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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
7th AID 夏の日の誘引

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少女と生と恐怖症

 時刻二一時ニ十分。

 お風呂も済ませ、本も読んで、何となく薬子の隣に横たわってみてそれでも帰って来ない。グループチャットに既読はつくが返信してこないとはどういう了見だ。ベランダから浜辺を覗くも、薄暗い帳が邪魔をしてよく見えない。さっき人だまりが出来ていた所には何もない。というか浜辺から人の気配そのものが消えている。バカ騒ぎではなく単純に恋人との思い出作りとして夜の海岸に足を運ぶカップルは少なからず居る。それらしき影が見えないのは暗いせいなのだろうか。

「……くす……リン。ちょっと様子見て来るから、絶対どっか行くなよ」

 お酒で蕩けた瞳が頷いた気がする。扉に靴を挟んでオートロックの対策を済ませるとエレベーターへ。誰かが下へ降ろしたのをいつまでも待っていたが、階層ランプの上がる気配がない。

 埒が明かないので階段を使って一階まで下りると、まだまだ深夜と呼ぶには早すぎるからか結構な人がたむろしている。ただしそこにクラスメイトは一人として存在しない。時間的にバイキングは終わっているので地下に留まる理由もないだろう。外に出て浜辺の方へ赴く。

「おーい! 少女岬はどうなったー? 出たかー!」

 声はかなり大きく出したつもりだ。これで聞こえなかったら結構な難聴かそもそも誰も居ないか。手間だが少し探してやろうと砂を踏んだ瞬間、ミミズの様な悪寒が足元から背中を迸った。


 ―――。


 ここを探すのは危険だと本能が告げていた。何度も死地に向かいその度に命からがらの生還を果たした俺に備わったのは仄かな危険を探知する五感を総動員した第六感。理由は分からないが危ない。そんな危ない浜辺に居たクラスメイトがどうなったかなんて今は考えたくもない。

 危険が迫っていると知った俺は早かった。まだ人のいるエントランスを抜けて今度こそエレベーターへ。と思ったら誰かが上にあげている。階段を使って自分のフロアまで戻ってから階層ランプを確かめると、子供の悪戯みたいに下へ戻っていた。今はいい、オートロックを塞ぐ靴は残っていた。俺はそのつっかえを蹴っ飛ばすと同時に入室すると直ぐに扉を閉めた。 

 ベッドではまだ酔いの冷めない薬子がドロドロに蕩けた状態で横たわっている。意識はあるような無いような。俺の位置を目で追ってはくるので寝てはない。

 深呼吸。ベランダの方も鍵を閉めておいて簡易の安全地帯を作成。携帯に視線を落とすと、今暫く反応を窺ってみる。

『お前等何処に居る?』

『浜辺に行ったけど誰も居なかったぞ』

『マジで心配だから連絡くれ。場合によっちゃこっちで警察に連絡するから』

 本当に身を案じるなら今すぐ呼ぶべきだが、単に何処かで夜遊びしているだけだった場合、俺も悪戯に加担したみたいな事になって非常に面倒くさい。誰かに命の危険があると決まった訳じゃない。即断即決と短慮な決断は紙一重だ。状況を把握してから通報と把握しないまま通報とでは確かに後者の方が素早い判断だが、場合によっては判断を間違う事もある。

 分かりやすく言おう。人が倒れているから通報するのと、何かよく分からないが大変な事が起きている気がするので通報では前者の方が正しい通報だ。後者を短慮と言う。

 既読はつく。浜辺に居ないのでまだ無事とも言い難くなってきた。アプリを開いてチャット画面さえそのままなら勝手に既読扱いされるので、例えば携帯を開いて放っていてもこんな風になる。


 確実に居るのは薬子だけ。


 それも酒のせいでぐにゃぐにゃ(多分今ならそのまま組み伏せられる)なので役に立たない。明日の朝になったら酔いが抜けるだろうか。

「さきぃさ……かぁ?」

「ん?」

「こっちぃ……きてぇ?」

 艶っぽい声を出さなかったら直ぐにでも向かうのだが。色気がありすぎて身体が否応に反応してしまう。これも何か最先端のボイストレーニングがどうのこうの……いや、関係ない。俺が女性に弱いだけだ。

「何の用だ? お風呂に入りたいとか?」

「…………きすぅ」

 えッ。

 言葉の意味を理解するより早く身体が動いた。素面の時より明らかに弱体化しているのに、まるで組技を仕掛けられている時のような粘り気ある力で瞬く間に拘束され、





 ―――ファーストキスを奪われた。





 クラスメイトに対する不安とか、雫に対する罪悪感とか、薬子に対する不信感とか。全部吹っ飛んだ。雫でさえ『強引に奪うものじゃない』と避けた場所を、よりにもよって薬子が奪ってしまった。正真正銘のファーストキス。

「………………」

 抵抗する気力が急速に失せていく。クラスメイトの事など忘れて、この余韻に浸っていたいと怠惰の心が耳元で囁く。気分酔いだろう。これは俺にしか解決出来ない問題だ。それをわざわざ放棄するなんて事実上の殺人に他ならない。

 雫を匿う犯罪者なのは紛れもない事実。しかし外道にだけはなりたくない。せめて親友に胸を張れる人間ではありたい。ゆっくりと身体を持ち上げて、薬子の拘束から逃れる。雫がこの光景を見たらどんな風に思うだろうかという考えも過ったが、全ては後回しだ。

 携帯を確認する。既読が人数分で止まっている。少し遡って昼のやり取りを確認すると、人数分以上の既読が付いている。

 それが正しい在り方だ。

 今回のクラス旅行は薬子が立案したものであって学校行事ではない。面倒だとか部活を優先したいだとか理由があって断った人間は少なからず存在する。グループチャットはクラス全員が入っているので、通知を切っているでもなければ参加人数以上の既読が付くのが自然だ。昼にはちゃんとついていて、夜―――『少女岬』について俺が心配し始めた時に既読がぴったり参加人数分になっている。


『誰か、無事なら電話』


 既読を付けるのが早すぎる。そして絶対にそれ以上にならない。全員携帯を開きっぱなしで何処かへ行ったか、悪質にも俺にドッキリを仕掛けているか。まだ判断出来ない。

 進展があるまで暇を潰すしかない。無料のアプリゲームを開いて暇でも潰そうかと考えていると、ある事に気が付いた。広告が出ないのだ。

 この手のゲームは広告がストアと直で繋がっており、酷い物になるとゲームの切れ目、ゲーム中、画面が切り替わるごとに見せてくる。それを解決するにはハッキリ言ってネットに繋がらなければ良いので。圏外に行くか機内モードにするか。基本的には後者なのだが、まだ使っていない。

 そう、繋がっていないのだ。

 なのに既読が増えているのだ。


 これは…………一体?

 

 追い打ちの様に電話がかかった。相手は輝則で。相対的に親しい仲ではある。

「……もしもし」

『―――りゅ、柳馬! 頼む、助けてくれ!』

「どうした?」

『お前だけだ繋がってくれたの! 何処にい、居る? 合流するッ。し、死にたくない。助けてくれよ!』

「だから落ち着け。何から逃げてるのか言ってくれないと―――」

『少女岬出そう出そうって盛り上がったんだ! ネットでやり方調べて……そんで』

「そんで」

『見つけちゃった……!』

「ッこの大馬鹿野郎が! ネットで調べたなら分かるだろ、少女岬はそっとしとけよ!」

 少女岬は禁忌さえ踏まなければ現れるだけの怪異だ。無害な怪異と言っても良い。呼び出し方は簡単で夜の浜辺で最低限の光源のみで騒げば良い。少女岬はその内のメンバー一人に変装して参加しようとする。参加したからと言って別に不幸も呪いもない。同じ顔の人が二人いるというだけ。パーティを終わらせるか光源の多い場所に行けば勝手に離れるし、もし少女岬に気付いても黙っていれば何かされる事はない。

 問題は「岬ちゃんみーつけた!」と指をさして言った時だ。『少女岬』は飽くまで一緒に遊びたいだけであり、混じろうとするのは寂しさから。指をさして誰かを発見する行為はかくれんぼそのものであり、『少女岬』と遊ぶ事を承諾する言葉でもある。

『だ、だって出るとか思わねえじゃん!』

「怖いもの知らずで結構! でもここはやめておくべきだったなッ。少女岬が遊びたがるのは決まって増殖かくれんぼだ。一定時間内に見つけられなかったら誰か消えて、そいつも鬼になるぞ。捕まったら―――」

「いいよ何でも! お前は何処に居るんだッ? 早く教えろ!」

 示し合わせた様に部屋の扉がノックされる。今度は激しく、力任せなノックだった。


「ねえ柳馬! 居るッ? あ、開けてほしいんだけど! ねえ早く! アレが来ちゃうから! 早くぅ!!!!」


「柳馬!」

『柳馬!』

「…………アレ、だと?」

 あり得てはならない要素に引っかかる。少女岬と遊んでいる最中に浜辺から抜け出せる事はあり得ない。ここからは鳳介の推測になるが、一説によれば遊んでいる最中の浜辺は異界になっていて、きちんとルールに則らない限り抜け出せる事はない。因みにこちらの勝利条件はもう一度『少女岬』を見つける事。被害を受けるので勘違いしやすいが鬼は俺達だ。隠れるのがあっち。鬼の俺達を追い回す奴は……俺達をなまけさせない為のタイムリミットみたいなものだ。

「輝則。お前は何処に居るんだ?」

「俺は……い、言えねえ」

「はあ!?」

「意地悪したいんじゃない! 場所を言ったらアレが来る気がするんだ! 来たらもう、どうすりゃいいか……気が狂いそうなんだよぉ……」

 輝則は電話越しに嗚咽を漏らし始めた。男だから情けないと言うつもりはない。初めて巻き込まれた時の俺が正にそうだった。『出ると思わなかった』という発言の通り彼等は遊び半分だ。いざ出たら対処法なんてちっとも考えてないからパニックになる。

 廊下からの激しいノックと電話越しの震えた声が思考にノイズを挟むが今度ばかりは妨害される訳にはいかない。

「開けろ! いいから早く開けろつってんだよお!」

 アレへの恐怖。

 恐怖から反転した過度な攻撃性。

 根拠なしの対策と半ば自発的な精神的困窮。

「輝則。その場所を言ったらアレが来るって誰が言ったんだ?」

『わ、分からない……ていうか誰も言ってない。でも俺、アレが来るのを見た気がするんだ。アレは喋ったら絶対こっち来るんだ!』

「いいか? 信じられないかもしれないが今から俺の言う事を―――」

『そんなのどうでもいいから早く来いよ! 安心させてくれえ!』

「死にたくなかったら少しだけでも黙れッ! いいか? 俺も正直混乱してる。訳が分からない。けど間違いないんだ」  

『な、なんだよ…………!』







「少女岬とアザリアデバラ恐怖症。お前等全員、二つの怪異に襲われてる」 

 



 


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 薬子えっr なかなか怪しいですね。はい。
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