世界最高の一日
「うえーい! 全員集まったかー!?」
「「「「いええええええええええええええええい!」」」」
旅行当日。
俺達は今日一日使う事になるホテルの前に集まっていた。さながら気分は修学旅行だが、これがプライベートなどと誰が考えるだろう。しかし引率の先生が居ない以上これが現実。俺達はプライベートでここに来ている。
発起人は薬子だが、仕切りは個人的に苦手という事で仕切りたい人が各自勝手に仕切っている。お蔭で開幕からグダグダを極め引率の先生がどれだけ大切だったか身に染みて思い知ったが、そんなネガティブな奴は俺しか居ない。
マリアでさえその場の空気に乗って盛り上がっていた。
―――雫はもう来てるのかな。
流石に同伴は出来ないので別行動は当然として、携帯も何もないので連絡がつかない。ほんの少し心配だ。しかしそれ以上に心配なのは薬子の様子である。生来がネガティブな俺と同様、彼女もまたクラスの盛り上がりにイマイチ乗れないでいた。今度の様子は教室で見た時よりも顕著で、段々本気で心配になってくる。
敵に塩を送るではないが、薬子が女性である事に変わりはない。むやみやたらに慰めるのも悪手だとは思っているが、自分で立ち直れると放置ばかり決め込むのも違うと考えている。然るべき時に手を伸ばし、然るべき時に成長を促す。何事も加減だ。
「えーという訳で、まずは各自自分の部屋へゴーだ! 薬子、俺達が使える部屋に案内してもらえるか?」
「…………ああ、はい。分かりました。では皆さん私についてきてください」
いつもの無表情で薬子は先頭を歩き、それに続いてクラスメイトも歩いていく。引率の先生とは薬子の事だったか。二十八歳だとするなら納得だ。とてもそうは見えないが。
海岸には既に多くの人だかりが窺える。地元の人間にとって慣れ親しんだ遊び場なのだろう。少し前にテレビで特集された影響も考えられるが、別の意味で俺はここの海岸を知っていた。ここは『少女岬』が出没すると言われている場所。綾子が『水着なんて着たら私のだらしない身体が世界に放映される!』などと訳の分からない事を言って抗議したお蔭で延期になったが、今まで首を突っ込んだ噂と比較しても全く遅れをとらない危険な噂だ。
ただし最近は目撃情報がないので勝手に成仏したという可能性もある。夜に出てくれなければ幸いだ。
携帯に通知が入った。見るとクラスのグループに部屋割りの写真が投稿されている。各自個室というのは流石に無理があったのか、五人から六人のグループで数部屋に割り当てられている。女子と相部屋になるとは思っていなかったが輝則くらいは同じ部屋に居て欲しかった。俺の部屋に知り合いが一人も居ない。非常に気まずい。
「…………よっしゃああああ!」
まあいい。こういうのはマリアみたいに楽しんだもの勝ちなのだ。知り合いが居ないからと陰気になるのは良くない。だから友達が出来ないのだと綾子も言ってたではないか。友達百人作る勢いで楽しんでいこう。
かなり出遅れてホテルへ歩こうとすると、『誰か』が背後から裾を掴んできた。雫かとも考えたが彼女ならもっとサプライズ的に飛び出してくるだろう。
振り返るが、誰も居なかった。
「おー待ってたぜ柳馬」
「遅かったな」
「一人で盛り上がってた。すまん」
表の通りなら男女含めて八部屋あるが、俺の割り当てられた部屋は多分一番駄目だ。失礼な物言いいだが、こればかりは仕方がない。クラスメイトなのに名前すら知らないのだから。タカシだかサトルだかマサルだかソウジだか。顔と名前が一致しないどころの話ではない。参照情報が存在しない。願わくは相手にとっても同じ状況で自己紹介せざるを得ない状況になって欲しかったが、良くも悪くも薬子が絡んでいるせいで俺は有名人だ。ましてクラスメイトなら名前くらい知られている。
「お前も着替えろよ! へへへ、女子達の水着を早いうちから見たいだろ? お前は誰目当てだ? 桜子か? それとも野々花か? それとも―――」
「あーいや、特定の誰かが目当てって訳じゃないぞ。個々人には個々人なりの良さがあるんだ。せめて全員見させてくれ」
強いて言えば雫目当てだが、死刑囚がここに来ていると知る人間は一人しか居ない。知っていたらビビる。まさか正直に『うちのクラスの女子って殆ど貧相過ぎてちっとも興奮出来ない』なんて言えないので適当に言い繕ったが、何故か尊敬の眼差しを向けられてしまった。
因みに俺の中でスレンダーと貧相は違う。前者は薬子みたいに身体が仕上がっているのを指しており、貧相はさしたる努力のない体型の事だ。もっと具体的に言うと体のラインが露骨に出る水着はやめた方がいいタイプ。
「何だよ。その目」
「いや……お前って意外とスケベなんだなって。ドン引きだわ」
「引くなよ。健全なる男子高校生として当然の事を言ったまでだ」
言いつつ素直に着替えを始める。根本的なノリが合わないのかクラスメイト―――チャットから推察するにソウジは他のメンバーと部屋奥で駄弁り始めてしまった。所々会話を拾ってしまうがその内容の殆どが下ネタで、要するに猥談なのだが―――もう少し声を抑えられないだろうか。
猥談は嫌いではないし、嫌悪感を抱くまではいかないのだが、個人的にはこっそり盛り上がるべきものだと考えている。同じ部屋だから聞こえるだけとはいえクラスの女子の○○と性行為したいだの襲いたいだの奪いたいだの、堂々としすぎてこっちが恥ずかしくなってくる。規則を求めたのはここの調節が欲しいからで、彼は駄弁るだけの仲だがそれなりに付き合いがあるお蔭で理解がある。
もしこの状況に彼が居たらそれとなく話題を切り替えつつ俺を混ぜてくれただろう。
―――ほんと、話題合わないと友達ってきついよなあ。
小学校の時は直ぐに友達を作れた筈なのに、何故だろう。年齢が上がっていくにつれて友達を作るハードルがどんどん高くなっている。
流石に運動系の部活に入っている男たちの肉体は引き締まっており、こちらと同様男子の水着もとい肉体を見たい女子からすればかなり上質なラインナップではないだろうか。何故俺がこんな目線を持っているかと言われたら、多分アイツが鳳介のヘソと腹筋と鼠経靭帯のエロスについて延々語っていたせいだ。
男の俺に言われてもと断りたかったが惚れた弱みもあって八時間聞かされた。原因があるとすればそこしかない。
「あ、そういえば柳馬。綾子覚えてるよな? 俺が好きだったアイツ!」
「そっちは知らん」
それは偶然か、ソウジが不意に携帯を弄りながら俺に話しかけてきた。全く覚えてないが彼も中学からの同期だったのか。
「お前さ、今のアイツがどうなってるかって知ってるか?」
「いや……別の高校行ったからな」
絶交したし。
「今の綾子マジで可愛くなってんだよ! これマジで友達全員に回したら殆どの奴が世話になってるつーか……とにかく見てくれよ!」
画面を覗き込むと、そこにはどう考えても盗撮チックな綾子の全身が写っていた。高校の制服に身を包み、ポニーテールに髪を纏めている。中学の時より少し背が伸びただろうか。
「な、な? 可愛いだろ?」
「…………ああ」
長い付き合いだった。写真越しにも彼女の目が笑ってない事に気付き、胸の奥が締め付けられる。全部の写真を見せてもらったが新しい友達と談笑している時も微笑みに留まるのみで全く楽しそうじゃない。俺が知る綾子は笑いのツボが浅くて笑い上戸な側面もある快活な女の子だった。
「お前アイツと仲良かったろ? 連絡先教えてくれよ~」
「…………後でな。あんまり着替えるの遅れると水着鑑賞を先んじて出来ないぞ」
「おっとそうだったな。じゃあ後で聞くわ!」
―――綾子。
アイツの事を考えるだけで嗚咽が出そうになって直ぐに考えるのをやめた。タイミングが悪い。楽しもうと考えた時に限ってトラウマを刺激するなんてクラスメイトは無自覚の外道だ。
こんな奴等と一緒に居られないので、早く外に行こう。
未亡人的な色気。




