動を慎む様に行動される。特に緊急時は大人に従えと刷り込まれる。平時は悪い事ではないのだが、今回のケースを一体誰が冷静に対応出来ると言うのか。判断出来ない大人と判断を制御された学生では最善もたかが知れている。

「一応聞いておきたいんだけど、誰か笛の音が聞こえたって事はないか?」

「え? 何で?」

 笛みたいな声もなし。イボは一時的で姿が視認出来る。ヤマイ鳥が『変性』したという見立てに間違いはないがアレンジ入り過ぎだ。様々な対策が脳裏を過るがどれも有効ではない。見られている限り動きが止まる以上、一対一で遭遇したらほぼ詰みだ。全く動けなくなる訳ではないが腕がギリギリ動かせる程度でどう逃げおおせる。あの時は所長の落とし物と思われるお守りが役に立っただけだというのに。

 耳を打つ轟音。窓に打ち付ける雨だ。水音を立てるという意味では怪人の接近に気付くのが遅れてしまうかもしれない。いや、それよりも―――何故この瞬間に雨が降ったのかを考えるべきだ。天候操作など神の御業、怪異の及ぶ力ではないと分かってはいるが、豪雨の結界はあまりにも都合が良すぎる。

 根拠はある。瑠羽の行動だ。彼女は俺と遊びたがっていたが、もし天気予報であらかじめ雨が降ると分かっていたらむしろ室内に誘うだろう。瑠羽が知らなくても両親は確実に知っているから止める筈だ。雨の中外で遊び続ける人間は変わり者かやんごとなき事情がある人間だけと相場が決まっていおり、雨の中でしか出来ない遊びがあるならまだしも今時はゲームがある。わざわざ風邪のリスクを負ってまで楽しむ必要はない。

「それこそ……最先端の科学でも天候を自由自在に変えるとか出来ないよな。出来たとしても金がかかりすぎる」

「何の話ですか?」

「いや、こっちの話」

 全く絞り込めない。有名な怪異ではなさそうだが、ドマイナーなら鳳介から一度くらい聞かされている。対処法が分からない事にはこちらもどう動くべきかの計画が立てられなくて純粋に動きづらい。

 自分の世界に籠りながらぶつくさと考え事を言葉で整理する俺を見て、四之助君が僅かな敵意を見せながら尋ねてきた。

「詳しいんですか? そういうの」

「ん? いや詳しい……まあ人よりは詳しいけど。こんな知識は一生使われない方がいいと言われたらその通りだ」



「アイツよりも好きなんですか?」



 抽象的な言葉に引っかかって思考を中断。いつの間にか彼はバットのグリップを固く握りしめて、いつでも立ち上がれるとばかりに身構えていた。

「え、え…………ちょっと?」

「俺、瑠羽とは長い付き合いなんですよ。だからアイツから聞かされる愚痴はよーく知ってる。お兄さん、貴方だ」

「お、俺?」

「私なんていない方がいいのかとか、嫌いなんだとか遊んでくれないとか不満ばっかり! 俺、知らない人の事は悪く言いたくなかったんで黙ってましたけど、アンタ最低だよ。妹を泣かせるなんてさ」

「…………否定しにくいな。でも初対面の君にとやかく言われる筋合いはないと思うんだが」

「初対面でも分かるくらいどうしようもない人間性って言ってんだ。今回の事件を解決しに来たとか何とか言ってるけど、どうせアイツの言葉なんて無視して来たんだろ?」

 そこまでボロクソに言われると腹が立つが、見解自体は鋭い。俺の身の安全を願った妹の声を無碍にした。証拠がなくとも事実はあり、他ならぬ俺自身が意識している。目を背ける事は許されない。口を噤んでいると肯定と受け取った少年が今度こそバットを構えた。

「……帰れ!」

「頼りないかもしれないけど、一応君達を助けに来たんだ。警察に代わって」

「俺達なんかより妹を心配しろ! アンタ、アイツがどれだけ苦しんできたか知らないだろ! 苦しんだ事だってないんじゃないかッ!? 能天気な顔してるもんな!」

 ハッキリ言って、怪異とはまた違った危機に直面し俺は動揺している。何処の発言が彼の琴線に触れたのかは分からないが、この状況で良く俺に怒りをぶつけられるものだ。どう考えてもそれどころではない。俺の脳はスルーを選択しているが、身に迫る危機を無視するのは生物としての本能に違う。

「なあ、ちょっと待てよ! 敬語はこの際どうでもいいが今は協力しよう。妹の事で言いたい事があるなら全部終わってからにしてくれッ」

「そうやって有耶無耶にしてるんだろうな!」

「ああもう……君は瑠羽の何なんだよッ。彼氏か? 弟か? 友達か? それとも親友か? 顔見知り程度の間柄だったら俺だって色々と言いたい事―――」

 散々貶されて俺も頭に血が上っていたのかもしれない。




 こちらに近づいてくる水音に気付いたのは、幸か不幸かその瞬間。




 ぶち破られた扉の音に、遅れて四之助君も振り返った。

「……え」

 足裏のイボを軸に体の向き;;:@”#が変わる。果実を潰した様な水気混じりの音と共に怪人。”が#$$俺達を見つめる。

「うおらああああああ―――!」

 $%がバットを’(+>+‘が、+++少し遅かった。振りかざした瞬間に***が止まり@中からイボが生えてくる。幸いにも四之助君が視線切りの壁になってくれたお蔭で俺に影響はない。袋小路に逃げたこと事態が悪手だったので、逃げるなら今だ。見捨てるか否かはまだ決めていない。それ以前の問題だ。

 壁として機能しているのは彼と重なる様に立っているから。少しでも左右へ身体を傾ければ視線切りはその役目を果たさなくなる。狙っているのか偶然か、怪人もまた微動だにせず彼を見つめ続けていた。

 四之助君の耳から血が流れた。鼓膜の中にでも生えたのだろう。頭頂部から生えたイボが髪の毛と頭蓋骨の一部を毟り取り、指の根元から生えたイボが五指を叩き落とす。足首から生えたイボが交差して左右それぞれに突き刺さった。

 彼が死ねば次こそ俺の番だ。あのお守りはもうない。どうすれば視線を逸らせる。所長がたまたまここに来るでもない限り俺の活路は―――



 いや!



「うらあああああああああああああ!」

 全力の突進。硬直していた少年の肉体もろともぶつかると、怪人はその場に倒れ込んだ。思った通りだ。この怪異には実体がある。致命傷になり得ずとも撃退手段になるなら十分だ。

「話は後だ、行くぞ―――」

 武器として利用された少年の手を引っ張る。その手に温度が伝わっていない事に気が付いたのは一瞬の事だった。引っ張っても体が動かない。重力に伏したまま抵抗しない。


 ――――――!


 手を、離す。

 あんな下らない言い争いをしなければ。

 俺がもっと冷静だったら。

 自分に言い訳をするかの様に、俺は限りなく最短の道で体育館へと直行した。 





  

 









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― 新着の感想 ―
[気になる点] あ、あれ?四之助くん重要キャラだと思ったのに・・・ 先生の話、ネームドでも1話で平気で死ぬから本当に先が読めないw
[一言] 四之助くんもかなりの不遇キャラですね。
[一言] 変性... 都市伝説の噂に尾ひれが付いていく度に実態が変わっていく(?)というメアリの時の話と関係があるのか...?
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