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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
8th AID 神様の脳みそ

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病は気から

 マリアの発言に不穏な気配を感じつつも、俺だって帰らない訳にはいかない。

 怪我などをして不自由を被っている時、多くの人間は勝手に罪悪感を覚える。そして自分を弱い立場だと自覚した人間はその通りに弱弱しくなる。病は気からとも言うだろう。この場合、弱気そのものが病となって心を蝕んでいると言える。

 彼女の発言はきっとそのせいだ。サバイバーズギルトの一種かもしれない。何にせよ退院したらすっかり元気……とはならなそうだ。何か力になれる事があればいいが、こういう時素人の出る幕はない。出来ないとしないは違う。無能な働き者が一番迷惑と言うだろう。時には見過ごす事も必要だ。

「ただいま」

 これ以上外で時間を潰すのは本意ではない。発端は所長の電話だったが、何としても雫との時間を確保せねばならない。時間とは残酷なもので、どんなに鋭利な覚悟でも時を経れば錆び付いてしまう。

 


「おにぃ!」



 さっさと一階を通り過ぎようと思ったが、瑠羽がそれを阻んだ。両親ならば強行突破しかないとも思えた(どうせお説教の続きになる)、相手が相手なので立ち止まらずを得ない。

「瑠羽、お前急に外へ出て……もう大丈夫なのか?」

「何が? ねえそれよりも外へ出て遊ぼうお父さんとお母さんも夕方まで遊んでいいって言ってたから大丈夫だよね都合悪くないよねおにぃ!」

「え……」

 俺の知る瑠羽からは考えられない程、饒舌で陽気。いや、厳密には俺が廃人になる前の瑠羽がこれに近かったが、それが今更になって帰ってきたという理屈は考えにくい。人の本質は変わらないが表面は幾らでも変わる。俺がそうであるように。

「いや、今帰ってきた所……なんだけど」

「え、じゃあ駄目?」

 駄目。

 そう言いたい所だが、理由が理由だ。明らかにすれば人生が終わる。でも俺としては断りたい。こちらが完璧に得をする選択肢があるとすれば一つだけだが、言うだけ言って自分で却下したい気持ちが今からある。


 妹に全てを打ち明けてこちら側に引き込むなんて。


 どんな悪い物を食ったらそんな考えに至るのだろう。却下するに決まっている。雫に誑かされたどうしようもない人間が一人。死刑囚の被害はそこで終わらせるべきだ。リスクを誰かに分担させる必要はない。彼女と運命共同体なのは俺一人だけでいい。

 地獄に落ちるのは俺だけで。

「……ちょっと部屋で色々考えたい時なんだ。悪いが―――」

「駄目なんて言わないでよおにぃ。たった一人の兄妹のお願いを聞かないなんて駄目だよ許されないよ。お父さんとお母さん私達の仲を引き裂こうとしてたでしょ? でも今は遊んでいいって言うんだよそれって仲を認めたって事だよね。ね、ね、ね。だからあそぼ。悩みなんか忘れてさ遊ぼうよ」

「ま、待てよ瑠羽! お前どうしたんだよ。ちょ、取り敢えず家に入れてくれよ」

「駄目だよだっておにぃはこれから私と遊びに行くんだから家に入る必要はないもんね」

 いつにない強引さに俺はされるがままに振り回されていた。両親は嬉しそうにこちらの様子を窺っている。インチキ占い師に頼ってまで妹を突き放したかったのは何だったのか。まるで態度が違う。困惑をよそに瑠羽が腹部を押して俺を家の外に追い出した。後ろ手で玄関を閉めるという神業をさらりとやりつつ、悪戯っぽく鍵を見せつける。

「はい、これでおにぃは家に入れませーん。じゃ遊びに行こ」

「ちょ…………おま、勝手に決めるなよ!」

「…………」

 初めて妹に睨まれた。恐怖こそなかれ、それに勝る不気味さだけが漂っていた。怖いと悍ましいの中間……言葉として存在しない領域にある感情。新たな感情の発見を喜びたい所だが、初めてそれを発した相手が妹だと複雑になる。

「おにぃはもう、勝手な行動しちゃ駄目」

「は? プライべートの侵害かよ。おい瑠羽、お前本当にどうしちまったんだ? そんな奴じゃなかっただろ。何があった? またおかしな奴に唆されたのか?」

「私は変わってない変わったのはおにぃだよ私は変わるつもりだっただけでおにぃを見てたら変わらない方が良いんだって思っただけ。じゃあ何処へ行こうか私が決めるそれともおにぃが決める私はどっちでもいいよ?」

 怪異でもなければ薬子や雫に関わる事でもない。想定外の方向から日常が汚染されている。瑠羽が正気を失っているのは誰の目から見ても明らかだ。それを指摘しない両親もまた頭がおかしくなったと思っていい。

 

 ―――こりゃあ、下手に刺激するべきじゃないな。


 狂った人間の行動は誰にも予測出来ないが、一つ分かる事があるとすれば彼女が俺の一挙手一投足を観察しているという事か。二階にサインを送ればまず勘繰られる。恋人同棲疑惑が再び持ち上がったらこちらに対応札が無いので詰みとなる。

 時間制限は日没まで。雫の所へ戻れないのは悲しいが、狂った妹を前に無視するのは最悪手に近い。

「……分かった。じゃあ公園に行こう」

「何処の公園?」

「一番小さい公園」

「……じゃあ、行こッ」

 手を引っ張られる。雫と違って非力だが、有無を言わさず連れて行く迫力があった。自分でも何を言っているのか分からない。瑠羽は陽気になった以外何も変わらない。変わらない……?

 変わってない…………のか……?


















 行く場所のバリエーションが少ないのは申し訳ない。ここは雫と訪れたあの公園ではなく、ずいぶん昔に作られたと思われるとても小さな公園だ。ブランコと鉄棒しかないと言えばその狭さが伝わるだろうか。余程の事が無い限りここに子供が来る事はない。手入れも殆どされていないのか鉄部分が錆びだらけだ。

 だが狂人を適当に相手する分には、申し分ない。

「もっと広い所でも良かったのに」

「ここのブランコ好きなんだよ」

 嘘であり本当の話でもある。鳳介との冒険終わり、あまりにも長い遠出によって家から閉め出された事があった。当時の俺はまだ両親の事が好きで泣きじゃくっていたが、それを止めてくれたのがかつての親友二人である。


『じゃあ秘密基地でも作ろうぜ! 夕食も俺達で作ろう! だからリュウ、泣くなよ』

『ほんとアンタって泣き虫ね! 仕方ないから私も付き合ってあげる。…………ほら、元気出して。ハンカチ貸したげるから』


 もとはと言えば鳳介が悪い。確かにその通りだ。小学生にして命の危険を身に染みて味わいたくなんて無かった。両親に迷惑を掛けたくないと思うなら、金輪際冒険についていかなければ良かった。


 でも、楽しかった。


 あの充実感を一言で表すなら、そういう言葉になる。確かに怪異は嫌いだ。死ぬのも嫌だ、痛いのも嫌だ。失禁した事もあるしゲロを吐いた事もある。俺が『 』限によって思い出すまで記憶を封印してたのは、アイツとの別れを思い出したくなかったからだ。楽しかった記憶は二度と戻らないと知りたくなかった。

 だからネガティブなイメージだけで固めて、心の底に封印していた。それが、何だ。雫と出会ってから少しずつ湧き上がっていく。今も公園を見ただけで涙が出そうだ。 

「…………おにぃ。どうしたの」

「……何でもない。乗るぞ」

 あんなに大きかったブランコが、今見れば玩具か何かだ。ちょっとお金持ちな人が庭に設置しているのではと思えてしまう。横幅も狭い。座れない訳ではないが、窮屈だ。

 久しぶりに地面をけると、ブランコは軋みをあげながらも正しく動き出した。

「ここで日没まで遊ぶつもり?」

「…………ごめん。実は遊ぶつもりなんてないんだ。お前と話がしたかった」

「話って?」

「お前、俺が変わったって言ったよな。具体的には何処から?」

「それを話したらおにぃは元に戻るの変わる時はいつだって一方通行戻り直すなんて簡単じゃないよ私からそんな事聞いてもおにぃはきっと変わらない分かるもん妹だから」

「何が分かるんだよ」

「分かるよ何年一緒に居ると思ってるのおにぃの事一番見てるの私だよ私なんだよ? お父さんもお母さんも最初はみてたけどおにぃが変わってから段々みなくなった。壊れてた時も元気だった時も変わった時も今までもこれからもずっと私が見てるんだよ分からない訳ないよねえそうでしょ?」

「…………いや、やっぱお前分かってないよ。あの二人は最初から俺……いや、小学校くらいから嫌いだった筈だ。でなきゃ俺だって嫌いになる理由がない」

「やっぱり何も分かってないおにぃ可哀想。でも安心してほしいな私はおにぃの事全部わかってるしだからこそおにぃがこれ以上何かを知る必要なんてないって思ってる。勝手に考えないで勝手に行動しないで勝手に喋らないで。私の目の届く所に居て」

 ……埒が明かない。

 話し合いになるかと思いきや一方的。こちらの意見を叩き潰しながら自分の意見を押し付けてくる。どうしようもない妹が生まれてしまった。これでも仲良し兄妹だった。こんな形で体験する事になるなら、もっと早いうちにしておくんだった。



「―――こっちが下手に出てればいい気になりやがって。瑠羽、お前さ、いつから俺に指図出来る立場になったんだッ!?」



 兄妹喧嘩なんて、どちらが勝っても後味が悪いのに。



 

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― 新着の感想 ―
[一言] 妹が不穏... そういえば記憶の崩壊とか患ってたから遅かれ早かれ壊れてたかも
[気になる点] どうした妹ちゃん……妹ちゃん……? [一言] うわぁ、両親に小学生の時から嫌われてたのか……
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