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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

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133/221

迫る不穏、影ながら

 一階の部屋は開いている物もあれば閉まったままのもある。普通の学校だ。先生の許可がないと入れない様な場所は基本的に鍵が掛かっていると思っていい。資料室とか印刷室とか。普段の避難訓練などを考えたらこんな場所に誰かが閉じこもっている可能性は考えられないが、訓練していればよいという物でもない。特にそれは災害に対しての想定であって非現実的な事態への想定はからっきしだ。

 それが普通なのだが。

「う…………」

 職員室の方へ向かうと、扉に挟まれて一人の男性が倒れていた。肩から胸をばっさり切り裂かれており、その傷口には嘴形のイボがキノコの様に生えている。床に流れる液体も血液というよりはイボが破裂した時に溢れ出てくるものであり―――


 端的に言ってこの死体、血液が無い。


 血を抜いてくる怪異は有名どころで言えば『赤い紙青い紙黄色い紙』か。青い紙を選んだらそうなるとされる。本当に血を抜かれた死体は初めてだ。小学校の頃メダカの飼育係をやっていた俺は浅い知識しかなく水槽をきれいに保つためにタニシを異常な量入れていたが、翌日メダカが中身を抜き取られて死んでいた。あれがタニシの仕業だったのかはさておき、目の前の死体は正にそんな感じ。血液が無いと人はここまで真っ青になれるものかと驚嘆してしまった。

「あー。こりゃ酷い。生きてる目がないね。ヤマイ鳥ってこんなんなの?」

「……イボはそうですけど、この傷跡が良く分からないですね。後、血が抜かれてるのもおかしいです」

 慣れているとはいえ、この死体の凄惨ぶりは視るに堪えない。直ぐに目を逸らす俺とは対照的に所長はマジマジと傷口を見つめている。この期に及んで緊張感の欠片も無いなら一生緊張感は訪れないだろう。

 中にはとっくに誰も居ないが、慌てて逃げ出した痕跡が残っている。机の上の散乱具合やバラバラに引かれたり倒れたりする椅子から見ても教員が取り乱していたのは間違いない。


 ……取り乱していた?


「所長。もし身体からイボが生えた人間が居て、そいつが狂乱してたらどうしますか?」

「はっ倒す」

「参考にならねえ」

 もし誰かの身体にイボが生えたとして。それだけで逃げるだろうか。アザリアデバラと違ってイボに対象を支配する力はない。汚らわしく思って多少距離を取る人は居るだろうが、ここまで全力で逃げるとは非常に考えにくい。

 仮に怪異の性質を知っているなら猶更逃走という選択肢は選べない筈だ。所長は教頭の机に置かれたコーヒーに指を突っ込んでいた。

「何してんですか」

「温度を見てる。湯気は出てないが正確な温度が知りたかった……うーん成程。全く分からん」

「帰れ」

「心にゆとりを持ちたまえ柳馬君。恐怖こそ怪異の力の源だよ」

 普通に腹立ってきたので殴っても良いだろうか。本人が緊張感を持たないのは勝手だが、他人にまで伝播させようとするのはやめてもらいたい。純粋に調子が狂うし終いには苛ついてくる。頬を叩いても払いきれない雑念が俺を覆った。

「鍵は……全部消えてますね」

「特別な用事があっても鍵を全部持っていくとは考えにくいな。薬子かな」

「……ですかね」

 口には出していないが、その可能性も低いのではと考えていない事もない。理屈は所長と同じで、緊急時に鍵を丁寧に開けていく作業をするとは考えられない。彼女に殺す気があろうと救う気があろうと同じ事だ。ビルの壁を登れたり水面ジャンプをしたり明らかに人間をやめた動きをする彼女なら漫画みたいにドアを蹴破れても不思議ではない。

「ふーむ。これでは埒が明かないな。柳馬君。ここは手分けしないか?」

「え? ここでですか?」

「『ヤマイ鳥』は呪いの集合体が本体なんだろう? しかも直ぐ死ぬ訳じゃない。ならば多少のリスクをおしてでも探索範囲を広げるべきだ。お互い素人という訳でもあるまい?」

 所長の話も一理ある。あの時とは状況が違うのだ。今は安全性よりも速度。自分達の身が危ないからとかたまっていたら見つかるものも見つからないだろう。それでも鳳介なら俺の安全の為に固まっただろうが、所長は鳳介ではない。飽くまで似ているだけだ。

「……そうですね。手分けしましょう」

「ん。ではお互い達者で」

 ひらひらと手を振りながら一足先に所長が職員室を後にする。最後まで緊張感のかけらもない人だった。傍にいると調子が狂って仕方ないが、隣に居ないのも困る。暗く人気のない学校で一人きり。怪異出現に拘らずその状況は怖い。


 ―――暗い?


 馬鹿な。今は昼過ぎだ。外を見やるとそれなりに晴れていた空を雲が覆って大雨を降らせていた。窓に打ち付けられた夥しい量の水滴がヴェールとなって景色を歪ませ、外の景色を不明瞭にする。天気雨……というよりは夕立だろうか。直ぐに止むといいが、それまでにタイムリミットを迎えてしまいそうだ。警察はどうしているのだろう。

 所長がいい加減だったので改めて職員室を探し回ったがめぼしい物はなかった。収穫は彼の私物と思われるお守り。女性の髪の毛が擦り切れたヒモで留められている。この状況で落とし物をするとは俺も考えを見直すべきだった。緊張感の欠片もない、ではない。緊張感が存在しない。


 ―――ピチャ。


 足音。人間にしては小さく、動物にしては大きすぎる。校内に水たまりがある可能性は限りなく低い。つい最近リフォームしたばかりだった筈だ。これで水漏れがあったら突貫工事というかなんというか。恐る恐る廊下から顔を出すと、奥の通路から甲冑を着た男が歩いて来た。

 否、甲冑ではない。甲冑に見える程細かい嘴のイボが全身を覆っているのだ。両目以外のありとあらゆる個所から生えたイボが擦り切れて、潰れて、そこから滴った液体を踏んでいる。それが水気の混じった足音の正体。

 身長も横幅も俺よりかなり大きい人型のそれは、鳥と呼ぶには翼が無く、術者と呼ぶには理性が無い。


 ―――なんだ、ありゃ。


 ヤマイ鳥、なのだろうか。それとも手遅れの被害者か。目を閉じたまま歩く男に一抹の不安を覚えながら俺は声を掛けた。

「―――あの、大丈夫ですか?」

 距離は十分。襲い掛かられても階段を駆使すれば追いつかれまい。昔から俺は迂闊で鳳介に呆れられたが、数年経てば嫌でも成長する。耳はまだ生きているらしく、声に応じて足が止まった。

「――――――」

 喋れないのか喋らないのか。両目だけが無事な理由は不明だが、口元にもイボが生え過ぎて口を開くのは困難か。敵対する気がないなら喋れないにせよ何かしらの意思表示をしてくる筈だと身構えていると、男の目が開いた。



 瞳孔を貫いて生えたイボを認識した瞬間、俺の身体は静止画の様に凍り付いた。


  

 恐怖から来る硬直でも思考が停止した訳でもない。逃げないとという意思に反して身体が石化したのだ。

 それだけではない。身体からイボが生えてきた、恐らくは男の視線に沿いながら。内側から生えたイボが肉と皮膚を突き破り現実的な痛みを身体に刻み込んでくるが、これはかつてのヤマイ鳥には無かった特性だ。やはりこの怪異も弄られている……アカシックレコードに。

 通常ならショック死は免れない激痛も、身体が固まっているせいで声をあげる事もままならない。


 やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!

 

 脳の危険信号が神経のいずれにも届かない。筋肉は動く事を放棄し骨は直立を選択した。男はじわじわと距離を詰めてくる。イボから零れる気味の悪い液体を垂らしながら。

 全身全霊の力を以てしても片腕だけしか動かせない。腕一本で逃げられるなら苦労はしないだろう。ポケットの中に護身用の武器があれば良かったが、この状況だと銃火器を除いて役に立つものはないそして銃火器は所有していない!

 双方の距離、およそ二メートル。逃れる術はない。せめてもの抵抗でポケットにしまっていたそれを指先で投げつけると―――



 ―――男の視線が逸れた。

 


 それと同時に身体の硬直がリセット。一転して自由の身となった俺は職員室に舞い戻り、慌てて扉の鍵を閉めた。

「何だアイツ…………」

 俺の知る『ヤマイ鳥』ではない。視られたら動けなくなると言うのなら、廊下の移動は常にリスクを伴わせる。学校はどうしてこんな作りなのか。




 バン!




 施錠も時間稼ぎにしかならないと判明した。反対側のドアを壊して入ってきたのを確認する暇もなく無事な方の扉から脱出。男がやってきた方の通路へ走り出し、旧校舎に滑り込んだ。慌てて鍵を閉めると、視線を通さない様に階段を上って音楽室へ。チョイスした教室に意味は無いが、袋小路なので万が一にも追跡されていたら終わりだ。なのにここを選んでしまったのは緊急時故に判断力が低下していたと思われる。

「ハア、ハア、はあ…………くっそ。危な過ぎ……」

「うおらああああああああ!」

 一息つく間もなく、側面の死角から金属バットが振り下ろされた。

  


 



 


 


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― 新着の感想 ―
[一言] 今度は何が混じってんだろう、場所的に学校の怪談系か。 そうなると一体とも二種類とも限らないのかも。
[気になる点] 何投げた……?お守り…? [一言] 今回も変質怪異×2だったりして
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