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俺の彼女は死刑囚  作者: 氷雨 ユータ
7th AID 夏の日の誘引

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乙女の恥じらい

 修学旅行じゃないというのは大きなメリットだ。俺達が群がって遊んでいたのは単に顔見知りだからで、もう少し時間が経てば自ずと統率も失われていく。薬子に付け入る隙がないと分かった男子達は広く浜に散らばって各々好きなグループで好きな様に過ごし始めている。遠目から見れば彼等もまた名も知らぬ群衆の一人でしかない。

 向こう側が視えない程広い浜から一人一人クラスメイトを見つけるというのも難しい話だ。制服を着ているならいざ知らず、男子は上裸で女子は水着。そんな人間幾らでも居る。ここはビーチで海水浴目的に大勢来ているので当然の帰結だ。一人だけ纏う雰囲気の違う薬子と言えども、それに気が付くのは至近距離まで接近してからであって遠目から見るとやはり大差はない。

 この状況は雫を探すのに好都合だった。男子達のナンパではないが俺も積極的に歩き回って彼女を探そう。余談だがクラスメイトのナンパ成功率はほぼゼロだった。識別出来る限りだ

 

 ……アイツが無表情になるのはね、泣かない為なんだよ。


 雫の言葉が脳裏に過る。薬子は一人でのびのびと泳いでいた。その表情には悩みも葛藤も見受けられない。でも、彼女にはきちんと感情がある事を俺は知っている。『新世界』とやらで見せた微笑み、そしてあの怖すぎる笑顔。表情を作れないから無表情でいるのではない。その必要が無いから表情が変わらないだけ。

 そして雫によれば泣かない為に表情を変えていないらしい。とてもそうは見えないが、そう見えないくらい繰り返したのかもしれない。誰しも最初に吐いた嘘は露骨でわざとらしく、隙だらけ。でも重ねる内に嘘は隠匿され、さも真実であるかのように語られ、極まれば本人さえ嘘を言っているのか分からなくなる。


 ……アイツが無表情になるのはね、泣かない為なんだよ。


 俺は雫と遊びたい。だが仮にも恋人である雫の憂いを無視して遊ぶというのは……何となく男としての矜持に関わる。どういう風の吹き回しかアイツは俺から直接雫を探す方法をやめた。付き纏われる可能性は非常に低い。今だってフリーだ。動こうと思えば好きなだけ動ける。

 クスネ、と呼べば要らぬ野次馬やナンパ師を呼ぶのは明らかだったので、少し考えてから秒で考えた呼び方で声を掛けた。


「リン!」


 凛原の『リン』という欠片の捻りもない安直な呼び方だったが、無心で泳いでいた薬子がシンクロナイズド的にターンしたかと思えば、次の瞬間、水を蹴ってロケットの様に跳躍。どう考えても人間業ではない方法で俺の目の前に着地した。

「うお、すご!」

「何処でその名前を?」

「え?」

「何処でその名前を知りましたか?」

 トイレで詰問された時の様な剣呑な雰囲気は感じられない。薬子は純粋に驚いており、自分がそう呼ばれる事を全く意識してもいなかったと見える。俺でなくても誰か一人くらいは呼んでそうだとも考えたが、薬子は特別親しい友人がいない。見てる限りだが、やたらと構いたがるクラスメイトと一人になりたがる気質を総合したらその可能性が高い。

 俺で例えるなら『リュウ』と呼ぶのは鳳介だけだし、『リューマ』と呼ぶのも綾子だけだ。マリアはちょっと発音が違う。なんちゃって関西弁を聞いた関西人みたいな感覚でしかないので、実質同じと言っても過言ではないが。

「凛原薬子だろ? だからリン……変だったか?」

「―――ああ、そちらですか。すみません、早とちりでした。何か御用ですか?」

「ちょっと話があってな。どっかで……話せないか?」

「でしたらテントへご案内します。そこで話しましょう」

「テント? そんなもんいつの間に設置したんだよ」

 半信半疑についていくと本当にテントが設置されていた。彼女の家みたいに真っ白な三角テントの中にはタオルとポーチバッグ以外何もなかった。ビーチで白は割と目立つ色だろうに誰もこの有名人に気が付かないのはそれだけ人とテントが多い証拠だ。木を見て森を見ないから目立つと思っているだけである。

 水着越しに身体を拭きながら薬子が話の再開を促した。

「話というのは?」

「お前、何か悩んでないか?」

「……それは誰から?」

「俺から。同じ風に悩んでた人間を見た事があるんだよ。別に世話焼く義理はないけど、クラスメイトの奴等が誰も気づかないもんだから心配になってきた。無理に聞こうとは思わないから立ち入って欲しくないならそう言ってくれ」

「……いえ。誰かに打ち明けたかった気持ちが無かったと言えば嘘になります。確かに貴方の言う通り私は悩んでいます。それも答えが出そうにない問題を」

「哲学の話!?」

「向坂君には新世界構想の話をしましたね? 七凪雫を逮捕した後、最終的に目指すべきは構想の成就です。そこに至るまでに何の問題も無いとはいいません。七凪雫の足取りは警察の情報網をもってしても掴めませんし、それに……」

 あの薬子が言い淀んだ。雫以外の事に何の執着も見せなかった女性が、珍しく眉を顰めて自らの意思と葛藤している。口を挟むべきではない、と感じた。無理に立ち入らないと言ったばかりだ。ここで急かすのはとんだ大ぼら吹きのする事である。

「このクラスの皆さんは、悪い人ではありません。穢れなき善人とも言いませんが、それなりに良識を持っています。私に心が無ければこんな風に悩む事も無かったのでしょうが……」

「待て。要領を得ない。何の話だよ」

「協力を募る必要があるのです。手伝いそのものは簡単ですが、彼等にとって苦しいものになるかもしれないと考えると、少なからず心が痛みます。向坂君、私はどうすれば良いのでしょうか」

 やはり要領を得ないのだが、想像はつく。俺から追及していくのは効率が悪いと言っていたし、クラスメイトに協力を仰いでまた別口から追及するつもりなのだろう。警察と学校の二足で追い詰めていけばそれだけ引っかかりやすい。雫を匿う俺にとっては不都合極まりなく、協力者としての立場を貫くならそれとなく反対して思いとどまらせる必要がある。

 だが、それでは悩みが解決したとは言えない。悩む薬子をどうにかしなければ雫の顔も晴れないだろう。損得ではなく人情で。『死刑囚の協力者』ではなく飽くまで一人の友人として。

「……お前が何をしたいのかは分からないし、わざわざ暈かしてるんだから言いたくないんだろ。だから的確なアドバイスは出来ないけどさ。薬子、自分が何で好かれてるか知ってるか?」

「嫌われる行動を取ってないからです」

「間違ってないけど! 違う違う。お前が正義の味方だからだ。それも現実のな。フィクションならともかく現実で悪の味方をする人間は少数だ。好きとか嫌い以前に自分が損を被るからな。凛原薬子は世界で唯一七凪雫に対抗出来る存在なんだろ?」

 雫はまだ別の能力を隠している節がある。使うつもりがないからだろうが、彼女が本気で逃げようと思えば恐らく軍隊からも逃げられる。薬子だけを全力で警戒しているのが何よりの証拠だ。銃火器や兵器に完璧な対策を持っているからあんな態度が取れる。

「正義の味方……ヒーローは自動的に善人だ。力を貸せば必然的に得を被るのは自分達。苦しいのは誰だって嫌さ。でもそこに得があるなら必ず協力してくれる人がいる。悩むなんてお前らしくないぞ」

 手を回して背中を優しく叩く。俺らしからぬ励まし方にうさん臭さを感じた人間が居たらそれは正しい嗅覚だ。単純に背中を触りたかっただけだろと言われたら返す言葉も無い。でもそれは、ほんの少しの劣情。占める多くの割合は親友リスペクトだ。

 薬子は首をぎこちなく俺に向けると、口元を綻ばせながら手を重ねた。

「―――有難うございます。そう言ってもらえるなら、私も覚悟を決められます」

「お? 善は急げで今から頼むのか?」

「それは流石に。今は休暇中ですから。皆さん、夏季休暇中は部活にかかりっきりでしょうし、せめて今日と明日くらいは自由を満喫してもらうのが筋でしょう」

 俺みたいな帰宅部はともかく、クラスの奴等には部活がある。年相応に馬鹿騒ぎしているのは逃れられぬ時間から現実逃避しているからなのかもしれない。休日が来た瞬間に明日の部活が頭を過る……みたいな。

「悩みは晴れたか?」

「そうですね。しかし悩みというよりは単純に背中を押して欲しかったのかもしれません。私は自分の行いが正しいと信じて行動していますが、たまにはどうしても疑ってしまいます。私に『神の脳みそ』はありませんから」

「そんなの誰も持ってねえよ。大体、漫画かなんかでは全知全能は俗世に嫌気が差すってもんだ。何でも出来て何でも分かるってのはこの上なく不便だと思うぞ?」

「それもそうですね」

 和やかな雰囲気のまま続く雑談にはいつまでも浸れたが、流石にこれ以上は海に来た意味もなければ雫も探せない。適当な所でテントから立ち上がると、挨拶もそこそこに離れんとする。

「待って下さい」

 案の定、薬子に呼び止められた。

「向坂君はクラスメイトの誰とも予定を組んでませんよね?」

「え―――ああ、いや? 実はさっき」

「事前に調査済みです」

 

 ―――やり辛い。


「だったら何だよ。一人で泳いだっていいじゃんか」

「私と一緒に過ごしましょう」

 基本的にこちらへの判断を委ねる形で尋ねる彼女にしては、珍しく直接的な誘いだった。もったいないが雫との合流を果たす為にも断る理由を考えていると、数秒の沈黙が肯定とみなされ強引に海へと連れ込まれる。

「あッ待―――強引だって!」

「少し、貴方に興味が湧いてきました。暇なのは分かっています。貴方の事を教えてください」

 薬子に密着されたら雫とは絶対に合流出来ない。




 ―――どうすりゃいいんだこれ。




 俺を狙うのは効率が悪いと言った癖にこうも奇跡的なタイミングで妨害されるなら今日は厄日だ。良い事が何もない。雫の水着もきっと見られないだろう。


     

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― 新着の感想 ―
[一言] 薬子かわいい。
[気になる点] 薬子との水着イベ……ただマリアのセリフが未だに引っかかる……!
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