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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
7th AID 夏の日の誘引

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滲む日常

 間違いない。著者とタイトルが丁寧に潰されているだけでこの本は天埼鳳介の本だ。文章の癖、多用する表現、心情描写とセリフの比率。取り上げる題材から登場人物の言い回しに至るまで全てが一致している。気のせいは無い。俺が親友の小説を見間違うものか。


 ―――何で、薬子が持ってるんだ?


 鳳介の小説はどこぞの出版社と契約している訳ではない。自費出版であり、その流通先は学校のバザー及び文化祭くらいだ。人気だったのは言うまでもないが、それでも非常に狭い範囲での販売。天玖村出身の薬子がこれを持っている筈がない。それは本人の気質からも明らかで、雫は鳳介のファンだがそこには何ら接点がない。単に俺の部屋に残されていたのを読んでハマっただけ。何処でこれを入手したのかもそうだが、所有する事情が無ければこんな古い本捨てるに決まってる。


第一章『アザリアデバラ恐怖症』。

第二章『ヤマイ鳥』。

第三章『うにょうにょ』。

第四章『黄泉よもつの生首』。

第五章『ア島のイ』。


 ……なんど見返しても事実は変わらない。これは鳳介の本だ。基本的には一話完結だが他の怪異についてさりげなく前振りがしてあるので彼の本は全冊あると更に面白くなる。これを所有しているなら他の部分も所有している……いや、今は持っていないか。マリアがこれだけを抜粋してくるのはおかしい。彼女も鳳介については知らないから。

 ホテルでは当たり前だが部屋がオートロックで、特殊な手段を用いなければ基本的に部屋主の協力がないと部屋に入れない。この本を薬子の所へ戻す方法は存在しないので、心苦しいがこれは俺が貰っていく。マリアめ、ちゃっかり事後処理まで押し付けやがって。あんな小賢しい奴が聖母であってたまるか。

「俺行くけど、お前まだその本読んでる感じ?」

「俺も後で行く。気にしないでくれ」

「あいよっと」

 クラスメイトが回り込んで廊下に飛び出すと、開け放たれた扉がスイングの反動で戻りロックがかかった。雑音に思考を乱されつつも極めて冷静に気を取り直す。

 薬子の実年齢が二十八歳という情報は混乱の元だったが、鳳介の本を所有しているという謎の事実に比べれば可愛いものだ。部屋の本が盗まれた可能性……ない。そんな真似をするくらいなら雫を追うだろう。実は以前から関係が……考えにくい。アイツは三度の飯より冒険が好きで、それ以外の関係は最低限におさめていた。

 では何処で関係が生まれたのか。恋敵なら綾子がマークしていないとも思えない、アイツはそれくらい必死だった。そもそも面識はあるのだろうか。多分ないだろう。鳳介と面識があるなら必然的に俺とも面識が生まれる。最初に声を掛けてきた時に彼の話題を持ち出さなかった理由は……いや、単純に気を遣ったという説も考えられるか。

 表面上、天埼鳳介は転校したという事になったが、少し調べれば行方不明になった事など直ぐにわかる。そして俺と綾子の喧嘩を知っているなら恐らくは死んだ事も……。


 ―――綾子の知り合い?


 俺達は絶交したままだ。高校に上がってからの動向は俺も知らない。そこで面識が……時系列の矛盾が発生する。未来で知り合ったのに過去の書物を持っている理屈は説明出来そうにない。綾子が渡したならもっと保存状態が良い筈だ。アイツは一日おきに掃除する狂気的な奴だった。


 ―――分からねえ。


 ノイズが多すぎる。綺麗に推理を組み立てられない。全体像さえ浮かべば後はどうにかなるのだが、深い霧の様な謎は一向に晴れる様子を見せなかった。証拠も情報も足りなさ過ぎる。これ以上は九龍事務所からの情報待ちだ。何も出来ないのはもどかしいが、俺には雫を匿うという大役がある。謎の解明を優先した結果雫が逮捕されました~では元も子もない。

 水着からは着替え直したが、俺はまだ粘っていた。雫が尋ねて来る可能性を考慮すれば分かりやすい所に居なければならず、また俺一人でなければならない。この時間は互いにとって都合が良すぎるので居るなら来る。そもそも来ているのかも定かじゃないが水着を買わせておいて来ないはない。

 購入した水着を手渡した時、雫は確かに喜んでいた。


『へえ、こんな水着が好みなんだ。君も男の子だねえ』

『……い、嫌でしたか?』

『まさか。是非とも着させてもらうよ。海に行くのも初めてだし、まともに着用出来そうだしね。ああ、今からでも楽しみだよ。君が一体どんな顔してくれるか』


 ああまで言ってくれたのに来ないとは考えられない。俺は強引に連れてきた訳ではなく、飽くまで誘っただけに留めた。何故ならも何も俺の発言に強制力は皆無だから必然的にそうなる。雫はきちんと参加を表明した。来なければ筋が通らない。

 来れない理由があるなら出発前に言ってくれる筈だ。一切眠っていない疑惑がある彼女が言いそびれるなんて考えにくい。

 三〇分経過。雫が来ると信じているので無事に暇を持て余している。クラスのチャットを眺めていると、一部グループで不穏な話が始まっていた。夏の風物詩と言わんばかりに怪談話をやろうと言うのだ。よりにもよってあの海岸で。無論『少女岬』を呼び出すつもりだ。

 呼び出すと言っても降霊術ではない。『少女岬』は余計な事さえしなければそれだけの怪異なので他の問答無用で殺しにかかってくる奴等とはそこだけが違う。セーフラインと言うべきか、そこを踏み越えてくれると……因みに鳳介は踏み越える予定だった。ネタの為だから仕方ないらしい(怪異呼び出して遊んだだけではネタにならないのも分かる)。


『俺がついてってやろうか?』

『は? 空気読めねーなお前』

『大体何で上から目線なんだよ。参加したいなら素直にそう言えって!』

『気は進まないんだよ』

『じゃあ寝てろよ!』

『危険な事はするなよ』


 空気を読めない奴と罵ってくれるならそれでも構わない。禁忌を踏み越えた後に誰が処理するのかと言われたら必然的に俺になる。それが嫌なのだ。チャットを眺めているとバイキングを終えたのだろう。続々と既読が増えて俺も俺もと多くのクラスメイトが参加する事態になっている。不参加表明はマリアと輝則とよく分からない奴が三人。薬子が無言。

 火遊びなんぞよりも危険だと何故分からないのか。オカルト的な観点を差し引いても集団ヒステリーが起きたらどうするつもりだ。それに夜の海岸は普通に恐いし危ない。


 コン、コン。


 扉が叩かれる。ここのメンバーではない。揃いも揃って男子はガサツなのでもっと強く叩く。そもそも大声を出す。

「誰だ?」

 ピンポイントで不審者が来るとは考えられないので、警戒する必要はない。ドアを開けて来訪者を確認すると、真っ白い人影が俺の胸にしなだれかかった。

「……リン!?」

「………………」

 白く見えたのは最先端パーカーのせいだ。気のせいでもなく顔が赤い。何となく臭いがしたので詳しく嗅いでみるとお酒の匂いがする。

「お、お前。まさか酒飲んだのかッ? 未成年が酒飲むんじゃねえよ―――」

 と、ほぼ言ってしまったが薬子の実年齢が二八歳であると仮定したら何ら問題はない。メディア出演時も十八と騙っているが、記憶があるなら自分は誤魔化せない。或いはクラスの悪ノリで飲んだら存外酒に弱くて……何で俺の所に?

「……さきぃ、さかぁくぅん」

「……その呼び方、やめろっ」

 内臓キーボードを素早く叩いてグループの反応を窺う。


『誰か酒飲んだ?』

『飲んでねえよ?』

『何で飲むのよ』


 嘘か本当かは分からない。一応信じるが間違いなく薬子は酒を飲んだ。いつもの堅物はふにゃふにゃのへっろへろになって、艶っぽい声で俺の名前を呼んでいる。それ以降は一言も話さない辺り酔うと無口になるタイプなのか。何時もの延長線じゃないか。

 さっきも言ったが基本的には部屋主が居ないと部屋に立ち入れない。複数人で使っているので誰かがカギを所有しているとして、薬子は身体検査の結果鍵を持っていなかった。そもそも水着から着替えていなかった。

 じゃあこいつはどうやって部屋に入ったんだ?

 そう言えば俺も鍵なしでどうやって入れたのだろう。もしかして誰かが内側から事前にオートロックのかからない状態にしていた? だから部屋に一人だけ残ってたのか?


 ―――確かに、悪い奴じゃないな。


 俺の事もきちんと覚えていてくれたのか……本人が忘れていたので申し訳が立たない。さて、薬子にも同じ理屈が出せるかと言われたら答えは否だ。マリアが本を取れたのは誰も居なかったから。幾らクラスメイトでも窃盗を見逃す狂人は居ないだろう。そのマリアはパシられていたお蔭で適当に理由をつければ他の鍵も預かれる筈。別に一人だけからパシられたとは言っていないし。

 するとやはりどうやって入ったのかが分からなくなる。

「と、取り敢えず部屋に入れよ、うん」

「…………ぅん」

 夕食に不参加なせいで空腹が主張を強めていたが、上がりつつある心拍が全てを覆い隠してしまう。緊張? 恋慕? 恐怖? 分からない、分からねば。一先ずベッドに寝かせてから、今後の方針について作戦を練る。

 夜で、水着の女性が、酔った状態で横たわっている。事案混一色、もしくは役満。ただ麻雀用語を使いたかっただけなのでこれ以上は言わない。語感だけで使ったのがバレる。

「お前、着替えろよな……」

 男ならまだしも女性の水着を脱がすといよいよ犯罪者一直線だ。俺に出来るのは何となく隣で様子を見るくらい。今、競泳水着の前面を見るのは危ないのでパーカーは断じて脱がせない。

「……お前、鳳介の事知ってるのか?」

「ほぅ、すけぇ?」

 酔った薬子は使い物にならない。海に来てから外していたチョーカーを付け直し、気を引き締める。

 ベランダに出ると、夕焼け空が夜の帳に変化していた。もうそんな時間か。真昼間にはあんなに人がごった返していた海岸も随分と寂しい。眼を凝らせば数人の男女と一塊になった三十数人の影が見えた。グループチャットに並行するならもう集まったのだろう。


『今日部屋に帰ってくるか?』

『なんも無かったら直ぐ戻る。鍵あるから寝てていいぞ』


 眠れるか馬鹿野郎。

 こんな状態で眠れるとかどんな胆力だ。取り敢えずお風呂には入らせてもらうが、その後は鳳介の本でも読み返してよう。結構いい暇つぶしになるのだこれが。   

 

 


 

 







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― 新着の感想 ―
[一言] ついにきましたね。最強にかわいいリンが。
[気になる点] 雫さーん? [一言] 酒に酔った美女はエロさが増すってのは全世界共通。 それはそうと、鳳介氏の著書も読んでみたい
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