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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

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変性怪異『疚異鳥』

「……所長が出張るんですか?」

「まあね。高校の方には雪奈君を向かわせたから何とかなるだろう。本命はやはりこちらだ。僕が出張ってちゃんとこの目で確認しなきゃね。変性怪異を」

「変性怪異?」

「暫定的に僕がそう名付けた。元の特性から変わっているからなんだけど、良いネーミングセンスだと思わないか? 自分でも惚れ惚れしているよあはははは」

「いや、安直でしょ」

「あ、そう……コーヒー飲む?」

「要りませんよ。この状況で良く落ち着けますね」

 今しがた慎重を重ねた作業を終えたばかりなのにこの人と話していると気が緩む。自分から侵入したとはいえ警察に囲まれたこの状況。校内には薬子が居てしかも『ヤマイ鳥』まで出現している時に何と言う能天気。

 これが雪奈や護堂さんの上司だと思うと、その苦労が窺える。いや、護堂さんは飽くまで代理だったか。檜木さんとはどんな人間なのだろう。所長は存外にコーヒーを飲むのが遅い。底の方を持ち上げて手伝ってやろうとさえ思っている。

「因みに柳馬君。この怪異に見覚えは?」

「見覚えというか、一度対決してますね。『ヤマイ鳥』―――病坂尼逆家児栄酒山餌八邪異ノ酔っていう呪いで、当時の正体は呪いを受けた鳥が自分の存在で以て拡散してた感じですね。逃走は不可能、一回の鳴き声につき一人。影響を受けるまで鳴き声は物理的に聞こえません。前回は呪いの本体を解放して術者に返して事なきを得ましたが、今回はどうなんでしょうね」

「術者とやらは人間かい?」

「子供の死体の塊ですね。学校にそんなもん溜まってたら誰かが通報してそうなもんですけど……」

 ようやくコーヒーを飲み終わらせて部長が立ち上がった。数十メートル先にあるゴミ箱にペットボトルを投げつける。見事に外れた。

「…………ついてないなあ」

「普通に入れましょうよ」

 運というより技術の問題な気がする。きちんとゴミ箱に入れてから小走りで戻ってきた。緊張感が無さすぎる。恐らくゴミ箱まで走った間に上げ直したのだろう、首元の布がまた顔の下半分を隠していた。

「オーケー。概要は分かった。じゃあ早速探索しようか」

「……」

「ん? なんだなんだ? いや言うな、分かるぞ君の言いたい事は。俺みたいなノリのうざったらしい奴より緋花君みたいな大和撫子と一緒に行きたかったなあって話だろ? うんうん、気持ちはよく分かるよお」

「勝手に代弁しないで貰えますか!? それだと俺が色情魔のド変態みたいじゃないですか!」

「違うの?」

「違うわ! ぶっとばずぞこの野郎! ……そうじゃなくて、もうちょっと危機感とか緊張感無いのかなあって」

 鳳介の調子を更に軽くした様な感じだ。実際に危機に遭遇してないからなのだろうか、では遭遇したら変わるのか? この所長にそこまでの二面性があるのだろうか。出会って日も浅く大した交流もないがイメージが全く湧かない。

 俺の質問を何気なく無視しつつ、所長は情報共有の為に所員の動向を話してくれた。緋花さんは家に戻って何らかの準備。護堂さんは警視庁に一時帰還。正式に許可を貰いに行くらしい。動かせる人材が雪奈しか居ないから直接出張ってきたのは想像に難くない。本人は言わなかったが。

「檜木さんは?」

「まだ他の事件を全部回してるよ。ここまで大々的ではないが、変性怪異は至る所で出現しているみたいだからね」

 深刻過ぎる人材不足に同情よりも憐れみが勝ってきた。檜木さんだけブラック企業も真っ青な働かせっぷりだ。いつか倒れない事を願う。

「……なんだよその顔は。お蔭で変性怪異についてのレポートがどんどん溜まっていくんだ。こんなに有難い事はないよ」

「いや、それはいいんですけど、後でちゃんと労ってくださいね。どう考えても一番の功労者ですよ。檜木さん居なかったらアカシックレコードなんて調べようがなかったでしょうし」

「それは勿論。しかし君は何か勘違いしていそうだから言っておくが、急いでこなせとは言ってない。そもそもそんな事したら後で何を言われるか。天罰が下りそうだ」

 天罰などと言って自分の責任を茶化す辺り緊張感が無いのではなく抱けないのだと悟った。このちゃらんぽらんは狙っているのではなく天然モノ。一番どうしようもなく手がつけられない性格の典型だ。

「さ、共有も済んだ所で本当に行かないとね。校内にはまだ学生がいるらしいから、まずは彼等を探そう」

「え!? ちょ……え? 校内に人が居るのに警察が周辺を封鎖してるんですか?」

「おかしな事じゃないと思うよ。だって今回も事件の犯人は七凪雫という事になってるんだから。立てこもりみたいなものだと思えばいい」

 そして七凪雫に対抗出来る人物が薬子しか居ないという風潮が警察に浸透していれば彼女を単独で行かせる行動にも納得が行く……そういう理屈か。


『次の日、信者の六割―――三四名が殺害されたの』


 マリアの話が想起される。薬子の仕業とされる事件の犯人は七凪雫となった。目撃者は誰一人としておらず、当の彼女も前後の状況からその可能性しか考えられないと言っているだけ。

「…………まずい」

「ん?」

 こんなに予想が外れてほしいと願った日は無い。確実な証拠でもないと他人に話すのは憚られたが、所長と連携を崩すのはそれ以上に駄目だろう。彼は職業的にエキスパート。協力を得られない時点でアザリアデバラの二の舞になり得る。

 自然と足が早まった。所長は何も言わず俺の歩幅に合わせて肩を並べてくる。

「どうかしたのかな?」

「過去に、薬子が大量殺人したって証言があるんです。でも報道ではそれが七凪雫の仕業になってた。その証言と合わせて、雫の仕業とされる殺人事件の殆どはアイツが起こしたと俺は考えてます。雫がやったのなんてそれこそ俺をイジメてた奴の殺害くらいで……それで、アイツの目的は恐らく警察に自分の特別性を示したいんだと思ってます。七凪雫に対抗出来るのは自分だけ。だから自分をもっと重用しろ……みたいな。勿論妄想ですよ。根拠とかありません。でも九龍所長、七凪雫が犯人とされる事件、どうなってましたか?」

「生存者なし、もしくは多数死亡で生存者も重体が殆どだね。良くて意識不明だったかな。記事で見た限りだからその程度しか知らないけども」

「そうですね。何の意味があるのかとかは知りませんけど、校内にまだ人が居て薬子が中に居て、この事件もまた雫の仕業になるとしたら―――今の生存者、全員死ぬ事になりませんか?」  

 推理も未熟、証拠も足りないともなれば全てが妄想だが、これは最早理屈に基づいた話ではなく単なる条件一致で未来を絞り込んだだけだ。だから可能性があるとかないとかではなく―――同じ条件で悲惨な結末が訪れた例がいくつもある時点でそれしかあり得ない。

「あー…………そうだね。じゃあまずは薬子を探す?」

「それは得策じゃないと思います。どっちみち『ヤマイ鳥』のせいで時間が掛かれば全滅です。まさか『ヤマイ鳥』に対する知識がある人間が都合よくこの中学に来てる筈ありませんし、まずはそっちかと。一階から探索しましょう。鍵が閉まってたりしたら職員室から拝借すればいい」

 寥々たる校内に警察の姿はない。校舎も窓から見える限りは人通りが皆無。何処かで立てこもっているのだろう。昇降口の方へ回り込むと、案の定鍵がかかっていた。

「おや、鍵が掛かってるのか」

「うーん。体育の時間もあるだろうし事件が起きてから誰かが閉めた可能性が高いですね。外からの侵入を防ぐ為ですかね。だとするなら他に鍵が掛かってない場所……ありますかね」


 ガシャンッ!


 周囲を見渡していて気付けなかった。慌てて振り返ると、レスキューハンマーを持った所長が躊躇なく窓を割って侵入しようとしている所だった。

「何やってるんですか!」

「何って、窓割っただけ」

「そういう意味じゃなくて。もっと穏便に行こうって気は無いんですかッ?」

「今は緊急時だ。ごちゃごちゃ言ってる暇はない。そうだろ?」

「そりゃそうですけど……」

「人の命がかかってるときに窓なんて気にしてる奴は被害に遭ってない第三者かよっぽど物に執着してる狂人か、自分が達観してると思い込んでる馬鹿くらいなものさ。ほら行くよ」

 この手段を選ばぬ強引さ。何処となく親友に似ている。オカルト好きな奴は似てしまうのだろうか。

 


 ―――何が起きてるんだ。



 第一章『アザリアデバラ恐怖症』。

 第二章『ヤマイ鳥』。

 第三章『うにょうにょ』。

 第四章『黄泉の生首』。

 第五章『ア島のイ』。


 







 まさか、あの本に沿っているのか―――?

  

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― 新着の感想 ―
[一言] 鳳介との過去話も今後鍵になるのかな 今更だけど他より飛び抜けて死者の多いこの街の状態も中々異常だなぁ。警察や行政ももっと本腰入れればいいのに。住民もよく逃げ出さずに住んでるな。認識改変でも…
[気になる点] やはり鳳介の小説が鍵なのか……? [一言] と、なるとやっぱり向坂少年も狙われているんすかね
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